写真エッセイ&工房「木馬」

日々の身近な出来事や想いを短いエッセイにのせて、 瀬戸内の岩国から…… 
  茅野 友

石投げ

2007年05月03日 | 生活・ニュース
 連休で帰省している息子と奥さんを連れて、夕方の錦帯橋に散歩に行ってみた。5時を過ぎたばかりで、日はまだ高く明るい。

 車を下河原に止めて降りてみた。観光客はもういない。橋の上には数組のカップルが歩くでもなく立ち止まるでもなく、それぞれがゆっくりと二人の時を過ごしている。

 大小の石ころを踏みながら水辺に近づいていった。前夜の雨で錦川の水かさは増し、流れも速い。

 その時、息子がまだ小学生の低学年の頃、この川原に来て石投げをし、どちらが遠くへ投げることができるか競争をしたことを思い出した。

 私は息子よりほんの少し遠くに投げることで、父親の力を見せつけていた。「おい、久しぶりに石投げをしてみよう」と、私より大きな息子に言った。

 割と扁平な石のほうが、風に乗って遠くに飛ぶ。適当な石を見つけ、助走をつけて思い切り投げた。かなり手前の水面に落ちた。

 続いて息子が投げた。助走の勢いも私と違って早い。45度の角度で飛んでいった石は、私の飛距離の1.5倍辺りの水面に落ちた。

 完敗であった。私だって会社で現役時代は、ずっと昼休みにはソフトボールをやっていて、肩にはかなり自信がある方だった。

 久しぶりの石投げで、こんなに差がついているとは思わなかったが、衝撃的な飛距離の差であった。

 一体、何年位前に親子の力は逆転したのだろうか。10年、いや15年くらい前のような感じがする。

 この場は、大きく成長した息子を心から喜んでやるのが親の務めと言いたいところであるが、かくも差をつけられたとなると、私の衰えた体力が哀れで悲しくもなった。

 方丈記ではないが、行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらずだ。時は流れ、世代は移り、主役が変わるのは世の常である。

 ここは素直に、わが息子に「あっぱれ」と言うしかない。これからは何事も、老いては子に従って生きてみるか。そんなことを思うたそがれであった。
  (写真は、石投げをした錦帯橋の「下河原」)