水戸芸術館ゆかりの演奏家の皆さんや、市内の若者たちによる演奏会が開かれ、「無料」で聴けるというので 息子が通う高校の「PTA総会」に参加した後、友人と待ち合わせをして、行ってきました。
ストリング系の皆様は、「水戸室内楽団員」のメンバーのようで、以前「ちょっとお昼にクラシック」というコンサートで聴いたことのある方もいました。ラフな曲から、本格的な曲などを取り混ぜて、演奏してくれましたが、今あちこちで耳にする「見上げてごらん夜の星を」みたいな曲より、「ピアソラ」の曲など、大人っぽい曲の方が、私などは「聴き応え」があって良かったですね。
以前私も伴奏を担当したことがある、チェロの名曲「白鳥」も聴かせてくれて、うっとりしました。ピアニスト(ナイスミドルな男性)の方の「手の動き」が、まるで「白鳥」みたいだったのが印象的でした。
続いて第二部は、バリトンとソプラノのソロを聴かせてくれました。 バリトンは、「第九」に私が参加した時に、ソリストを務めた方でした。オペラ「カルメン」から「闘牛士の歌」、と沖縄系の「涙そうそう」。「闘牛士の歌」のときに、バリトンの清水氏が上手く誘導してくれた「拍手」の参加が、楽しかったですね。
「ソプラノ」は、自分でも勉強しているだけに、どうしても「辛口の点」になってしまいますね。一人だけ、登場の仕方が違ったけど、別にみんなと同じに登場してもいいじゃん! とか、「アメージング・グレイス」や「アヴェ・マリア」みたいな宗教曲は、「ガンガン押して」歌いまくるのではなく、「透明感を出すように」「上に抜いて欲しい」とか、ついつい、独り言をブツブツ言っている自分に気付きます。 たぶん「オペラ」が専門なんだろうけど、それにしても、観客の間近に行って、耳元で歌うよりは、場面の情景を想像して、もっと演技に集中して欲しい...。この曲は、そもそも「切ない歌」のはず...。おっと、いかんいかん....この辺でやめときます。
続いて第三部は、高校生と小学生たちの演奏。我が後輩たちによる演奏をしばらくぶりに聴きました。 「見た目」は、私たちの頃より、「幼い感じ」に見えましたが、演奏は、さすがに立派なものでした。ミュージカル風の振り付けを付けたり、本格的な曲の合間に、「ジャズ ミサ」を入れたりと、観客を飽きさせない構成もさすが...。聴き応えがありました。
次の小学生たちの演奏ですが、練習時間の関係もあったのでしょうが、「ふるさと」「上を向いて歩こう」「ビリーブ」といった、いわゆる「被災者向け」の曲ばかりでなく、せっかく実力のあるチームなので、コンクールに出すような「本格的な」曲も、聴いてみたかったですね。
終わって、帰路についたとき、気付かなかったけれど、通り雨があったらしく、雨が上がったばかりの空模様でした。車を走らせていると、徐々に「虹」が見えてきました。初めは、左方向に、「足元?」の部分が見え、やがて、全体のアーチ型も姿を現しました。
自宅にいた息子に、写メールを送ったところ、「大洗では見えていない」とのこと。
「水戸芸術館」関係者の皆サマへの、天からのごほうびかな?
♪ 虹の向こうは~ 晴れなのかしら~ (マリちゃん!) ♪
(あら? 終わり方の品位が下がったかしら...?)
この歌を唄うに当たり、ピアノの伴奏をしている指導者から「日本ではロマンチックに唄われているが、ロシアでは力強く行進曲のように唄われている」という説明がありました。
そして一緒に合唱の練習をしている方(退職した勤務先の大先輩で御歳85歳)から1954年頃の青年歌集より抜粋した楽譜をいただきました。
それによると4ビートで始まって途中2ビートに変わっているところがありました。
それまで密かに「この曲は出征の歌なのだから行進曲風に唄った方が良いのでは?」と思っていましたが、この楽譜を見てその考えに確信を持ち、ギターの弾き語りで2ビートで唄い、みなさんの前で披露したところ、好評を得ました。
さしずめ「猫もおだてりゃ、爪を研ぐ」と言ったところでしょうか。
同じ曲でも演奏する人、唄う人の考え方によって雰囲気が大きく変わるということを体験しました。
では。
「ともしび」.....♪ 夜霧のかなたに~ 別れ」を告げ~... ♪ と歌う曲でしょうか...?
日本では、主に「歌声喫茶」を中心に人気が出た歌らしいですが、私も、よく聴いたイメージでは、「甘い感じ」に歌うものでした。(高校時代、合唱部の先輩が独唱していたのを聴いたのが初めてだったかと...。)
ロシア民謡や、ロシア周辺の曲の場合、原曲と日本語歌詞が、チェンジしてしまっている場合が多いので、イメージも違ってきているのかもしれませんね。(・_・;) (例:「トロイカ」「百万本のバラ」...etc.)
>水浜軌道さん
そうですね。(^^) ♪ けれども~ようやく~虹を見た~あなたの瞳に虹を見た~ ...♪ という歌詞のヒット曲(by 水原 弘「君こそ我が命」 : わっかるっかな~?:汗) もあったことだし、「虹」=「ラッキー」と、信じたいものですよね。(^_ー)
昨日(16日)もこの曲の練習をしました。
昨日のピアノ伴奏の指導者は以前「日本とロシアでは唄い方が違っている」と説明をして下さった方ではありませんでしたので、「この曲を2ビートで唄ってみてはどうでしょうか」と提案したところ「私は今まで通り感情を込めて唄う方が良いと思います」と言われて受け容れてもらえませんでした。
今日(17日)、「笑っていいとも」の「テレフォンショッキング」に出演された演歌歌手の坂本冬美さんのトークはとても勉強になりました。
新しい曲を唄う時はまず歌詞の内容をよく理解し、1ヶ月ぐらい前からその曲だけのイメージトレーニングと実際の発声練習をするということです。
歌というのはメロディよりも歌詞が優先されることからすれば元々ロシア語の歌に日本語の訳詞が付けられた時に唄い方が違ってくるのもやむを得ないのかも知れませんね。
では。
え~っとですね、「歌」を勉強している立場としては、(この場合、カラオケなどの「楽しむ」歌ではなく、あくまで「芸術」としての「造り上げる」歌を意味します。)「歌」は、野球選手にとっての「野球」、サッカー選手にとっての「サッカー」みたいな、「重み」を感じる存在なのであります。
更に、どんな世界にもありうると思われますが、「上下関係」というのも存在し、「教わる」立場から、「教えてくれる人」に対して、「物言う」ことは、「食事時の雑談」などで、親睦の際のたとえ話に言う以外は、あり得ないほどの話のはずなんです。
まあ、「素人」相手だから、ということで、その先生も怒ったりはしなかったのでしょうが、「同じ世界」の立場なら、その後は「相手にされなく」なる行動と言っても過言ではないですよ。(・o・;)
「どんな風に歌うか」は、自由ですが、それを「どんな場所」「どんな状況で」歌うか、これが重要かと思います。(^^;) 例えば、入浴中に、勝手に歌う歌は、どんな風に歌っても、誰も文句は言わないはずです。(^_ー)
>水浜軌道さん
そういえば、ありましたね。「虫に関する看板」でしたっけ? (^^)
昔は、どこでもよく見ていた看板が、ここにきて「宝物」になるとは...不思議ですよね。
この時の流れとしては、前回の練習の時にこの歌をどう唄うかが議論され、唄う前にピアノ伴奏の指導者から「どう唄いましょうか?」という提起がありました。
その提起に応えて先の提案をした次第です。
この時、私の提案した「2ビートで唄ってみたい」とおっしゃられた方もいましたが、結局従来のように4ビートで唄うことになりました。
でもテンポは従来よりもアップされました。