世界の中心で吉熊が叫ぶ

体長15センチの「吉熊くん」と同居する独身OLの日常生活

ああ人生に涙あり

2011年02月11日 23時50分54秒 | Weblog
雪は積もらなかった。細かい雪がちょろっと降っただけだった。今日は昼過ぎに起きて、布団でコロコロしていた。時々窓辺に立ってコーヒーなんて啜り「ダバダ~♪」って、浸っていた。

夕方、台所を数年ぶりに掃除した。ここ、いわば、ダークサイド。玄関から入場して、もうね、一息吐く暇なくこのダークサイドが目に飛び込んでくる。なんてこったい、我が家の構造。カオスってなもんじゃない。主ですら全貌を把握できていない台所なんである。自炊しないので、私も台所もお互い不干渉。この関係を11年保った結果がここにある、みたいな。

上京したとき、母ヨーコたんに買ってもらったフライ返しや調理に使用する大きい箸とか、一度も使用しないまま11年…。お湯を沸かすときにしか使用しない電気コンロの傍でひっそりと佇んでいる。若干、ヤニで変色している。これからも一生使用しないって分かっているのに、洗って仕舞った。
シンクの下の引き出しも久々に開けた。最近見かけなかった炊飯器やフライパンが、いた。他にも、いつ買ったか忘れた砂糖が発掘された。一番衝撃的だったのが、数年前に行われた当社社葬の香典返しの礼状が佇んでいたことだ…。何でこんなところに…!?清め塩まで…。こえー!


2時間かけて、やっと綺麗になった。

このケトルも母ヨーコたんが買ってくれたもの。
これは毎日使用している。


19時半。
楽しみにしていた番組を観た。
NHKスペシャル「無縁社会 新たなつながりを求めて」

キター。
昨年、私を孤独に苛ませたあの番組のバージョン2。

《番組HPより》
‘社会に居場所がない’――‘無縁’となる人たちは高齢者だけでなく、すさまじい勢いで低年齢化し、日本列島に無縁社会が広がっている・・・。
「未婚で高齢の親と同居しています。私も無縁死するかもしれません」「介護で仕事をやめざるをえなくなりました。日々、自分は無縁だと感じます」。無縁社会の放送を見てNHKに寄せられた一万件を超える声。多くは20代から50代の働き盛りの世代からだ。未婚、離婚、失業、職場での人間関係の希薄化。若い世代を無縁社会に引きずり込むきっかけはあらゆるところに転がっている。この世代に広がる自殺や心中。無縁化した若者たちが社会での居場所も、自分の存在意義も見失い「無縁死せざるをえない、無縁死してもかまわない」と考えるようになっている深刻な現状が浮き彫りになる。
‘心の居場所’を作りたい――無縁化した人たちが再び、社会とつながるための様々な試みを通じて、無縁社会を乗り越えるための処方箋は何か、解決の道筋を模索していく。

前回(「~“無縁死”3万2千人の衝撃~」)の感想はこちら
「負け犬老後は、ロココなココロで乗りきろうの巻(2010年2月2日)」

今回は、働く世代の無縁化の特集。
自分も今は健康だが、もしも病気になったら…明日は我が身。
他人事ではないという緊張感を持って観た。

一番印象的だったのが…水戸黄門のハンドベル。
自殺の名所の近くにある教会。NPOの力で、保護された人は職を見つけるまでここで暮らせる。各々、リストラや離婚を経て自殺を試みた人たち15人が共同生活をしている。
12月のクリスマス会。
その催しで、保護された男性たち3人がハンドベルを奏でるんだが、その曲目が、まさかの
「ああ人生に涙あり」(水戸黄門のテーマ)
なんである!
ハンドベルであの曲、である。
まさかの水戸黄門。
選曲がシュールすぎて衝撃的だった。


「嗚呼、やはり人間は孤独なんだな」
と思った。
普段、自由に生きさせてもらっている。
幸せだ。
そんな幸せが孤独という名の不幸に化学変化をして、いつか自由の代償を払う時が来るのも仕方がない。
そう諦めている。

悶々としているところに、高校時代からの友達・ほしまる氏(尊師)から電話が来た。
嬉しかった。
私は一人じゃないって思った。


明日21時からは「日本の、これから」で無縁社会についての討論が放送されるらしい。
これも観なくっちゃ。


ありがとう

2011年02月11日 00時07分48秒 | Weblog
先日2月4日に私は33歳になった。

後輩男子タイスケくんと後輩女子Cちゃんから誕生日プレゼントをいただいた。

☆タイスケくんからのプレゼント
素敵な詰め合わせ。
良い香りのバスジェル×2、ペコちゃんのフリースパーカー、可愛いクマ2人、ホッカイロ
それに味付け海苔1瓶(!)が付いていたんだが、会社に置いてきちゃった。
家ではご飯を炊かないので、昼休みにいただこうと思って。



☆Cちゃんからの誕生日プレゼント
あったかソックス。こういうの、欲しかったんだ。
そして、同じ素材のシュシュ!
いずれも彼女の人格を象徴しているかのような優しい触り心地。



ありがとう。
嬉しいな。