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ドキュメンタリー・ミステリー「シャドウ・ダイバー」

2005-12-23 13:28:46 | 読書
 読み終わったあと、人間はなんと素晴らしいのだろうという思いで一杯になった。題名の示すように海に潜る人のことなのだが、珊瑚や熱帯魚を見るためのスキューバ・ダイビングとは全く違い、ディープレック・ダイビングと呼ばれるこのスポーツは、世界で有数の危険なスポーツだろう。と著者は言う。高所恐怖症に加え閉所恐怖症も併せ持つ私には興味の範囲外にある。本を読んでいても想像で息が詰まる思いがした。実話の二人のダイバーは、ジョン・チャタトンとリッチ―・コーラーである。
                 
             左ジョン・チャタトン 右リッチー・コーラー
 ニュージャージ沖100キロではマグロ、ポラック(タラ類、“黒いタラ”と呼ばれる北大西洋の重要な食用魚)の大物が釣れる場所があるというが、ここはある釣り船の船長が守る秘密の場所だった。ダイビング船の船長で優秀なダイバーのビル・ネイグルは、その船長から、ビルが潜る良く釣れる沈没船ポイントの場所との交換条件で秘密のポイントを教えると持ちかけられる。これがこの物語の始まりだった。

 ビルは旧知のチャタトンに声をかけダイビングを敢行する。何度かのダイビングでUボートと確信するが、名前や沈没した原因などは分からない。しかも乗組員の白骨化した遺体が折り重なっていた。ここは墓場だった。チャタトンと途中から加わったリッチー・コーラーは死者に対する敬意と人間の尊厳への冒涜を忘れないこととして、遺体には一切触れないという約束事を交わし精力的に調査を進める。この調査は途中挫折しかかったり家庭の崩壊までも招来した。

 調査は進み船名がU-869や艦長がヘルムート・ノイエルブック、先任士官がジークフリート・ブラントそれに乗組員名も判明する。この本にはこれらのドイツ軍人の人生も垣間見せてくれ思想にも触れていて、おまけに写真も挿入されているので等身大のイメージで迫ってくる。

 特にこの艦長は厳しい指揮官で、乗組員はバリバリのナチ党員ではないかと恐れたが、ある日、ノイエルブルク艦長が乗艦したとき、乗組員はいつもの敬礼ではなく、ヘイル(ナチ式敬礼。きびすをカチッと鳴らし、右手を前にやや角度をつけて突き出す)をしたところ、ヘイル式敬礼を使うようにという政府命令があったにもかかわらず、激しい勢いで普通の敬礼を望んでいるので本艦ではヘイルは使うなと命じた。これは予想に反したことだった。また先任士官はUボートは鉄の棺だと揶揄したりもした。狂気とカリスマ性を併せ持ったヒトラーといえども、一部の幹部やゲシュタポに支持されるだけで脆弱な面が垣間見える気がする。

 調査は進むが、アメリカ海軍歴史センターほかの資料に記載のないU-869は、どのような状況で沈没したのかは推測するしかない。その推測を本から引用すると“U-869は、その潜水艦自身が発射した魚雷によるものとみてほぼ間違いないだろう。Uボートは、1945年には二種類の魚雷を搭載していた。通常の「パターン航行」魚雷は、一定の運動パターンをとって攻撃目標に達するようプログラムされ、ジャイロスコープを使用した操縦機構を内蔵していた。それよりも高度な音響誘導魚雷は、敵艦船のスクリュー音を探知して追尾を行った。そのどちらのタイプも、発射されたU ボートに逆戻りすることが時折あった。そういう魚雷は、逆戻り魚雷(サークル・ランナー)と呼ばれた。結局U-869は、この逆戻り魚雷による自爆と結論付けられた”なんとも冴えない話ではある。

 しかし調査の後、コーラーはドイツの乗組員の遺族を探し訪ね歩いた。真実を知った遺族から感謝の言葉が繰返された。戦争末期、生きて帰れないと知りながらU-869に乗艦した人々。狭い潜水艦内にどっと海水が流れ込む死の直前の恐怖。かつての戦争は、日本でも繰返されたであろう無意味な死。こういう調査をする人を変人扱いするきらいはある。しかし死に行く者からみれば、どこか安堵する部分があることも否定できない。そして、チャタトンとコーラーの死者に対する敬意と尊厳が、まばゆいばかりの人間ドラマとして見せてくれた。

 著者はロバート・カーソン シカゴ郊外に育ち、ウィスコンシン大学で哲学の修士号を取得後、ハーバードで法律を学ぶが、物書きになる夢を追いシカゴ・サンタイムズに入社。同社の記者時代にエスクワイアに寄稿した記事が全米雑誌賞の候補作に選ばれる。その後シカゴを経て、現在はエスクワイアで記者・編集者として活躍。本作「シャドウ・ダイバー」は初の長編ノンフィクションだが、発売と同時にニューヨーク・タイムズのベストセラー・リストに名を連ねた。

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