Piano Music Japan

シューベルトピアノ曲がメインのブログ(のはず)。ピアニスト=佐伯周子 演奏会の紹介や、数々のシューベルト他の演奏会紹介等

佐伯周子 2013.05.11 東京芸術センター定期100定期演奏会のアンコール(No.2270)

2013-04-30 21:31:05 | ピアニスト・佐伯周子

当該演奏会では、『シューベルト の しかも これまで 「シューベルト完全全曲」で演奏していない曲』らしい


 おいおい、しかも「切り札」の曲じゃないか! もう出すの???

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ラヴェル「ラ・ヴァルス」のグリッサンドの魅力(No.2269)

2013-04-29 22:20:09 | ピアニスト・佐伯周子
 焼酎を飲んでいると、佐伯周子 がラヴェル「ラ・ヴァルス」を弾いている。この曲大好きなので、ピアノソロ版、ピアノ2台版、オーケストラ版 全てを頻繁にCDで聴く。すると、不思議なフレーズが聴こえて来た!

グリッサンドが「厚い」のだ!


 「ピアノソロ版」の楽譜よりも厚い。これは間違い無い。どうも、「ラヴェルオリジナルよりも厚い」ようだ。相当に聴きごたえあり。
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佐村河内守交響曲第1番「Hiroshima」作品批評(No.2268)

2013-04-28 18:35:16 | 批評

管弦楽曲「伊福部昭:日本狂詩曲」、オペラ「團伊玖磨:夕鶴」 に比肩する名曲 交響曲第1番「Hiroshima」を産んだ 佐村河内守(さむらごうちまもる)


  2ちゃんねるクラシック板住人の私高本が、4月下旬から貼り付いたスレッドがある。

「佐村河内守~HIROSHIMA~☆1」スレッド


である。私高本は

  1. 日本人クラシック音楽作曲家好き


  2. 「交響曲」好き



なので、ここ30年くらい「当該分野」を見つめていた。

吉松隆が「この交響曲分野」を(少なくとも)制覇する日が来る、と思っていた時期もある。藤岡指揮の交響曲第2番が「シャンドスレーベル」からリリースされてから「交響曲第6番」までがリリースされた時期である


 現在、杖をついての歩行となってしまった 吉松隆 が「巻き返し」があるかどうかは、私高本は分からない。「老化の進行」が来ていることだけは明らかだ(泣


 上記2ちゃんねるスレッドでも、語られているように

佐村河内守:交響曲第1番「Hiroshima」終楽章 = 第3楽章 は、マーラー交響曲第3番終楽章 = 第6楽章 が手本


は、「交響曲愛聴者」ならば誰でも気付くであろう。「ピアノ音楽愛好者 = 私高本」が聴いても判るほど、はっきりしている!!!


 佐村河内守は「後天性全聾」とのこと。この方向でのPVも数多く放映された、とのこと。見ていないので、よくワカラン><


私高本 = 「聴いた音楽だけ」で批評するヒョーロンカ なので、ベートーヴェン、スメタナ、フランク などの作曲家についても『仕上げた作品だけで批評』して来た


である。気に食わない読者は、コメントしてちょ。


マーラー交響曲第3番が(作曲されてからでは無く)初演されてから、100年以上が経過している。『世界最長の交響曲』を越えようとした作曲家は無数! 佐村河内守 は「匹敵する水準」まで肉薄した!!!


は、圧倒的な事実。

 私高本は、佐村河内守の私生活には、一切興味が無い。これは「個人的資質」であり、「しゃーない」範囲だと思う。2ちゃんねるクラシック板の情報が正確ならば(その可能性は薄いが)、「後天性難聴」を最大限の引き出したらしい。伝言なので、実証は各自がしてね(涙

これほどの才能は、伊福部昭 & 團伊玖磨 以来。是非是非、「作曲専念」環境を整えて欲しい > 佐村河内守

コメント (2)
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尾高忠明指揮読響 2013.04.27 批評(No.2267)

2013-04-27 21:55:27 | 批評

グルダ 以上に「モーツァルトのピアノ協奏曲」をいじくり成果を挙げる 北村朋幹、その様は「グルダの再来」のよう!

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上野優子ピアノリサイタル2013.04.26批評(No.2266)

2013-04-26 23:45:51 | 批評

後半の ボルトキエヴィチ + ヒナステラ が圧倒的な名演だった 上野優子

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素晴らしい音楽(特にピアノ!)が聴きたい(No.2265)

2013-04-25 22:59:23 | ピアノ音楽全般
 明日「上野優子ピアノリサイタル」を聴きに行く。銭も無いのに、ちょくちょく、大阪&兵庫に「岡原慎也ピアノリサイタル」も聴きに行く。明日聴きに行く 上野優子 と 佐伯周子 は、全く違うタイプのピアニスト。「どちらがより好きなの?」と尋ねられれば、マネジャーまで務めている 佐伯周子 の方が「好み」である、が、この2人に優劣は付けられない。

佐伯周子 も 上野優子 も、それぞれに「他人を寄せ付けない作曲家レパートリー」を有している一流ピアニスト


だから、である。
 当ブログを読んでいると「私高本がラフマニノフ好き」はあまり感じられないだろうが、相当に好きである(爆
 上野優子 の演奏のおかげ様! と感謝している。変奏曲、前奏曲集 の魅力は 上野優子 に教えてもらった、と感じている。
 私高本はクラシック音楽の中でも「ピアノ音楽」が好き。

表現力の「巾広さ」を有しているピアニストの演奏が大好き


である。
 「上野優子 のロシア音楽」は1人でも多くの人に聴いて欲しい。
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佐伯周子:東京芸術センター第100回定期演奏会リハーサルを聴いて(No.2264)

2013-04-24 20:20:01 | ピアニスト・佐伯周子
 元来が無計画な性格なのか?、昨日夕飯時に「今日リハーサル出来る?」との会話を発端に、昨日夜、急遽「5/11リサイタル」のリハーサルを聴かせてもらった。「聴いた通り」の率直な感想を書く。

「全体の構造」の描き方がしっかりとしている上に、「細部の磨き上げ」が『シューベルト完全全曲』並みの演奏だった 佐伯周子


 私高本は、「佐伯周子 は シューベルト との相性が素晴らしいピアニスト」と昨日まで信じていた。言葉を替えれば、「シューベルト以外の作曲家」との相性は「シューベルトの域には達していない」と思っていた。「シューベルト完全全曲第1回」に演奏した ショパン と スクリャービン は、シューベルトの高みには達していなかったし、その後も、折にふれていろいろな作曲家の作品も取り上げて来ているのだが、「スメタナ」を唯一の例外として、「シューベルトクラス」の演奏は「佐伯周子:シューベルト完全全曲」では聴いていないように思っていた。(色々な作曲家を取り上げているのだが、、、)


 「東京芸術センター第100回定期演奏会」のプログラムを佐伯周子が決めた後に見せてもらったときには愕然とした!

「シューベルトが1曲も無い!!!」


 佐伯周子 に理由を尋ねたら「シューベルトは充分に弾いていますから」とのことだった。確かに!!


 本日号では、「最大の曲 = ムソルグスキー:展覧会の絵」についてだけ述べる。

「文化庁芸術祭で優秀賞の栄誉に輝いた 岡原慎也 の演奏」を聴かせて頂いたおかげさまで、他の曲よりは少しだけ詳細に語れるから


である。岡原慎也に感謝!


『佐伯周子の ムソルグスキー:展覧会の絵』は、「表情の瞬間の変わり様」があまりにも見事! が最大の聴きどころ


 「盛大に鳴っていた!」瞬間の直後に「静寂」が来たり、「ゆったりとした流れ」の直後に「けたたましい喧嘩」が出て来る。勿論、「リヒテル以降」のピアニストはそれぞれに工夫している方向なのだが、

佐伯周子 は「タッチ」による陰影が極めて濃い


である。ペトロフ ほどはタッチは強くなのだが(書いて良かったのか???)

特に「速い曲」での『存在感』が圧倒的な 佐伯周子「ムソルグスキー:展覧会の絵」


である。シューベルトは「プレスト指定の楽章」がピアノソナタには無いので、全く(佐伯周子の演奏を聴くまでは)予知出来なかった。これまでのCDよりも素晴らしかったし。それで終わった後のつぶやきが

「ピアノが小さいよね、、、」って、セミコンサートグランドピアノ なんだが!!!


 確かに「演奏会当日はフルコンサートグランドピアノ」だよね(涙

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続々:スダーン指揮東響川崎定期「モーツァルト:宗教曲(レクイエム&戴冠ミサ)2013.04.21批評(No.2263)

2013-04-23 23:53:07 | 批評
 
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続:スダーン指揮東響川崎定期「モーツァルト:宗教曲(レクイエム&戴冠ミサ)2013.04.21批評(No.2262)

2013-04-22 23:56:27 | 批評

モーツァルト も オーケストラ(= 東響) も 合唱(東響コーラス) も ホール(= 川崎ミューザ) も、「構造」も「細部」も知り尽くした スダーン!


  戴冠ミサ が開始された途端、「モーツァルトのキビキビした音楽」がピンと張り詰めた空気と共に伝わって来た公演。「モーツァルトのオーケストラ付き合唱曲」と言えば

  1. レクイエム K.626


  2. アヴェ・ヴェルム・コルプス


  3. ハ短調ミサ K.427


  4. 戴冠ミサ



の4曲(だけ)が有名。この内、ハ短調ミサを除く3曲を素晴らしい名演で聴かせてもらった演奏会となった。アヴェ・ヴェルム・コルプス はアンコールだった!!!

「スダーンのモーツァルト」は、『余計な装飾が無い』&『リズムの躍動が目の前で曲が産まれたかのようにイキイキ』


である。ティンパニ と トランペット ばかりが、取り上げられることが多いが、

「スダーン の モーツァルト」は、弦楽器と合唱のノンビブラートが根本


である。これは「書く」のは簡単だが、「微妙な音程の差」が露骨に現れてしまうので、オケや合唱団を信じないと出来ないワザ。スダーン は、9年の年月を掛けて、「全面的に信頼できる」関係を築き上げてくれたのだ!

ノリントンが「ピュア・トーン」とN響でホザいているが、実現できているのは「スダーン + 東響」の方であり、「ノリントン + N響」は未達


は明記しておく。ちなみに

「東響コーラス はスダーンの意図通りにモーツァルトを再現」するが、「新国立劇場合唱団」と称する ヴェルディ「レクイエム」N響定期公演合唱団は、合唱指揮者を「立たせてもらえなかった」程度の出来


 これは、新国立劇場合唱団側の問題、とは思えない。N響側の問題だと私高本は確信している。


 「スダーンの意図」を実現する 東京交響楽団 + 東響コーラス は、素晴らしかった。弦は 10+10+8+6+4。戴冠ミサ は、勿論 ヴィオラ無しだった。

「4/21 の東響コーラス」 > 「4/19 の新国立劇場合唱団」


だったことははっきりしている。原因は(根本的には)「指揮者の耳の差」だと感じる。
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スダーン指揮東響川崎定期「モーツァルト:宗教曲(レクイエム&戴冠ミサ)2013.04.21批評(No.2261)

2013-04-21 23:53:33 | 批評

「緊密なモーツァルト」を見事に描き切った スダーン + 東響 の川崎ミューザ復帰第1回「川崎定期」


  2011.03.11 東日本大震災 で「関東のクラシック音楽ホール」で唯一天井が崩落した、と言う 川崎ミューザ を本拠地にしている 東響 が2年のブランクを経て(スダーンの音楽監督最終年に)復活した。
 復活公演は、スダーン X 東響 で最も評価が高い、と推定されるモーツァルト。その中で、

最も スダーン が自信があったのが、「東響コーラス」を起用しての「合唱付きオーケストラ曲」


だった。2週間前の「ブルックナー:テ・デウム 付き 交響曲第9番公演」では、うまく行かなかった顔合わせなのだが、この日は全く違った。

この日の演奏は『スダーン の意図』通りに演奏する 東響、東響コーラス、声楽ソリスト陣


だった。ティンパニ と トランペット が「オリジナル楽器」系(ピッチはモダンです><) だったことだけでは無い。
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これから聴きに行くコンサート(No.2259)

2013-04-20 22:06:13 | 演奏会案内

  1. 東京交響楽団川崎定期第40回 スダーン指揮 モーツァルト「戴冠ミサK317 & レクイエムK626」2013.04.21 川崎ミューザ




  2. 読響第525回定期 小林研一郎指揮 スメタナ「わが祖国」全曲 2013.04.22 サントリーホール




  3. 上野優子ピアノリサイタル 2013.04.26 カワイ表参道コンサートサロン「パウゼ」




  4. 読響第63回みなとみらいホリデー名曲シリーズ 2013.04.27 横浜みなとみらいホール




  5. 新国立劇場バレエ「ペンギン・カフェ」 2013.05,02 新国立劇場




  6. 佐伯周子ピアノリサイタル 2013.05.11 東京芸術センター(北千住)




 
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ビシュコフ指揮NHK交響楽団定期公演A初日2013.04.19批評(No.2258)

2013-04-19 23:08:03 | 批評

指揮者=ビシュコフの「全体像把握」、N響のアンサンブル力、新国立劇場合唱団の声量不足、ソプラノソロの不安定。相互に悪影響を及ぼしてしまった ヴェルディ「レクイエム」


  既に、同じ曲 = ヴェルディ「レクイエム」を録音までしている ビシュコフ が満を持して、披露してくれた公演だが、合唱付きの曲である 新国立劇場「魔笛」 や 東京交響楽団「テ・デウム」に比べて、遥かに少ない「ブラヴォー」であり、実際の演奏もその水準だった。何が原因なのか?


  1. ビシュコフ自身の「楽曲分析(アナリーゼ)」不足


  2. 広大でデッドな NHKホール の響き


  3. N響 のアンサンブル力不足(「ドイツ音楽に偏向」かも)


  4. 新国立劇場合唱団の声量不足


  5. ソプラノソロの不安定


  6. 練習不足(時間不足)



の内、1つ以上のどれかが原因だろう。特定するには「リハーサル見学」が必要。私高本は全くわからない。上記の内、「ソプラノソロ」は(おそらく)ビシュコフ自身が引っ張って来たソプラノと見受けられるので、ビシュコフ本人の「見込み違い」に当たる。

 いろいろと「問題あり」と感じたことはある。

  1. 『舞台配置』が変。第1ヴァイオリンを「後方プルト」ほど客席から遠ざける


  2. ティンパニ&大太鼓2種を「正面」に配置


  3. ソリストは指揮者のすぐそば、だが、合唱団は信じられないほど「奥」


  4. 舞台手前座席を「1列」残し、P2列は発売



 これらは「公演成功の足を引っ張る」要因なのだが、どれが最大の原因か? はわからない。私高本が「猫頭ヒョーロンカ」だからでは無い。これを「演奏会1回」聴いただけで判断できれば、「神」の領域である(爆

 明日の演奏会は「ヴェルディファン」であるならば、近付かない方が無難。「1日経てば別!」の可能性もあるが、「全く同じ、かそれ以下」の可能性の方が高い。収録もしないし><

 尚、

ビシュコフ自身は「新国立劇場合唱団」に大いに不満!


であり、1回も「合唱指揮者を立たせなかった」ことも附記して置く。私高本の判断では、「新国立劇場合唱団の声量不足」はあることにはあったが、最大の原因では無い、なのだが(爆
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新国立劇場モーツァルト「魔笛」初日批評(No.2257)

2013-04-14 23:12:09 | 批評

圧倒的な説得力を持った「ヴァイケルト指揮 + 松位(= ザラストロ) + パミーナ(= 砂川涼子)


 前世紀から続く「たった2つのプロダクション」だが、「新国立劇場の財産」の ハンペ演出。
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シューベルト「楽興の時」は6曲の曲集だったのか?(No.2256)

2013-04-13 21:34:17 | 作曲家・シューベルト(1797-1828

シューベルトは「全曲一括出版には全くこだわらなかった作曲家」


 まず初めにこの事実を明記しておく。出版順に

  1. 「美しき水車小屋の娘」作品25D795 は、5分冊で ザウアー&ライデスドルフ から出版され、第10曲以降がやたら遅く出版された。


  2. 連弾ピアノソナタ ホ短調D823 は「作品63-1」と「作品84-1&2」に ヴァイグル から分割出版された上、「ディヴェルティメント」「変奏曲」「ロンド」のタイトルに変更


  3. 「即興曲集第1集」作品90D899 は、第2曲以降を全面的に出版社の意向通り書き直したにも関わらず ハスリンガー から第2曲までが生前出版された



 上記3曲集は「シューベルトを代表する作品」である。「連弾ソナタ」が最もムゴい分割をされたが、シューベルト旧全集編纂時には「謎は解き明かされた」状況に至った。(曲名は「第1楽章」をそのまま用いたが、、、

シューベルト生前唯一の「自作だけの演奏会チケット」を販売したのは、ハスリンガー、ディアベリ、ライデスドルフ の3社


 この3社はシューベルトの信頼は厚かった。ライデスドルフ と ハスリンガー は「分割出版」の実績があったにも関わらず、である。ライデスドルフ とは一時期「専属契約」をしていたのだが、上記の「美しき水車小屋の娘」出版時のノロノロとした上に、「死と乙女」弦楽四重奏曲D810 を出版拒絶したことなどにより専属契約を解消している。だが、喧嘩別れしたワケでは無い。

「作曲代金をきちんと支払ってくれることが出版社の役割」が『作曲代金だけで自律した世界初の作曲家 = シューベルト』の認識


であった。これは、ショパン、シューマン、リスト 以降の作曲家の模範の態度となった。


「循環する形式」がテーマだった シューベルト が、ハ長調 → 変イ長調 → ヘ短調 → 嬰ハ短調 → ヘ短調 → 変イ長調 で終結させるか???


 これは、あり得ない。最後に「→ ハ長調(または ハ短調)」が必ずある。

ライデスドルフ が出版しなかった曲なので「長い」or「難しい」曲と考えるのが妥当


である。該当する曲は2曲ある。

  1. アレグレット ハ短調D915


  2. アレグロ ハ長調D946/3



 さて、どちらなのだろうか?
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バッハ「シャコンヌ」のピアノ編曲についての結構詳述(No.2255)

2013-04-12 22:38:49 | 作曲家・バッハ(1685-1750)

バッハ:シャコンヌ の「2大ピアノ編曲 = ブラームス編曲版 と ブゾーニ編曲版」の『編曲思想の違い』について


 Piano Music Japan の名前通りのブログとなる。久々かも(爆


バッハ:シャコンヌ は、言うまでもなく 無伴奏ヴァイオリン曲


である。1本のヴァイオリンとは思えない技巧が散りばめられており、パガニーニ が出現するまで「演奏不可能の迷曲」の筆頭に数えられていたほど><

 ピアノ伴奏を付けた作曲家(= シューマン)もいたりするほど、「和声感」が素晴らしい曲である。(シューマンのピアノ伴奏付きを薦めているワケでは無いので、誤解無きように)


 ズバリ、焦点を書く。

先に編曲した ブラームス は「和声」を一切変えずに編曲、ブゾーニ は「和声」を変えて(強化した、または 複雑化した、と強弁すると思う)編曲


 これが実態である。

 私高本は、「バッハのピアノトランスクリプションは、ケンプ編曲がお薦め」をこれまで貫いて述べて来た。オケからの編曲だと、いろいろと「消えるパート」だらけなのだが、これはやむ無し(爆

バッハが「減3和音」で作曲した箇所を、「減7和音」に書き直す ブゾーニ、「減3和音」のママのブラームス


 これか、、、

 私高本が「ブゾーニ編曲」に違和感を感じたのは、、、

ブラームス や ケンプ は「バッハ」から、「声部を少なくする」ことはあっても、「和声を変えてまで増やすことはしない」


である。

和声まで変える ブゾーニ編曲 が最適、なことがあるのだろうか?


 私高本は、ブラームス編曲 や ケンプ編曲 の方が遥かに素晴らしい! と感じる次第である。
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