緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

ルース・スレンチェンスカ演奏 J.S.バッハ「半音階的幻想曲とフーガ」を聴く

2016-09-17 23:03:47 | ピアノ
J.S.バッハはもとよりあまり聴く方ではないが、このところ聴く回数が増えてきた。
リュート組曲やヴァイオリン・パルティータ、ソナタなどは理解しやすかったが、6つのパルティータやイギリス組曲、平均律クラヴィーア曲集などの鍵盤曲は何度か繰り返し聴いてもなかなか頭に入ってこなかった。
しかしこれらの鍵盤曲も何度も繰り返し聴いていると、次第に曲の骨格が分かるようになってきた。
自分の好みからやや外れるものの、やはり J.S.バッハはそう簡単に理解できるものではないことを感じる。

3年ほど前に、半音階的幻想曲とフーガ(Chromatic Fantasy & Fugue BWV 903 1720年)という曲を、アルトゥール・シュナーベルの演奏で聴いた。



この曲は1回聴いただけでかなりインパクトがあった。
今まで聴くバッハの曲とは一味違うと思った。
右手だけで奏される長く速いパッセージがひと際印象的だったが、後で何度か聴いてみると、そのような技巧的なものが浮かび上がる部分よりも、もっと違うもの、バッハにしてはかなり幻想的な和声を使っている部分に魅力を感じていることに気付いた。
それは幻想曲の中盤に現れ、分散和音が繰り返し奏される部分なのであるが、何か、静かな深夜に現れるような、人の幻想的な感覚を表現しているように感じる。
構成美に偏重しがちなバロック音楽も、このような意外な和声進行を聴くとバッハの曲にも興味が湧いてくる。

10日ほど前から、久しぶりにシュナーベルの弾くこの曲を聴き始めたが、以前にも、シュナーベル以外に、マリヤ・ユージナやエドヴィン・フィッシャーの録音は聴いていた。
ユージナもいい演奏だと思うが、繊細さに欠けている。
この曲を軽いタッチで、スピード感や技巧面だけ強調したり、終始強い音でエネルギッシュに弾かれると、曲の持つ魅力が失われてしまう。
もっといい演奏がないかとYoutubeで探していたら、ルース・スレンチェンスカ(Ruth Slenczynska, 1925~)という女性ピアニストの弾く古い録音(1950年)を見つけた。



ルース・スレンチェンスカはアメリカ生まれで、幼少からピアノを初め、少女時代からヨーロッパなどでコンサートを開いていたようだが、14歳から一旦演奏活動から遠ざかり、大学で心理学を学んだ後、26歳の時に音楽界に復帰したとのことだ。
Youtubeで見つけた半音階的幻想曲とフーガの録音は彼女が音楽界に復帰した頃の演奏だが、ブランクがあったとは思えない、信じられないくらいのテクニック、出音、音楽性を持つものであった。

まず一音一音にむらが無く、粒が揃っており明瞭なタッチだ。
ウェルナー・ハースのように、一音も曖昧にすることを嫌うような演奏である。
最大の魅力は低音が深く力強いこと。
Youtubeの2分半~4分くらいの箇所で、先に述べた幻想的なフレーズが現れるが、ここで奏される低音が実に魅力的だ。
「深く、力強い」、ピアノの持つこの低音の魅力を引き出せない演奏家は結構たくさんいる。
強く弾く奏者はたくさんいても、にぶい音しかしない奏者もいる(ポリーニがそうだ)。
昨今は軽い鍵盤で速い指さばきで、流麗に弾く奏者が多くなったように思うが、ピアノという楽器の持つ音の魅力を追求し、その魅力を引き出そうとしている演奏家は昔ほどいなくなってきているのではないか。
強く弾いても、いい音が聴こえてこない。これは聴く側からすると実に勿体なく感じる。

ルース・スレンチェンスカはかなりの技巧派だ。
Youtubeで他の演奏、例えばリスト作曲のパガニーニの大練習曲集を聴くと、相当高いレベルの技巧の持主であることが分かる。
しかし超絶技巧に溺れていないところがさすがだと思う。
超絶技巧の落とし穴に溺れてしまったら、それだけが関心の的にされてしまう。
そこから抜け出すことも大変なことである。
この半音階的幻想曲とフーガも決して技巧を強調するところはない。
音と言えば低音だけでなく高音も魅力的だ。
生きてるようなエネルギーがあり哀愁も感じられる。

この「半音階的幻想曲とフーガ」は有名な巨匠たちも弾いているが、聴き比べをしてみては如何だろうか。
ルース・スレンチェンスカは録音が少ない。
これほどの演奏が出来るのに、さかんに表舞台に出ることはしなかったようだ。
ピアノ界にはそのような隠れた名演奏家たちがひしめいているから、これもまた驚きだ。
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2 コメント

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Unknown (Tommy)
2016-09-18 19:03:36
ルース・スレンチェンスカの同じ録音を聴かせていただき
ました、ありがとうございます。

初心者の私には難しいところですが、今は耳慣らしの
つもりで聴かせていただいています。

外出して少し疲れて帰宅した時、一人静かに聴くことの
出来る曲でした。
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Unknown (緑陽)
2016-09-18 23:10:31
Tommyさん、こんにちは。いつもコメントありがとうございます。
記事で紹介した、ルース・スレンチェンスカの演奏、お聴き下さりありがとうございました。
Tommyさんから紹介した曲の感想をいただき、とても感謝しております。
だんだんと季節は秋に近づいてきましたが、秋の虫の鳴く静かな夜に、曲を聴いたり本を読んだりするのが、一番気持ちが落ち着きます。
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