俺の明日はどっちだ

50歳を迎えてなお、クルマ、映画、小説、コンサート、酒、興味は尽きない。そんな日常をほぼ日替わりで描写

「ご先祖様はどちら様」 高橋 秀実

2011年11月10日 20時05分07秒 | 時系列でご覧ください

結婚披露宴で出会った同業の先輩から「なんてったって、お前は最後のジョウモンだからな」と、突然縄文人呼ばわりされる。そして、「縄文人について知りたければ、三内丸山遺跡で佇め」と言われるところから、著者の先祖を巡る「佇みの旅路」が始まる ―― 。

自分はいったいどんな人物の末裔なのか? 自分のルーツとは? 唐突に芽生えたそうした疑問に答えようと役所で戸籍にあたり、家系図を探し、家紋を調べ、祖先の土地を訪れ、専門家や親戚縁者の話に耳を傾け、さらには自分似の遠戚と出会ったり、源平にたどり着いたり…、

ユーモアあふれる軽妙な文章と思わぬ展開で最近読んだ本の中では抜群に面白かったのが、1961年横浜市生まれ。東京外国語大学モンゴル語学科卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、ノンフィクション作家となったという高橋秀実さんの「ご先祖様はどちら様」だ。

この本の面白さをどう伝えようかと思っていたところ、実は本の冒頭で高橋さんに「最後のジョウモン」発言をしていたという(笑)関川夏央さん自身が「 波 」(2011年5月号)にて書いていた相変わらずウイットに富んだ達者な文章が、この本の魅力を余すところなく伝えてくれていたので、思わず無断全文引用であります。エヘッ



元気に死んでおられる方々 text by 関川夏央

 高橋秀実の年来のファンである私は、勇躍『ご先祖様はどちら様』を読みはじめ、死んだ谷啓のような驚きの声を「どひゃーっ」と発した。
 自分は誰の末裔だろうか、それが著者の出発点であった。なにごとにつけ「どうでもいいじゃん」と傍観者的、それでいて利を生まぬことに熱中しがちな性格は、横浜生まれの横浜育ちのせいと思っていた。だが、父方の祖先は宮城県のまじめな小学校長だった。つぎつぎ子どもに早死にされた不運な天保末年生まれの曽祖父は、努力の人であった。
 キミがたは、ひいおばあちゃんがどんな人だったか知らんだろう、だから日本人はコリアンにウマノホネと差別されるんだ、などと私は若い人を挑発してきた。だが自分だって、生まれながらの老婆としか見えなかったウチのばあさんに、まさかお母さんやおばあちゃんがいたとは思いもしなかった。やっぱりウマノホネなのだった。
 高橋秀実の母方は静岡県だが、もともとは武田信玄に追われて甲州から逃げてきたのだという。みなが調査に協力的なのは、奇特な著者の「壮大な計画」に感動したためと、人柄にほだされたためだろう。
 その母方の高祖父母の子孫、何親等になるのかわからないが、とにかく遠い遠い親戚と判明した大工さんが、初対面の彼に矢継ぎ早に尋ね、高橋秀実はためらいがちに答えた。
「奥さん、怒ってない?」(……はァ)
「今の仕事で喰えてる?」(……いえ)
「将来のことなんかぜんぜん考えてないでしょ」「今が楽しけりゃいいでしょ」(……はァ)
「間違いない。そういう血筋なんだ」(……ははァ)
 最初パチンコに凝り、つぎに江戸時代の箪笥の収集に凝り、あまり場所をとるので方向転換、いまは掛け時計の収集に情熱を傾ける大工さんの祖先は、だいたい「のうのう」と暮らしていたという。高橋秀実自身、貧乏なくせに「のうのう」としている。だから彼は好かれるのでもあるが。
 結局、祖先に歴史的有名人はいなかった。そのかわり普通の人がたくさんいた。たくさんいたことがうれしくて、家系図みたいなものをつくってみた。生年はわかっても没年はわからない人々から引いた線は、自分の上に降る温かい雨のように思われた。
 静岡県の祖先の本貫地である山梨県市川大門町を訪ねた。甲斐源氏のふるさとだという。遠く清和天皇につながるともいう。静岡では桓武天皇流の平氏だといわれたのに。
「だったら私は源氏の方がいい」とは「やせれば(とても)美人」の高橋の奥さんの言だ。結婚して「高橋」姓にかわり、その漢字の文字面に合わせて、ついふっくらしてしまった奥さんの源氏のイメージは大河ドラマの石坂浩二で、平家は金子信雄なのだそうだ。
 京都の山奥、清和天皇陵にも詣でた。田舎駅のタクシーの人は、二十七年間で二人目だ、といった。源氏の祖として有名な清和天皇だが、「若くして病気で亡くなった」こと以外に事跡はないのである。
 最後は、ご先祖様がおられる横浜の墓地へ。
 お参りをすませたあと、どう挨拶して去ればいいですかね、と役所の墓地担当者に問うたら、「元気でね」はどうですか、といわれた。「死んでいるのに元気でね、というのもおかしな話ですけど、なんかそういう気持ちになるんですよ」
 読みはじめてすぐ「どひゃーっ」と声をあげたのは、お前、来週の水曜日、時間ある? と初対面のタカハシに先輩風を吹かせた男というのが、どうも私らしいからだった。年収いくら、なんて聞いたか? 聞いたけど。
 高橋秀実の本は、いつも明るい。私は、中でも明るいこの本の中で、著者と旅をしつつ笑った。笑いながら泣いた。そして、ご先祖様たちの笑いさざめく声を聞いた。「元気でね、タカハシ」

(せきかわ・なつお 作家)



あれっ、改めてこの文章を読んで見ると、実際に本を読んだ人はニヤニヤしながら大いに楽しんで読むことが出来るけれど、未読の人にはさほど伝わらないかもしれないなあ。
ま、書評(なのか?)なんてそんなものなんだから、もし興味があれば是非とも手にとって読んでもらいたい一冊であります。

ちなみにこの本、第10回小林秀雄賞を目出度く受賞したのでした。



今日の1曲 “ 空洞です ” : ゆらゆら帝国 

読み終わったとき、ふと何故か頭をよぎったのが昨年解散した後から聴くようになったこの曲でした。



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