完全無欠の「初老男」日記

ついに「完全な初老男」に昇格、引き続きよろしくお願いします。

いい出来です。     ~MIBシリーズ観ました~

2018年11月17日 | テレビ



私は初老男である。




子供の頃から「テレビっ子」だった。




そのまま大人になった。





・・・・・正しくないな。そのまま初老男になった。






そんな私は少々異常なくらい記憶力があるらしい。






ほとんど役に立たない記憶ばかりだが・・・・。






今週の「相棒」での話。





犯人の校長三田真一先生の「声」に聴きおぼえがあった。





容貌は単に初老男。




しかし、なんとなく顔の骨格にも見覚えがある。





「松田洋治」じゃないかな?





果たして「正解」だった。






私のイメージの中で、彼は子役であり結構ヤンチャな小学生だった。






そして「もののけ姫のアシタカ」を担当した声優であることが一番の有名である。






・・・・ね。記憶力いいでしょ?








BSで「MIB3」をやっていた。






先週先々週と1・2ときて今日が3。







こうしたシリーズ物は、徐々に面白くなくなったりするのが常だ。







元々3部作にすることが前提なら別だけれど。







たぶんだが、このシリーズは3まで作ることが前提ではなかったんじゃないかと思う。






そうした意味でも3が一番面白いのは、かなりプロデュースが上手いからだろう。






ちなみにプロデューサーはスティーヴン・スピルバーグ。






納得。






やはり、こうした宇宙モノを作らせると彼は天才的だなぁ。







更に「時空モノ」を組み合わせたこの「MIB3」は、1・2以上に話が複雑なのだが・・・・。






私はこうした複雑でありながらロジック的に成り立つストーリーが好みでね。







まあ、エイリアンはグロテスクで好みじゃないけれど。






MIB1は1997年・2は2002年。






そして3は2012年。






ウィル・スミスは変わらないね!






今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも「そんなわけないじゃん!」って映画を楽しみますように。








            May





3の吹き替え版でのグリフィン役が三ツ矢雄二だったけれど、すっげぃぴったりだった!








コメント

余計なことですが・・・。     ~「マツコの知らない世界」に勝手に付けたします。~

2018年10月18日 | テレビ


私は初老男である。




数日前に「マツコの知らない世界」なる番組をやっていた。





この番組はとても面白い。





マツコ・デラックスという人のシニカルな感覚は、やはりあの風貌によるオネエであることに由来しているのだろう。






そうした中でも、完全に完成してぶれないシニカルさを身に着けている彼女のこの番組でのリアクションは信用していいと思う。






今までの回においても、不自然さの無い表情を見せているし、達者な切り返しで笑いも取っている。








今回のテーマ「包丁」。








この回をみのがした人もいるだろうから、ちょっと説明するが・・・・。








カナダ人のビヨン氏が例の如くマツコに、自分の知識・自慢の品の包丁を紹介している。







すでにお忘れの貴兄も多いかと思うが・・・。







私は包丁人である。








当然であるが包丁には一家言ある。







ついつい、口をはさみたくなる。






紹介されたのは




  
           「堺兼近作銀三本鍛錬22000円の三徳包丁」





三徳包丁という括りで言えば、まず最高級であろう。





まず、三徳包丁というのは完全なる「家庭用」であり、万能的な調理のためにできている。





このレベルであれば、刺身を切ることさえ安物の柳葉包丁よりきれいに切れるはずだ。





そして次に






       「多和ダマスカスVG10ペティナイフ 12500円」





ペティナイフは、基本的に一般家庭では必要ない。






それこそ、こだわって細かい作業をする人でないと先ほどの切れる三徳包丁があれば必要ない。







そして、





           

         「多和ハイス鋼柳刃9寸47000円」






このレベルの包丁はプロの中でもかなりの腕のある人でないと、その真価を引き出せない。








包丁の切れが調理に直結しているのは「言うに及ばず」。






そこに価値を見出さなければ成立しない話ではあるが・・・。






次に彼のコレクション






         「MACMK-40モーニングナイフ 2808円」





しなるタイプの万能ペティ。これは、実は決定的な欠点があるがそれは後述。






一つ飛ばして最後は







         「堺兼近作青二鋼ダマスカス黒染め出刃包丁 270000円」







もはや、これは工芸品に近い。ビヨン氏も使ったことは無く眺めているだけだという。使う気もないという。








こうした番組は、本当に楽しい。








マツコも本当に素の反応をしている。決してオーバーではないリアクションだ。







ビヨン氏が再三番組の中で言っているが・・・。






包丁というモノは、その刃を充分に使って「押して」(ないし引いて)切るようにできている。





大抵の人は大げさに言えば「真下」に向かって包丁を動かして物を切ろうとする。






「斜め前下」(斜め後ろ下)に向かって大きく包丁を動かすのが正しい。






最後の最後に「ケチ」をつける。






最大のツッコミどころは








           「包丁の手入れ(研ぐ)のこと」






                       を紹介していないことだ。








紹介された包丁は、たしかに切れるしその切れ味はかなり保つ。








だが、必ず「研がなければ」ならない。









そして、その包丁が高価であればあるほど「研ぐのがむずかしい」ようにできている。









高価でなくてもMACMK-40モーニングナイフのような、特殊な包丁はさらに研ぎがむずかしくなる。








そのことを紹介しないで、番組を終えるのはあまりに「不親切」である。









紹介された包丁を自分ですべて手入れできる人など、プロであってもほとんどいないといえる。







テレビ番組は、えてしてそうしたもので、それくらいに思ってみるべきなのだろう。






って、分かっていなかったのは私だけか?







今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、自分の身にあった包丁を使いますように。








             May






私の持っている柳刃はスェーデン鋼の9寸20000円が最高であるが、私には身にあったモノだと納得している。残念ながら多和ハイス鋼柳刃9寸47000円は使いこなせる自信がない。


そして、いかに工芸品に近い「堺兼近作青二鋼ダマスカス黒染め出刃包丁」であっても「道具」であるなら、使ってやらなければ包丁にも作った包丁鍛冶にも失礼だ。



あくまでも、あくまでも私の個人的な感覚を書きましたのでお許しください。








コメント

ラッキーだ~~~。     ~古谷一行版金田一「悪魔が来たりて笛を吹く」放送はじまる~

2018年10月14日 | テレビ


私は初老男である。





先日某国営放送で「悪魔が来たりて笛を吹く」が、吉岡秀隆主演で放送された。






それについてブログに書いたのだが・・・





自分で書いてから、ずいぶん記憶の底にある古谷一行版の「悪魔が来たりて笛を吹く」が見たくなった。






以前この古谷一行版の金田一耕助ドラマシリーズをDVDで週刊誌にしたシリーズが出ていたはずだ。







書店にはもう並んでいない。






必死でリサイクルショップを探したのではあるが。。。






やっぱり無い。







なんて言っていたら・・・・。









このタイミングでBSで放送が始まった。






ウキウキしながら第1回を見た。






今更ながらキャストの凄さに驚く。






私と同世代の貴兄なら分かると思う。






加藤嘉・草笛光子・檀ふみ・江原真二郎・長門裕之・中山麻理・長門勇・観世栄夫・沖雅也。





充分映画にできるメンバーだ。






やはり映画ほどのスケールは無いが、役者一人ひとりが見事にハマっている。







特に檀ふみの椿美禰子・加藤嘉の玉虫公丸・観世栄夫の目賀重亮・沖雅也の三島東太郎のキャスティングは秀逸。







申し訳ないが吉岡秀隆版金田一のキャスティングと演技においては比較にならない。(決して吉岡版も悪くはないのですよ。比較してみるとっていうことです)







こうしたキャストの中において古谷一行の金田一耕助が、また本当にちょうどよい「存在感」なのである。







すでにストーリーを知っている中で見るドラマというのは、人によっては嫌う人もいるだろう。






しかし、古典落語などはほとんどそうした「内容を知った上で楽しむ」ことが前提である。







同じようにこの横溝モノ・金田一耕助モノは「古典ドラマ」として扱っていいと思っている。







これから2回3回と進めていく中で、前回の吉岡版との違いをたっぷりと楽しむことにしよう。








今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、古いものを再評価しますように。  





                May




この頃の沖雅也は本当に存在感があったなぁ。


コメント

残念です。     ~大河ドラマ「西郷どん」録画消しました。~

2018年09月19日 | テレビ



私は初老男である。





さて、みなさんはどうだろう。





私のテレビデコーダーのHDは、メモリーがいつも残りが10%くらいしかない。






それでも、かなりディスクの書き込んでいるのだが・・・。






次から次へと録画してしまう。







ドキュメント・スポーツ・ドラマ・映画・タモリ倶楽部etc・・・・。







そうするとやはり、見ていなくても「消去」してしまうものが出てくる。









で、今年は全部見ようと思っていた・・・。









            「西郷どん」(大河ドラマ)







を、5話ほど撮りためていたのだが「消去」してしまった。








大河ドラマは「当たり」「はずれ」が大きい。









「西郷どん」は、かなりまで興味深く見ていた。








しかし、今までの話は基本的に「知っていること」ばかりである上に、残念ながら私の懸念が当たってしまった。










つまり・・・。








「女性脚本家の大河ドラマはイマイチ」という奴である。










もちろん、私の感覚であるから違う感覚の方も多いだろう。








よく言えば「ホンワカ」している。








悪く言えば「キレが悪い」








私が調べていた「維新期」において、最後のパーツというべき「西郷隆盛」のことを一年間かけてドラマとして見れると思ったのだが・・・。







私が知りたいのは西郷が維新を成し遂げたのちに、最後の内戦「西南戦争」を起こすところからその死までである。








この間に起こることが、それ以前(維新を成し遂げる迄)の彼とのギャップが、どうしても理解できないのだ。












ということで、いまドラマは維新が成し遂げられる直前である。










たしかに、この部分は大変おもしろい。








良く知っている。







ただ、私はもう当たり前の解釈の内容は見たくない。







今までドラマを見てきて、収穫は1点しかなかった。








「徳川慶喜は、自分勝手な人間だった」ということだけだ。









まあ、それ自体は大変有意義だったけれど。









ということで、5~6話録画してあった「西郷どん」を消去しました。








この後は、西郷どんが「征韓論」論争に敗れ「下野」したところから録画してみることにしよう。









今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、楽しみにしているドラマを見逃しませんように。










              May







まあ、笑福亭鶴瓶の「岩倉具視」なんてのは、かなり秀逸なキャスティングですけどね・・・。
コメント

今一つしっくりこない・・・・。  ~ドラマ「悪魔が来たりて笛を吹く」~

2018年07月28日 | テレビ



私は初老男である。





最近、某国営放送が「横溝正史モノ」を頻繁に取り上げている。(ように思える)





今しがた




         「悪魔が来たりて笛を吹く」





                         が放送された。








実はこれを私は楽しみにしていた。







発表された当時に、その「横溝正史モノ」を読み散らかした記憶がある。






その中でもこの作品は、かなりの傑作だった。







他の物はあまり記憶に残っていないが、この本はかなり鮮明に記憶に残っている。







映画は映画館では見ていないが、何度かテレビ放映を見ている。





金田一耕助は西田敏行が演じている。





この人の金田一は悪くない。







しかし、残念ながら「良い出来」とは私には思えない。






          「肝心な部分」





                     が抜けているからだ。







そのあと、何度かドラマになったのを見ている。









シリーズ化された金田一耕助シリーズ(古谷一行のやつね)。








ごく最近だと思っていたけれど、稲垣吾郎が金田一を演じたドラマは2007年。







なんと11年も前だった。






この時も、残念ながら「腑に落ちない」出来だった覚えがある。










今回の放送も最初の30分を見逃してしまったが、今その分を録画で見直した。







まず・・・・・。








某国営放送にしては、ずいぶん「濡れ場」に力が入っているねぇ。










「オイオイ、いいのかよそれ!」って思わずテレビに言っちまった。








そこに力が入った分だけ、荒れた感じのドラマになった。ちょっと、振り切っちゃった感じ?





そして、やはり「ミスキャスト」の感が否めない。






        吉岡秀隆の「金田一耕助」・志田未来の「椿美禰子」








この物語の「主役」と「準主役」というべき二人である。






その二人のキャスティングは「ミス」じゃないかなぁ。。。。






残念だが吉岡秀隆のイメージは私にとっていまだ「黒板 純」である。彼の場合、役者でいる間中それからは逃れられまい。







志田未来も、やはり子役当時からのイメージが拭い去れない。(年齢不詳って感じ)






まあ、すべて私のイメージであり、そうは感じない人もいるんだろうけど。






某国営放送の前作「獄門島」の長谷川博已の金田一耕助はとてもよかった。









今までの金田一とは、違った存在感を示していた気がする。






長谷川博已自身に、吉岡秀隆ほどの強いイメージがないからだろう。






★★★★★★★★★★★★ここから「ネタバレ」があります。注意してね。★★★★★★★★★★






大体、今回のドラマでは三島東太郎が真相を知らないってことになっている。





細かいようだが彼が「真相を知っている」のと「真相を知らない」のでは、かなり物語の本質的な部分に相違がでる。






そうした中で、やはりこの小説の醍醐味は「ラストシーン」にあると思う。





最後に流れるフルート独奏曲「悪魔が来たりて笛を吹く」が犯人が誰であるかを語っているのだが・・・・。






それには「犯人がその曲を演奏する」ことが不可欠だ。







ところが、映画版は曲さえ流れず、今回のドラマも犯人でなく新宮一彦が吹いている。








うろ覚えだが、稲垣吾郎版でも無かったような気がする。







そうした意味で、やっぱり一番出来が良かったのは





             「古谷一行」版




                      だって気がするなぁ。






最後にちゃんと沖雅也が「悪魔が来たりて笛を吹く」を吹いているもの。










その時にすべての謎が解ける。







それこそがこの物語のクライマックスなのだから。






今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、自分のイメージ通りのドラマに巡り会えますように。






              May






今度は「八つ墓村」って言ってたね。それは、それでスゴク楽しみなんだけど。。。。。
コメント

しまった。忘れていた。   ~「将棋の時間・蛸島彰子引退特集」見忘れる~

2018年05月13日 | テレビ


私は初老男である。




忘れないように、パソコンのデスクトップにstickynotesでメモしておいたのに・・・。





毎日曜日に放送されているEテレの「将棋の時間」を見逃してしまった。





別に将棋が好きなわけではない。






・・・ちょっと違うか。






嫌いなわけでもない。







将棋自体を打つことはもう30年以上もやっていない。








だが、テレビっ子である私が小学生の頃からこの「将棋の時間」からの「NHK杯テレビ将棋トーナメント」を見ていた。






だから、将棋そのものより「将棋界」みたいなものと「棋士の人物」そのものに興味が沸いた。






その流れで、初老になるこの歳までなんとなくちょっとずつこの番組を見ていた。








この番組は、私が子供の頃から内容はほとんど変わっていない。







そんな中、先週番組の終わりに次週の予告として







          「女流棋士第1号・蛸島彰子 引退」








                           とあったのだ。










「郷愁」としか言いようないのだが・・・・。






この「蛸島彰子」という女流棋士が、プロになりたての頃にNHK杯トーナメントの棋譜の読み上げを度々やっていたのを憶えている。







将棋の世界では不思議なことに、ずっと以前からなぜか女性が活躍できていない。







「囲碁」の世界では、それほどの差が無い気がするのだが・・・。








そうした中で初の女流プロ棋士として彼女が現れた。







その彼女が「引退した」と言う。







実は、すっかり彼女のことを忘れていた。









そのことを特集する番組だったのだが・・・・。








見忘れてしまった。










現在の写真を見ると年相応に老けてはいるが、若い時の面影がある。








多分、特徴的なイントネーションで通る声は健在だったのだろう。









華やかな現在の将棋界に繫がる時期を、間違いなく支えた棋士の一人であった。








ご苦労様という労いの言葉を贈ろう。







今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、意外な人物との出会いで人生を感じますように。







               May





故大橋巨泉が、伝説の番組「金曜11PM」の中で本当にたまにやる「将棋特集」に彼女を出演させて「蛸ちゃん・蛸ちゃん」と呼んでいたっけ。
コメント

いい方に向いている気がする。     ~「西郷どん」の方向性~

2018年02月12日 | テレビ


私は初老男である。





平昌オリンピックが始まっている。







言いたいことはたくさんあるのだが・・・・。






また別の機会に。










さて、久しぶりに大河ドラマを最初から見ている。








           「西郷どん」





                     である。






以前にもどこかでUpしたことがあると思うのだが・・・・。










大河ドラマにおいて女性の脚本はあまりよい出来にならない。








大河ドラマに求められるものは、どうしても「大河らしいドラマ」である。










多分、大河ドラマファンは私のような中年以上で時代劇・歴史物好きな人が中心だろう。











そうした中において、歴史的史実をいかに咀嚼し「ドラマ」に仕立てるかがポイントとなる。











私の感覚で言うと女性は男の様に「細かすぎるところ」に執着しない。











物語の中において、男は特にドラマとしての「流れ」よりその「細かすぎるところ」に拘ってしまう傾向が強い。








大河ドラマだと尚更だ。








特に「大河ドラマの『維新物』」において「細かいこと」は結構重要だからね。










ってイカンイカン、やっぱり私もこだわっている。









そうした中で今回の「西郷どん」は原作女性・脚本女性である意味オールWoman体制の良い面が出ている気がする。









男にとっての史実は「変えようのないこと」と捉えそれを理路整然と理解しようとする。









そうした場合、どちらかと言えば大雑把な形で進んでいく「戦国時代」の方が面白く感じやすい。








物語も当然作りやすい。











過去の大河ドラマで女性を主人公にすると、どうしてもその「史実」を脇として主人公の「意思」をさらに言えば「恋愛観・感情の起伏」を中心に話を進めることになる。










そのことが史実と主人公の意識のバランスをよほどうまく組み合わせないと「独りよがり」のドラマになってしまう。













もちろん原作・脚本だけがドラマの出来を決めるわけではない。










ほかに主演・助演・スタッフワーク・果ては方言指導等々がそのドラマの評価を左右する。











今回のドラマは特に実にあっけらかんと史実を無視している部分が多い。










それがとても良い方向に向いている。











今回までで一番の見どころは・・・・・。








やはり「島津斉彬」であろう。







演じているのは「世界の渡辺謙」である。









彼の出演シーンはその部分だけ「映画」のようだ。








出演者で若干バランスが良くないところがある(黒木華・瑛太あたり)が、まず、これだけおおらかにドラマが進んでいけばしばらくぶりに全回見ることになるだろう。









今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、引き付ける魅力のあるドラマを楽しみますように。









                       May






・・・・でも、島津斉彬の出番はもうすぐ終わりになるからなぁ。残念。






忘れていました。先回の答えをって問題自体を忘れてますか?


斉彬とお由羅(小柳ルミ子)だけが薩摩弁になってないのはなぜか?って話。


斉彬は江戸の島津屋敷で生まれ育ったので薩摩弁にならなかった。


お由羅は元々江戸の町娘(江戸の大工の娘・三田の八百屋の娘、その他に舟宿の娘など多数の説がある)で薩摩藩邸で奉公していた際に斉興に見初められたから薩摩弁は元々使えないさ。




コメント

今年も始まりました。     ~大河ドラマ「西郷どん」~

2018年01月22日 | テレビ



私は初老男である。




すっかり、冬真っ盛りであるが・・・。


我が地域は、かなりの「小雪」状態である。



ありがたいことこの上ないのであるが、少々拍子抜けしているのも正直なところ。





困ったもので、やはり降るものは降ってもらわないと後々影響が出るものだ。




たとえば稲作の成長とか・・・。





閑話休題。




今年も大河ドラマが始まった。







先の日曜日が第3回。







先々回から主人公西郷が吉之助を名乗り、演じ手も鈴木亮介の変わった。






実は私はこの時期(幕末・明治維新)が大好きで、それなりに調べもした。






薩摩藩・西郷隆盛はそうした意味でも「明治維新」の象徴的な存在といえるだろう。






しかし、私にとってはとても「謎」の多い人物である。





維新の中心にいたはずなのに掴み所のない人物。






という印象である。






以前に大河ドラマ「翔ぶが如く」が放送されたが、残念ながら原作の小説を越えることができなかった。







主演が今回の語り、西田敏行が西郷・今回の島津斉興役は加賀武史が大久保利利通であった。







こうして思うと、大河ドラマに「何を求めるか」によってかなり評価が変わってくる。








私にとっては西郷という人物の幕末期の意識・行動と維新成立から西南の役で亡くなるまでの意識・行動の明らかな違いはどこから来ているのかを知りたい。











・・・・・しかし。












3回までのドラマ進行を見ていると、どうも私の思惑通りには行きそうにない。











やはり、原作が林真理子・脚本が中園 ミホの両氏であるから仕方のないことであるが、完全「女性の感性」での流れになる。












それは私の求めている方向への話の展開にはならないだろう。










だが、だからと言ってみるのをやめる気はない。











見る方向が違えば「思わぬ発見」があったりするのだから。











今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、自分の興味みのあるものには「違う見方」があることを忘れませんように。








          May








ドラマの中で「斉彬とお由羅」だけが、薩摩弁になっていない理由を知っていますか?その答えを知っている人はかなりの幕末通ですな。






答えは次回のこのドラマのことを取り上げたUpの時に。






コメント

引っかかるべきではないんだろうけど・・・。      ~タレント張本氏の思考回路~

2017年06月04日 | テレビ




私は初老男である。









毎週日曜日には、なんとは無しに「サンデーモーニング」という番組を見ている。












なんとなく、私と感覚が合うというべきなのだろう。













某局のように政権チョウーチン報道するばかりでもなく、他の某局のように妄想的左翼的放送もしていないように思える。











まあ、それだけ「どっちつかず」の感があるけれど。


















その中でスポーツコーナーの看板コメンテーターが













                 「張本勲氏」








  
                                  である。













この番組を長く見ている人は覚えているだろう。










このコーナーは元々故大沢啓二氏(元プロ野球選手で日本ハム監督などを歴任・いつも和服姿でこのコーナーに登場してたっけ)と彼が長く勤めていたのだが、大沢氏が亡くなってからは「助っ人」と呼ばれる各界の評論家などが週替わりでペアを組んでいる。
















この人はすでに「芸人化」しているような気がしている。

















もちろん「思ってもいない」ことは言っていないのだろう。














しかし「炎上すること」(ウケること)をある程度狙っている気がする。
















こうした見方をするのは「偏見だ」と言われるなら仕方がないのであるが・・・・。














彼が在日二世であることにより、今よりもずいぶん苦労もしただろうということも想像に難くない。














だが、ACLトーナメント「浦和vs済州」の乱闘事件についてのコメントは、いただけないですな。













「グッと我慢する、その我慢が日本の若者には足りない」らしき発言も、私からすれば・・・・。














                「どの口が言うか・・・」









                            である。








現役時代の彼は、あの清原も真っ青の強面で柄が悪く喧嘩っ早かった。(覚えている人は少ないだろうね)













酷く誇張した話をするが、中国や韓国が尖閣諸島や竹島問題で挑発されても手を出さない理由は「先に手を出した方が負け」であるからだ。

















政治的外交問題とサッカーの小競り合いを同列に見てはいけないだろうが、では逆に相手の済州の選手というより韓国という国の選手が、過去に起こした挑発行為は日本のそれより圧倒的に多いはずだ。














こうなってしまうと「ああ、やっぱりね」という気になってしまう。














繰り返すが、それが彼の「芸の内」とみるならば、私もバックリとハマってしまっている。












それこそが彼の「思う壺」か?















今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、あざとい芸に騙されませんように。












            May










・・・・そろそろこの人の替わるコメンテーターにしてほしいなぁ。って司会の関口宏って人もスポーツに疎いからなぁ。
コメント

「ちょっとしたこと」で、確認するんだよね。     ~「二人桃太郎」にみる初老男~

2017年02月04日 | テレビ



私は初老男である。



私も56歳になった。



初老男を名乗るのも・・・・。



もしかしたらあと何年もない。





高齢者というのもおこがましいので。




「中老男」くらいに名乗ることになるか・・・・。





昨日のワイドショーを見ていたら、中村勘九郎の3歳と5歳の息子が「二人桃太郎」で舞台デビューをしたという。





変に記憶力のある初老男は、ふと思い出した。






「この記事を見たことがある」





デジャヴでは無い。







そうである。







私の記憶にあった「二人桃太郎」は、二代目勘太郎(父親である勘九郎)と初代長三郎(弟七之助
がデビューした時の記事だ。





何年前になるのだろう。





故勘三郎が、不安そうに舞台上で二人を見ていた映像が印象的だったが・・・・。






そっくりの顔と表情で勘九郎が映っていた。







歌舞伎という芸能にあって脈々と続く「血筋の重さ」におののきを憶える。






こうしたことに、初老になったことを「しみじみ」と感じるのである。






今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、初老男の悲哀をわかっていただきますように。







                 May






記憶にある「二人桃太郎」のドキュメント番組で、出演準備をしていた勘三郎が楽屋の後ろでふざけていた幼い勘太郎(勘九郎)を、物も言わずに「平手打ち」したのが忘れらない。

そのあと、泣きながらも勘太郎がちゃんと手をついて「お先に失礼します。」とあいさつし、勘三郎が「はい、お疲れ様」と答えていたのも。







コメント