Piano Music Japan

シューベルトピアノ曲がメインのブログ(のはず)。ピアニスト=佐伯周子 演奏会の紹介や、数々のシューベルト他の演奏会紹介等

20才のシューベルト その4(No.1771)

2010-07-31 21:15:05 | 作曲家・シューベルト(1797-1828
1817年に作曲されたと推定される「ピアノソナタ楽章」がある。

  1. Allegro patetico ホ長調 D459A/3

  2.   自筆譜断片(98-105小節、ウィーン市立地方図書館蔵)が D41 の空白に作曲されており、この時期の作品と学者の意見が一致している。第1楽章である。完成。

  3. Adagio ハ長調 D349

  4.   上記D459A/3 に続いて書かれた自筆譜があり、第2楽章である。ハ長調で開始され終結部と推測される箇所まで作曲されているが、ロ長調であり、この後主調(=ハ長調)にどのように戻るのか? が不明。未完成。

  5. Andantino ハ長調 D348

  6.   上記D459A/3, D349 から少し離れて、同じ D41 の後方に作曲されている。「3部形式の再現部に入った箇所」まで作曲されており、主要主題を変奏するつもりが無い時はシューベルトは記譜を省略した。「ほぼ完成した」と考えられる。D349 と同じ調性なので、D459A/3 の第2楽章第2稿の可能性もあるが、随分飛んだ頁に作曲されているので、D459A/3よりも後の作品の第2楽章の可能性も極めて高い。

  7. Allegretto ホ長調 D506

  8.   1816年12月作曲「人生の歌」D508 の第1-18小節の余白に、D506 の第57-87小節が作曲されている。(シカゴのロジャー・バレット・コレクション蔵)D506 は290小節の曲。完成。
     D566 か D459A/3 の終楽章と考えられるが、バドゥラ=スコダがヘンレ版楽譜で「D566 の終楽章」説を唱えて以来、ロンドン王立音楽院版、ウィーン原典版と(ベーレンライター新シューベルト全集を除く)「全ての原典版楽譜」がバドゥラ=スコダ説に従ってしまった。元を糺すと 1948年に出版された "Dale : British and Continental Music Agencies"版に起因している。尚、曲想が「人生の歌」D508 からインスピレーションを得て作曲された、と考えられる。

     ここまでの4楽章は「1817年作曲」が学者間でほぼ統一されている!(どのソナタに属するかは全く別の話なのでご注意を)

  9. (テンポ指示無し) イ長調 D604

  10.   この楽章は緩徐楽章であることは間違い無いが、1816年説と1817年説が激しく対立している楽章。ウィーン市立地方図書館蔵。
      この楽章の自筆譜は「1816年9月作曲 序曲 D470」の「弦楽四重奏曲用草稿の第102-133小節」の余白に作曲されている。D470 は229小節の曲。1816年9月前と言えば、ホ長調ソナタD459(現在2楽章は確定)が1816年8月作曲なので、ピタリ合致する。
      D459A/3、D349、D348、D508 の例からすると、「1817年6月以降楽譜用紙不足になったシューベルト」が余白に書いた可能性も否定はできない。バドゥラ=スコダがヘンレ版楽譜で出版して以来、ロンドン王立音楽院版とウィーン原典版がバドゥラ=スコダ説を支持しているので「楽譜上」では1817年説が圧倒的優勢。この時は「D571の第2楽章」が定位置である。



 ここまでを整理すると、自筆譜と筆写譜が無いために作曲時期が特定できない「ピアノソナタ 並びに ピアノソナタ楽章」は以下が残ることが判る。

  1. ピアノソナタ イ長調 D664(3楽章)

  2. Adagio ハ長調 D459A/1

  3. Scherzo イ長調 D459A/2


 自筆譜が残っていないので断定はできないが、

D459A/1 と D459A/2 は「ピアノソナタ ホ長調 D459A/3 の緩徐楽章とスケルツォ楽章の最終稿」と推定


が有力。「ソナタ D459A/3」は、稿が2つ以上あることが確定している曲。D459A/3 + D459A/1 + D459A/2 は「さすらい人幻想曲」D760 ほどは明瞭ではないが、「循環ソナタ」になっており、D459A/1 は D349 よりも(個人的感想だが)出来の良い楽章だと感じる。


 もう1回まとめると

作曲時期が不明なピアノソナタは、イ長調ソナタD664 1曲のみ


となる。
 最少に言って「第1楽章の作曲時期が特定できないピアノソナタは D664 のみ」である。1825年説や1819年説がこれまで敷衍して来たが、「D664 = 1817年説」にすると、全てが氷解する。読者の皆様はどのように感じますか?
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20才のシューベルト その3(No.1770)

2010-07-30 22:02:36 | 作曲家・シューベルト(1797-1828
 昨日号で「ソナタX問題」を解決したので、本日から

Sonate I D566 - Sonate VI D575 を探る


を書きます。
 この問題は大きく、「シューベルトのピアノソナタ全体像」に大きく反映されます。


全ての曲の『自筆譜』の状況一覧


 D566,D567,D571+D570,D575 の全4曲の全ての楽章について、自筆譜&筆写譜等の情報の状況一覧を掲載します。ここまで詳しい情報は滅多にないよ(爆

Sonate I = D566



  1. 第1楽章第1稿 → ベルリン国立図書館プロイセン文化蔵所蔵 97小節で第2稿より4小節長い

  2. 第1楽章から第3楽章までの第2稿(と言われている) → かつて、エーリヒ・プリーガーが所持していたことは間違いないが『第2楽章は誰1人確認取っていない』 現在行方不明

  3. 「上記2」の第3楽章トリオの写真版 → ベルリン国立図書館プロイセン文化蔵所蔵

  4. 「上記2」の第1楽章と第3楽章の1925年の筆写譜 → ベルリン国立図書館プロイセン文化蔵所蔵


 第2楽章については「何1つ、確固たる根拠が無い」状況。

Sonate II = D567



  1. 第1楽章第1稿 → ウィーン市立地方図書館蔵 第2稿より3小節短い

  2. 第2楽章第1稿ニ短調稿 → ベートーヴェンの歌曲「君を愛す」WoO123 の自筆譜の裏に書かれている ウィーン楽友協会資料室蔵 63小節まで

  3. 第1楽章から第3楽章までの全曲第2稿 → ウィーン市立地方図書館蔵 第3楽章最後の17小節が欠けている


 第3楽章(=終楽章)だけ第1稿が見付かっていない。存在したのか? 第2稿と同時に作曲されたのか?

Sonate V = D571 + D570



  1. 第1楽章(D571)自筆譜 → ウィーン市立地方図書館蔵

  2. 第2楽章スケルツォ+終楽章自筆譜 → ウィーン市立地方図書館蔵(終楽章が先に書かれている)


 異稿が無いソナタなので問題は少ない。

Sonate VI = D575



  1. 第1稿(下書き稿) → ウィーン楽友協会蔵。第1楽章(92小節まで、但し第2稿に無い7小節含む)、第3楽章(3小節短い)、第2楽章(61小節まで、但し第2稿に無い4小節含む)、第4楽章(238小節まで)の順に記載

  2. 第2稿筆写譜「1」 → ヨゼフィーネ・フォン・コラーのための写本。ルンド大学図書館蔵。シュタードラーが作成。「1818年8月 シュタイル」と記されている!

  3. 第2稿筆写譜「2」 → ウィーン楽友協会蔵。ヴィッテチェク=シュパウン・コレクション。


 第2稿と第1稿が大きく違う曲である上に筆写譜の1つの日付が「1年狂っている」曲。


 以上が「基本情報」である。いろいろと問題はあるが、

この時期、シューベルトは「5線紙不足に悩まされていた」のが、楽譜がバラバラになる原因の1つ


ということを念頭に入れて置いてほしい。ベートーヴェン自筆譜の裏に書いたり、涙ぐましい努力があったのである。
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20才のシューベルト その2(No.1769)

2010-07-29 23:38:25 | 作曲家・シューベルト(1797-1828
今日は

ピアノソナタ D567 変ニ長調 =「ソナタX」問題解明


に全力を注ぐ。「ソナタX」とは「ソナタ第10番」の意味である。


 シューベルトのピアノソナタ作曲経緯は以下の通りが「自筆譜」から確定している。

  1. 第1番 D157 ホ長調 1815.02.15(3楽章?,4楽章?)

  2. 第2番 D279 ハ長調 1815.09(4楽章?)

  3. 第3番 D459 ホ長調 1816.08(2楽章?、3楽章?)

  4. 第4番 D537 イ短調 1817.03(3楽章完成)

  5. 第5番 D557 変イ長調??? 1817.05(3楽章完成? 未完成?)

  6. 第6番 D566 ホ短調 1817.06(3楽章完成?未完成?)

  7. 第7番 D567 変ニ長調 1817.06(3楽章完成)


となっている。「D567 = 第10番」にするには、後3曲のソナタが必要なことになる。

 作曲時期が確定している D575 以降のソナタ。

  1. ハ長調ソナタ D613+D612 1818.04(3楽章?,4楽章?)

  2. ヘ短調ソナタ D625 1818.09(3楽章?,4楽章?)

  3. 嬰ハ短調ソナタ D655 1819.04(1楽章展開部までのみ作曲)

  4. イ短調ソナタ D784 1823.02(3楽章完成)

  5. ホ短調ソナタ D769A 1823(1楽章呈示部第1主題途中で廃棄)

  6. ハ長調ソナタ D840 1825.04(4楽章、第3楽章と第4楽章が未完成)

  7. イ短調ソナタ D845 作品42 1825.04(4楽章完成)

  8. ニ長調ソナタ D850 作品53 1825.08(4楽章完成)

  9. ト長調ソナタ D894 作品78 1826.10(4楽章完成)

  10. ハ短調ソナタ D958 1828.04-09(4楽章完成)

  11. イ長調ソナタ D959 1828.04-09(4楽章完成)

  12. 変ロ長調ソナタ D960 1828.04-09(4楽章完成)


となる。つまり、ほとんどのピアノソナタが「作曲時期が特定」されていることになる。


作曲時期が未確定のソナタ


  • ホ長調ソナタ D459A/3(1楽章?、2楽章?、3楽章?、4楽章?、完成?未完成?)
  • イ長調ソナタ D664(3楽章完成)
  • 変ホ長調ソナタ D568(4楽章完成、D567の改作、1817年6月以降)

の3作品だけである。
 この内、変ホ長調ソナタD568 は、D567の改作であるから、D567 より前の番号が来ることは無い。つまり

ピアノソナタだけでは、「D567 = 第10番」に数えられる可能性は皆無


となる。


 シューベルトは無意味な言葉を楽譜に書き残す人ではない。「ソナタX」は必ず意味のある言葉だ。

 シューベルトが尊敬した作曲家として、ベートーヴェン、モーツァルト、ハイドン が知られている。

モーツァルトは「ピアノソナタK333、ピアノソナタK284、ヴァイオリンソナタK454 を3曲まとめて【作品7】として出版した


ことは広く知られている。つまりモーツァルトの考えでは「ピアノソナタとヴァイオリンソナタ」は同一ジャンルだったのだ。この考えを適応すると

  1. 第1番 D157 ホ長調 1815.02.15(3楽章?,4楽章?)

  2. 第2番 D279 ハ長調 1815.09(4楽章?)

  3. ヴァイオリンソナタ第1番 D384 ニ長調 1816.03(3楽章完成)

  4. ヴァイオリンソナタ第2番 D385 イ短調 1816.03(4楽章完成)

  5. ヴァイオリンソナタ第3番 D408 ト短調 1816.04(4楽章完成)

  6. 第3番 D459 ホ長調 1816.08(2楽章?、3楽章?)

  7. 第4番 D537 イ短調 1817.03(3楽章完成)

  8. 第5番 D557 変イ長調??? 1817.05(3楽章完成? 未完成?)

  9. 第6番 D566 ホ短調 1817.06(3楽章完成)

  10. 第7番 D567 変ニ長調 1817.06(3楽章完成) = 「ソナタX」


となり、ピタリ合致する!
 シューベルトは「意味ある言葉を書き記した」のである。尚、D459A/3 と D664 の2曲は「D567よりは後の作品」と考えられるのである。
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20才のシューベルト その1(No.1768)

2010-07-28 22:20:22 | 作曲家・シューベルト(1797-1828
 次回「佐伯周子シューベルトピアノソロ曲完全全曲演奏会」は

20才で確実に完成したソナタ全曲


です。
「確実に完成したソナタ」の用語が奇怪? これにはワケがあるのです。「シューベルトの誕生日=1月31日」なので、20才になったのは 1817年1月31日。この後1年間、「ピアノソナタ」ばかり創作に励むのです。ピアノソナタが一息吐いた後には、交響曲も作曲しますが。
 ここで「20才のシューベルト」が作曲したと推定される「ピアノソナタ」を提示しましょう。

  1. ピアノソナタ D537 イ短調(3楽章、確実に完成)

  2. ピアノソナタ D557 変イ長調?(3楽章、完成かどうかは疑問)

  3. ピアノソナタ D566 ホ短調「ソナタ I」(1楽章?、2楽章?、3楽章?、4楽章?、構成が不明瞭)

  4. ピアノソナタ D567 変ニ長調「ソナタII,ソナタX」(3楽章、確実に完成)

  5. ピアノソナタ D571 嬰へ短調「ソナタV」(3楽章?、4楽章?、補筆が必要)

  6. ピアノソナタ D575 ロ長調「ソナタVI」(4楽章、確実に完成)


となっている。
 この構成はおかしいので、「1951年のドイッチュ番号附与」の時には、ドイッチュは相当に苦慮した上で「D567 → D571」を工夫した(爆

  1. ホ短調ソナタ D566

  2. 変ニ長調ソナタ D567

  3. 変ホ長調ソナタ D568(=D567 の改作)

  4. 嬰ヘ短調ソナタ断片 D570(=D571 のスケルツォ+終楽章 としか考えられない)

  5. 嬰へ短調ソナタ第1楽章 D571

  6. ロ長調ソナタ D575


である。ドイチュは余命も考えて妥協したことは明らか。この順番付けは無理がある。
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7/20佐伯周子リサイタル ピアノについて(No.1767)

2010-07-27 12:57:25 | グランドピアノの買い方・選び方
7/20佐伯周子シューベルトピアノソロ曲完全全曲演奏会第8回からちょうど1週間。アンケートをFAXやメールで送って頂きました。今回リサイタルの特徴として、

ベーゼンドルファーインペリアルとヤマハCFX


を1回のリサイタルで両方弾いてしまう、がありました。終演後の佐伯に直接頂いたロビーでのお話も含めて、「ベーゼンドルファー」「ヤマハ」に興味をお持ちになられた聴衆の方が多かったことは、主催者として本当にうれしい限りです。

 今回リサイタルの調律は ヤマハ銀座店 に依頼致しました。2台ともにです。「1回のリサイタルに2台ピアノ使用」は今回が4回目でしたが、今回ほどピアノの状態が素晴らしく1発で整調・整音・調律全てを仕上げて頂いたことは初めてです。

  • 鈴木さん
  • 吉野さん
  • 栗田さん

 3名の技術者のおかげで、「佐伯周子が音楽にだけ集中できた環境」を整えて頂きました。深く感謝する次第です。次回以降もご担当頂ければ幸甚です。
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7/20佐伯周子リサイタル 演奏曲目順序(No.1766)

2010-07-21 21:52:08 | ピアニスト・佐伯周子
 7/20佐伯周子シューベルトピアノソロ曲完全全曲演奏会第8回ご来場の皆様、炎天下にありがとうございました。当日の演奏曲目順序と使用ピアノは以下の通りです。

  1. ベートーヴェン : 自作主題による32の変奏曲ハ短調WoO.80(ヤマハCFX)

  2. シューベルト : 即興曲集第1集ハ短調第1稿 D899/1+D916B+D916C(ヤマハCFX)

  3. シューベルト : 16のドイツ舞曲と2つのエコセーズ作品33D783(ベーゼンドルファーインペリアル)

  4. シューベルト : ピアノソナタ第19番ハ短調D958「遺作」(ベーゼンドルファーインペリアル)

  5. (アンコール)シューベルト : シューベルトピアノソナタ第21番変ロ長調D960第2楽章(ヤマハCFX)


 以上の通りです。アンコール候補の中で「最大の曲」を選択していた佐伯周子。何だか乗りまくりでした!
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佐伯周子 シューベルトピアノソロ曲完全全曲演奏会 Vol.8

2010-07-19 23:01:11 | ピアニスト・佐伯周子
佐伯周子がいよいよ「後期3大ソナタ」を弾く!

佐伯周子 シューベルトピアノソロ曲完全全曲演奏会 Vol.8



ヤマハ新フルコンサートグランド『CFX』 vs. ベーゼンドルファーインペリアル 弾き比べ!



 2010年5月11日に新発売を発表した『ヤマハ CFX』を 7/20佐伯周子シューベルトピアノソロ曲完全全曲演奏会第8回 にて弾くことになった! 

世界最新鋭のフルコンサートグランドピアノ = ヤマハ CFX


である。片や

現存するピアノメーカー最古参 = ベーゼンドルファー = シューベルト没年の1828年にウィーンで創業


である。
 この2台のどちらが「シューベルトに最適に似合うか?」 あなたの耳で確かめてほしい。

2010年7月20日(火)19:00開演 18:35プレトーク開始(今回は佐伯周子のトークのみ) 東京文化会館小ホール(JR上野駅公園口1分)



第7回は「意表の岡原慎也との共演による連弾曲の名演」が話題を沸騰させた佐伯周子 シューベルトピアノソロ曲完全全曲演奏会。
第8回はシリーズ初となるベートーヴェンが加わるプログラミング。全貌は次の通り。

「晩年のハ短調」作品



  1. シューベルト : 即興曲集第1集ハ短調 初稿版 D899/1 + D916B + D916C

  2. シューベルト : ピアノソナタ第19番 ハ短調 D958「遺作」

  3. シューベルト : 16のドイツ舞曲と2つのエコセーズ D783 作品33

  4. ベートーヴェン : 創作主題による32の変奏曲 WoO80


曲順未定。
 これから7/19までレポートを綴って行きます。ご質問等があればコメントに書いて下さい。全て読ませて頂き、できる限りコンサートに反映させて行きたいと考えております。
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7/20佐伯周子シューベルトピアノソロ曲完全全曲演奏会第8回(No.1763)

2010-07-19 22:59:25 | 作曲家・シューベルト(1797-1828

当日券あり 18:00より発売致します


 心よりご来場をお待ち申し上げます。


 ここだけの話です。ピアノソナタ第19番ハ短調D958の「第1楽章呈示部反復」の必要性をこれほどまで強く感じたのは佐伯周子の演奏が初めてでした。私高本自身「D958を初めて聴いたのがブレンデル」であり、「1978年東京ライブ」でした。その後、購入したLPも1966年録音Vanguard,1972年録音Philips ともに呈示部反復無しでした。当時は特に疑問も感じていませんでした(爆


 佐伯周子の演奏を聴くと「第1主題呈示部確保」が「再現部では省略される意外性」が強く出て来ます。その原因は

D958第1楽章呈示部第1主題呈示(第1~第20小節)の統一性、の出来で決まる


と言うことがわかりました。

  1. D958第1楽章呈示部第1主題呈示で「主要動機」が「ベートーヴェン並み」にはっきり明示される

  2. D958第1楽章呈示部第1主題確保(第21~39小節)は一転して「人なつっこい表情」

  3. D958第1楽章再現部第1主題再現(第160~187小節)は、主題を拡大しながら一気に駆け上がり駆け下り「呈示部確保」を省略する!


からである。
 「呈示部を繰り返さない演奏」も佐伯周子に無理を言って聴かせてもらったが、「呈示部確保」があっさりし過ぎて物足りない。D958 が、弟分の D959,D960 に比べて評価が若干落ちるのは、この辺りが問題なのだと感じた次第である。
 ご自分の耳で聴いて頂くのが一番だと思います。


 ちなみに

D958 は、ブレンデルが5回のスタジオ録音で「4回は呈示部反復無し、1回は呈示部反復あり」で録音した曲


です。
 このような不統一は、他には ト長調ソナタD894 くらいしか(シューベルトに限らずバッハ~シェーンベルクまで)見当たりません。D894 と D958 の「呈示部反復」は難しい問題、とブレンデルは考えていたようです!
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D916Cの規模の大きさについて(No.1762)

2010-07-18 23:01:06 | 作曲家・シューベルト(1797-1828

D916C は「時間的にも、表現の巾広さに於いても規模の大きな曲」である。



 まず、この事実を宣言しておく。「大き過ぎて削除された曲」なのである。技巧的にもあまりにも難しい。「佐伯周子の超絶技巧」が無いとなかなか聴けない曲である。

14度の反復跳躍がある


など、ここでもかしこでも「ミスタッチ誘発」のフレーズだらけ。私高本が聴いた 「デムスの日本初演」でも安全運転だったことが思い出される。佐伯周子の演奏は「ノンブレーキ系」で、「通れば」最高である。これまで聴かせてもらった限りでは大丈夫だ。

「規模の大きな終楽章」を思い起こせば

  1. 交響曲第9番ハ長調「グレート」D944(1825)

  2. ピアノソナタ第17番ニ長調D850作品53(1825)

  3. 連弾ピアノソナタホ短調D823作品63+84(1826推定)

  4. ピアノ3重奏曲変ホ長調D929作品100(1827)

  5. 弦楽五重奏曲ハ長調D956(1828)

  6. ピアノソナタ第20番イ長調D959(1828)


などが挙げられるだろう。実は

D916C は上記の楽曲に匹敵する時間的規模の大きさとダイナミクスの巾広さを有している


のだ!
 3主題がきちんと誰にもわかるように呈示され、短めの展開部が書かれている。「記譜が省略された再現部」はシューベルトの頭の中では「当たり前の再現部」だったのだろう。デムス&ゼルダーの補筆通りだとすると、やはり上記曲と同規模の曲になる。
 トビアス・ハスリンガーが頭を抱えて「こんな大きな曲では、楽譜の売れ行きが悪くなる!」と進言した様子が目に浮かぶようだ。
 明後日の佐伯周子の演奏会で、フルコンサートグランドピアノで演奏されれば(セミコンサートグランドピアノとは比較にならないほど)豊かな響きで聞こえてくることだろう。今から楽しみでならない。
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D899/1+D916B+D916Cの魅力(No.1761)

2010-07-17 23:29:13 | 作曲家・シューベルト(1797-1828
 本日も 7/20佐伯周子シューベルトピアノソロ曲完全全曲演奏会第8回プログラムノートに書ききれなかった記事である。


 聴きどころは以下の通り。

  1. 作曲当初の「3曲連作」として聴くか? 「D899/1第1稿」を1つ、「D916B+D916C」を2曲連作として聴くか?

  2. D899/1第1稿 は「最終稿」とどこが違うか?

  3. D916B と D916C は、どれほどまで技巧的なのか?

  4. D916C の「規模の大きい終楽章」構造


 D916B は「ピアノ3重奏曲変ロ長調D898作品99第1楽章第1主題」と「交響曲ニ長調D936A第1楽章第1主題」に転用された。作曲当初は「中間楽章」として思い浮かんだ旋律でありリズムなのだが、後の転用を見る限り「冒頭楽章にふさわしい」と思い直した、としか考えられない。「D916B+D916C」が2連作、として聴くのも無理ないことなのであり、聴衆の皆様の自由である。

 D899/1第1稿 は、冒頭から「えっ?」と思われるだろう。「シューベルトは熟考型作曲家」なのだが、昔々の「作り話映画」の悪影響で「書き飛ばし作曲家」と誤解されている。シューベルトファンならば誰もが知っている「即興曲第1番」の原型を聴いてほしい。尚、佐伯周子は「最終稿の方が圧倒的に出来が良く、比較にならない」と言っているので、演奏は今回限りになると推定される。

 D916B+D916C は、出版社トビアス・ハスリンガーに「規模も大き過ぎる上、技巧的に過ぎる」と言われて差し替えた、とほぼ断定できる曲である。実際にどれだけ超絶技巧な曲なのか? を聴衆の皆様はご自分の耳で確かめてほしい。『踏み込みの良い佐伯周子のピアニズム』が堪能できることだろう。

 D916C は、『シューベルトのピアノ曲中最大規模の終楽章』である。そう、ピアノソナタ第20番イ長調D959 の終楽章よりも大きい!(またはほぼ同規模)
 交響曲「グレート」終楽章並み、と考えて頂いて良い。是非聴いて頂きたい。
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「シューベルトのAdagio楽章」の魅力(No.1760)

2010-07-16 22:15:34 | 作曲家・シューベルト(1797-1828
 本日も7/20プログラムに(長過ぎて)記載できなかった記事を書く。


 シューベルトは「不思議な作曲家」で、「Adagio」を「ソナタ楽曲の緩徐楽章」に用いることが極めて稀であった。
 『ドイチュ編シューベルト作品カタログ』を読むと新旧両版ともに「D1」の冒頭で「Adagio」があるので盲点になり易い。序曲や交響曲の「序奏」では「Adagio」は度々用いられるのだが、なぜか「緩徐楽章」には用いられることが極めて少なかった。おそらく「ソナタ楽曲の緩徐楽章」で用いられたのは以下の例だけだと推測される。

  1. ピアノソナタ ホ長調D459A の第2楽章初稿=D349(1817)全曲も楽章も未完成

  2. ピアノソナタ ハ長調D613 の第2楽章=D612(1818)全曲が未完成

  3. ピアノソナタ ヘ短調D625 の第2楽章=D505(1818)全曲が未完成

  4. 「さすらい人」幻想曲D760 の第2楽章(1822)

  5. 「アルペジオーネソナタ」D821 の第2楽章(1824)

  6. ピアノ3重奏曲変ロ長調D898 の第2楽章初稿=D897(1828)

  7. 弦楽五重奏曲ハ長調D956 の第2楽章(1828)

  8. ピアノソナタ第19番ハ短調D958 の第2楽章(1828)


以上8曲である。
 初期作品3作では「完全に仕上がったソナタ楽曲」が1曲も無い。中期の2作は両方仕上がっている。しかし後期の3作では、1作品が「改訂にて除外される」となった。う~ん。


 シューベルトが「後世に自信を持って残した Adagio緩徐楽章」は4作品。

  1. 「さすらい人」幻想曲D760作品15

  2. 「アルペジオーネソナタ」D821

  3. 弦楽五重奏曲ハ長調D956

  4. ピアノソナタ第19番ハ短調D958


 どの曲も「シューベルトを代表する名作」ばかりである。これらの「緩徐楽章」に共通点があるのだろうか? もちろん「Andante楽章」と比較してである。(完成したのに、出版を試みた形跡が全く無い「アルペジオーネソナタ」はここでは除外して考えてみる。シューベルト自身は何か不満があったのだろうか?)『出版を試みた Adagio楽章』3作品の共通点である。


シューベルト「Adagio 緩徐楽章」の特徴



  1. 穏やかに長調で開始される。晴れ晴れとした気分。

  2. 突然降りかかる暗く激しい現実(短調)

  3. 情感の「巾広さ」が「Andante楽章」の比で無く、巾広い


 D760,D956,D958 の全てに当てはまっているだろう。7/20佐伯周子シューベルトピアノソロ曲完全全曲演奏会第8回で演奏される ハ短調ソナタD958 も「Adagio楽章」が聴きモノの1つ。

弦楽五重奏曲を1台のピアノで表出しようとした pp → ffz がD958の最大の聴きモノ


である。乞うご期待! 
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『機会の扉』がシューベルトとハスリンガーに開いた(No.1759)

2010-07-15 22:17:11 | 作曲家・シューベルト(1797-1828
今日は 7/20佐伯周子シューベルトピアノソロ曲完全全曲演奏会第8回プログラムノートに(文章が長過ぎて)掲載できなかった文章を掲載する。


「機会の扉」は誰にも人生で1回か2回は開かれる。ただ気付かずに通り過ぎる人が大半。掴んだ人間は飛翔する


 誰が初めに書いたのかは私高本は知らないが、相当有名なフレーズのようで、新聞で梅田望夫が書いたのを読んだ記憶がある。

世界初の宮廷にも教会にもオペラハウスにも所属しない上、演奏家も教師もしない「純粋作曲家」=シューベルト


であった。モーツァルトもベートーヴェンも「演奏家」としてまず名を為した。先輩ハイドンは「まずはエステルハージ家のお抱え作曲家」として名声を得た後に、ロンドンで大作曲家として過ごした。

作曲家シューベルトの生活基盤=作曲した楽譜が「売れる」こと!


であった。作曲家シューベルトは1円(1クローネ?)でも高く売りたいし、出版社は1クローネでも安く買い叩きたい。出版社ディアベリを初めとする出版社に対してシューベルトが愚痴をこぼしたり悪態を付いた逸話は結構多く残っている(爆


 シューベルトが「悪口」を書かず、しかも死ぬ直前まで親身に付き合っていたウィーンの楽譜商は以下の2社。

  1. ザウアー&ライデスドルフ社 ← シューベルトの代理人を務めていた

  2. トビアス・ハスリンガー社 ← 「即興曲集」第1集出版の楽譜商


 ザウアー&ライデスドルフ社は「美しき水車小屋の娘」作品25D795 や 弦楽四重奏曲第13番イ短調「ロザムンデ」作品29/1D804 や 「楽興の時」作品94D780 を出版した。代理人を務めただけあって信頼は篤いのだが、唯一の欠点としてカネが無かったことはシューベルトの手紙からはっきりとわかっている。つまり「芸術に理解はあったが、支払いが充分満足には行かなかった」出版社である。死ぬ直前まで付き合っていたので、信頼は最後まであったようだが、重要な作品(例えばピアノソナタ)は「連弾ソナタ変ロ長調作品30D617」1曲しか出版していない上、この曲は全く評判にならなかったようだ。名曲だと思うのだが、、、


 トビアス・ハスリンガー社 は、ザウアー&ライデスドルフ社 とは比べものにならないほど、金銭の支払いが良かったようである。

最晩年のシューベルトが最高傑作「冬の旅」を第1部&第2部を出版している!


のだから。
 トビアス・ハスリンガー は、1787年生まれなので、シューベルトよりも10才年上。楽譜出版商シュタイナーの下で働き、1826年シュタイナー引退後業務を引き継いだ。楽譜商は今も昔もそんなにボロ儲けできる商売ではない。ウィーンには多くの中小楽譜商がひしめいていた「その時」に楽譜商を引き継いだのである。


トビアス・ハスリンガーが初めて出版したシューベルト作品=「高雅なワルツ」作品77D969


であった。1827年1月22日出版。ハスリンガーが独立した翌年の正月のことである。このシーズンは既に「ウィーン貴婦人レントラー」作品67 が1826年12月15日にディアベリから出版されていたので、異例の出版であった。(シューベルトは1シーズンに「連作舞曲集」は1作品しか供給しないのが、このシーズン以外は生涯通している。)
 「高雅なワルツ」作品77 が売れ行きが良かったのだろう、続いて「第4大ソナタ ト長調」の出版もハスリンガーは引き受ける。但し、この当時既に「ピアノソナタ」の楽譜販売に翳りが見えており、ハスリンガーはシューベルトと交渉の上「幻想曲」で出版しても構わない旨を取り付ける。なかなかの商才である。


 「幻想曲集作品78(=ト長調ソナタ)」の売れ行きも良かったようで、ハスリンガーはシューベルトに「委嘱作品」を依頼する。楽譜商から受けた「初のピアノソロ曲委嘱作品」であった。(舞曲についてはあった可能性は否定できないが、ピアノソナタや小品集では明らかに初めて)
 おそらく「ト長調ソナタと同じような多楽章曲」との依頼だったと推測できる。勢い込んで

D899/1第1稿+D916B+D916C を作曲 → ハスリンガーに提出


した様子。ハスリンガーは「売れる小品」が欲しかったのに、見た楽譜は「超絶技巧」のオンパレード。グッとこらえて

  1. 第1曲は、さらに作り込んで下さい。
  2. 第2曲と第3曲は差し替えて下さい。差し替え曲は「単純な3部形式で子供でも弾ける技巧範囲、かつ長調」

と言ったと推測される。
 こんなことを言った楽譜商は嘗てなかっただろう。シューベルトは思案して、ハスリンガーの指示通りの曲を書き直す。「即興曲集最終稿 = 作品90」である。ハスリンガーの思惑通り、21世紀の今日まで大人気の「シューベルトの顔」の曲集となった。


 シューベルトも「史上初の作曲だけして生活する作曲家」目指して悪戦苦闘していた。同時に

トビアス・ハスリンガーも「楽譜商としてウィーン1」を目指して悪戦苦闘した最初の年


だったのである。
 即興曲集第1集を出版した後、ハスリンガーは「冬の旅」第1部、「冬の旅」第2部、「白鳥の歌」を続けざまに出版し、シューベルトの名声を築く礎を作る。「冬の旅」については「出版のゴタゴタ」の話題が残っていないので、支払いも含め「シューベルトが満足」した様子だ。(もし満足していなければ「冬の旅」第2部は別の出版社から出版できる力をシューベルトは持っていた。)


 トビアス・ハスリンガーも「機会の扉」を創業1年内に開いた。シューベルトも「機会の扉」をこの時に開き、名作「冬の旅」「白鳥の歌」を残した。
 「歴史に if は無い」と言うが、もし

  1. 「即興曲集」作曲せず
  2. 「冬の旅」作曲せず
  3. 「白鳥の歌」作曲せず

だったならば、後世のシューベルト評価は相当に下がっていただろう。シューベルトとトビアス・ハスリンガーの努力が実ったことに感謝するばかりである。

トビアス・ハスリンガーはシューベルトを深く尊敬していて(「高雅なワルツ」を除き)自筆譜を全て保管していた!


ことを特筆しておく。「即興曲集第1集第2稿」「冬の旅」「白鳥の歌」は全て自筆譜が後世にのこされたのである。 
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佐伯周子のシューベルトの魅力 続(No.1758)

2010-07-14 22:10:56 | ピアニスト・佐伯周子
 曲にとらわれずに、「佐伯周子のシューベルトの魅力」を語ると次の通りになる。

  1. 「シューベルトから直伝された」かのような「アーティキュレーション」の再現

  2. ピアノに内在するエネルギーを噴出させる「ダイナミクスの巾」(フォルテ方向も大きいがピアノ方向も限りなく巾広い)

  3. 「リズム」の楽しさ

  4. 鮮明な「声部進行」


だと感じる。
 多くの「ウィーン派ピアニスト」は、ベーゼンドルファーを弾いてモーツァルトとシューベルトを曖昧に演奏する。「右ペダルをベタ踏み」が多い。この演奏方法だと

  1. 声部進行は繋がるが
  2. 伴奏音型までが歯切れが悪くなる

が実情。何十回聴いたか? 何百回聴いたか?(爆



佐伯周子の演奏で聴くと「シューベルトの通り」になる


 これは「当たり前」のことなのだが、実際には実現が極めて難しいようだ。シューベルトは「コンサートピアニスト」では無かったが、「さすらい人」幻想曲D760作品15 を作曲したほどの腕。

マルティン・マイヤーはブレンデルとの共著書『対話録:さすらい人』P141にて「ハ短調ソナタD958は卓越したテクニックを求められる旨発言


並ぶ曲は本のタイトルの「さすらい人」幻想曲D760。

 シューベルトの中でも「集中力」が最も高く要求される曲なのである。
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佐伯周子のシューベルトの魅力(No.1757)

2010-07-12 22:53:23 | ピアニスト・佐伯周子
 先日、7/20佐伯周子シューベルトピアノソロ曲完全全曲演奏会第8回 のプログラム曲目を全部聴かせてもらった。感じた点を曲毎に簡単に記す。

ベートーヴェン : 自作主題による32の変奏曲ハ短調WoO.80


  私高本がベートーヴェンの曲を演奏会プロデュースするのは、実は今回が初めて。アンコールで弾いたことは何度か遭遇しているのだが。シューベルトとモーツァルトは軸に据えた作曲家であり、その橋渡しをしているベートーヴェンを2001年以来初めてプログラムに入ったのは不思議な感触である。
 佐伯の演奏を聴いて真っ先に感じたことは

ベートーヴェン32の変奏曲WoO.80は「あまりにもハ短調に執着した曲なんだ!」


である。
 主題から第32変奏曲までの間、第12変奏曲~第16変奏曲の5変奏曲のみが ハ長調。主題と残り27変奏曲がハ短調。『主音 = C(ハ)』は徹頭徹尾換わらない。これだけ頑固な変奏曲は他に考えつかない。「バッハ : ゴルトベルク変奏曲」もト長調の間に何曲かト短調が挿入されるだけだが、WoO.80 は「転調が2回だけ」で、後半の16変奏曲全部が一気にハ短調で突き抜ける。
 佐伯の演奏で聴くと、

ベートーヴェン中期の「ほとばしる情熱」が生々しく浮かび上がる


が特徴。この変奏曲は、主題呈示 → 終曲(第32変奏曲)まで休みなく演奏しなければばらない曲だが、同時期に作曲された交響曲第5番「運命」に似た感じがする。特に第3楽章 → 第4楽章 にアタッカで入る感触に近い。
 音色的には、シューベルトのピアノ曲ほどはオーケストラ的な色彩感覚は感じない。むしろ「ピアノ的透明感」が強く感じられる。ちなみに私高本が調べた範囲では、「ベートーヴェン弾き」と言われる「ベートーヴェンピアノソナタ全曲録音した大ピアニスト」でも、シュナーベル、バックハウス、ケンプ、グルダ、アシュケナージ、バレンボイム は WoO.80 の録音を見付けることは出来なかった。ブレンデルが1回だけ最初期にVOXに録音しているくらい。技巧的に難しい割に、演奏時間が短く「プログラムの中心」には据え難い曲なのが、敬遠されるのだろう。ペダルでごまかすことができない細かなフレーズが次々と現れるので、是非皆様に聴いて頂きたい。

16のドイツ舞曲と2つのエコセーズ 作品33 D783


  「シューベルト:舞曲全集」を録音したエンドレス盤以外では、なかなか「作品33全曲演奏」を聴くことは難しい。
 「ブレンデルが3回全曲録音しているだろう!」ですか?
よくご存知ですね。但し3回全てが「16のドイツ舞曲」のみの演奏なのです。退場行進曲に当たるエコセーズは1回もブレンデルは録音していません!!!
 佐伯の演奏は、これまでの舞曲集「作品9」「作品18」の演奏と同じ路線です。

  1. ソナタ や 小品集 と同じ水準で楽譜を読み、同じ水準で演奏

  2. 生き生きとした「実際に踊る舞曲会場」を想像させるリズム感とテンポ感

  3. 楽しい雰囲気が前面で出る


 生涯「人気舞曲作曲家」として生涯を通したシューベルトが「中期の作品だけで構成した唯一の舞曲集 = 作品33」であり、「さすらい人」幻想曲D760 や 「死と乙女」弦楽四重奏曲D810 の集中力がうっすらと感じられる演奏です。ブレンデルがこの曲集を偏愛したのも納得できます。(エコセーズは生涯録音しませんでしたが)

即興曲集第1集ハ短調 D899/1+D916B+D916C


  もしかしたら、7/20佐伯周子シューベルトピアノソロ曲完全全曲演奏会第8回最大の聴きモノはこの曲集かも知れない。

第1曲D899/1第1稿 は、冒頭の1音を聴いた瞬間にあなたは「佐伯周子がミスタッチ!」と思うかも知れない!


 マジです。ベーレンライター新シューベルト全集は4万円近くするので、聴くために購入することはお勧めできかねるので、

「D899/1第1稿」楽譜を確認したい人は、音楽之友社刊ウィーン原典版「シューベルト:即興曲、楽興の時、3つのピアノ曲」 購入をお勧め


しておく。その他にも「聴き慣れないフレーズ」がてんこ盛り。

シューベルトの作曲経緯 を実感したい方


には、是非今回の演奏会で確認されることをお薦めする。佐伯の演奏は、「D899第2稿 = 最終稿 = 普通に弾かれている稿」で既に全曲演奏した余裕が感じられる。(第2稿演奏は、前々回第6回でとても好評を呼んだばかりである。)

 D916B は、後に「ピアノ3重奏曲」や「交響曲」に転用しただけあって、「ピアノソロ曲」の域を越えている曲かも知れない。「雄大な感じを表出する主題」は果たして中間楽章なのか? 「ピアノ編曲版の交響曲」っぽいフレーズも多い。(晩年ではあるが)まだ30才になったばかりのシューベルトの「これからの人生の抱負」を述べているような曲である。交響曲ニ長調D936A のCDは数種類出ていて私高本も聴くが、個人的には原曲の D916B の佐伯周子の雄大なピアニズムの方が好みである。D936A はシューベルト自身はオーケストレイションしていないので、「他人の手」が入ること無く「シューベルトそのまま」が再現されるからだと思う。ちなみに

D916B は、楽譜を読むと「効果が上がり難い難しいフレーズ」が多過ぎ


だと感じる。
 これでは楽譜商ハスリンガーが出版拒絶するのもやむを得ないか、、、

 今回の佐伯周子の演奏は「素晴らしい演奏で D916B を聴きたい」人には是非お勧めする。

 D916C は評価の難しい曲に感じた。シューベルト自身がソナタ形式の第2主題の半分くらいの小節に「左手パートを未記入」で残した楽譜だからである。7/20佐伯周子シューベルトピアノソロ曲完全全曲演奏会第8回 では、デムス&ゼルダー補筆版の楽譜 = ユニヴァーサル版18575 を使用する。この楽譜以上の補筆ができる「ピアニスト や 学者」は極めて少ない、と私高本は感じる。
 D916C は D916B よりも「粗い」状況で楽譜が残されている上に、転用された曲も発見されていない。「シューベルトの未出版楽譜」は兄フェルディナンドがとても大切にした上に、効果的に楽譜商に売り渡したので「これから新発見される曲」は極めて少ないと予想される。

D916C の佐伯の演奏は、『極めて派手な曲』が第1印象


である。1オクターブを越える跳躍が何回出てくるんだろう! 2オクターブ近い跳躍を往復で8分音符で要求するピアノ曲は他にあっただろうか? 後世の作曲家で同じようなフレーズを「より効果的に書いた作曲家」は実在する。「ラ・カンパネラ」を作曲した リスト など。
 この曲が D899/1第1稿 → D899/1第2稿 のように昇華したらどのような名曲になったのか? それは、31才で早世してしまったシューベルト自身に尋ねるしかない。遺された楽譜に対して「息を呑むような集中力」で佐伯は聴かせてくれた。

ピアノソナタ第19番ハ短調 D958「遺作」


  聴いて呆然とした。

私高本がこれまで聴いて来た D958 は何だったんだ?


  今回プログラムの中心であり、名曲中の名曲であることは間違いない。佐伯の演奏が特に素晴らしいのは、「第1楽章呈示部」と「第4楽章」。他の部分も素晴らしいが、この2ヶ所は「透明な音色」が最も印象的に響く箇所である。そう、「音と音が繋がっているのだが、基本的に指で繋げるテクニック」を駆使している。シューベルトは、友人に「君のピアノは音が歌手の声のように繋がっていて素晴らしい」といわれた逸話がいつくか残されているが、後世のピアニストたちは「右ペダルで繋げる」と間違ってしまったようだ。

佐伯のシューベルトは「指で繋げるだけ繋いで最小限をハーフペダルで繋ぐ」


である。どの曲も全く同じであり、今回プログラムでは「作品33舞曲集」も全く同じ演奏だが、聞き慣れた名曲で聴くと違いが鮮明。

シューベルトが書いた通りの「ダイナミクスの差 = pp → ff など」


が、これほどはっきりと聞こえるのは、佐伯周子の超絶技巧のおかげだと思う。7/20佐伯周子シューベルトピアノソロ曲完全全曲演奏会第8回 の最大の聴きモノは(特に先入観の無い聴衆の皆様には)ハ短調ソナタD958 だと感じた。
 D959 & D960 に比肩する名曲である!
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グルダについて(私高本への影響)その1(No.1756)

2010-07-02 23:05:23 | 作曲家兼ピアニスト・グルダ(1930-2000)
 私高本が最も影響を受けた音楽家は誰だろう? 影響を受けた順に

  1. シューベルト
  2. ブレンデル
  3. 岡原慎也
  4. 川上敦子
  5. 伊福部昭
  6. 佐伯周子

パッと思い浮かぶのはこの6名のようについ先日まで思っていたが、2番目と3番目の間に重要な人が1人欠けていることに気付いた。

フリードリヒ・グルダ


である。

 グルダについて最初に聴いたのは、ご多分に漏れず「amadeo盤 ベートーヴェンピアノソナタ全集」であった。LP盤であったが、あまりの技巧的な冴えが(ケンプ盤やブレンデル盤に比べて)圧倒的だったので、LP購入して最初に聴いた時に止まらなくなって夜中まで聴き続けた記憶がある。1978年に大学1年の時だった。もう32年も前になるのか(藁


 その後、「DECCA盤 ベートーヴェンピアノ協奏曲全集」「アバドとの モーツァルトピアノ協奏曲4曲選集」「スワロフスキ指揮ベートーヴェンピアノ協奏曲第5番」「シューベルト即興曲+楽興の時」などとともに当時録音されたばかりだった

グルダ : 「Message fron G」


を聴いた。
 「玉石混淆」とは、まさにこのアルバムのためにある言葉! と思った。録音は「ライブ1発生撮り」なので、それほど質は高くないが、「ライブ感」があまりに素晴らしいのだ! 「ブレンデルのディアベリ変奏曲」もライブ録音として評価が極めて高いが、あの水準では無い。「グールドのザルツブルクでのゴルトベルク変奏曲」並みなのだ! 良い演奏は!!
 「アリア」とか「変奏曲」の素晴らしさは信じられない高みに達していたが、反面何が何だか全く理解できない愚作も入っていた。その後、テレマンを知った私高本には「出来不出来の大きい作曲家は実在するよな!」と思えたが、まだまだケツが青かった若き日の私高本は何が何だかよくわからんかった。
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