光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

腹の虫、虫の音

2009-07-07 18:55:38 | 散策
  腹の虫は、わかりやすい。自分は自分自身に、それを感じる。こんなはずではなかった。虫の音というのは、虫の鳴き声のようで、虫の息が息絶え絶えであった。虫の知らせは、ない。腹の虫のおさまらぬというように使うのがいいようだが、そう細かいことは今はわからない。

  腹の中に虫、考えられないこともないが、あれが虫かというのはある。そんなものは、もういないことになっているが、それがあると免疫力が上がるとか、うわさというか、ものの本の紹介というか、その他で聞いたことがあるようだが、免疫と関係があったか、よくはわからない。またよく、生き物の免疫と関係なく比喩的にもこの言葉は使われるようで、そうゆう風に考えると、永久に免疫にはならないものがありそうで、簡単なことだと「死への恐怖」というものだろう。これは免疫にはならず、また免疫になる必要もない。理屈ではそうなる。しかしやっぱり人は死を考える。考えることが出来ないことを考える。止めた方がいい、自分でもわかっているが、その恐怖というのはある。ときに増幅もされる。これは逆に生きている証左で、また生きたいという強い希望もあることを示している。これに気が付かず、しょうもないことに悩んだりもする。
  が、これが「ばか」に出来ないのも事実で、難解で、解決策もないが、時代時代に、それなりの安寧への考えかたというものも考えられてきて、そっちの方が今の時代のそれよりもよかったりもする。昔というと、きっと人生は短かった。それゆえ、救いを求めるのも当然だった。きっとそうだろうな。少し出っ張ったお腹をどうしたら、へこませることが出来るか、考えると方法はなく、で、お腹を緊張させる運動というのも、いくつもあるようで、簡単なのはラジオ体操だろう。一人ラジオ体操は、悲しい。ときにラジオから、第一の音楽が流れたというときが、そう遠くない昔にあった。この理由はしかし思い出せない。
  
  のども大切だが、体の柔軟性も大切で、しかしその運動とか言うもの、あるいはストレッチ。これ、やらなくなった。もう少し前だと、今に比べるとやっていた。足のアキレス腱側を延ばす。前に体重をかける。足を後の方向高くまであげる。そうゆう風なこともやっていたようだが、最近はまったくといっていいほどやらない。そうゆうものはどこかへいってしまった。それでは、足腰も弱るのは当たり前かも知れない。
  問題の一つはお腹の出っ張り。これは笑えない。そうはいかなくなってくる。今は夏、そうじろじろ見る人もいないと思うけど、これはもういないに等しいが、しかしたまに、大きなガラスとかに映る自分の姿を見る。あー、ため息も出ないとなる。これは昔からあった。一体なんでこんなことになってしまった。ため息も出ない今は、呆れるだけ。腹の虫か。そういえば、脂肪も、脂質ともいうが、これも溜まったが、腹の虫のおさまらないものも、溜まったようで、これももしかしたら本当かも知れない。いろいろ気になることも多い。気にしないでいられないことも多いもので、それが自分以外のものでそうなる、という場合と、自分が原因でそうなる、というものも考えられる。

  先ほどから、大きな雨粒が落ちてきて、あわてて窓を閉めたりもした。調子が狂うものも増える。これの一つに自然災害も入れていいようだが、そうゆうひどい目というのも、まる4年前かの大きな台風以外は、地震ではびっくりしたが、それを除くと、まー平穏である。お腹の脂質は溜まる一方で、お腹を引き締めるゆるい運動というのも、きのうから始めた。この辺りが笑えるところ。ゆるい運動を長く続けるのが負荷もひどくなく、いいようだ、というのは本当の気がする。これだけは続けてみようと思う。ゆっくり緊張、持続する、休んでもう一回。おしまい。

  虫の音というと、最近は聞かない。虫の鳴き声というと、これにセミがある。虫の音というと秋鳴く虫というイメージが強く、早いもので春ゼミもあるという、そういうセミの鳴き声は虫の音かというのは、ちょっとわからない。りりリーン、とかいうと虫の音。また風鈴もいい音色を出す。これはしかし、ここにはない。昔はあったようだが、気がきかないのか風情もないのか、風鈴はない。
  音色というのも人の耳で聞こえないといけない。また人の一般に聞こえるとされる、波長の範囲も大体決まっていて、これはよかった。だから、夜に飛ぶ、コウモリなどの鳴き声も聞こえる?けれど、彼らがその方向を探るとか、ものがあるかどうかの判断に使う超音波というのは、人には聞こえない。あーよかった、このようなものが聞こえるとなると、騒がしい、あるいは寝苦しい夏の夜も大変になってくる。今どきの話題というのは、若い人に聞こえる、ある波長の音波らしい。そんなものは聞こえなくていい。

  セミの鳴き声は今はないが、もうセミの鳴き声も何度か聞いている。これはいいのか悪いのか、たまにアブラゼミ以外のものが混じるといいようなで、アブラゼミだけとなると、うるさいと思うかも知れない。これと腹の虫は関係があるか。多分ないのではないか。
  きょうは暑く、汗だく。




  夏のバラ。真っ赤なバラが目に入ってくる。バラもいろいろで、どう見てもどの辺りに合焦しているのか不明。




  まーこれだけよく赤くなれるものだ、と感心することしきり。




  淡い紅色の、アジサイの装飾花はそっくり返って、そうしてこの色を強くしてゆく。




  空気の色が水色になるそうゆう露光時間があって、これはいいと自分で思っている。




  アジサイのトンボも、これで最後。




  翅を休めるシジミチョウ。このチョウは以外とおとなしく、しばらくの間じっとしていた。よくいる、ルリシジミか、ヤマトシジミかというところ。
  明るすぎて、ファイルの色ではどちらか不明。しかし肉眼だと、ルリシジミ。

夏の地味目の、花

2009-07-07 16:15:32 | 植物・花(夏)
  暑いのと、ムシムシしているのと、風は少しだけ
  あるのと。
  大体、曇りの天気で、今アメダスの値、最高気温を見ると
  32℃を越えていた。これで、燦燦と太陽が照っていたら
  大変だが、そうゆうことはなかった。

  相変わらず、いつ雨が降ってもおかしくない空。
  雲が在るし、雷雲だってそこに電気の塊を持っていそうで
  怖い。結構ビクビクしている。
  
  ジメジメで、汗も自然と出てくる、そうゆう一日。
  それで、地味目の夏の花。
  余裕なし、思うようにいかない。




  白ダリア。地味かというと、地味でもあるようなで、
  ここは苦しい。




  蕾である。葉に隠れて開いているものがある。なんだったかな。
  この蕾は近寄って見ると、なかなか面白いのは事実。




  この花は、ことしは他のところでも見た。苗から植えられて、
  というものだろうか。なかなか見かけない。




  ヒマワリのような。それで、他に例えると
  グレープフルーツに、このような色の果肉がある。




  トウモロコシ。




  シソ。シソの葉は地味だけど、緑でなく、梅干し用とも思える
  この色のシソは、非常に好ましく思える。

熱帯夜には、ならなかった

2009-07-07 06:48:37 | 散策




  朝のお天気は、雨降りのようで、ときどき止む。むつかしい天気で、何でも、つまり晴れときどき曇り一時雨のようで、どれが出るかサイコロで決めないといけない。ことしはまことに梅雨らしい、梅雨だと思う。梅雨の当たり年、やられたとか、やったとか、そうゆう思いのする、梅雨空。落ち着かないこと。アメダスの6時の気温、24.4℃、気圧は1013.3hPa、湿度は、87%。気温は23℃の後半から24℃の後半まで、いろいろ。しかし、25℃はない。室温は、25.5℃。眠っていると暑いとは思わない。

  さて、雨続きで、お天気が気になるところ。でも、先のことはわからない。どう転ぶか、心配さている方も多い。そういえば、沖縄地方は梅雨は明けた。それから、たしか奄美地方も梅雨明けが宣言されたようで、7月22日が、皆既日食になるという地域の、お天気は、ひとまずは安心ということになる。これはよかった。でも、雨が降らないとは断言は出来ないが。やっぱり最後を決めるのはサイコロ。これのふりかたも練習する。

  朝方太陽が出た。段々と、日の出も遅くなっているようで、しかしまだ感じるほどのものはない。きょうもお日様は拝んだが、その後に曇り空になった。空を見ていると、その雲の様子が毎日違うので、そのあり方は、どのくらいあるのか、どうゆう雲のあり方があるのか、考えてみたくもなるが、しかし、地球の存在する時間というのは、ずいぶんと長いものだけれど、「最後がある」と考えられていて、これからいくと、空の雲のあり方も有限の回数ということになる。詭弁のようで自分でもよくはわからない。
  お天気を自由に操作できたらいいだろう。気持ちがいい。雷様には誰もが憧れる。それにしてもこのごろは暑くて、ムシムシして、かなりイライラする時間が増えた。

  問題は湿度。これもないほうがいいという、人もいれば、いややはり湿気は大事だという人もいて、様々である。今頃の湿気は、どうしようもない。人の体温もこれで上がりそうな感じだ。水蒸気の温室効果は人の気分も害する。しかし、この水分、お肌にはまずは大切。それから、のどや、鼻や、気管やという粘膜で出来ていそうなところにも、必須。のどをやられると、まずは声が出なくなる。
  ラジオを楽しみにしている。ときにTVをも見る。いつもの美しい、あるいは独特の声は、待ち遠しいものがある。突然、声が変わった。なんだか、その人がその人でなくなった感もある。やっぱり、ある人には湿度は必須なのである。

  ラジオのアナウンサの声は大体覚えているし、それから他の番組のDJの方の声だって、あれ変調しているって、すぐにわかってしまう。最初から録音だってわかっているけど、ある日突然風邪声となると、これも少し妙である。妙ではあるが、そのかすれた声がいいと思うことも少なくない。

  湿気である。朝から起きると、少し動くともうベトベトしている。この高湿度の地域に棲んでいるのは悪いことはないと思うが、やりにくいことも多い。今日は少し、お天気に味方して書いた。これで、雨が降らなければいいなー。