Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

和田智氏が語るアウディのデザイン

2011-01-30 22:18:13 | Weblog
金曜の夜,和田智氏の「アウディデザインのブランド力」という講演を聴いた。和田氏は日産でカーデザインに従事した後,アウディで11年間シニアデザイナー/クリエイティブマネジャーとして,A6,Q7,A5 などのデザインを担当。2009年に独立,東京をベースに活動されている。

講演の冒頭で,和田氏は Apple と Audi をダブル A と呼ぶ。それは両社が英国のロックバンド「コールドプレイ」を起用しているからだけではない。その共通点は企業風土が「女性的」なことだという。同じドイツ企業でもベンツや BMW はイメージ通り男性的だが,アウディは女性的な文化を持つという。

和田氏はアップルの本社を訪れ,ジョナサン・アイブ他のデザイナーたちと会ったとき,アウディと同じような社風を感じた。他社との競争をあまり意識せず,ひたすら美しいものを追求している。70年代のヒッピー文化を継承し,誰もネクタイを締めていない。そして彼らは皆,クルマ好きであった。
アップルの本社を訪れて驚いたことの1つは,建物のど真ん中に研究センターが置かれていたことだという。そんな企業,他にあるだろうか?(ありそうなのはグーグルぐらいか・・・)
さて,本題は和田氏がアウディで学んだデザイン・マネジメントである。独立した和田氏のもとに日本企業のトップが訪れることがよくある。そしてしばしば口にするのは「売れるデザインをお願いします」ということばだ。アウディに11年間いて,こうしたことばを一度も聞いたことがないという。

ドイツの自動車メーカーでは,デザインのトップを誰にするかは,社長の重要な意思決定事項である。その選択を間違えると,社長の職を失うことになる。だから,デザインがわからない人は社長になれない。かつてアウディの会長を務めたピエヒは,若い頃イタリアへデザインの修行に行ったという。

アウディでは,トップはデザイナーに「美しいデザインをしてくれ,それがどういうことかわかるね?」といったことしかいわない。和田氏はデザイン部門の上司に呼ばれときのエピソードを紹介する。上司は1時間半,子どもの頃ミラノの街角で見た,美しいクルマのフォルムについて語り続けたという。
このエピソードは以下の和田氏の著書にも出てくる。上司の名前はヴァルター・デ・シルバ,アルファロメオのデザインで知られている。
未来のつくりかた アウディで学んだこと
和田 智
小学館

和田氏が最初に A6 のシングルフレームグリルをデザインしたとき,社内では反対も多かった。そこでアウディがとったのは「寝かせる」マネジメントである。それは単なる先送りやボツにすることではない。十分寝かされたアイデアは,機が熟すると再び脚光を浴びる。「ワインの理論」だという。

アウディはカークリニックをしないか,しても平気でその結果を無視するという。アウディで働く人々は皆半端なくクルマ好きなので,彼らが欲しいと思うことが重要だと。ドイツの商店は日本に比べ驚くほどホスピタリティがない。客に媚びない文化と傑出したデザインの関係を和田氏は示唆する。

和田氏の講演は,アウディ退社後の活動に及ぶ。現在,クライアントのない,自主プロジェクトにも注力されている。アウディでは世界の0.5%の人々のために仕事をしてきた。それを超えて今後何を目指すのかについては,前掲の本に紹介されている。審美性と倫理性はしばしば不分離の関係にある。

和田氏がある大学の芸術学部で講義したとき,話を聴いて涙ぐんだ学生がいたという。美しいもの,徳のあるものを創り出したいという気持ちが少なからぬ若者に共有されていることを,和田氏は確信している。中年のぼくの心のなかにもそれはまだ残っている。自分の仕事に対しても,大きな刺激になった。

日本企業は・・・とかいう以前に自分に問うてみたい。「売れるデザインをお願いします」という企業人を嗤う資格が,製品やサービスを売れるか,儲かるか,株価を上げるかでしか考えない研究者にあるのか。そういう考え方が道徳的でないというのでなく,それが現実を反映していないことが問題なのだ。

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