やまがた好日抄

低く暮らし、高く想ふ(byワーズワース)! 
山形の魅力や、日々の関心事を勝手気まま?に…。

再現

2016-09-09 | 絵をみる
フェルメールの全作品がデジタル複製で見られる、といふ企画が山形市内の大学であったので見てきました。

数年前に仙台に一点来てゐたのですが、グズグズとしてゐるうちに見逃してゐました。
きっと、山形にフェルメールの作品が来ることは決してないでせうから、とても面白く見ました。

原寸大でのデジタル複製にはその細密さに驚かされ、特に、額も実物と同じ複製といふことで、その成果は絶大でした。


フェルメールの絵に逢ったのは、3、40年前、渋谷の美術館だったかー。
小さな絵でした。

しばらくして、ひとつの街角の絵に逢ひ、その静謐なたたずまひに魅かれました。



そして、一連のフェルメール・ライトの独特な魅力ー。







複製ではありましたが、とても仕合せな時間でした。




若冲を…

2012-11-02 | 絵をみる


久しぶりに絵を見に行く。

山形市の山形美術館で琳派と若冲の絵を見る。

日本画を見るのは、丸山応挙以来久しぶりです。

山形美術館はとても嫌ひな美術館で、県内の有名な建築家が創ったのですが、まるで”絵を見る”ことの意味がわからない代物ですが、秋も深まった半日、それでも、好きな酒井抱一と若冲のいくつかの作品を堪能してきました。

企画展自体が、ポイントのずれた感じでしたが、酒井抱一の手練の作品に息を呑みました。
他にも、琳派の絵師の作品もほどほどありましたが、構図、色使ひ、余白の見事さー、どれをとっても格が違ひます。

そして、若冲ー。

若冲の実物は、初めてみました。
勿論、山形に若冲の有名な作品が来るとは思ってもゐませんでしたが(なにせ、そのほとんどの作品は、若冲オタクの米国人と、宮内庁がしっかり握ってしまってゐますからー)、それでも晩年に近いころの鶏の絵が見られて大満足でした。

京都の大きな八百屋さんのオタク若旦那は、商売そっちのけで、沢山飼ってゐた好きな鶏を毎日眺めては絵にしてゐたといふ。

けれど、この度みた『群鶏図』といふ作品の中の鶏は、墨絵ながら、圧倒的な躍動感と存在感を見せつけてゐる。このパワフルさは、半端なオタクのなせる業ではない。

一気に書き上げたやうなその絵に打ちのめされて、建物をでる。

秋は、深まってゐます。



田中一村

2010-07-21 | 絵をみる


田中一村の新しい本を読みました。(㈱東京美術)

なるほど、彼に関しての研究が進んでゐることを実感する内容でした。


田中一村を知ったのは、20年ほど前、敬服してゐる先輩から頂いた一枚のポスト・カードでした。その先輩はいつもさうでしたが、無言で提示をされ、あとはお前の興味次第ー、といふ方でした。

すぐあとでしたか、一村再評価の元になったNHKの美術番組の再放送を見、その先輩の目論見通り、一村を探し始めました。

小生も昔、南画を学んでゐた時もありましたが、今回の本で、一村が”南画→琳派”へと経た流れをはっきりと示してゐたといふ見解に大きく頷いたところです。



一村美術館のHPは、こちら

一村の絵に関しては、こちらのHP、で少し覗けます。

フェルメールの…

2008-01-12 | 絵をみる
昔から、ラ・トゥールフェルメールは好きでした。

ラ・トゥールを見たのは、30歳前後、だったかー。

フェルメールの絵は、残念なことに、今だ見たことがない。
このとし、東京に6点ほど来るとのことですが、見に行く時間と余裕があるか、否かー。

ここ数年、俄かにフェルメール・ブームのやうで、本が沢山でてゐます。
いくつか、読みました。







ずゐぶんと以前に、再度求めたスウィットナーのモーツァルトも、フェルメールの絵で飾られてゐました。
(ついでに、改めて聴くと、やはり極上のモーツァルト、です。
 東ドイツの崩壊と共に指揮を引退し、一説には認知症とも、という話を聞く   と、この旧東ドイツの名指揮者が受けたであらう時代への絶望に、涙しない訳にはゆきません)



そして、DVDで『真珠の耳飾りの少女』をみました。
すばらしく、美しい映画でした。

ストーリー自体はたいしたことでもないのですが、フェルメールが生きてゐた時代のオランダ、デルフトの街と人々の息遣ひが肌に伝はるやうな、精緻な画面でした。
少女役のイギリス人が、まったき、見事な美しさです。

映画紹介のサイトがまだありました。こちら、です。

『靉光』を見に行く

2007-07-15 | 絵をみる


今年の、雪の季節から楽しみに待ってゐた靉光の展覧会を、仙台の美術館で見てきました。

4,5年前でしたか、盛岡の美術館での、確か、”靉光と同時代展”以来です。
靉光の作品は、小さなものはある程度は見ることが出来ますが、
まとまって見ることはさう多くは望めません。

とてもよい展覧会でした。

作者自身が太平洋戦争時、軍隊の召集を受けた時にかなりの作品を破棄してしまったといふことですので、作品自体はさう多くはありませんでしたが、
初期の才気走った作品(まるで、ゴッホと見まがふほどの見事さ!)
そのあとのシュールっぽい作風、
抽象画を時の行政にいさめられて無理に変へた静物画等の存在感の凄み、
そのあとの黒の作品の、筆遣ひの見事さ、
そして、圧巻は、自画像の三部作!!

結局、靉光は軍隊に徴集され、数年ののちに伝染病で亡くなりますが、
はるか前方をみやる自画像は、彼の希望と絶望を伝へて胸を打ちます。

また、和装の帯に描かれたものも何点かあり、その見事さとモダンさにも感激しました。


靉光を紹介してゐるサイトを幾つか…

美の巨人たち

毎日新聞







カラヴァッジョ!

2007-01-30 | 絵をみる

日曜日の夜、新日曜美術館でカラヴァッジョを特集してゐました。

以前、『マグダラのマリアの法悦』の写真を見てから、彼の、ただならぬ天分に圧倒され、ほれこんでゐます。

稀有な天才を、おそらく、酒、女、同性愛、賭け事、喧嘩で消耗させ、絶頂な人気を誇ってゐながら、注文主の希望を無視し、聖母のモデルには娼婦や水死体(とされる)の女を描き、決闘で文句をつけ殺人を犯し、投獄や脱走を繰り返し、40歳を前に海岸で野垂れ死ぬ。

けれど、彼の作品の、光りと蔭の間を突き抜ける、狂気寸前の凄みが好きです。

幾つかHPを載せておきます。
興味がありましたら、ご覧ください。

参考1
参考2
参考3

「パウラ・モーダーゾーン=ベッカー」展、を観る

2005-12-20 | 絵をみる

慌しい最中でしたが、無理やり時間をつくって、パウラ・モーダーゾーン=ベッカーといふ、まったく未知の作家の展覧会を見に行きました。
仙台の宮城県立美術館で、終了直前でした。
日本で最初の本格的な回顧展です。







ドイツ表現主義の先駆け的な存在の作家でした。
ふと思ひ返すと、小生は、ドイツ表現主義(ブリュッケの作家を含め)の作品を観るのが多かったやうに思ひます。

ベックマン、シーレ、ココシュカ、キルヒナー、コルヴィッツ、等々。
彼らの作品には、勿論時代的な背景も大きいのでせうが、切羽詰ったものを観る者に見せつけます。

今回の、パウラ・モーダーゾーン=ベッカーも、1900年代の初めに30歳で亡くなったとのことですから、作品の一部でしかわかりませんが、特に死ぬ間際のパリ時代での作品は、それまでの初期のコーナーの雰囲気とは一変し、一種、凄みのある画風になってきてゐました。
こちらを見据ゑた自画像や、夫の眠る顔、静謐さの漂ふ静物画。
確かに、セザンヌの影響がありながらも、独特の存在感を見せつけてゐたやうな気がします。



宮城県立美術館は、こんな建物。



やたらに大きく、作品を観づらく、余り好きな美術館ではありませんが、
館内にある、「佐藤忠良記念館」と、小さなカウンターだけの珈琲ラウンジはお気に入り、です。






「能装束」展、を観る

2005-10-04 | 絵をみる
仕事で、郡山市へ行ってきました。
一寸、辛い内容の用向きで、何とか終へると疲れ果ててしまひ、
ふと、郡山の市立美術館を思ひだし、問ひ合はせてみると、「能装束展を開催してゐます」、とのこと。
東へ15分ほど車を走らせ、久しぶりに訪ねました。





企画展の名称は、正式には
 「林原美術館名品展 華麗なる能装束」
といふものでしたが、いつものやうにパンフレット等もろくに読まず、
いきなり見事な装束に見入ってしまひました。




見事な逸品ばかりで、江戸時代の装束の、突き抜けたモダンに改めて感心すること
しきりで、思ひもかけない時間が拾へました。



特に、何面か展示してあった能面の中に、小生の好きな「増女(ぞうおんな)」があり、その面がまた素晴しく、妙にうら若い感じがして、ガラス張りの前で係員の怪訝な様子も無視して、前から横から斜めからと、しばらく覗いてしまひました。





「ジェームズ・アンソール」展

2005-08-29 | 絵をみる


福島県立美術館へ、「ジェームズ・アンソール展」を見にゆきました。
パンフレットに20年ぶりと書いてありましたので、小生が以前見たのは、
その20年前の鎌倉近代美術館での開催だったのかもしれません。

当時、強いインパクトを受け、色々と画集等も買ったのですが、
今回も、かなり期待をし、忙しいなか時間をつくって行ったのですが、
コンテ等が多く、少し期待はずれでした。

それでも、そのコンテ絵の素晴しさや、色々な影響の蔭から抜け出たいと
もがいてゐる、初期の穏やかな作品が素敵でした。
また、少なからずジャポニズムの影響を受け、以前見た「イエスの行進」?
等の猥雑な感じが、北斎の影響が大きかったのかも、と思はせて興味深かったです。


福島県立美術館は、こんな建物です。




小生の好きな、休み所。






帰りがけに「明治大正ガラス美術館」といふ処に寄ってみました。
よく収集、保存されたガラス製品を沢山見ることが出来て、
拾ひ物の場所でした。



ガラス美術館の隣りの竹林。まう、ハギの花が咲いてゐました。


田村一村の絵

2005-07-12 | 絵をみる
一度でよいから、田村一村の絵を見たいと思ってゐます。

首都圏では、時をり、展示があるやうですが、
今まで、その、数少ないチャンスに遭遇することはありませんでした。

彼の美術館へ行けば、その渇きも癒ゑるのでせうが、
悲しいかな、奄美大島へゆく時間も余裕もありません。

ずゐぶんと以前、デザインの先輩に彼のポストカードを貰って以来、
夢中で「この絵の作者は何者?」と調べてきました。

奄美大島の辺境で、バラックのやうな小屋、否、アトリエで
パンツ一枚で絵を描く彼の姿は、その端正な風貌とは裏腹に、
憑かれたやうな目をしてゐました。

タッチが美しいとか、構図がよいとか、そんな
瑣末なことに目もくれず、野たれ死んだ彼の絵は、
小生のやうな凡庸の人間には細い針となって刺さってきます。