rakitarouのきままな日常

人間様の虐待で小猫の時に隻眼になったrakitarouの名を借りて政治・医療・歴史その他人間界のもやもやを語ります。

医療は教科書通りにやって60点である(医学と法学の根本的違い)

2008-09-03 23:57:32 | 医療

(記事:毎日新聞社)

大野病院医療事故:県、懲戒処分見直しも 地検が控訴断念、医師の無罪確定へ /福島

 無罪確定へ--。大熊町の県立大野病院で04年に起きた医療死亡事故の裁判は29日、福島地検が控訴断念を明らかにし、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた加藤克彦医師(40)の無罪が確定することになった。県は、加藤医師の懲戒処分の見直しを検討している。【松本惇、西嶋正法、今井美津子、石川淳一】
 福島地検の村上満男次席検事は「事実関係はおおむね検察官の主張通り認定している」とした上で、「判決は刑罰を科す基準となる医学的準則を、ほとんどの者が従っていると言える一般性を有しなければならないとした。裁判所の要求も考え方としてあり得る」と述べた。加藤医師の起訴については「被告が持っていた医学書に(検察側主張に沿う)記載があり、産婦人科医の鑑定もあったので、違法とは思わない」と正当性を主張した。県警の佐々木賢・刑事総務課長は「法と証拠に基づき必要な捜査をした。医療行為の捜査は今後も慎重、適切に行いたい」と話した。
 一方、加藤医師の弁護団は「当然の結論。産科を中心に医療現場全般に与えた悪影響が収束することを期待する」とし、日本産科婦人科学会は「今後も母児ともに救命できる医療の確立を目指し、最大限の努力を続ける」との談話を発表した。
 また、県病院局の茂田士郎・病院事業管理者は「医療事故の再発防止に全力を尽くしたい」とコメント。加藤医師を減給1カ月(10分の1)とした05年6月の処分について、同局の林博行次長は「判決を吟味し、(加藤医師の過失を認めた)県事故調査委員会の報告書を含め、懲戒処分取り消しも視野に検討したい」と話した。
 保岡興治法相は会見で「医療事故の調査は、専門家らで構成する第三者委員会がリスクなどに専門的判断を下し、刑事司法はそれを尊重し対応する仕組みが必要」と語った。

(以上引用終わり)

 大野病院の事件は無罪判決が出た事で一段落を迎えた感がありますが、上に引用した毎日新聞の記事は医学と法学の根本的な考え方の違いを思わせる内容であり、我々「医師が当然のごとく考えていることも法律家には解らないのだなあ」と改めて考えさせるものでした。

 医師が大学を卒業して実践の医療現場に入るとまず感ずるのは「現実の患者さんは教科書通りでない」ことであり、指導医師に教えられるのは「医療は教科書通りにやって60点、それを70点80点に上げてゆくのが医師の腕である」ということです。実際、大病院などの第1線の医療機関で行っている医療は教科書の5年先の内容であり、大学病院で研究している医療は教科書の10年先の内容です。それらが成書として揺るぎない内容になって数年ごとに改定される教科書に記載され、医師国家試験に問題として出されるのはその後になります。医療の先進性だけの問題ではなく、実際のヒトの病気は100人100様であって、個々人の病態や人生観に合わせた「オーダーメイド医療」の必要性が叫ばれるのが当然であり、患者さん中心の医療とはまさに「教科書通り」や「医療保険のしばり通り」とは正反対の考え方なのです。

またいつも問題になるのですが、医師国家試験の正解が臨床医学において常に正解になるわけではないのは常識であり、医大で国家試験用の勉強を教えるべきなのか、実践的臨床医学を中心に教えるべきなのか、勉強する学生の方も戸惑う訳です。

 「国家試験的には」という枕詞を付けて説明することもしばしばであり、賢い学生達には容易に「国試用の医学」と「臨床医学」の使い分けはできるのですが、尻を叩きまくって国試合格のための勉強をさせているような大学では学生からも父兄からも「試験に受かる授業をしてくれ」と言われる羽目になります。

 主題がずれましたが、法律家にとっては「教科書(法律書)通り行わないというのは違法」という考え方であり、彼らにはそれが常識なのでしょう。しかし法律家の常識に医者も従えというのは100%誤りです。「医療事故」についての考え方もいまだに「結果が悪かったら医療事故」という概念の初歩的誤りから出ていません(少なくとも記事の上では)。これでは患者さんは「医療はうまく行って当たり前、結果が悪かったら医療事故なんだな」という誤解に基づく医療不信から一歩も出ない事になるでしょう。

 現在種々の疾患に「標準治療」や「治療のガイドライン」というものが学会主導で作成されていて、医療の標準化・均一化が図られています。これは一面大変良い所もあるのですが、個々の臨床医療にそぐわない場合も当然出てくるのでそれぞれのガイドラインは注意深く読むと多用な解釈ができるようになっているものもあります。

教科書・ガイドライン通り行って60点、残り40%の患者さんは上手く行かない可能性があります。「上手く行かなかった場合、教科書通りにやっても上手く行かなかったのなら罪にならないけど教科書通りでなかったら犯罪者ですよ」という法律家の考え方を押し付けられたら日本全国60点の医療しかやらなくなってしまう、という我々医師の叫びが理解していただけたでしょうか。

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