Piano Music Japan

シューベルトピアノ曲がメインのブログ(のはず)。ピアニスト=佐伯周子 演奏会の紹介や、数々のシューベルト他の演奏会紹介等

Schubert : Brown Ms.(シューベルト:ブラウン手稿譜)詳細説明(No.2490)

2016-08-26 17:21:20 | 作曲家・シューベルト(1797-1828

Schubert : Brown Ms.(シューベルト:ブラウン手稿譜)詳細説明


 8月3日佐伯周子:ベーレンライター新シューベルト全集に拠るピアノソロ曲完全全曲演奏会にお越しくださいまして誠にありがとうございました。アンコールは、楽興の時第3番ヘ短調作品94/3 D780/3 でした。
 ご来場者様から頂いたご質問について詳細説明致します。

ご質問:演奏会プログラムに記載されていた「Brown Ms. ナンバー」とは何か? ドイチュ番号 D のほかにBrown Msナンバーを付する意味は何か?


「ブラウン手稿譜番号」は Maurice Brown が1958年に発表した論文で、「自筆譜と筆写譜のありのままにシューベルト作品を捉える研究が重要」と指摘した手稿譜毎に割り当てた番号


大作曲家には、後世の研究者たちが様々な体系番号を振っています。「バッハ:BWV」「ハイドン:Hob.」「モーツァルト:K.」などは、問題の少ない体系番号だったので、他の体系番号は使用されていないハズです。
 「シューベルト:D」も大筋では良いのですが、一部の作品群=特に舞曲 に問題が多いことを明らかにしたのが、ブラウンです。Brown著:Schubert: a Critical Biography Hardcover – Import, 1958 にて公開されたのですが


  1. シューベルトは、舞曲に於いて「出版用に自筆譜を作曲したのではない」。


  2. 「36のオリジナル舞曲集」作品9 を例に取れば、「Brown Ms.30」「Brown Ms.25」「Brown Ms.26」「Brown Ms.24」「Brown Ms.29」「Brown Ms.33」「Brown Ms.研究後に見つかったアンゼルム・ヒュッテンブレンナーの筆写譜」は、それぞれ独立している。



 それまでは、

  1. 1889 ブライトコプフ旧シューベルト全集舞曲巻:生前出版番号付き作品及び没後出版年最優先:他は落穂拾い


  2. 1951 ドイチュ:シューベルト作品番号カタログ:旧シューベルト全集踏襲:その後見つかった自筆譜筆写譜を追加しただけ


  3. 1956 ヘンレ版舞曲集全2巻:ドイチュ番号順に従って出版。但しD135 は出版せず



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

D960も素晴らしい上に、D576の「技巧的な変奏曲」が素晴らしい佐伯周子(No.2489)

2016-08-02 21:27:35 | ピアニスト・佐伯周子
佐伯周子のリハーサルを聴いた。ピアノが小さいので、ベーゼンドルファーインペリアルでどのような低音が響くのかは不明><

D960も素晴らしい上に、D576の「技巧的な変奏曲」が素晴らしい


 D960 は「とにかく素晴らしい。1人でも多くの人に聴いて頂きたい。」と感じた。特に第1楽章の「静けさの支配する世界」が圧倒的だった。

 ・・・で、リハーサル聴いて信じられない感動を呼び込んだのが、「アンゼルム・ヒュッテンブレンナーの主題に拠る13の変奏曲」イ短調D576 の技巧的な説得力の高さである。私高本は

シューベルトのピアノ技巧を駆使した作品は「さすらい人」幻想曲作品15 D760 から! と思っていたが、実際は「D576からだった」である。この衝撃は大きい。これまでリリースされている「シューベルトピアノソロ」の」主要CDは全部買い揃えているのだが><

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

佐伯周子8月3日シューベルト全曲第19回当日券あります(No.2488)

2016-08-02 21:13:10 | ピアニスト・佐伯周子

佐伯周子8月3日シューベルト全曲第19回当日券あります


18:59来場で充分間に合います。「プレトーク」は私高本が行います。「アンゼルム・ヒュッテンブレンナーの功績」を中心にお話し致します。

シューベルト「初の大ヒット作品=悲しみのワルツ」1818.03作曲


「糸を紡ぐグレートヒェン」D118,「魔王」D328,「竪琴弾き」D478-480,「さすらい人」D489,「死と乙女」D531,「ます」D550 などの名リートをシューベルティアーデの仲間には披露していたシューベルトだが、楽譜の出版も出来ていないし、オペラ作曲の依頼も無かった。友人たちは名リートをウィーンの楽譜商に売り込もうとしたが、ブライトコプフも(始めは)ハスリンガーも鼻にも掛けなかった。無名だったからである。
転機は意外な曲となった。作曲時は「ドイツ舞曲」の題名だった「悲しみのワルツ」D365/2である。アンゼルム・ヒュッテンブレンナーが大絶賛した様子で彼への献呈譜のみ日付が入っている。シューベルト舞曲自筆譜に日付書込みは4曲のみなのだが、その最初に当たる。
ヒュッテンブレンナーの大絶賛の耳は正しく、出版もしないのに20万人都市=ウィーンの至るところで演奏されるようになり、「悲しみのワルツ」の愛称も付いた。「流行歌のワルツヴァージョン」誕生である。
「悲しみのワルツ」がウィーンで大ヒットすると、オペラの委嘱が相次いだ。「双子の兄弟」D647(1818年末-1819.01作曲,1820.06.14初演),「魔法の竪琴」D644(1819-1820作曲,182008.19初演)である。「オペラを上演経験がある作曲家なら」と言うことで「カッピ&ディアベリ社」出版の話は1821年3月以前に決まっていた。「ディアベリ変奏曲」D718を「魔王」出版前に提出しているからである。
「魔王」作品1 を1821.04.02に出版して以降は、ベートーヴェン生前の1825年に既に「楽譜出版社からの収入」で上回っていたほどである!

長調と短調の色彩感が交錯する「未完成交響曲」D759 と「悲しみのワルツ」D365/2 を世に広めた男=アンゼルム・ヒュッテンブレンナー


この2曲にははっきりした共通点がある。長調と短調の色彩感が交錯することである。シューベルティアーデの仲間と踊るための舞曲は、明るい曲想だった。「悲しみのワルツ」は明るく開始するが9小節目から翳りを見せる。これが「悲しみ」の愛称が付いた原因。
アンゼルム・ヒュッテンブレンナーの名前は、「未完成交響曲」を1865年まで隠し持っていたことばかりが強調される。だが、「未完成交響曲」作曲自体がアンゼルムが住んでいたグラーツでの1821年9月の演奏会が好評であり、その演奏に加わっていたアンゼルムが会員を務めていて後に会長になるシュタイアーマルク音楽協会の名誉会員に推挙しようと動いた可能性が極めて大きい、とマーティン・チューシッドは考えている。
1818年秋にアンゼルムが故郷グラーツに引っ越し永住するが、その前は互いの作品を評価しあう仲間であり、イ短調変奏曲D576 はアンゼルムが出版する前にシューベルトが完成させている。シューベルトの高評価が出版に踏み切った原因の可能性が高い。以前には、「ます」D550などのリートの筆写譜をもらっていたのだが、「悲しみのワルツ」の人気を見抜き、世に出した功績は「未完成交響曲」に優るとも劣らない活躍と感じる。
アンゼルムはシューベルトの地位向上に努めた。その返礼として書かれたのが「未完成交響曲」だったようである。「さすらい人」幻想曲の注文が来て、意欲が萎えたのが未完成になった原因と考えられるが、完成した2つの楽章はアンゼルムに送ったのである。後半は「シュタイアーマルクで初演の話が出たら作曲」のつもりだったかも知れない。「水上の霊たちの歌」D714 のように。

ベーレンライター新シューベルト全集の素晴らしい編集方針


「自筆譜&筆写譜の舞曲」のみを「自筆譜や筆写譜の通りの組み合わせ」で出版したのが「第1巻」、ベーレンライター新シューベルト全集のみの快挙である。例えば、本日演奏する「悲しみのワルツ」は、作品9で印刷された曲と「1小節アウフタクト」「9小節アウフタクト」が異なっている。自筆譜版の楽譜が市販されたのは新シューベルト全集のみである。
D511+D365/3 が一緒の楽譜であることは、ヘンレ版にもウィーン原典版にもブライトコプフ旧シューベルト全集を開いてもどこにも書いてない。ベーレンライター新シューベルト全集のみなのだ。また、『モーリス・ブラウン手書き譜番号 Brown,Ms.』 を校訂報告に明記してあり、文献との照合に極めて便利。
スケルツォ変ロ長調D593/1が初版以降、全ての楽譜が改竄され歪められていたことも新シューベルト全集からである。

ベートーヴェンへの尊敬の念、シューベルト自身の中期の傑作2作品を発展させた D960


D960 は綿密なスケッチを最晩年1828年4月頃から構想を練っていた。自身の中期の上り坂を駆け上がった2作品、作曲順に、男声8重唱曲(ヴィオラ2本+チェロ2本+コントラバス1本伴奏)「水上の霊たちの歌」D714(1821.12作曲,1821.03.07ウィーン・ケルントナートーア劇場初演)と「さすらい人」幻想曲作品15 D760(1822.11作曲,1823.02.24出版)と、前年に亡くなっていたベートーヴェンの最後に作曲されたと伝わる弦楽四重奏曲第13番作品130の新しい終楽章を手本にした。
「水上の霊たちの歌」D714はチェロを2声で作曲した初めての曲であり、8重唱もこの作品のみである。前年1820.12に着手したのだが、未完スケッチとなってしまった稿を完成させ、3ヶ月後の初演に至らしめた。低音で微妙に移ろう音色の動きを再現した。「さすらい人」幻想曲D760は、『循環ソナタ形式』の成功作であり、器楽大型曲の初の出版に至らしめた。循環ソナタ形式と音の動きの少ない主題と第2楽章=意表を突いた嬰ハ短調を手本にした。
ベートーヴェン弦楽四重奏曲第13番変ロ長調作品130の新しい終楽章からは、変ロ長調調性と冒頭の「ハ短調の属七和音仮借」を手本にした。最晩年の作曲技法にて、1820-22頃よりもさらに説得力の高い曲に昇華した。

「遺作3大ソナタ」中、「明らかな循環ソナタ形式」と「静寂さ」を併せ持つ D960


第1楽章開始、第1楽章終結、第2楽章開始、第2楽章終結、第3楽章開始、第3楽章終結、これ全てがピアニッシモ(第2楽章終結に至ってはピアニッシッシモから dim するほど!)で第4楽章開始もfp。曲全体を静寂さが支配している曲である。
Molto moderato で47小節もある第1楽章第1主題は第8小節に出現する「低音の pp トリル」は囁きかけソナタの性格を方向付ける。そして長いだけで無く音域の巾も広大で ff までに拡大する。第2主題も pp で開始され、第3主題は p で開始される。だが呈示部繰り返しで ffz で「低音トリル」が轟くのだ。D960 は呈示部繰り返しを省くと、全くシューベルトの意図しない構造物になってしまうのだ。展開部で「低音トリオは pp で2回、その後 ppp で3回」囁き、再現部に入る。再現部で「低音トリルは ppp」となるほどの静けさ。
第2楽章は全楽章でも最も静寂。f までしか音量は上がらない。多くのピアニストがこの楽章の「緊張感溢れる静寂さ」を表現できず膨らんでしまうのだ。第3楽章はわざわざ「繊細に」と指示がある。だが、トリオの最後では、第1楽章呈示部繰り返しにだけ現れた ffz が p の中に唐突に出現するのである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする