Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

スティーブされる前に

2008-10-29 23:53:18 | Weblog
大津に向かう車中,『スティーブ・ジョブズの流儀』を読む。いまや世界で最も注目される経営者であり,イノベータであり,マーケターでもあるスティーブ・ジョブズの言動と行動を知るのに最適の本であり,読み出したらやめられない。彼のおかげで顧客はすばらしい体験ができるが,アップル社員にとっていかに恐ろしい上司であるかは,彼が部下を即刻クビにすることをアップル社内で「スティーブする」と呼んでいることからも明白だ。本書で紹介されているジョブズによる採用面接の過酷さは,身の毛もよだつ。いつか,ディズニーで映画化してはどうだろうか。

スティーブ・ジョブズの流儀
リーアンダー ケイニー
ランダムハウス講談社

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しかし,そうしたエピソードや,ジョブズがいかにデザインにこだわるかというよく知られた話もさることながら,ジョブズのマーケターとしての側面が描かれているのが面白い。製品開発において,アップルでは調査予算は「マイナス」だという。しかし,顧客が無視されているのでなく,ジョブズを筆頭に顧客体験がシミュレーションされている。そして,徹底的にプロトタイピングが繰り返される。製品開発だけでなく,アップルストアのようなサービス開発においてもしかり。

アップルの成功は周到に計算されていたわけでもなく,天才の閃きによるものではなく,さまざまなヒト,モノ,アイデアのネットワーキングによる。つまり,“How Breakthroughs Happen” のいうテクノロジー・ブローカリングの考え方が当てはまる。その意味で,ジョブズはエジソンやフォードの正統な後継者なのだ。もちろん,当人の傑出した才能と幸運が大きく左右しているという点でも,エジソンやフォードを継承しているはず。この本の後半に出てくる,iPod 開発のケースストーリーがまさにそれを示している。

大津での JAWS2008 が始まる。そこで,秋山さんのリーダーシップに関する進化ゲーム的分析を聞いて,リーダーというものが,ある種の傲慢さと機会主義を兼ね備えていると感じた。ジョブズがまさにそうであるように・・・。いずれにしろ,非常に単純な利得行列から出発しながら,単純な直観からは導かれない,洞察に富んだ命題を生み出すところがゲーム理論の妙味だ。マーケティングや消費者行動の研究では,いくら抽象化しても泥臭い現実から逃れられず,そのような洗練は生まれない。明日の発表が思いやられる。