緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

ギター練習へのマインドフルネス瞑想の応用

2020-09-19 20:09:52 | ギター
1、2年くらい前だったか、休日の練習でもう20年以上続けている技巧練習の1つとしてローポジションからハイポジションへ向かって順次移行していくスラーを練習しているときだった。



フランシスコ・タレガ「技巧練習」(カール・シャイト編)より

11フレット、12フレットで指が外れることがあったので、速度を落としてやり直してみようと思った。
そしてこのスラー練習をゆっくりと、1指、1指確認するようにやろうとしたら、何故か上手くできない。
指が意図したとおりに動かないのだ。
それまでの練習の半分以下の速度まで落としているのにもかかわらずである。
これは不思議な現象だった。
そして元の速度で何も意識せずに普段どおりのルーチンでやってみるとスラスラと動いてくれる。
一体、この現象が何故起こったのか、気になった。

改善のために速度を落とし、1指1指の動きを意識しながら行った練習も初めはぎこちなく、指が思うように動かないこともあったが、その後何か月か経過してみると正確に弾けるようになっていた。
では、改善のために改めて行った練習では速度を落としたにもかかわらず、何故指が動いてくれなかったのだろうか。
これはだいぶ後になって気が付いたのであるが、「モード」の差ではないかと思うようになった。
つまり、速度を落とす前の練習での動きは、無意識(潜在意識)下で行われていたものであり、一方で、速度を落として指の動きを確認しながら行う練習での動きは、意識(顕在意識)下で行われていた、というものである。
全く異なる脳の状況下で行われていた、ということだ。

ギター練習でも車の運転でもスポーツでも何にしても、初めて覚える動作は意識して一つ一つ確認しながらでないと出来ないことは周知のことである。
しかしその初めての動作も繰り返し行うことにより、わざわざ意識しなくても自然に出来るようになる。
つまり意識に代わって潜在意識がその動作を行うようになるのである。
冒頭のスラー練習も始めた当初は指の動作を1つ1つ目で追いながら行わざるを得なかったが、繰り返し練習することによって何も意識しなくても(すなわち目で動作を確認しなくても)速い速度で出来るようになっていた。
この状態を便宜的に「潜在意識モード」と言うことにする。
この潜在意識モードでスラー練習をルーチンで繰り返していた時には、冒頭で述べたようにハイポジションで指を外すことが時々あった。
何故指を外したかというと、指の動きを潜在意識でのプログラムに一任してしているため、意識下でフレットの位置を確認したりとか、指の動きとかを確認する、といったことを厳密にしなくなっていたからである。
意識上で指板上でのフレットの位置や指の動きを見ているようで実はただ単に視界に入れていただけ、というレベルだったのだ。

そして、練習をやり直そうと速度を落として一から指の動きを1つ1つ目で追いながら行ってみたら、初めてのときのようにぎこちなくなってしまった。
この状態を便宜的に「顕在意識モード」と言うことにする。
ぎこちなくなってしまったのは、動きが「潜在意識モード」から「顕在意識モード」に急に変わったためである。
何も考えなくても当たり前に出来ていた動作が、急に意識上で行うモードに切り替わったために、全くことなる状況で動作をしなければならないと脳が指令を出したのだと思われる。

よくパニックになったら普段何の問題もなく出来ていたことが突然出来なくなる、という話をよく聞く。
これも潜在意識モードが何らかの原因で突然遮断され、作用しなくなり、意識上で想定外のことが起こっているために、行動できなくなっている状態だと思われる。
演奏面でも同じようことがあるのではないか。
それはステージでの極度の緊張による「ど忘れ」とか「あがり」というやつだ。
普段の家での演奏という環境では、落ち着いて潜在意識に刻みこまれた動作を忠実に実現することが出来る。
そこでは潜在意識モードがメインで働いており、顕在意識モードは抑制されている。
しかし大勢の観客を目の前にしたステージの上という、非日常の環境下では逆に潜在意識モードは抑制あるいは遮断され、顕在意識モードが活発化する。
すなわち、失敗したらどうしよう、観客は感動してくれるだろうか、とか色々な考えや雑念が意識上でかけめぐり、練習していた時の潜在意識での動作が出来なくなってしまうのである。
「ど忘れ」というのも、演奏中に意識上で想定外の雑念が起き、それがために潜在意識モードが遮断され、潜在意識に記憶させていた動きが止まってしまう状態だと考えられる。

ではこのような問題を解決するためにはどのような方法があるのだろうか。
私が考えるのは、「潜在意識モードだけに依存した練習をしない」ということである。
曲が潜在意識に定着するようになると、楽譜を見ようが暗譜であろうが、潜在意識に記憶された動作のみで演奏が行われる。
暗譜していても、ど忘れして、弾き直ししようとしてもすぐに指のポジションが意識下に出て来ないというのもそのためである。
つまりこのような練習法では、何かの原因で潜在意識モードが崩れると、そこから復帰することが困難になるというハイリスクを常に抱えながらの演奏となりうる。
そのため、潜在意識モードでの練習が完成したらそれだけで終わらせるのではなく、今度は顕在意識モードという異なるモードで練習してみる必要がある。
具体的には、楽器を弾かずに、頭の中で曲の最初から終わりまで全ての指のポジションや指使いをイメージしてみるとか、五線紙に演奏する曲の全ての音符、記号、運指を書き込んでいくやり方である。
これは実際に、イエペスやオスカー・ギリアなどが実践していたやり方だと言われている。
ここまでやる時間の余裕がないのであれば、速度を何倍にも落として、指の動き、ポジションの位置を目に焼き付けるようにして、意識上で何度もその作業を繰り返していくのも有効だと思う。
いずれにしても顕在意識上で、動作の1つ1つに意識を集中し、ゆっくりと確実に行っていく。

実はこの練習法は「マインドフルネス瞑想」という心理学の手法から来ている。
「マインドフルネス瞑想」とは、今、行っている動作の1つ1つに意識を集中し、それ以外の動作を同時にしたり、他の事を考えないように注意しながら行うという訓練法のことである。
例えば、今している呼吸の動きに集中する、食事中の食べ物の感触や味に集中する、歩行の動きに集中する、雑念が出てきたら元の動きに意識を戻す、といった日常生活で行っている行為について1つ1つの動きをモニターし、集中する。
これをすることにより、今現在行っている動作に対する集中力が格段に増すのだという。
ルーチンの動作を潜在意識にまかせて、意識上で別の事を同時にやったり考えたりすると、物事に対する集中力が低下し、最悪、脳の一部が委縮したり肥大化するなどの変形が起きると言われ、ここ数年では健康被害の警告も出されているという。
歩きスマホだとか、スマホやゲームをしながらの食事だとか、考え箏をしなからの家事だとか、こういうのをマルチタスクというらしいが、この複数の事を同時に行う習慣を身につけると脳に著しい負担がかかるのだという。

潜在意識で曲を憶えることも重要であるが、それだけだと常に不安とリスクを感じることはないだろうか。
私の場合、冒頭のスラー練習を潜在意識モードやっていた時、指だけが勝手に動いているような感覚、すなわち指の動きが意識から離れて行われているような不安感が常に付きまとっていた。
つまりいつ崩れるかわからない、という不安感である。
セゴビアやブリームのライブ映像を見ると指の動きをしっかり見ていることがわかる。
とくにセゴビアは冷徹とも言える表情で、指の動きを常に的確にとらえていることが見てとれる。
この動作を見ていると、潜在意識モードだけで弾いていないことがわかる。
音楽や演奏技巧を常に自らの意識下の支配に置いている、ということだ。
演奏者の中には、指の動きを見ないで目をつぶったり、大きな動作をしながら演奏している方もいるが、潜在意識モードに頼った演奏のように思われる。
だからそのような演奏者の演奏にミスが結構あったことも記憶している。

セゴビアが「マインドフルネス瞑想」とか、「禅」のような訓練をしたかは分からないが、恐らく日々の練習で、顕在意識下での強力な練習を積み重ねてきたのではないかと思われる。
1つ1つの動作に対する集中力は尋常ではない。

あと演奏を確実にするために心がけたいことがもう1つある。
それは「速く行動しない」ということだ。
例えば、急ぐ必要もないのにエスカレーターを歩いて上がったり下りたりしない、車の運転で追い越しをしない、本や新聞を速く読もうとしない、などである。
何故、このように速く行動しようとするのか。
それは人よりもゆっくり遅いと負けている、と感じるからではないか。
ゆっくりしていると敗北する、追い抜かれてしまうという無意識での恐れ、また少しでも人よりも多くのことを得したいというこれも無意識での欲望、競争心が動機になっているのではないか。
このような心理が無意識化で根付いてしまっていると、潜在意識モードでの行動に依存するようになり、意識下で行動をゆっくりと確実に行うということが出来なくなっていくに違いない。

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