Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

社会情報システム学シンポ 2

2011-01-23 12:42:57 | Weblog
社会情報システム学シンポジウムについて,昨日の投稿の続き。まず藤村考さんの基調講演を補足しておこう。藤村さんによれば Facebook はリコメンデーションのプラットフォーム事業だという。FB の最大の特徴は,実名制なのでスパムが全くないこと。これをベースに行われるリコメンの力はすごい。そうしたデータがすべて米国に行ってしまうことがいいのか,と藤村さんは問題提起する。

藤村さんたちの研究に,Flickr の大規模ジオタグデータを用いた旅行ルートのリコメンがある。何十万という人々が撮った写真のデータが「実世界に対する投票」の集積として活用される。もう1つ紹介された研究は,ネット上の話題を地図として表現するものだ。そうした可視化によってクエリーもクラスタ分析も不要になる。映画「マイノリティ・レポート」で3次元仮想空間でデータを探すシーンを思い出す。
マイクロソフトのキネクトを使えば,映画と同じようなインタフェースができるのかな・・・。
さて,自身の発表に話を移そう。タイトルは「マーケティング・サイエンスにおけるABM活用をめぐる諸論点」,ABM とはエージェントベース・モデリングのことだ。そこでいいたかったことは以下の3点だ。

1) 過去の研究遺産と適切なリンクを図ること。できれば過去の有力なモデルを一部として含むような,包括的な理論を構築すること。その模範例として,Goldenberg, Libai & Muller 2001 で提案された ABM が Toubia, Goldenberg & Garcia 2009 において普及モデルの標準といえる Bass モデルと理論的に架橋した例を紹介。

2) ABM を実データに適合させようとする場合,タイムスケールとデータの単位(集計~個人)の設定がクリティカルになる。特に,分析対象に均衡が存在しないかそこから遠い場所にある,均衡はあっても不安定でそこに収束する保証がない場合にそのことがいえる。では,具体的にどうしたらいいのか・・・明確な方法論は存在していないように思える。

3) より本質的には,ABM のデータフィッティングを基礎づける原理が存在していないという問題がある。統計学には最尤法やベイズ推定といった原理が存在するが,少なくともそのままでは ABM に適用できない。なぜなら,ABM はあるパラメタの組のもとで分岐現象のような異質性が生じる複雑系を対象としたいはずだから。そこをどうするか・・・。

最後の点は,シミュレーションの出力をマイニング/クラスタリングすることで,パッチワーク的に対応できるかもしれない。シミュレーション結果へのマイニングは寺野先生や出口先生などによって提案されているが,まだ定着しているとは思えない(自分自身も含めて)。もう1つは経済物理学のように,出力を分布の形状や相関,位相図のような縮約されたレベルに写像して,そこでのフィットを問うことだ。
後者の可能性を考えなくてはならないと思いつつ,マーケティング・サイエンスの立場では,特定個人の行動予測という課題から逃れることは難しい(特に CRM なり One to One マーケティングへの応用を目指す限り)。
さて,こういう報告のあと,他の発表者を含めて社会シミュレーションに関するディスカッションを約1時間半行った。自分が答えを出せない問題を,誰かが簡単に解決してくれるという甘い思惑が功を奏することはなかった。特に3番目の問題意識が共有されたかどうか微妙である。これは,実データへのフィットを目指すことが,ABM コミュニティ全体にとってそう重要な問題ではないことを示唆している。

ABM 全体の課題はむしろ,データすらない世界も視野に入れ,有意味なストーリー/シナリオを紡ぐことにあるかもしれない。ディスカッションの冒頭で寺野先生が以下の2冊を紹介された。それに触発されてぼくが想起したのは楠木建氏の『ストーリーとしての経営戦略』だ。そう考えていくと,ストーリーの説得性,納得性が最重要の問題になる。誤解を恐れずにいえば,「文芸」に片足を踏み入れる覚悟が必要になる。

昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)
猪瀬 直樹
中央公論新社

歴史は「べき乗則」で動く――種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)
マーク・ブキャナン,Mark Buchanan
早川書房

ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)
楠木 建
東洋経済新報社