Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

2009年の「世のなか」を振り返る

2009-12-31 12:10:56 | Weblog
2009 年最大の事件といえば,やはり「政権交代」だろう。選挙後の政党の合併や連立ではなく,選挙自体で野党第一党が過半数を得たのは,戦後初めてのことだ。日本という小さなコップのなかの出来事ではあるが,そのなかで生きる者として,歴史的大事件というしかない。100日間のハネムーン期間といわれている時期が過ぎ,政権のビジョンや能力が厳しく問われている。政権交代はそれだけでも意味があったとは思うが「それだけ」で終わるのだろうか・・・。

10月26日の投稿でぼくは,鳩山政権は結局,普天間問題では米国の意向にしたがう道を選び,社民党との連立を解消すると予想したが,そうはならなかった。政権維持を優先して難問を先送りし,何の前進もしないまま参議院選挙の直前まで進んだ場合,民主党が参院選挙で過半数を得ることは難しくなる。かといって,自民党も長老が幅を利かす限り復活の見込みはないだろう。参院選にはさまざまな新政党が乱立し,混沌とした状態になると予測する。

もっとも,ぼくの政治の予測は当たったためしがないので,実際どうなるかわからない。予想外の出来事を起きるほうが人生楽しめる。確実に進むと思えるのが,マスメディア,新聞やテレビの報道に対する信頼の低下だ。今回の政権交代にからんで浮かび上がった記者クラブ問題は,既成ジャーナリズムの守旧的な体質を露呈した。より正確にいえば,インターネット上の情報伝播によって,旧メディアがもはや情報を独占できないことを白日の下に晒したといえる。

新聞やテレビの報道は,右からも左からも偏向していると批判されてきた。それは仕方のないことで,報道がどういうスタンスをとろうと,それとは異なる意見が存在し,全員を満足させることなどできない。一方,インターネットの空間にはさまざまな情報が流通する。大手メディアが伝えないニュースでも,稀少性があるのでかえって引用されRTされる。人々は自分に近い意見を積極的に参照するが,敵対する意見も混入してくるので,結果的に多様な情報に接触する。

このことを決定づけたのは YouTube であり,Twitter だろう。そういう世界にどっぷり浸かっている人々は,規模としては少数かもしれない。しかし,そうした人々は必ずしも「エリート」ではなく,社会のあらゆるところに潜む「草の根」の人々だ思う。そこからリアル空間に漏れ出した情報が徐々に,しかし広範に浸透し,社会に影響を与えていくのではないか・・・。これはあくまで想像であり,検証されざる仮説だ。どうやったら検証できるかもはっきりしない。

とはいえ,新聞やテレビのない世界が来るわけではない。新聞ジャーナリズムの良質の部分は,ネットの世界でも生き延びるだろうし,そうなってほしい。テレビは映像コンテンツの供給元として,また同時性・即興性の高いメディアとして,産業総体としては発展していくだろう。そのなかでクロスメディア・クリエイターやマーケターの活躍の場が広がる。そうした変化についていけないマーケティング研究者はどうなるか・・・は社会的にはどうでもいいことだろう。

だが,こうした大きな社会の変化と寄り添うマーケティング研究でないと,そこに人生を賭ける意味はない ・・・という大言壮語をして年を越すことにする。

2009年の「研究」を振り返る

2009-12-31 09:28:21 | Weblog
今年の4月1日に書いた記事を,数人の友人が真に受けてしまった。その後の進展を考慮に入れつつ,実際はどうであるかをあのときのリストに即して述べると以下のようになる(順番は,当時アウトプットが近い,と思った順序だと思われる):

1)クルマのブランド戦略と技術開発に関する研究・・・ 分析結果を秋の消費者行動研究学会@広島経済大で発表した。より実践的なステップに進む構想もある。

2)消費者の「予測能力」をフィールド実験で検証した研究・・・ 眠っていたデータを再分析し,暮れの行動経済学会@名古屋大で報告した。投稿のお誘いも。

3)消費者間の情報伝播に関するシミュレーション・・・ 過去に行なった分析結果を春の商業学会@関西大,年明けに予定される集中講義@筑波大で利用。

4)インフルエンサーを実際の購買データから見つけ出そうという研究・・・ こちらも塩漬けのまま。

5)iPhone の普及と情報伝播を調べた研究・・・ 1月に森さんがネットワーク生態学@沖縄国際大で,12月にエージェントモデルをぼくが JIMS @電通で発表。来年3月が投稿期限。

6)選択集合を介した消費者間相互作用のモデル・・・ 1月のサービス工学ワークショップで触れたきり。

7)クリエイティブな仕事の志向が消費行動に与える研究・・・ 貴重な追加データをいただいているのに進まず。いよいよ「最終」期限が迫っている感じ。

8)インサイト獲得に関するクリエイター・インタビュー調査・・・ 某クリエイティブエージェンシーで取材。年明けにまとめてフィードバックしなくては。

9)広告主と広告会社の関係に関するインタビュー・・・ 助成いただいた財団には報告書を提出済みなので,すでに終わったプロジェクトとみなすべきかな・・・。

10)テレビ広告の短期効果を傾向スコア法で検証した研究・・・ 追加でいただいたデータもある。リベンジすべきだと思いながら時間だけが経っていく。

11)ロングテール現象を顧客購買履歴から分析する研究・・・ 今年はデータの予備的な分析で終始した。いよいよ本格的な分析を始めないと・・・。

12)小売店舗内で計測された消費者の回遊動線の分析・・・ 学会発表してから数年経つ。その時間,その価値があるかどうか・・・。

13)消費者選択のトレードオフ(コンフリクト)回避に関する研究・・・ 夏の行動計量学会@大分大学で実験結果を報告。その後も実験を継続している。

14)ワインのテイスティング実験に基づく選好進化の研究・・・ すべてがここから始まり,ここで終わる。生涯をかけたプロジェクトになりつつある。

15)消費者の非補償型選択ルールの識別に関する分析・・・ これも意識の最古層にある研究課題。今後,突破口が見つかるかどうか・・・。

・・・ということで,論文執筆に近づいたのは1と2ぐらいだろう。上のリスト以外に成果があったのは,Complex'09 の予稿 "Complexity in Marketing and Consumer Behavior: A Brief Review" と流通情報 No. 481に掲載された「消費者行動の複雑性を解明する―エージェントベース・モデルの可能性―」という論文だけだ。

これらの原稿執筆と,年末から来年に書けて筑波大学での集中講義を担当したおかげで,自分の研究の方向性を complexity という観点からいくらか「整理」できたことは,今年の数少ない収穫といえる。 課題として残るもうひとつの柱が creativity だ。これは,研究だけでなく教育にも関わるテーマである。したがって講義やゼミの実践のなかで充実させていくしかない。

やるべきことは,上のリスト以外にもある。いま水面下にあって,来年浮上してくるテーマがいくつかある。そうなると,研究課題リストのリストラクチャリングは避けられない。今年こそ論文を続々と投稿する年にするという,毎年のように抱負に挙げながらもいまだに実現したことがない目標を,来年に向けてまた臆面もなく掲げることにしよう。