ポテト姫の気まぐれ雑記 part2

つれづれなるままに、気ままに綴るエッセイ集

「発想は同じ」?

2011-02-05 | 旨いもん

 ドイツに住んでいた頃、「大晦日」から「新年」に変わる瞬間、いわゆる「年越し」の時間に、近所一帯から、けたたましい花火が上がるのを目撃しました。花火と言っても、「日本の夏」に見られるような盛大な「打ち上げ花火」ではなく、よく家庭で遊ぶ小さなタイプなのですが、日本のと違うのは、「見た目の美しさ」よりも「大きな音が出る」のを目的に作られるため、さほど「きれいなもの」ではないのが特徴でした。

 15~20分間は、その状態が続き、極寒の夜にもかかわらず、皆さんベランダ(現地では「バルコン」と呼ぶ。)に出て、楽しそうに鳴らしているのでした。たぶん、その後は、夜明かしでパーティーなんだろうと思われます。

 後で聞いた話によると、その「音ばかり」の花火は、「悪魔を払うために」行われるそうな。え?そういう発想は、どこかで聞いたような...。そうだ、まるで「節分の豆まきみたい...。」当時、そう思った私でしたが、あながち間違ってはいないようでした。

 「節分」は、旧暦の「お正月」と時期がかぶっているし、「明日から立春」という節目のことだから、「大晦日」と同じ発想で、「年越し蕎麦」を食べる地域もあるとか...。ということは、「悪魔」が「鬼」になり、「花火」が「豆まき」になっただけで、発想は同じ。

 「豆まき」の風習は、古く中国から入ってきたそうなので、ヨーロッパと地続きの中国としては「同じ発想」なのは当然。なるほどなァ、と、一人感心している私であります。

 そういえば、「小さな靴」がキーポイントだった「シンデレラ姫」の話のルーツは、実は中国だ、との一説もあるそうですね。「纏足(てんそく)」という習慣もあった中国なら、なるほど、とも思えますね。

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4 コメント

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 世界の69億人の人達はもともと親戚なのだから... (子猫)
2011-02-05 15:52:44
 世界の69億人の人達はもともと親戚なのだから、文化も似てくるのだと思います。
 なので争いごとなどせずに仲良くしてほしいものです。
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中国で爆竹を鳴らすのも魔除けの一種らしいですね... (水浜軌道)
2011-02-05 22:27:38
中国で爆竹を鳴らすのも魔除けの一種らしいですね。ま、小生宅の周りでは大きな道路もあるって事で暴走族が走り回って五月蝿いんですよね(これが魔よけ?)。
しかも交差点でわざとアクセルを吹かすんで(御前らのバイクは空ぶかししないとエンストするのかい)…って言いたいですが聞く耳を持ってくれそうに無いんで止めて置きますが…。
では。
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>子猫さん (ポテト姫)
2011-02-06 08:14:54
>子猫さん
 まあ、それが理想でしょうが、民族も、宗教も、たくさんあるし、それぞれに「生き延びる」ための欲求もあるし、そうなると、「お金」の問題も絡んでくるし...「みんな仲良く」というのは、無理な話でしょうねェ。
 「イスラエル」vs「パレスチナ」など、終わりのない争いを、延々続けてるし...。

 日本人の「八百万(やおよろず)の神」信仰?からくる、宗教に対する、程よい?いい加減さは、世界から見ると、珍しくもあり、「宗教が原因の戦争が起こりえない」点で、ある意味珍しい感覚なんだそうですよ。(^^;)

>水浜軌道さん
 そうそう、あの「爆竹」と、大晦日の花火の発想が、同じなんでしょうね。長崎の「精霊流し」の行事の時にも、派手に鳴らすそうな。

 一時期大人しかった「暴走族」の連中でしたが、ここ最近は、またウルサくなってきましたね。やはり「アウトレット」付近の道路がキレイになったからでしょうか...? 水浜軌道さん宅の近くは、道路から近いだけに、ノイズも酷いでしょうね。(*o*;)
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 日本もかつては親子兄弟で殺し合いをしたり、世... (子猫)
2011-02-06 16:31:00
 日本もかつては親子兄弟で殺し合いをしたり、世界にも例を見ないような過酷なキリシタン弾圧が行われていました。
 また、明治維新以後外国との戦争を重ね、先の戦争では300万人を越える犠牲者を出しています。
 ダーウィンの進化論の自然淘汰説をもち出して、”この世は弱肉強食”と主張する人もいますが、”バランスを保ち争いごとを避ける”という知恵は人間と言う生物がもつ優れた特性だと思います。
 地球の自然環境が破壊がされ続けている今、人類の絶滅を避けるためには地球上で争っている場合ではないと思います。
 
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