1週間ほど前,下條信輔先生を囲む少人数でクローズドな「雑談会」があるので参加しないかというお誘いを受けた。下條先生は東大からカリフォルニア工科大学に移られたとき「頭脳流出」と新聞記事にまでなった知覚心理学,認知神経科学の世界的権威。以前当ブログにも書いたが,一連の著書(論文ではない・・・)にぼくは強い刺激を受けてきた。10分ほどでしゃべれるようなネタを提供できないかとのこと。下條先生に聴いていただけるならと,浅学非才を省みず引き受けることにした。
だが前日に届いた参加者リストを見て卒倒しそうになった。青木昌彦(比較制度分析),池上高志(複雑系/人工生命),井上明人(ルドロジー/情報社会学/コンピュータ・ゲーム産業論),宇井貴志(ゲーム理論/ミクロ経済学),金子守(ゲーム理論/論理学),清成透子(社会心理学/進化心理学/実験社会科学),鈴木健(情報社会学),瀧澤弘和(経済学/哲学),成田悠輔(ゲーム理論/実験経済学),平井洋一(計算機科学/論理学),藤井直敬(神経科学)・・・[敬称略]。
自分が役不足であることはわかっているが,それ以前に,ここでマーケティングや消費者行動の話をすること自体あり得るだろうか?ただ,どう思われようと,自分に得になればよいと(経済学的に)割り切って,雨のなか赤坂へ・・・。NTT出版の柴氏の司会で「会」が始まった。藤井先生が,脳神経科学のチコ・ブラーエを目指すプロジェクトの紹介,宇井先生がゲーム理論に基づく制度設計に関する研究を報告。そして,いよいよ自分の出番が回ってきた。
博論以来のテーマである「選好形成」について話す。選好形成の実証研究には長期~中期~短期の様々なタイムスケールがあること,選好形成のメカニズムには,社会的相互作用,学習,認知バイアスなどがあること。そして,最近注目されている無意識(潜在意識)レベルの選好形成に言及。その最先端に位置するのが下條先生とその研究室の研究だ。『サブリミナル・インパクト』の序章で紹介されている「視覚のカスケード現象」が代表例。
消費者行動における無意識(潜在意識)については,Dijksterhuis et al. (2005) と Simonson (2005) の議論が面白い。それらを調停して,消費者行動を統合的に理解するには,Kahneman (2003)(大元は Stanovich & West 2000)による System 1(無意識的で自動的でしばしば感情的な意思決定)と System 2(意識的で熟慮された意思決定)という二分法が便利である,これに社会的相互作用を加え,影響関係のループを考えるとどうなるか・・・という雑駁な問題提起を行なった。
当然のことだが,こうした議論は大半のゲーム理論/経済学研究者の関心を惹かなかったが,下條先生からはいくつも瞠目すべきコメントをいただいた。以下,要点のみ記すと,1)無意識レベルの選好操作(プライミングや単純接触効果)を一時的と考えているようだが,実は長期間持続し得る,2)System 2 から 1 への影響について慎重な見方をしているようだが,「正当化」が影響をもたらす可能性がある,3)さらに記憶が選好にもたらす影響についても,下條研究室で研究が進んでいる(familiarity - novelty という枠組みで),4)次に考えるべきは人格の多重性ではないか,などなど。
ほかにも興味深い研究やエピソードをいくつも伺った。それぞれ奥深いテーマなので,ここではそれ以上言及できない。それらが十分に咀嚼されないまま,頭のなかで(しかも半ば無意識の領域で)ぐるぐる回っている。だが,潜在意識の研究が示唆するように,ぼくはもうすでに考え始めているのだ。そしてそれらはいつか,はっきりした形となって意識に立ち上るだろう。つまり,自分はどちらに進むべきか,もう「わかっている」。それを着実に実践していけばよい。
「雑談会」はこのあと,清成先生のPDゲーム実験における賞罰の効果,金子先生のハイエク『感覚秩序』(に対する下條先生の解釈)をめぐる議論で白熱していく(何と恐ろしい「雑談」なんだろう・・・)。最後は時間切れになって,何人かの若手研究者の発表とそれに対する下條先生のコメント(そしてフロアを巻き込んだ議論)を聴けなかったのは誠に残念だ。にしても,こうした若手研究者が参画し,シニアな研究者と交流する「仮想研究所」の存在は素晴らしい。自分の周囲にはそうしたものはなく,羨ましく思う。
最後に,『サブリミナル・インパクト』以前に出版された,下條先生の一般向けに書かれた著書を列挙しておく。消費者行動研究を志す人,特にその最先端を切り拓きたい人は,丹念に読むべきである。かくいうぼくも,再度読み直そうと思っている。そこには山ほど研究の刺激とアイデアが詰まっている。
だが前日に届いた参加者リストを見て卒倒しそうになった。青木昌彦(比較制度分析),池上高志(複雑系/人工生命),井上明人(ルドロジー/情報社会学/コンピュータ・ゲーム産業論),宇井貴志(ゲーム理論/ミクロ経済学),金子守(ゲーム理論/論理学),清成透子(社会心理学/進化心理学/実験社会科学),鈴木健(情報社会学),瀧澤弘和(経済学/哲学),成田悠輔(ゲーム理論/実験経済学),平井洋一(計算機科学/論理学),藤井直敬(神経科学)・・・[敬称略]。
自分が役不足であることはわかっているが,それ以前に,ここでマーケティングや消費者行動の話をすること自体あり得るだろうか?ただ,どう思われようと,自分に得になればよいと(経済学的に)割り切って,雨のなか赤坂へ・・・。NTT出版の柴氏の司会で「会」が始まった。藤井先生が,脳神経科学のチコ・ブラーエを目指すプロジェクトの紹介,宇井先生がゲーム理論に基づく制度設計に関する研究を報告。そして,いよいよ自分の出番が回ってきた。
博論以来のテーマである「選好形成」について話す。選好形成の実証研究には長期~中期~短期の様々なタイムスケールがあること,選好形成のメカニズムには,社会的相互作用,学習,認知バイアスなどがあること。そして,最近注目されている無意識(潜在意識)レベルの選好形成に言及。その最先端に位置するのが下條先生とその研究室の研究だ。『サブリミナル・インパクト』の序章で紹介されている「視覚のカスケード現象」が代表例。
サブリミナル・インパクト―情動と潜在認知の現代 (ちくま新書) 下條 信輔,筑摩書房, このアイテムの詳細を見る |
消費者行動における無意識(潜在意識)については,Dijksterhuis et al. (2005) と Simonson (2005) の議論が面白い。それらを調停して,消費者行動を統合的に理解するには,Kahneman (2003)(大元は Stanovich & West 2000)による System 1(無意識的で自動的でしばしば感情的な意思決定)と System 2(意識的で熟慮された意思決定)という二分法が便利である,これに社会的相互作用を加え,影響関係のループを考えるとどうなるか・・・という雑駁な問題提起を行なった。
当然のことだが,こうした議論は大半のゲーム理論/経済学研究者の関心を惹かなかったが,下條先生からはいくつも瞠目すべきコメントをいただいた。以下,要点のみ記すと,1)無意識レベルの選好操作(プライミングや単純接触効果)を一時的と考えているようだが,実は長期間持続し得る,2)System 2 から 1 への影響について慎重な見方をしているようだが,「正当化」が影響をもたらす可能性がある,3)さらに記憶が選好にもたらす影響についても,下條研究室で研究が進んでいる(familiarity - novelty という枠組みで),4)次に考えるべきは人格の多重性ではないか,などなど。
ほかにも興味深い研究やエピソードをいくつも伺った。それぞれ奥深いテーマなので,ここではそれ以上言及できない。それらが十分に咀嚼されないまま,頭のなかで(しかも半ば無意識の領域で)ぐるぐる回っている。だが,潜在意識の研究が示唆するように,ぼくはもうすでに考え始めているのだ。そしてそれらはいつか,はっきりした形となって意識に立ち上るだろう。つまり,自分はどちらに進むべきか,もう「わかっている」。それを着実に実践していけばよい。
「雑談会」はこのあと,清成先生のPDゲーム実験における賞罰の効果,金子先生のハイエク『感覚秩序』(に対する下條先生の解釈)をめぐる議論で白熱していく(何と恐ろしい「雑談」なんだろう・・・)。最後は時間切れになって,何人かの若手研究者の発表とそれに対する下條先生のコメント(そしてフロアを巻き込んだ議論)を聴けなかったのは誠に残念だ。にしても,こうした若手研究者が参画し,シニアな研究者と交流する「仮想研究所」の存在は素晴らしい。自分の周囲にはそうしたものはなく,羨ましく思う。
最後に,『サブリミナル・インパクト』以前に出版された,下條先生の一般向けに書かれた著書を列挙しておく。消費者行動研究を志す人,特にその最先端を切り拓きたい人は,丹念に読むべきである。かくいうぼくも,再度読み直そうと思っている。そこには山ほど研究の刺激とアイデアが詰まっている。
サブリミナル・マインド―潜在的人間観のゆくえ (中公新書) 下條 信輔,中央公論社, このアイテムの詳細を見る |
「意識」とは何だろうか―脳の来歴、知覚の錯誤 (講談社現代新書) 下條 信輔,講談社, このアイテムの詳細を見る |