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佐伯周子ベーレンライター新シューベルト全集ピアノ完全全曲演奏会第24回2018.08.08(No.2544)

2018-08-05 09:18:43 | ピアニスト・佐伯周子
佐伯周子ベーレンライター新シューベルト全集ピアノ完全全曲演奏会第24回2018.08.08プログラムノート

プログラム
1. アレグレット ハ短調 D915
Allegretto 6/8 30+26小節 3部形式
2. メヌエット 嬰ハ短調 D600
3/4 30小節
3. フーガ ニ短調 D24C
Maestoso 3/4 118小節
4. 6のレントラー D365+D366 Brown,Ms.30
全て3/4
第1番 変イ長調 16小節 D365/3
第2番 変イ長調 16小節 D365/2「悲しみのワルツ」
第3番 変イ長調 16小節 D365/1
第4番 変ニ長調 16小節 D365/15
第5番 変イ長調 16小節 D365/4
第6番 変イ長調 16小節 D366/16(2段組か3段組でお願いします)
5. 2の変ホ長調ドイツ舞曲 D366+D783 Brown,Ms.55
全て3/4
第1番 16小節   第2番 16小節
6. 30のトリオ付きメヌエット D41 Brown,Ms.3 から
全て3/4
第11番 ヘ長調 20+32小節
第12番 変ロ長調 22+18小節
第13番 ニ長調 20+16小節
第14番 ニ長調 20+16小節
第15番 ニ長調 17+16小節
第16番 ニ長調 16+16小節
7. アンダンティーノ ハ長調 D348
Andantino 2/4 35+21小節 3部形式
8. 2のドイツ舞曲 D841 Brown,Ms.58
全て3/4
第1番 ヘ長調 16小節   第2番 ト長調 16小節
9. ワルツ ト長調 D844 Brown,Ms.57
3/4 16小節
10.行進曲 ホ長調 D606
Allegro con brio 2/2 52+32小節 3部形式
11. ピアノソナタ第21番変ロ長調 D960「遺作」
第1楽章 Molto moderato 変ロ長調 4/4 357小節 ソナタ形式
第2楽章 Andante sostenuto 嬰ハ短調 3/4 138小節 3部形式
第3楽章 Allegro vivace con dellicatezza 変ロ長調 3/4 90+28小節(コーダ4小節) 3部形式
第4楽章 Allegro ma non troppo 変ロ長調 2/4 540小節 ロンドソナタ形式

(p3~p4)
「神学校のサリエリ課題曲」「糸を紡ぐグレートヒェン」「悲しみのワルツ」「第1回ツェリス滞在」「第2回ツェリス滞在」「交響曲グレート」「シェイクスピア歌曲」「冬の旅」「ピアノ連作小品集」「遺作3大ピアノソナタ」を巡る
◎アレグレット ハ短調 D915
「冬の旅」第1部(1827年2月作曲開始)作曲中の4月友人フェルディナント・ヴァルターの旅立ちの別れを惜しんで捧げるために書いた曲。ヴァルターのピアノ技巧でも映えるように作曲された。この件が出版社ハスリンガーに伝わり、即興曲集第1集D899が作曲されたことはドイチュ番号が逆転しているために見逃されている。即興曲集第1集の初稿は D899/1+D916B+D916C であり、1827年夏に開始されたことが判明している。


◎メヌエット 嬰ハ短調 D600
1814.5.29日付が入ったミサ曲第1番D105ベネディクトゥス草稿の余白に書かれている曲。「糸を紡ぐグレートヒェン」D118の半年前に当たる。当時のシューベルトは五線紙に困ることはなく、「糸を紡ぐグレートヒェン」などの楽譜も綺麗に仕上がっているし、曲の最後まで仕上がっていないで途中放棄した曲は翌1815年2月11日作曲開始のピアノソナタ第1番第1稿D154まで存在していない。
ドイチュはトリオ ホ長調D610の主部と考え、その少し前の番号を当てた。トリオは1818年2月の日付が入っているので、五線紙に困窮していた1817年7月頃の作品と考えると照合する。
◎フーガ ニ短調 D24C
1808.10.08に神学校に入学してから音楽を学び始めた。成績が優秀だったために1812.06.12からは宮廷音楽監督サリエリ自ら作曲法を教えるようになる。その課題曲が対位法のフーガである。4曲の完成曲と7曲の未完成曲が遺っており、完成曲の1曲がD24Cである。
◎6のレントラー D365+D366 Brown,Ms.30
この曲集は筆写譜のみが伝わる。有名な「悲しみのワルツ」を含み器楽曲初出版の「36のオリジナル舞曲集」作品9(1821.11.29出版)の冒頭の4曲とD366/16 共通している1817.01開始部のみの自筆譜Brown,M3.20 と同一時期か?
◎2の変ホ長調ドイツ舞曲 D366+D783 Brown,Ms.55
1824.11にツェリスからウィーンに戻った後の作品。アルペジォーネソナタD821と同じ月の作品。第1番は同年7月作曲の連弾曲D814/1をピアノソロ曲に編曲しており、第2番はすぐ後の1825.01.08に「ドイツ舞曲とエコセーズ集」作品18としてカッピ社から出版されているので、両曲ともにシューベルトお気に入りである。
◎30のトリオ付きメヌエット D41 Brown,Ms.3 から
シューベルトが作曲した初のメヌエット集で元は30曲あった。フーガと異なりサリエリの指導が入った痕跡は皆無。また、シューベルティアーデで仲間と踊ったわけでもない。そのためか清書楽譜であるにも関わらず、五線紙に困った時期(1817夏など)余白に別の曲を挿入された。幸運に遺った曲より11番~16番を。
◎アンダンティーノ ハ長調 D348
ピアノソナタ第9番ホ長調 D459A+D506 の第2楽章の第2稿。第1稿はアダージオ ハ長調D349 でこれは3部形式で作曲されたが中間部の最後まで作曲されていない。上記の
30のトリオ付きメヌエットD41 の第22番と23番の余白にD459A/3 → D349 → D348 の順に作曲されている。
この曲は3部形式で中間部が最後まで作曲されており、主部に回帰しているので、演奏可能である。尚、メヌエットの第24番以降は全て廃棄されているので、この曲が遺されたことは幸運!
◎2のドイツ舞曲 D841 Brown,Ms.58
1825.01シューベルトは、ウィーン中の出版社と自由に契約する力を得て、第一弾として「ドイツ舞曲とエコセーズ集」をカッピ社から出版した。続き交響曲第8番「グレート」は1825.03に作曲開始された。この後の4年のシューベルトの作曲スピードと出版スピードは尋常ならざる速さである。作品番号で「33~108」をわずか3年10カ月で出版したのだから。
シューベルティアーデの仲間のための最後のワルツがこの曲集と次の曲である。1825.04作曲。
◎ワルツ ト長調 D844 Brown,Ms.57
シェイクスピア作詞「酒の歌」D888(戯曲『アントニアとクレオパトラ』より)のドイツ語訳詩をしたフェルディナント・マイヤーホーファー・フォン・グリュンビュヘルのために1825.04.16作曲した。D888-D891 は7月に続けて作曲されているが、「聞け聞けひばり」D889,「シルヴィアに」D891 はシェイクスピア作詩で3曲別の訳詩家である。マイヤーホーファー・フォン・グリュンビュヘルの訳詩に出会わなかったら、他の2曲も創作意欲が湧かなかった可能性もある。シェイクスピアにシューベルトが作曲したのはこの3曲だけだからである。4月にシェイクスピアの訳詩を頼んだ時の「お願い」の曲だった可能性が高い。
◎行進曲 ホ長調 D606
シューベルトが「長期地方滞在」を初めて行ったのが1818年7~11月のツェリスである。エステルハージ家でもてなされ、幼い姉妹(15才と12才)のために作曲したのがこの行進曲である。明るく愉快な曲想が一貫している。この滞在が端緒となり、シューベルトは毎年「長期地方滞在」を死の前年1827年まで10年続けたのである。
◎ピアノソナタ第21番変ロ長調 D960「遺作」
ベートーヴェン研究家として、交響曲第5番「運命」から弦楽四重奏曲第13番の新しい終楽章までの研究成果としての集大成。第1楽章冒頭の第1主題がいかに千変万化して行くことか!
夢見る第1楽章第1主題が呈示部最後には低音トリルが ffz で轟き亘る。弦楽四重奏のような第2楽章。軽やかな第3楽章。いきなり鐘の音が響く第4楽章冒頭、長調音階が歌うように降りてくる第2主題、短調の和音が意表を突いて轟く第3主題。プレストにテンポを上げて疾走するコーダ。
解説:高本秀行
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