医療通訳になった動機について、話をしていると
「病院へいって言葉もできず治療ができないお金のない気の毒な人を助けたい」という動機を聞きます。
人の痛みや悲しみがわかり、それに寄り添いたいという気持ちは大切です。
そして、それは医療通訳者の基本でもあります。
でも、それなら患者がお気の毒でなかったら、通訳しないのでしょうか?
そろそろ医療通訳は「かわいそうな外国人を支援する」という考え方から
「外国人の医療を受ける当然の権利の行使をサポートする」という考え方へ移行しなければと思っています。
病院にはかわいくない患者もいるし、
偉そうな患者もいます。
病気のせいでうまくコミュニケーションが取れない人もいる。
私たちの感情だけで医療通訳の仕事をしたら、
患者を選んでしまうことになります。
でも私たちはサポートする人である前に
医療通訳者なのです。
何が言いたいかというと、
医療通訳を提供する患者に違いはないということです。
生活保護の患者さんだからアマチュアでいいというわけでなく、
メディカルツーリズムの患者さんだからプロ級の通訳でないとだめというわけでない。
なぜなら、医療者は皆さんどの患者を診るときも同じレベルなのですから。
医療通訳だけが患者によってレベルを変えるという考え方は
もともとおかしいものです。
いずれ医療通訳者の格付けが始まると思いますが、
日本で制度化をするときは、
在住外国人も訪日外国人もメディカルツーリズムも同じ土俵で格付けしなければ、
どこか一つが突出することがないように、気を付けなければならないと思っています。
「病院へいって言葉もできず治療ができないお金のない気の毒な人を助けたい」という動機を聞きます。
人の痛みや悲しみがわかり、それに寄り添いたいという気持ちは大切です。
そして、それは医療通訳者の基本でもあります。
でも、それなら患者がお気の毒でなかったら、通訳しないのでしょうか?
そろそろ医療通訳は「かわいそうな外国人を支援する」という考え方から
「外国人の医療を受ける当然の権利の行使をサポートする」という考え方へ移行しなければと思っています。
病院にはかわいくない患者もいるし、
偉そうな患者もいます。
病気のせいでうまくコミュニケーションが取れない人もいる。
私たちの感情だけで医療通訳の仕事をしたら、
患者を選んでしまうことになります。
でも私たちはサポートする人である前に
医療通訳者なのです。
何が言いたいかというと、
医療通訳を提供する患者に違いはないということです。
生活保護の患者さんだからアマチュアでいいというわけでなく、
メディカルツーリズムの患者さんだからプロ級の通訳でないとだめというわけでない。
なぜなら、医療者は皆さんどの患者を診るときも同じレベルなのですから。
医療通訳だけが患者によってレベルを変えるという考え方は
もともとおかしいものです。
いずれ医療通訳者の格付けが始まると思いますが、
日本で制度化をするときは、
在住外国人も訪日外国人もメディカルツーリズムも同じ土俵で格付けしなければ、
どこか一つが突出することがないように、気を付けなければならないと思っています。