かりそめの旅

うるわしき 春をとどめるすべもなし 思えばかりそめの 旅と知るらむ――雲は流れ、季節は変わる。旅は過ぎゆく人生の一こま。

上海への旅⑯ 南京東路の裏の顔

2010-01-07 03:09:39 | * 上海への旅
 上海への旅も終わりに近づいた。
 明日はここを発つ予定だ。
 10月22日、朝旅舎で目をさますと喉が痛い。旅に出る前痛かったのだが、旅の間中、治まっていたのだから幸運だった。
 旅は、密かにアドレナリンを出して、新鮮なエネルギーを体内に与えてくれるのかもしれない。

 朝起きて、昨晩買ったザボンを剥いた。いくら柑橘類好きの僕でも、このボウリングの玉のような大きさでは太刀打ちできそうにない。口にしてみると、酸味も少なくジューシーな水分も少ないので、そう多く食べられない。あとは夜にでも食べようということにして、外へ出ることにした。
 ドアを開けて部屋を出ると、前の部屋のドアが開いていて、中にいる振り向いた女性と目が合った。その若い女性はビックリしたような目を僕に向け、慌てて周りを取り繕おうとした。
 彼女の傍には、腰の高さまである大きなトランクのようなバッグが3個、蓋が大きく開いたまま無造作に立ち置かれていた。バッグは軽いビニール製のようで、派手なデザインだ。そのバッグの周りには、大量の衣服が散乱していた。
 僕は彼女が衣料品の輸入関係の仕事をしていて、仕入れた衣服の整理をしているのだと思った。そういう関係の女性を知っていたからだ。
 ファッション関係のビジネスですか?と英語で訊いた。
 彼女は、いやそうじゃないというようなことを言ったが、よく分からなった。途中まで進んだゲームを、またスタートからやり直しのリセットをされて、途方に暮れているように見えた。
 眼鏡をかけ、後ろで留めた長い髪を背中まで流していた。モデルのように背が高いし、美人だった。
 しかし残念なことに、僕が手伝ってやることはなさそうなので、再見と言って別れた。

 カウンターで、この旅舎を予約してくれたマリさんに、今日で上海の旅は終わりなので電話したが、電話が通じない。昨晩から何度か電話したが連絡が取れないので、諦めて旅舎を出た。もう、昼だ。

 *

 どこへ行くというあてもないので、再び外灘(バンド)へ行くことにした。
 外灘は旧外国人租界地で、古い西洋建築群を見て歩くだけでも飽きない。
 外灘の建築群の通りを歩いたあと、もう昼も大分過ぎたので食堂を探しに歩いた。しかし、この辺りはビル街で食堂がなかなか見つからない。やっと、外見は立派だが中は大衆的な、アンバランスな1軒の食堂を見つけたので入った。
 中では奥のテーブルで、おそらく家族であろうか、店の人がカードをやっていた。昼食時を過ぎた中途半端な時間だから、仕方ない。客は僕以外に1人だけで、うらびれた中年の男客が、窓際で黙ってスープのようなものを飲んでいた。
 僕は、無難に炒飯を頼んだ。値段もごく普通の15元。窓際の訳ありそうな客は、スープを飲み終わったあと、黙って店を出た。料金を払わなかったようだが、店の人もなぜか黙っていた。

 食堂を出たあと、また南京東路へ足が向いた。(写真)
 南京東路は、銀座と新宿が一緒になったような繁華街だ。有名ブランドの看板や電光掲示も目につく。オメガのロゴの横にユニクロまである。きらびやかなウインドウが消費の欲望を誘っている。毛沢東がこの光景を見たら、何と言うだろうか? 経済は政治までも飲み込んでいくのである。
 この通りを歩いていると、いろんな人が声をかけてくる。最も多いのは、トケイ、バッグ、要らない?ロレックスあるよ、の類である。
 こういうのは無視するに限る。

 トイレに行きたくなったので、観光客でなさそうな男性に訊いてみた。彼は考えていたが、あっちと指差した。その方向へ行ってみたが、トイレらしいのはどこにもない。
 さっきトケイは?と言ってきた若い女性が、まだ僕の周りをうろうろして獲物を探していたので、彼女はこの辺りのことは詳しいだろうと思い、トイレを知らないかと訊いてみた。
 彼女は即座に、大通りの路地を入った建物の方を指差し、あのビルの中にあるよと言った。僕がサンキューと言って、その雑居ビルの方に歩いていくと、彼女は走ってきて私が案内すると言って、僕の前をそそくさと歩き出した。僕がいいよと言っても、無視して歩いた。
 そのビルに着くと、すぐにエレベーターがあり、それに乗って12階だと言った。公衆トイレが12階というのも変だと思ったが、ここまで来たら仕方がない。
 エレベーターを降りて、ここだと案内された扉を開けると、なんだ、ピカピカの部屋ではないか。
 入口で黒服の若い男が2人、仰々しく挨拶した。僕を案内したというか誘導した女性が、黒服の男に何やら話している。僕が、トイレは?と申し訳なさそうな小声で言うと、黒服の男があちらですと指差した。そこへ歩いていくと、ずらりと数人の黒服の男が並んで僕に挨拶する。
 おい、おい。僕はトイレを借りに来ただけだぞ。まさか、この前のキャッチ茶館(上海への旅③)のように、キャッチ・トイレじゃあるまいし。
 用を足しトイレを出ると、今度は若い女性が、奥の部屋から数人出てきて、僕を迎えた。女性たちはドレッシーな服を着ていて、一様に美人だ。飛び切り美人だ。
 僕は、女性たちに愛想を振りまくでなく、いやそんなことをしている場合ではないと思い、彼女たちの笑顔を振り切って、急いで出口(入口でもあるが)のところへ行った。
 どう見ても、長居は無用だ。トイレを借りに来ただけの男に、この厚遇は異常だ。
 僕は、黒服たちに、謝々とお礼を言って、すぐに部屋を出た。
 別に黒服たちは、追っては来なかった。しかし、あの部屋は何だったのだろう、とエレベーターを降りながら思った。
 奥の女性たちが出てきた部屋は、各々個室のように区切られていた。部屋にはソファのようなものが見えた。
 あのレベルの美女を揃えているのは高級クラブのようであるが、まだ日も落ちていない夕方である。ちらと見えたソファは足浴屋にある長いソファで、足浴マッサージを謳った高級お水系サービス業か。あるいは、あのちらと見えたソファのようなものは、ベッドだったかもしれないと、妄想をかきたたせた。

 *
 
 再び南京東路に戻り、普通の観光客に戻った。
 普通の観光客らしく、中国茶を売っている店を見つけて入った。様々な茶を並べてある中で目をひいたのが白菊の花の茶で、その菊茶の効用に「情熱解毒」と書いてある。単なる熱でなく情熱である。僕のような男に、少し熱を冷ませというのだろうか。
 買ってみた。
 「情熱解毒」は、正しくは「清熱解毒」とのことであった。

 旅舎に戻ろうかと思って、地下鉄駅に向かって歩き始めた。
 また、若い女性が声をかけてきた。物売りではないようだ。
 彼女が何か言ったが、中国語だから分からない。中国語は話せないと英語で言うと、英語で話しかけてきた。
 若いときの多岐川裕美のような美人で、私たちは二人で旅行しているの、と隣のやはり若い子の方を向いた。隣の女の子もにっこり笑って、二人で頷いた。もう1人の女性も美人で背が高く、2人とも「CanCam」や「JJ」から抜け出たモデルのようだ。
 最初に声をかけてきた積極的な女性が、話を続けてきた。
 「あなたはどこから?」、「トーキョー」
 「私たちは北京から上海に観光に来たの。あなたは?」、「僕も、観光」
 「私たち、日本語を勉強しているところなの」、「そりゃあ、いいね」
 「あなたは1人?」、「そうだよ」
 「だったら、これからお茶飲まない?」
 う~ん、どこかで聞いたような会話だ。これから茶館に連れて行かれるという粗筋かな(上海への旅③)。もう、その手は食わないからね。
 「お茶でなくコーヒーの方がいいね」と、僕はとぼけてみた。
 すると、彼女たちは、「コーヒーでもいいわよ」と言った。
 話が違うな。敵もさるもの、喫茶店がないから茶館にしましょうとか何とか言って、茶館に連れて行かれるのがオチかもと思い、僕は一呼吸おいて答えた。
 「申し訳ない。今日は、あまり時間がないのでやめとくよ」
 上海初日のあのキャッチ茶館の出来事がなかったら、僕は一緒について行っただろう。すると、もっと手ひどい目にあったかもしれない。
 彼女たちと別れて歩きながら、あのまま彼女たちと一緒にお茶を飲みに行って、喫茶店以外のところ、例えば茶館などに行こうとしたら、コーヒーでないとだめだと言い張って、彼女たちの正体を見届ければよかったと、少し後悔した。
 少し、弱気になっている。

 *

 旅舎に戻るため、南京東路から地下鉄2号線に乗った。
 電車に飛び乗り車内の路線図を見ると、旅舎とは逆の方向に行く電車だった。路線図を見ていると、南京西路の先に「静安寺」がある。有名な寺だ。その駅で降りてみた。
 駅から出たすぐのところに、静安寺はあった。もう閉館の時間が過ぎているようで受付の入場券売り場は閉まっていたが、出入り口の扉は半開きになっている。仕方がない。中をのぞき見るだけにした。蘇州の留園と同じだ。
 静安寺は、見た目は堅牢な寺だった。暗くなった静安寺の周りの商店街を歩いて、再び旅舎に戻るために地下鉄に乗った。
 そして、大連路の旅舎に戻った。

 旅舎に戻ると、カウンターで、「若い女性が尋ねてきた」というメッセージが渡された。この旅舎を紹介してくれたが、その後連絡がつかなかったマリさんだ。
 カウンターからマリさんに電話すると、やっと繋がった。彼女は忙しい中やっと時間を見つけ、昼ごろこの旅舎に来て、カウンター受付のスタッフの人から聞いた僕の部屋である50号室まで行ったが、留守だったと言った。
 僕の部屋は40号室である。僕がカウンターのスタッフにそのことを質すと、スタッフはパソコンで照合していたが、すぐにミステークでしたとあっさり詫びた。
 やれ、やれだ。


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