やまがた好日抄

低く暮らし、高く想ふ(byワーズワース)! 
山形の魅力や、日々の関心事を勝手気まま?に…。

守護神のやうに…

2016-08-31 | やまがた抄


観測史上、初めて台風が東北を横断するかも(それも大きな台風がー)と、戦々恐々としてゐましたが、台風一過の空になりました。

それでも、行く手の岩手や北海道で甚大な被害が生じ、心が痛みます。
いつも思ふー。何故、あのやうな急峻な場所に、施設があるのかー。まあ、理由は察しできますが、濁流に呑まれた方々の断末の声も消されてしまひます。


仙台辺りに上陸し、山形を直撃するやうな予想進路でしたが、やはり、山形には台風は来ませんでした。

数年前にも、会津あたりまで来てゐた台風が急カーブをして太平洋側に抜けました。
きっと、奥羽山脈のおかげです。

冬は雪をもたらし、夏は暑さをもたらしますが、かの山脈は守護神のやうに山形を守ってくれてゐます。
5年前の震災時、福島の原発事故の空をなめた風が、まうすこし強く吹き続けたら山形盆地は全域が汚染されたはずです。
でも、かの山々が、きっと自らは幾ばくの汚れを受け止めて、踏ん張って風が乗り越へるのを防いでくれました。

先日、三重県からのお客さんと話をしてゐました。
”はじめて来ましたが、穏やかで、よいところですねー”との感想に、
”ええ、山が守ってくれてゐますから!”と、自信をもって返しました。







仕合せ

2016-08-28 | やまがた抄
月山へ行ってきました。



朝になっても雨がやまず、グズグズとしてゐたのですが、せっかく休みをとったのでダメもとで出掛けました。
8月下旬では、お花畑は、まう無理かしらん、と思ったのですが、残りの花々が天上の花畑の片鱗を見せてくれてゐました。



土曜日でしたが、結構な登山客の数で、人気のほどが伺へます。
それにしても、幾度来ても、まったくよい山です。

雪に覆はれた”死の山”のイメージは、夏の緩やかな稜線の姿では一変し、その姿を見ながらのお握りの美味しかったことー!

なんとか天候も回復し、白く輝く雲海の先には鳥海山も望めー、



帰りがけ休んだ、湯殿山ルートからの分岐路には、この地が信仰の聖地である名残りの石碑が残ってゐました。



そして、写真は撮れなかったのですが、その場所を守るやうに、数匹のオゴジョが顔を出してきました。
その愛くるしい顔に、またくるよ、と声をかけて幸せな登山を終へました。



大江町

2016-08-16 | やまがた抄
今年は仕事先が例年になく忙しく、身体を休めるのが精一杯で、更新もままならずー。

そんななか、最近すっかり”花火大会”にはまってゐる娘の案で、昨年に続き、今年は大江町の花火大会へー。

混み出す前の3時ころにビュー・ポイントといはれる橋の付近に場所をとり、若者で賑はってゐる旧い町並みへー。



仕事や山菜取りやテニスや温泉入浴やらで、ずゐぶんと訪れたところですが、ゆっくりと歩くのは初めてで、かつては紅花運搬の中継地として賑はったといふ片鱗が威風堂々と残ってゐる。

かつては、荒くれ男達のための色町もあり、初夏にはヒメサユリの可憐な花が咲き、荒縄で持ち帰るといふ固い豆腐も有名で、なにやかにやと小生の好きな、小さな街です。

陣取った場所が絶好の場所だったのか途中で疑問が生じるほど、実は、三ヵ所から花火があがり、首が痛くなるほどでした。



独特の色合ひのある花火大会で、街のすぐそばで大輪の花が咲き、街の人達も十分に承知してゐて、皆、庭先や玄関先にテーブルを持ち出し、ビールを飲みながら一夜を楽しんでゐました。

きっと、年に一度の賑はひの夜を、地元の人も楽しんでゐる風情でした。

秋になったら、静かに歩いてみてもよいかな、と楽しみが出来ました。



続々…

2016-08-07 | 畑仕事


お盆休みで泊まりにくる孫たちにスイカ割りをさせたく、畑のなかで我慢してもらってゐましたが、如何せん猛暑続きで割れだしてしまひました。
ことし2個目、です。
すでに完熟の小玉スイカは、とても美味でした。



先日、トウモロコシをもぎにきた娘がメロン食べてみたい! といふのでそれらしいのを採ってみましたが、ウム、甘さはあるもの、すこし早かったやうです。

畑のなかで、唯一手をかけてゐないのがメロンで、苗を植えビニールをかけただけです。
人工で受粉もほとんどしてゐないので、現在も数個の姿がツルの間から見へるだけー。
といふよりも、実は育て方がよくわからないのです。

そして、先日麺を頂いたので、天ぷらそばと思って、ゴボウを抜いてみました。



隣家のオバチャンから、プロ技のゴボウの育て方を教えていただいたのですが、今年はすでに時遅しで、種蒔きのときに高畝にはしたのですが、それをはるかに越えて、推定5,60センチにはなってゐる気配ー。

天ぷら用に、グリグリと力任せに抜いたのですが、生のゴボウはとてもやはらかく、2本とも途中で折れてしまひました!
それでも、真っ白で、しゃきしゃきとしたゴボウの天ぷらが食べられました。



絶美

2016-08-04 | 雑記


片付け方をしてゐたら、ファイルから写真が落ちてきた。
死んだ愛犬の写真と(確か、デジカメで保存したときのものー)、何故か、大きな碧い傘ー。

クリストの『アンブレラ・プロジェクト』の写真でした。
ネガなんて、どこへいってしまったのかー。

四半世紀前、日本でおこなはれたクリストの壮大なプロジェクトでした。

在関東のころ、確か、その前から、急にクリストの作品集や作品写真展が目に付き、色々と見にゆき、市庁舎を布で覆ひ、橋を布でくるみ、谷を大きな布でカーテンし、島を布で囲ふ、といった壮大で非日常的な彼の実験に度肝を抜かれ、ただそれらも、きっと十年単位の準備期間と膨大な費用をかけても数週間程度で跡形もなく消えてしまふ。
その刹那な芸術に、こころ動かされてゐました。
そんななか、日本でプロジェクトをする、といふ話を聞き、なるほど幾つかの展覧会等はその資金集め(彼は、基本的に、その費用を自前でまかなふ)のひとつだった、と合点する。

山形に移住して、東京の知人から”クリストのアンブレラ・プロジェクトを見にゆかうー!”と誘ひがあり、一も二もなく見に行きました。アメリカと同時開催で、両国で3万本の巨大な傘を立てる、その日本側のプロジェクトー。

確か台風が横を過ぎたあとで、茨城の田園地帯の傘は安全のためにたたまれてゐたのが多く、それでもあちらこちらに車を移動させると美しい巨大なブルーの傘が並んでゐました。

その違和感と非現実性と非日常性ー。
とても美しい景色でした。

おそらくクリストは、黄金色の田園地帯に蒼の傘を立てたかったのでせうが(アメリカの傘は黄色でした)、勿論所有者達の了解はとれず、やむなく、刈り取り後でOKしたのでせう。

叶はぬ夢ながら、その黄金対色の景色は、失神するほど美しい景色になったと思ひます。