07/04/15 沢田研二×藤山直美の「桂春団治」


♪芸のためなら女房も泣かす~、それがどうした文句があるか~♪
この歌で「桂春団治」という人物にずっと興味を抱いてきた。口に差し押さえの貼札を貼った写真も何かで見たことはある。しかしあまりよく知らなかった。こういう場合は関係する芝居を観るというのが一番てっとりばやい。プログラムにある資料を読めば概要はわかるし、芝居も楽しめるという一石二鳥だ。
沢田研二と藤山直美の共演は数年前の「夫婦善哉」を観た職場の先輩が褒めていた。その方や他の方、ご家族ともどもご一緒に8人で総見に繰り出した。

あらすじは以下の通り。
大正初期の大阪。若手の落語家桂春団治(沢田研二)は、新しい芸で客席の人気をさらっている。しかし先輩たちに喧嘩を売るようなやり方で恨みや妬みを買っていた。姉のおあき(井上惠美子)は弟の無茶な遊びも芸の為だと女房おたま(土田早苗)をさとして後押ししている。
京都の老舗旅館「高村」の娘たちと知り合い、京都の寄席に出る時に泊まりに行く。そこで姉娘のおとき(藤山直美)の人柄にひかれ、おときも「姉やんと暮らしている」という春団治の言葉を信じて男女の仲に。
3ヵ月後、おときが大阪の春団治のもとにたずねてきた。おときは春団治の子を身籠り家を出て来たのだ。おたまは子どものために身をひき、家を出て行った。おときは春団治の一番の応援団だった。おときが勧めた「まっ赤な春団治号」(人力車)も手に入れて車夫の力松(曽我廼家文童)が大活躍。子どもが生まれてしばらくは可愛がっていた春団治だが、商家の未亡人おりう(入江若葉)のところに入りびたるようになり家には月に一度しか戻らなくなる。自分たちのところに戻る気がないとわかり、おときは娘の春子を連れて家を出て女手ひとつで育てていく。
春団治は常識の外に生きていて、二重契約で差し押さえにあう。その危機を救ったのはおたまとおときという二人の元女房。おときは絶縁状態になっていた両親にお金を借りに頭を下げに行く。とうに勘当を赦していた父(小島秀哉)は娘と孫の名で貯金をしていた通帳と印鑑を母(大津嶺子)から渡させる。それを春団治の弟子に渡したことで救うことができたのだ。
その侘びと礼に春団治がおときのもとを訪れたのはその3年後。芸にいきづまり、家族の情愛を表現できるようになりたいと復縁をのぞんできたのだった。おときは春団治の高座の録音のレコードを父だと娘にきかせ続けていた。だから春団治は父親としてはいらないという。芸を磨くことだけを願うおときの真情に涙する春団治。
酒に女に破天荒な生き方を貫いた春団治は57歳で胃癌に倒れる。おりうが春子に輸血を頼みに京都までやってくる。おときは春子に自分の意思で決めさせて送り出すが、その甲斐もなく手術は開腹だけでとじられる。昭和9年10月6日、臨終が近づく時、「まっ白な春団治号」で力松がお迎えにくる。幽体離脱した春団治は、自分の最後が予想に反して多くの人が惜しんでいる様子に驚きながら、おときと春子の到着を待つ。しかし間に合わなかった。旅立つ春団治の気配を感じながら、おときは思い出の法善寺で春団治を送るのだった。

春団治と評論家との喧嘩の中であらためて気づいたが、やはり江戸の落語と上方落語のテイストは違うのだ。コテコテのネタによる笑いは東京では評価されなかった。そして上方落語はあくまでもローカルの話題にすぎず、東京の紙面には載せないと豪語される。全国ネットでのお笑いブームを経た今の日本とはかなり違った感じだったんだなぁと思った。
その上方のお客を笑わせることに全てをかけた春団治。勢いにのった傲慢な態度だけでなく愛嬌があるから愛されるという人物像がまさに沢田研二のニンにぴったりだった。映画「幸福のスイッチ」(→感想はこちら)での頑固な父親役はまだまだ素人くさい感じがしたのだが、春団治ではびっくりするほどハマっている。そしてなんと言ってもあの大きな目に力がある。春団治の思い入れで幕切れになるところが何ヶ所もあるが、そのたびにあの大きな目が大きな芝居をする。双眼鏡がなくてもある程度わかるのではないかという感じがした。とにかく目に大きな魅力=威力?があった。
「沢田研二」のウィキペディア情報はこちら(昔のイメージ以上の情報が豊富!)
藤山直美は今回も惚れ惚れした。春団治の芸人生は3人の女房に支えられていたが、その何度かの転機に、おときが迎合せずおそれずに苦言を呈したということがヒロインとしての大きな役割になっている。その苦言を呈する場面の台詞には説得力があって春団治だけでなく観客の心をも動かす。こういうところは父の寛美の芝居にもあったなぁと懐かしくもなる。笑いをとる間も父譲りのものがある。さらに美人タイプではないが、華があるし可愛らしい。後継者が直美でよかったなぁという感がこのところどんどん増している。
沢田研二×藤山直美のよさはネイティブの関西弁のテンポのよいやりとり。これは勘三郎とのやりとりともまた違う魅力があった。是非これからもこういう共演の舞台を観ていきたい。
また、力松の曽我廼家文童が春団治とおときの間に入ってオロオロしたりする場面や最後のお迎えにきた時の場面が特によかった。前半はこういう気のいい人がいてくれるって幸せなことだよなと思っていたら早く死んでしまった。それなのに春団治のお迎えに白い衣装で白い春団治号をひいて登場してくれた!まるで「ベルばらアンドレ・オスカル編」で先に死んだアンドレがオスカルを白い馬車で迎えにきた場面を観ているようで嬉しくなってしまった。どちらが先につくられた場面かは定かでないが、白い乗り物でのお迎えって白い雲に乗って阿弥陀様がお迎えにくる阿弥陀来迎図以来のイメージなんだろうか。
他の松竹新喜劇の御馴染みメンバーも健在なのが嬉しい。小島慶四郎が吉本興業の大番頭役でポイントポイントに出てきて笑いをとりながらも喜劇としての舞台を締めてくれる。寛美が活躍していた頃に二枚目役だった小島秀哉はずいぶん恰幅もよくなって父の役で情愛にあふれた芝居を見せてくれていて、あらためて自分も年をとるわけだと感心したりした。
落語家をやめて漫才師に転身した役でレッツゴー長作、いま寛大がみせた芝居もよかった。さすがに本職だ。
こういう大阪の人情芝居は大好きなのでずっと観ていきたいと思う。藤山直美、これからも応援するぞ~。

以下、これまで観た藤山直美の舞台の感想。
「殿のちょんまげを切る女」

「ヨイショ!の神様」
「狸御殿」
写真は公式サイトより今回公演のチラシ画像。
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