やまがた好日抄

低く暮らし、高く想ふ(byワーズワース)! 
山形の魅力や、日々の関心事を勝手気まま?に…。

アルバム

2006-07-10 | 神丘 晨、の短篇

         



「それならやはり、『ワルツ・フォー・デビィ』だろ?」

ジャズ好きな友人が、得意そうに云った。
久しぶりに会って、酒を飲んでゐる時だった。
私が彼に、ビル・エヴァンスのアルバムならどれがいい、と聞いたからだった。

「このライブの直後、ベーシストがね…」
彼は、身を乗り出して話を続けてゐた。

私は、さして音楽といふものには興味がなかった。
別に改まって音楽を聞いたからといって、気持ちが休まることもなかった。
仕事の打合せの時、ホテルのロビーで音楽でも流れてゐれば商談が進む。
その程度でよかった。

「『ユウ・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』っていふアルバムはどう?」
「ウム?!」

友人は、驚いたやうに私の顔を見た。
「お前、素人の割りに、ずゐぶん渋いアルバムを知ってゐるな!?
 あれは、いいアルバムだ。
 一度すべてを流し去ったあとで、音楽が鳴ってゐる。
 持ってゐるのか?」

昔、ひとりの女に「聴いてみてー」と渡されたものだった。
それから、彼女とは一切の連絡がとれなくなった。