rakitarouのきままな日常

人間様の虐待で小猫の時に隻眼になったrakitarouの名を借りて政治・医療・歴史その他人間界のもやもやを語ります。

映画 Green zone 感想

2013-08-05 18:52:35 | 映画

Green Zone 2010 年 米仏英西 監督 ポール・グリーングラス、主演 マット・デイモン(ミラー准尉)、イガル・ノール(アル・ラーウイ将軍=マゼラン)

 

イラク戦争開戦の口実となったイラクが秘蔵する大量破壊兵器の捜索をする部隊の小隊長(マット・デイモン)が、情報に基づいて捜索しても全く見つからないことから、政府の情報に誤りがあるのではないかと疑問を持って現地で裏情報の真実にせまるという戦争アクション+サスペンス映画。映画ではイラク軍の将軍であるアル・ラーウイが米政府の高官とヨルダンで秘密会議を開いて、サダム・フセイン失脚後の地位確保を条件に大量破壊兵器に関する情報を与えたことになっているのですが、実際には「もう大量破壊兵器はない」ことは将軍も米高官に伝えてあり、偽の秘蔵情報を与えた形になっています。ここでアメリカ、イラクの悪徳将軍どちらが本当に悪い奴なのかはわざとぼかして描いているのですが、普通の見方をすれば「どちらも悪」という事は想像がつきます。

 

米国務省は大量破壊兵器がない事を米側が知っていたことを交渉材料にし得るアル・ラーウイを消しにかかるのですが、CIAは戦後民主的にイラクが統治されることは不可能と読んでアル・ラーウイをフセインの替わりに利用しようと考えます。マット・デイモン扮するミラー准尉も途中から大量破壊兵器の欺瞞に気づいてCIA側に付いてアル・ラーウイ確保に走るのですが、最後アル・ラーウイを無事捉えたと思われた瞬間、現地イラク人の協力者(フレディ)にアル・ラーウイを殺されてしまいます。フレディは「イラクの事はイラク人が決めることだ」と勝手に国内を荒し回るアメリカに心からの叫びを訴え、ミラー准尉もそれに納得するという落ちになります。

 

この映画は制作費1億ドルということですが、興行収入はそこまで行かず、赤字興行のようです。評価は二つに分かれて、イラク戦後10年経たないうちに、戦争の大義がインチキだと暴いた点を「反米・反戦」で「非愛国的」と批難する「大政翼賛でないから悪い映画だ」という低レベルの批判から、「良くイラク戦争の欺瞞を正面から描いた」と高く評価するものまで様々です。映画そのものの出来としては設定や展開に強引な所はあるものの、「大量破壊兵器とやらはどうなった?」という世界中が当然抱く疑問と「もともと国連も兵器は存在しないと報告していたものをどうごまかして戦争に持ち込んだのか」という方略を映画という形で見せてくれただけでかなり価値のある映画だと思いました。Green Zoneとはバグダッド市内の米軍直轄地域で、その中はプール遊びができるほど安全で物も豊富な別天地の事を指しているのですが、イラク戦争自体が「Green Zoneのような所に住む米国の支配層が自分達のために勝手に計画して始めた欺瞞に満ちた戦争だ」という事実を暗喩していて意味深い題名だと思いました。現実のイラクも映画に描かれたように専制的なバース党や軍が解散させられて重しがなくなった結果、宗教対立やテロがはびこって一時は国家を3分割するかとまで言われたのですが、米軍撤退後やっと最近はグローバル資本の進出と開発が進み始めて少し安定しつつあるようです。

 

イラク戦争はアフガン進駐以上に意味のない戦争だったと思いますが(フセインが始めた原油のユーロ決済を止めさせた点ではその方面の人達には有益、アメリカが仕掛けた日中の尖閣問題も日中の貿易決済を日中の通貨で行うことを妨害した点では米に有益だったか)、今後の「イラクという国のあり方」によってこの戦争の米国での評価も変わってくるのだろうと思います。映画の出来としては8/10点。


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