Piano Music Japan

シューベルトピアノ曲がメインのブログ(のはず)。ピアニスト=佐伯周子 演奏会の紹介や、数々のシューベルト他の演奏会紹介等

下野竜也指揮読響「ドヴォルザーク交響曲全曲 第7回」2012.01.08批評(No.1972)

2012-01-09 21:59:34 | 批評

ティンパニが「日本一のオケ = 読響の響き」を支えている!


 私高本が読響の定期メンバーになったのは、確か1992年4月だった、と記憶している。(間違っていたらご指摘下さい)

当時、「ティンパニ首席 = 菅原淳」で「次席 = 岡田全弘」


だったように記憶している。在京オケでぶっ飛んで突き抜けてうまかった > 2人とも。
 2人も名手がいるので、「トラ」が来ることはほとんど無かったように(聴いた限りの公演では)記憶している > 2007.06.09(土)の「テーリヘン:ティンパニ協奏曲」で「錦を飾って定年引退」にて菅原淳が引退するまでは。(同時に岡田が首席に就任したように記憶している。)


 オーケストラで「最も高い地位の奏者 = 第1ヴァイオリンの第1プルトの外側に座っている人 = コンサートマスター」と言うことに公式的にはなっている。読響も同じで、プログラムノートには「コンサートマスターの名前」が記載されている。
 ・・・が、いろいろな書物に目を通すと、「ホルン」が大切なことがわかった。オケ同士で「優秀なホルン奏者の奪い合い」は凄まじい。

ロンドンの フィルハーモニア管弦楽団 ホルン首席 = デニス・ブレイン がコンサートマスターよりも遥か高額の契約だった


は超有名。読響も「ソロ・ホルン = 山岸博」は別契約の様子。


 猫頭の私高本は「契約の通りにオケ全体には影響あるのかな?」と昨日まで思っていた。「誤解していた」と書いた方が適切。猫頭だから、しゃーないわな(爆


 昨年の「締めの演奏会 = 2011.12.26 下野竜也指揮読響第9」で今年の「明けの演奏会 = 2012.01.08 下野竜也指揮読響ドヴォルザーク」でどちらも佐伯周子と一緒。

佐伯周子は「下野竜也指揮読響の大ファン」だから


なあ! ドヴォルザークの「出世作 = スラブ舞曲第1番作品46-1」が鳴る。「ん?」何か変だ?? 安い3階席にしたからか??? あれっ? 昨年12/26も同じ「オペラシティの3階席」だったじゃないか!!! 席番も3番しか違わないぞ(爆
 どうやら「ホール」とか「座席」の問題ではなさそう。弦楽器奏者の数を数え始める。

「第9」は14型、「ドヴォルザーク」は16型


 あれっ? 今日の方が弦は編成大きい?? ん? 何がなんだかわからん内にスラブ舞曲第1番は終わった。


 打楽器奏者とハープ奏者とオーボエ奏者の出入りが見える。交響曲第3番変ホ長調が開始される。

下野竜也は「ワーグナー」ばりのサウンドを轟かせようとする


 確かに、金管を中心に「鳴る」のだが、変だ。トランペット1番 = 田中敏雄、ホルン1番 = 久永重明。この2人は1番を吹くことは少ないメンバーだが、聴いていると「下野竜也の指示」通りに吹いているように聴こえる。弦と木管も「いつもの読響」だ。ん?

ティンパニがおかしい。「常時明るい音色」しか出て来ない上に「フォルティシモ」と「ピアニッシモ」の不足が明らか


 「岡田が叩いている」とばかり思っていたが、どうも違う。しかも読響では見かけたこと無い人に見えた。(休憩時に確認した。後述する。)

 指揮者 = 下野竜也 がプログラムノートである「月刊オーケストラ2012年1月号36-37頁」に次のように記載している。

下野竜也著 : ドヴォルザーク交響曲全曲演奏を目の前にして


 先人の影響が色濃く残る、初期の作品群のスコアを見ると、そこに、音楽が好きで好きで」たまらないと筆を走らせているドヴォルザークの姿が浮かび、親しみを覚えます。「これって、ベートーヴェンみたいだけど、いいや、書いちゃえ」「はぁ、僕もワーグナーみたいな転調書いてみたい! 似ているけど、いいや、書いちゃえ」と嬉々として書いたであろうドヴォルザーク。

 決して忘れてはいけない、音楽が好きだという気持ち、私にとってドヴォルザークのスコアは、いつもその気持ちを再確認させてくれる。大切な心のふるさとのようなものです。


楽譜が「売れるか売れないか? はわからない」と言えば、美化している。「売れない」ことがわかっているのに、『偉大な先人』の作曲技法を習得するため「だけ」に「交響曲 & 弦楽四重奏曲」を大量に作曲したのは、ドヴォルザークとシューベルトのみ!


の事実だけここに記す。私高本は猫頭なので、交響曲スコアはあまり読まない(シューベルトでさえ)。「シューベルトの弦楽四重奏曲スコア」を読む時に、下野竜也 と全く同じ気持ちを抱く。「ハイドン!」「モーツァルト!」
 そして「シューベルト31才で梅毒で死ぬ直前の最後の最後のピアノソナタの最後の楽章の頭」で、ベートーヴェン弦楽四重奏曲作品130 の「新しい終楽章」が引用される! ドイチュ番号では、その後には器楽作品が無いことになっているその瞬間まで、ベートーヴェンを尊敬し「いいや、書いちゃえ」とした作曲家がシューベルトだった、、、
 ドヴォルザークは(シューベルトよりも)長生きしたので「後期作品」は(猫頭私高本は)シューベルトのような事象は認識していない。

岡田全弘 の 「前任者 = 菅原淳の花道公演」のメインプログラム = 下野竜也指揮ドヴォルザーク交響曲第6番作品60 で「下野竜也 + 読響」が十全に披露してくれた!


 私高本は「クーベリック指揮ベルリン・フィル盤(DG)」を事前予習に用いている > 「下野竜也 + 読響 のドヴォルザーク」

 第6番の時は「息を呑んだ!」。今まで聴いていたのは何だったのか? って。 > 佐伯周子 の演奏会が近かったので、批評掲載も落としてしまった > プログラムノート印刷の締切を落として「印刷会社からの督促」が凄まじかったことを思い出す。当時から「猫頭」だったんだよな > 私高本(泣


 猫頭はすぐには治らない。佐伯周子 は「即治る」ことを切望して止まないが、「1997年に岡原慎也からそれとなく要望されて、15年経過しているのに何も治っていない」が事実。まぁ無理だろな(爆


 「変ホ長調」は、ドヴォルザークにとって「どんな響きだったか?」を想像する。おそらく、ベートーヴェンの「交響曲第3番=英雄」とか「ピアノ協奏曲第5番 皇帝」のイメージ。「英雄的な調性 = 変ホ長調」である。リストも「変ホ長調 = 英雄」、ショパンも「変ホ長調 = 英雄ポロネーズ」である。さらに「シューベルトにとって、同時代のヒーロー = ベートーヴェン(27才年上)」に匹敵するのが

ドヴォルザークの同時代人の大先輩(27才年上) = ワーグナー!


 年齢差まで「ピタッ」と一致かよ!!!

 これほど「年齢差」があると、「フツー」は挑まない。しかし、若き日の シューベルト と ドヴォルザーク は「作曲中毒患者」であり、「治す薬」無し(爆
 ワーグナー「楽劇」&「歌劇」を徹底的に身に付けて、交響曲に盛り込んだのが「第3番変ホ長調」だ。

ブルックナー交響曲第3番を「ワーグナー」と呼ぶ習慣があるのだから、ドヴォルザーク交響曲第3番も「ワーグナー」と名付けたい!


が私高本の提案。2人とも「引用」だらけだ(爆


ワーグナーは(聴き手の好みは別にして)「表現の巾の拡大」を目指し大成功を収めた作曲家、と断言できる


 バイロイト祝祭劇場管弦楽団などでは「世界超一流奏者」が集まっている。勿論、ティンパニも。ワーグナーは「超一流奏者」を要求した。ブルックナーもドヴォルザークも心の中では要求して「ワーグナー風」の大交響曲を作曲したハズ。実際は「世界初演」に漕ぎ着けるのがどちらも大変だったのだが(泣

 日本のオケはどこも「年末の第9」には力を入れる。「定期演奏会」より高くチケットが売れるし、それでも「全席完売」になるからなあ。私高本は20年連続で「読響の第9」聴いて年越しているが、それは「毎年素晴らしい演奏」を続けているから。スカな演奏カマしたら、他のオケに即移る > いっぱいあるからなあ「年末第9」(藁

 ・・・ってなワケで、全7公演首席ティンパニ = 岡田全弘 は駆り出された(ハズ)。2回しか聴いていないが、途中で抜ける、ってことは業界慣習からするとあり得ない。ちなみに、チケット争奪戦には少々出遅れたので、2回とも(最も人気薄い)東京オペラシティになってしまった。来年は「横浜みなとみらいホール」を押さえた。(中華街に好みの店が1店あるので、演目が同じで座席が満足できればみなとみらいは好きである)指揮者もカンブルランだし。

 「読響の年始」は「モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲」なんて年もあった。全部「ティンパニ無し」だよな、確か。年末に岡田全弘を酷使したら、どこかでは休ませないと「人間が壊れる」になってしまう。ちょうど、この「下野竜也 + 読響 : ドヴォルザーク」がその瞬間に当たってしまった。この後が、R.シュトラウス と マーラー だからなあ。この2プログラムは岡田全弘が叩かないと「十全な音楽像」が出ない、と思うわな > ドヴォルザーク より負担あるし。

 ・・・てなワケで、日本フィルの 副主席奏者 = 三橋敦(みつはしあつし)が呼ばれた。別に悪い奏者では無い。N響の久保よりもリズミカル。

ただ「読響のこの20年の水準」には、三橋敦 は達しなかっただけ


である。「音色が終始明るい」「ダイナミクスの巾」この2点だけ。N響に臨時で招聘された「ゾンダーマン」(だったと思う)と言う滅茶苦茶上手いティンパニ奏者が語ったところでは「バチ選び」だそうだ。私高本は猫頭で「ピアノ」でさえ、奏法が良くわかっていない。まして、ティンパニなんてわかるハズも無い。只々「演奏結果」が「聴き取れる」だけである。
 交響曲第3番終演直後は結構「ブラヴォー」があちこちから掛かった。


 後半は交響曲第9番「新世界より」。トランペット1番 = 長谷川潤、ホルン1番 = 山岸博 を据えた万全の金管布陣。

 ・・・だが、ティンパニ = 三橋敦 は継続。(そりゃ、そうだわな、人間休まないと死ぬぞ)ドヴォルザーク「新世界より」って、第1楽章冒頭は「くら~い」んだよね。読響でも「くら~く」演奏してた。それが、「明るく響く」だった。佐伯周子 は寝るし(爆)、チケット代金が惜しくなったわ > 「新世界より」

 だが「寝た佐伯周子」を批難する気は全く起こらない。ティンパニが「音色変化無し & ダイナミクスはちょっとだけ」だと、『映えない』曲だった > 「新世界より」
 終演後は1人だけ「ブラヴォー」掛けていたが、交響曲第3番に比べて冷静。う~ん、「読響の聴衆」は理性的!


 プログラムノート読み限りだと、下野竜也 は「来期で正指揮者退任」の予感がする。「ドヴォルザーク交響曲全曲演奏会最終回 = 第2番」では、『ティンパニ = 岡田全弘』だけは実現して欲しい。

読響サウンドの根源 = ティンパニ の岡田全弘 だから


 せっかくだから

「ソロ・ティンパニ」のポジション作って、岡田全弘 を迎え入れる


を検討してはいかがだろうか? 岡田全弘 が他オケに移ったら、「年末の第9」はそこを聴きに行く、と思われる。あぁ、定期も > 猫頭の私高本(爆

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