Piano Music Japan

シューベルトピアノ曲がメインのブログ(のはず)。ピアニスト=佐伯周子 演奏会の紹介や、数々のシューベルト他の演奏会紹介等

NHK交響楽団第1849回定期公演2016.11.25批評(No.2508)

2016-11-25 23:59:25 | 批評

「ショスタコーヴィチの狂気」を見事に表出した 井上道義指揮 NHK交響楽団 の交響曲第12番!


  1曲目の「ロシアとキルギスの民謡による序曲」op.115 も、ピアノ協奏曲第1番 op.35 も素晴らしい演奏だったが、後半の 交響曲第12番 が圧倒的な感動を呼んだ。井上道義 は「おちゃらけ系」と「真剣系」の2面の顔を持つ指揮者であり、「おちゃらけ系」の時はアンサンブルに乱れが生じることが多いのだが、今日は「真剣系の井上道義」が『N響』と言う器を巧みに操って、デュトワ指揮 の時並みに「吠える時は吠える」&「緊張する時は緊張する」を徹底。これほどまでN響を操れる指揮者は、デュトワしか思いつかない。(パーヴォ・ヤルヴィ や アシュケナージ の水準では無い!)先週の「全シューマン」プログラムを 井上道義 に指揮させなかったのだろうか? あんな「バカ指揮者 = ジンマン」に任せたN響事務局のアホ頭が悲しい。


 ショスタコーヴィチ と言う作曲家は、評価がまだ定まっていない。高く評価する人もいれば、低い評価の人もいる。井上道義 は「ショスタコーヴィチ推進派」の日本一の指揮者であり、日比谷公会堂を潰す直前に「ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏会」を企画し、実行した。
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ピアノ協奏曲の午後 石川県ピアノ協会 2016.11.23 批評(No.2507)

2016-11-23 23:58:33 | 批評

3人のピアニストの「全く異なる協奏曲観」を見事に演じ分けた 垣内悠希 指揮 オーケストラアンサンブル金沢


  「ピアノ協奏曲の午後」や「ピアノ協奏曲の夕べ」の演奏会は少なからず存在する。国際コンクールを最近優勝したピアニストを3~4名集めて、と言うパターンは私高本は見たことが無い><
 大概が「募集に応募したピアニストが全て」または「募集に応募したピアニストに、ゲストに大物を招く」
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明日11月23日 佐伯周子が初めてプロオーケストラとピアノ協奏曲を演奏する(No.2506)

2016-11-22 23:34:39 | ピアニスト・佐伯周子

素晴らしい 垣内悠希 + オーケストラアンサンブル金沢 のリハーサル > 佐伯周子「シューマン:ピアノ協奏曲


 明日11月23日 佐伯周子が初めてプロオーケストラとピアノ協奏曲を演奏する。昨日今日がリハーサルだったが、本番会場で! 素晴らしい響きのホール! こんな豪華な設定は、在京オケでも半分以上が出来ない><

 当日、ご来場できる方は、当日券たっぷりあります。どうぞお越し下さいませ
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N響第1848回定期公演「シューマン」2016.11.20批評(No.2504)

2016-11-20 23:58:55 | 批評

「合わせる」に於いて完璧な ジンマンのシューマン。だが艶も無ければ勢いもリズム感も無い


  好みの分かれる演奏である。結構演奏にキズの多いN響をマンフレッド序曲でのトランペットの小ミスを除けば、ほぼノーミスで「縦の線+音程」を描くジンマン。ヤルヴィでもデュトワでもここまで徹底はしない、できない。
 だが「音楽的感動」があるかどうかは別問題。アーティキュレーションは甘く曖昧。デュナーミクも p ←→ mf を行き来するだけに、「ライン」では「ホルン4重奏」を高らかに鳴らすだけ。全曲14型の弦配置だったが、基本弦楽器だけで表情を作る。
 シューマンのオーケストレーションは、「シューベルト:グレートD944」を手本にしている。「グレート」第2楽章のような 木管楽器の調べ が「ライン」も ピアノ協奏曲も 「マンフレッド」序曲 にも埋め込まれているのだが、(もしかすると)「N響の木管は技術水準が、弦楽器 や 金管楽器 よりも劣る」との判断なのだろうか、木管楽器が主旋律を奏でる時でさえ、極めて控え目に演奏させていた。「これがシューマン???」が私高本の偽らざる情感である。


ピアノ協奏曲の後には「盛大なブラヴォー + うっすらとした拍手」が来た定期公演。「ライン」の後は、さらに盛り上がりに欠けた。一部の聴衆には熱狂的な支持を受けたが(満員では無かったが)ガラガラでも無いNHKホールの大半からは、拍手音量も出し惜しみされた演奏会だった。
 ジンマンは、(タイプは違うが)『これまでの指揮者とは違う解釈』で売って来た指揮者。確かに、これまでの「シューマン指揮者」とは全く違う! これほどまで、艶も無ければ勢いもリズム感も無いシューマン をN響で聴いたのは初めてである。これまでのN響は「サヴァリッシュのシューマンの伝統」を古参団員が伝えて来ており、「スコアの音量と実際のバランス」については、他の在京オケよりも優れていた。
 だが、今日の演奏を聴くと、「N響って、ジンマンに信じてもらえないほど、木管、特に首席が悲惨なのね>< 」としか感じられない(涙


 ジンマンの見解が正しいのか? 間違っているのか? は、聴衆が決めること。本日のパラパラな拍手は(高年齢と揶揄される)N響定期会員の皆様が判断されることだろう。


 (佐伯周子も弾く)シューマンピアノ協奏曲op.54 のアンスネスの演奏について。「指揮者主導」だったのかな? と言う「縦 & 横 線合わせ最優先」の演奏。「木管は埋もれさせる」も同じ。弾き易かったのか? 弾き難かったのか? よくわからない><
  結果として、モーツァルトピアノ協奏曲のような(しかも第14番以前の!)音色になり、しかも音量バランスが(モーツァルトピアノ協奏曲第14番以前よりも)木管楽器を後退させる! だったので、「スコア読めてますか?」が正直な思い。何でこんな指揮者に「全シューマンプログラム」任せたのか? > N響???
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上岡敏之と読響メンバーの室内楽2016.11.09批評(No.2502)

2016-11-09 23:53:51 | 批評

シューベルト「ます」五重奏曲を『協奏曲風に改竄』した上岡敏之


  私高本は、「読響アンサンブル・シリーズ」は年間会員募集時から会員になっているのだが、この日のシューベルト「ます」五重奏曲ほど「恣意的」な演奏を聴いたのは初めてである。「ます」五重奏曲は、各パートの自発性を要求する楽曲であるのに、

上岡敏之は、『ピアノ協奏曲』として作曲され、シューベルトや友人がオーケストラメンバーを集められないから「室内楽」に編曲した><


との確固たる信念を、読響メンバーに押し付け、演奏してしまった演奏会である。「ます」五重奏曲では、弦楽器奏者を一切見もしなければ、握手も無ければ、女性奏者への手の甲へのキスも無かった上岡敏之が、ショスタコーヴィチピアノ五重奏曲のアンコール後には「男性奏者には悪手、女性奏者には手の甲にキス」だった。アンサンブルに掛けた時間もショスタコーヴィチが圧倒的に上なことは明白。上岡敏之の「音楽の好み」は知らないが、シューベルト「ます」五重奏曲が「大した曲では無い」と思っているなら、演奏しないで欲しい(泣


 上岡敏之は、「出来不出来の激しい音楽家」であり、昨年末の「第9」は悲惨な出来だった><

 テンポ設定も、ダイナミクス設定も、「ベートーヴェン指示とは乖離」しており(速過ぎて味気無く)、なんだが「マーラー歌付き交響曲の出来損ない」のような感触だった。その前、マーラー交響曲第4番「あの世の生活」を演奏した時は、第1~第3楽章は良かったのだが、ドイツから招聘したソプラノ歌手がボロボロの歌唱でマーラーの神髄は全く聴こえて来なかった><

 どうやら、上岡敏之は、「共演者ぼ選定」に大きな問題を抱えた音楽家の様子。今回も(購入後に発表された)読響メンバーを見て、愕然。

「ソロ演奏者」「コンサートマスター」「首席奏者」皆無><


だったのである。読響は、ヴァイオリンだけでも、「コンサートマスター3名」「アシスタントコンサートマスター1名」「2番ヴァイオリン首席1名」の5名がいる。その5名が5名、スケジュールが合わない、は考えられない。つまり

「コンサートマスター&首席奏者クラス」だと、反発を食う「作曲家=シューベルトの意図」に反した解釈で演奏し、「押しつけ」を拒まれないトゥッティ奏者に限定した


としか考えられない。
 
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