私は初老男である。
初老を迎えたからだろうか?
寒さに鈍感になった。
これで冬も嫌いでなくなればよいのだが・・・・。
落語会の話。その2。
開場は大ホールだったが、ほぼ半分程度の定員なので400人くらいの入りだったろうか。
隙間なく入って400人位のホールは落語においては「大箱」の方だろう。
同じ人数でも「余白」が倍なのであるから、演じる方もある程度勝手が違っているはずだ。
それを踏まえて・・・。
まず三遊亭遊吉が「安兵衛狐」を演った。
実は彼のことを知らなかった。
プロフィールを見るとほぼ初老男と同世代。
落語家としては円熟に達する時期だ。
演目の「安兵衛狐」も、通して聴くのは初めて。(とおもったらどうやら内容は「天神山」と同じらしい)
三遊亭遊吉のプロフィールの続きに、コメントとして「どんなはなしも現代にわかりやすいように話す事、いろいろな落語をやってみたいと思います。」とある。
本人の言っている通り。非常に聴きやすい。マクラの振りから無理なく噺に入りスラスラと進む。
こうした古典落語は、当たり前であるがその当時のことを原体験している人が居るわけがない。
故に演じる方と聞く方とのイメージを共有できるかどうかがポイントになる。
そうした意味では少々軽すぎる気はする。
あとに出てくる小痴楽のためにサッと流した感もあるなぁ。
そして柳亭小痴楽。
演目は「佐々木裁き」
これは大ネタ。
この噺のポイントは当然、主役の白吉という小僧であろう。いかにこまっちゃくれてるて機転のきくところと、それに振り回される大人たち。
そして、佐々木信濃守。
ちょっと喰い足らなかったのは、この佐々木信濃守が「キキワケが良すぎる」感じだするのだ。
佐々木信濃守は何とか白吉を凹まそうとしながら、ヤキモキしながら逆にやられてしまう。
そんなところ「落語らしさ」があるのに・・・・。
以前の落語ディーパの時に彼のことを示したのだが、ちょっとイメージが変わった気がする。
ホールが大きいせいもあるだろう。声の通りがよく、若干話すスピードが遅くなっている。
もちろん、それは良いことだろう。
それが第二部のひざがわり(トリのすぐ前)でやった「一目上がり」(七福神)で際立っていた。
噺の中で掛け軸の目がどんどん上がっていくことで「縁起が良い」ということで、正月などに演じられる前座噺である。
彼はこうした話の方が、多分「練れている」のであろう。
与太郎と次々に現れる掛け軸自慢の大人たちが、見事に演じ分けられている。
これからも「江戸の粋」ってやつを益々磨いてほしいなぁ。
そして、トリが遊吉。
得意の「猫の災難」
酒好きの男が酒を全部飲んでしまったことの言い訳を猫のせいにするという話。
そうした意味で、やはり噺家にもいろんなタイプがいることを思い知らされた。
この三遊亭游吉という噺家は、ある意味「爆笑」をとるべきことを、はじめからあまり重要と思っていない気がするのだ。
語り部としての噺家に徹することに存在理由を見出しているように見える。
「爆笑を取る」だけが、落語家ではないのだ。という彼の心の声が聞こえてくるようだった。
今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、LIVEの面白さに感激しますように。
May
落語の面白さは、やっぱりある程度「知識を持って」聞かないと楽しめない!特に今回思い知りました。
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