Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

情報可視化そしてシミュレーション

2011-01-25 23:10:30 | Weblog
月曜夜は今年最初の JIMS「消費者行動のダイナミクス」部会。最初の発表は,橋本康弘さん(東京大学)による「情報可視化とデザインの間」。情報可視化とは見えないものを見えるようにすることで,それによってインサイトを得るのが目的だ。可視化の例としてネットワーク,特にその動態を取り上げた例が紹介される。系統樹を描くのにも似た世界である。

橋本さんが行った可視化は,ネットワークから抽出されたコミュニティの変遷と規模の変化を地層図のように表現する。それを見ていると,スピリチャルな何かが表現されているようにも感じる。たとえば配色について審美的な基準が設定されているというわけではないという。にしても,可視化の研究には,何らかの芸術的センスが寄与していることは間違いない。

だからなのかどうか,橋本さんの研究対象はデザインに向かう。グッドデザイン賞の受賞作品に対するテキストが分析される。しかし,そこから得られた結論は,ことばをぶつ切りにして共起関係を分析しても意味はないということ。可視化によって捉えたいのはむしろ「多数の人間の無自覚的参加によって生じたパタン」だと。エスノグラフィに通じる考え方だ。

たとえば Flickr には,画像,場所,ことばといった様々な情報がある。その背後には人間の行為があり,それが集積されるとパタンが生まれる。その発想は複雑系,あるいは経済物理学などにも近い。そうした情報を掘り起こしているとしたら,また行為を誘発,あるいはアフォードする環境を捉えようとするなら,松村真宏さんの仕掛学とも問題意識を共有する。
橋本さんはそれをさらに「サービスデザイン」とも関係づけようとする。今後の進展が楽しみだ。
2番目の発表は,藤居誠さん(東急エージェンシー)の「購買履歴データを活用したエージェント・シミュレーション・モデル構築の試み」。QPR という歴史あるスキャナーパネルデータを用い,TV広告の効果を考慮したマルチエージェントベース・シミュレーションを行おうとしている。ぼく自身の研究履歴からして,興味を持たざるを得ないテーマである。

藤居さんの構築したモデルでは,エージェントは QPR のパネルに対応し,観測された購買確率で各ブランドを購買する。一方,広告は集計レベルの指標である GRP がリーチとフリクエンシーに分解される。広告に接触すれば,無条件でそのブランドを購買するという仮定はかなりキツイ。だがそれ以上に残念なのは,消費者間相互作用が扱われていないことである。

ぼくならどうするかというと,まず消費者のモデリングは,マーケティング・サイエンスの王道?に従って,購買時点とブランド選択の確率モデルを採用する。購買に強い影響を与える価格を選択肢の属性に導入する。広告もまた,何とか個人の選択に関わるよう工夫する。そして,消費者間のつながりを仮想的でもいいから導入して,クチコミ効果を調べる。

もちろん,このようなマーケティング・サイエンスの流れを尊重したようなアプローチは,エージェントモデルとしては面白みに欠けるという見方もあるかもしれない。いずれにしろ,QPR が持つライフスタイルやメディア接触等々の豊富な情報をうまく使って,いろいろなモデル構築や分析が可能であろう。今後の研究あるいは実用化がどうなるか楽しみだ。

というわけで,この研究会は今年も続く。