かりそめの旅

うるわしき 春をとどめるすべもなし 思えばかりそめの 旅と知るらむ――雲は流れ、季節は変わる。旅は過ぎゆく人生の一こま。

雨月物語

2011-07-21 01:07:39 | 映画:日本映画
 原作:上田秋成 監督:溝口健二 出演:森雅之 京マチ子 田中絹代 小沢栄(栄太郎) 水戸光子 1958年大映

 日本映画の代表作は、何歳の時に観ても新鮮で、新しい発見がある。
 若い頃に「雨月物語」を観た時は、ただただ幻想的で美しい映像が心に残った。ヴェネチア映画祭で銀獅子賞をとった、東洋のエキゾチズムなどという思いに至りはしない。
 しかし、ある程度年齢を過ぎてみると、製作者の意図や企みに目がいくようになる。

 映画の出だしは、「雨月物語」という題字が映しだされ、続いて制作、出演などの配役の字幕の名前が並ぶ。それに並行して、笛、鼓などの能の謡いが流れる。
 この映画は、能をバックボーンに映像化したものなのだ。
 そう意識してみると、随所に舞台のように見える箇所がある。いや、総てが舞台とも思える。
 能の主役は多くは亡霊であり、生身の人間は脇役である。確かに、映画の中に出てきた妖艶な姫君の顔は、能面のようにメイクをしてあり、当初は無表情に見える。生身の人間がこの亡霊の虜になるところが、この物語のクライマックスである。

 戦国時代の、琵琶湖に近い村で暮らす2組の平凡な家族の生きざまがテーマになる。
妻(田中絹代)と子がいる源十郎(森雅之)は、焼いた壷や皿などの焼き物を売って金儲けを夢みている。
 畑仕事の傍ら源十郎の仕事の手伝いをしている隣に住む藤兵衛(小沢栄)は、妻(水戸光子)がいるが、侍に仕えて出世することを夢みている。
 二人は、琵琶湖を渡って町へ焼き物を売りに出かける。
 町で、源十郎は美しい姫君(京マチ子)に見初められて、離れた立派な屋敷に招かれる。
 瀟洒な屋敷の庭には1本の松が配置されている。屋敷で、源十郎は身に余る歓待を受ける。能面を被ったような姫君の京マチ子が舞いを舞う。
 この屋敷で、源十郎は悦楽に満ちた夢のような日々を送る。
 ふいに舞い降りてきた夢のような日々は、やはり現実ではなかった。虜になった美しい姫も立派な屋敷も、この世の物ではなかった。
 現実に戻された源十郎は、薄の生える朽ち果てた跡に佇んでいるのであった。そして、そこの住人はとっくに今はなく、彼が一時ともに過ごした悦楽の宴は夢幻と化していた。

 一方、侍を望んだ藤兵衛は、偶然に戦場跡で大将の首を拾い、願っていた出世が転がり込んでくる。ところが、家来を従えた凱旋の途中、宿場町で憩っていたときに出会ったのは、遊女に身を堕とした妻の姿だった。
 目の前の遊女となった妻を見て、藤兵衛は成り上がりの侍を捨てる。

 二人は村に戻り、前のように焼き物を焼き、畑を耕す。

 この物語が訴えているのは、何だろう。浦島太郎の教訓もよく分からないのだが。
 夢など見ずに、地道に働きなさいということだろうか。悦楽も名誉も金も、うたかたの幻というのだろうか。
 中国でいう邯鄲の夢、もしくは日本の無常観であろうか。

 しかし、最近は思う。
 それが束の間の夢の一時だとて、この世のものとも思えない悦楽を経験したなら、それだけで良い人生を送ったといえるのではないか。
 少し横道に逸れるが、ファム・ファタール、運命の女に一度でも出会ったなら、それで堕ちていったとしても、良い人生だったといえまいか。
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1 コメント

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朝鮮戦争 (sunaoni)
2020-01-07 02:45:15
脚本家の依田義賢が一生懸命偶然だと否定しているようですが、朝鮮戦争を背景として描かれた作品であるのは否定しようがありません.

朝鮮戦争
1.日本は朝鮮戦争の特需により、戦後復興を果しました.大儲けしたのです.
2.警察予備隊、保安隊、そして自衛隊と名前を変えながら、日本は再軍備をしました.
  また、軍人として出世をしようと考える人間が現れたはず.例えば航空幕僚長になった源田実.
 
この映画は、朝鮮戦争の時代に撮られました.
描かれた一人は、戦争に乗じてお金儲けをしようとした、陶芸師.
今一人は、武士(軍人)になって、出世をしようとした、百姓の男.

百姓の男は仲間の金を持ち逃げして武具を揃えて侍になり、そして、自決した大将首を介錯をした部下が持って帰ろうとする、その部下の侍を突殺して大将首を奪い取って出世をしたのです.
この男は、女郎に身を墜した妻に出会って、改心して故郷に帰りました.

今一人、陶芸師は.
彼は戦争によって滅んだ武家の娘の亡霊に取り付かれて殺されそうになった.
亡霊の娘と契りを結んでしまったこの男の場合は、妻は弁当を奪う、それだけの目的のために落ち武者に殺されてしまっていた.

当時のニュース映画を観ると、『朝鮮戦争で経済復興した.良かった』と言っています.
酷い国です.
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