完全無欠の「初老男」日記

ついに「完全な初老男」に昇格、引き続きよろしくお願いします。

今一つしっくりこない・・・・。  ~ドラマ「悪魔が来たりて笛を吹く」~

2018年07月28日 | テレビ



私は初老男である。





最近、某国営放送が「横溝正史モノ」を頻繁に取り上げている。(ように思える)





今しがた




         「悪魔が来たりて笛を吹く」





                         が放送された。








実はこれを私は楽しみにしていた。







発表された当時に、その「横溝正史モノ」を読み散らかした記憶がある。






その中でもこの作品は、かなりの傑作だった。







他の物はあまり記憶に残っていないが、この本はかなり鮮明に記憶に残っている。







映画は映画館では見ていないが、何度かテレビ放映を見ている。





金田一耕助は西田敏行が演じている。





この人の金田一は悪くない。







しかし、残念ながら「良い出来」とは私には思えない。






          「肝心な部分」





                     が抜けているからだ。







そのあと、何度かドラマになったのを見ている。









シリーズ化された金田一耕助シリーズ(古谷一行のやつね)。








ごく最近だと思っていたけれど、稲垣吾郎が金田一を演じたドラマは2007年。







なんと11年も前だった。






この時も、残念ながら「腑に落ちない」出来だった覚えがある。










今回の放送も最初の30分を見逃してしまったが、今その分を録画で見直した。







まず・・・・・。








某国営放送にしては、ずいぶん「濡れ場」に力が入っているねぇ。










「オイオイ、いいのかよそれ!」って思わずテレビに言っちまった。








そこに力が入った分だけ、荒れた感じのドラマになった。ちょっと、振り切っちゃった感じ?





そして、やはり「ミスキャスト」の感が否めない。






        吉岡秀隆の「金田一耕助」・志田未来の「椿美禰子」








この物語の「主役」と「準主役」というべき二人である。






その二人のキャスティングは「ミス」じゃないかなぁ。。。。






残念だが吉岡秀隆のイメージは私にとっていまだ「黒板 純」である。彼の場合、役者でいる間中それからは逃れられまい。







志田未来も、やはり子役当時からのイメージが拭い去れない。(年齢不詳って感じ)






まあ、すべて私のイメージであり、そうは感じない人もいるんだろうけど。






某国営放送の前作「獄門島」の長谷川博已の金田一耕助はとてもよかった。









今までの金田一とは、違った存在感を示していた気がする。






長谷川博已自身に、吉岡秀隆ほどの強いイメージがないからだろう。






★★★★★★★★★★★★ここから「ネタバレ」があります。注意してね。★★★★★★★★★★






大体、今回のドラマでは三島東太郎が真相を知らないってことになっている。





細かいようだが彼が「真相を知っている」のと「真相を知らない」のでは、かなり物語の本質的な部分に相違がでる。






そうした中で、やはりこの小説の醍醐味は「ラストシーン」にあると思う。





最後に流れるフルート独奏曲「悪魔が来たりて笛を吹く」が犯人が誰であるかを語っているのだが・・・・。






それには「犯人がその曲を演奏する」ことが不可欠だ。







ところが、映画版は曲さえ流れず、今回のドラマも犯人でなく新宮一彦が吹いている。








うろ覚えだが、稲垣吾郎版でも無かったような気がする。







そうした意味で、やっぱり一番出来が良かったのは





             「古谷一行」版




                      だって気がするなぁ。






最後にちゃんと沖雅也が「悪魔が来たりて笛を吹く」を吹いているもの。










その時にすべての謎が解ける。







それこそがこの物語のクライマックスなのだから。






今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、自分のイメージ通りのドラマに巡り会えますように。






              May






今度は「八つ墓村」って言ってたね。それは、それでスゴク楽しみなんだけど。。。。。
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しまった。忘れていた。   ~「将棋の時間・蛸島彰子引退特集」見忘れる~

2018年05月13日 | テレビ


私は初老男である。




忘れないように、パソコンのデスクトップにstickynotesでメモしておいたのに・・・。





毎日曜日に放送されているEテレの「将棋の時間」を見逃してしまった。





別に将棋が好きなわけではない。






・・・ちょっと違うか。






嫌いなわけでもない。







将棋自体を打つことはもう30年以上もやっていない。








だが、テレビっ子である私が小学生の頃からこの「将棋の時間」からの「NHK杯テレビ将棋トーナメント」を見ていた。






だから、将棋そのものより「将棋界」みたいなものと「棋士の人物」そのものに興味が沸いた。






その流れで、初老になるこの歳までなんとなくちょっとずつこの番組を見ていた。








この番組は、私が子供の頃から内容はほとんど変わっていない。







そんな中、先週番組の終わりに次週の予告として







          「女流棋士第1号・蛸島彰子 引退」








                           とあったのだ。










「郷愁」としか言いようないのだが・・・・。






この「蛸島彰子」という女流棋士が、プロになりたての頃にNHK杯トーナメントの棋譜の読み上げを度々やっていたのを憶えている。







将棋の世界では不思議なことに、ずっと以前からなぜか女性が活躍できていない。







「囲碁」の世界では、それほどの差が無い気がするのだが・・・。








そうした中で初の女流プロ棋士として彼女が現れた。







その彼女が「引退した」と言う。







実は、すっかり彼女のことを忘れていた。









そのことを特集する番組だったのだが・・・・。








見忘れてしまった。










現在の写真を見ると年相応に老けてはいるが、若い時の面影がある。








多分、特徴的なイントネーションで通る声は健在だったのだろう。









華やかな現在の将棋界に繫がる時期を、間違いなく支えた棋士の一人であった。








ご苦労様という労いの言葉を贈ろう。







今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、意外な人物との出会いで人生を感じますように。







               May





故大橋巨泉が、伝説の番組「金曜11PM」の中で本当にたまにやる「将棋特集」に彼女を出演させて「蛸ちゃん・蛸ちゃん」と呼んでいたっけ。
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いい方に向いている気がする。     ~「西郷どん」の方向性~

2018年02月12日 | テレビ


私は初老男である。





平昌オリンピックが始まっている。







言いたいことはたくさんあるのだが・・・・。






また別の機会に。










さて、久しぶりに大河ドラマを最初から見ている。








           「西郷どん」





                     である。






以前にもどこかでUpしたことがあると思うのだが・・・・。










大河ドラマにおいて女性の脚本はあまりよい出来にならない。








大河ドラマに求められるものは、どうしても「大河らしいドラマ」である。










多分、大河ドラマファンは私のような中年以上で時代劇・歴史物好きな人が中心だろう。











そうした中において、歴史的史実をいかに咀嚼し「ドラマ」に仕立てるかがポイントとなる。











私の感覚で言うと女性は男の様に「細かすぎるところ」に執着しない。











物語の中において、男は特にドラマとしての「流れ」よりその「細かすぎるところ」に拘ってしまう傾向が強い。








大河ドラマだと尚更だ。








特に「大河ドラマの『維新物』」において「細かいこと」は結構重要だからね。










ってイカンイカン、やっぱり私もこだわっている。









そうした中で今回の「西郷どん」は原作女性・脚本女性である意味オールWoman体制の良い面が出ている気がする。









男にとっての史実は「変えようのないこと」と捉えそれを理路整然と理解しようとする。









そうした場合、どちらかと言えば大雑把な形で進んでいく「戦国時代」の方が面白く感じやすい。








物語も当然作りやすい。











過去の大河ドラマで女性を主人公にすると、どうしてもその「史実」を脇として主人公の「意思」をさらに言えば「恋愛観・感情の起伏」を中心に話を進めることになる。










そのことが史実と主人公の意識のバランスをよほどうまく組み合わせないと「独りよがり」のドラマになってしまう。













もちろん原作・脚本だけがドラマの出来を決めるわけではない。










ほかに主演・助演・スタッフワーク・果ては方言指導等々がそのドラマの評価を左右する。











今回のドラマは特に実にあっけらかんと史実を無視している部分が多い。










それがとても良い方向に向いている。











今回までで一番の見どころは・・・・・。








やはり「島津斉彬」であろう。







演じているのは「世界の渡辺謙」である。









彼の出演シーンはその部分だけ「映画」のようだ。








出演者で若干バランスが良くないところがある(黒木華・瑛太あたり)が、まず、これだけおおらかにドラマが進んでいけばしばらくぶりに全回見ることになるだろう。









今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、引き付ける魅力のあるドラマを楽しみますように。









                       May






・・・・でも、島津斉彬の出番はもうすぐ終わりになるからなぁ。残念。






忘れていました。先回の答えをって問題自体を忘れてますか?


斉彬とお由羅(小柳ルミ子)だけが薩摩弁になってないのはなぜか?って話。


斉彬は江戸の島津屋敷で生まれ育ったので薩摩弁にならなかった。


お由羅は元々江戸の町娘(江戸の大工の娘・三田の八百屋の娘、その他に舟宿の娘など多数の説がある)で薩摩藩邸で奉公していた際に斉興に見初められたから薩摩弁は元々使えないさ。




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今年も始まりました。     ~大河ドラマ「西郷どん」~

2018年01月22日 | テレビ



私は初老男である。




すっかり、冬真っ盛りであるが・・・。


我が地域は、かなりの「小雪」状態である。



ありがたいことこの上ないのであるが、少々拍子抜けしているのも正直なところ。





困ったもので、やはり降るものは降ってもらわないと後々影響が出るものだ。




たとえば稲作の成長とか・・・。





閑話休題。




今年も大河ドラマが始まった。







先の日曜日が第3回。







先々回から主人公西郷が吉之助を名乗り、演じ手も鈴木亮介の変わった。






実は私はこの時期(幕末・明治維新)が大好きで、それなりに調べもした。






薩摩藩・西郷隆盛はそうした意味でも「明治維新」の象徴的な存在といえるだろう。






しかし、私にとってはとても「謎」の多い人物である。





維新の中心にいたはずなのに掴み所のない人物。






という印象である。






以前に大河ドラマ「翔ぶが如く」が放送されたが、残念ながら原作の小説を越えることができなかった。







主演が今回の語り、西田敏行が西郷・今回の島津斉興役は加賀武史が大久保利利通であった。







こうして思うと、大河ドラマに「何を求めるか」によってかなり評価が変わってくる。








私にとっては西郷という人物の幕末期の意識・行動と維新成立から西南の役で亡くなるまでの意識・行動の明らかな違いはどこから来ているのかを知りたい。











・・・・・しかし。












3回までのドラマ進行を見ていると、どうも私の思惑通りには行きそうにない。











やはり、原作が林真理子・脚本が中園 ミホの両氏であるから仕方のないことであるが、完全「女性の感性」での流れになる。












それは私の求めている方向への話の展開にはならないだろう。










だが、だからと言ってみるのをやめる気はない。











見る方向が違えば「思わぬ発見」があったりするのだから。











今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、自分の興味みのあるものには「違う見方」があることを忘れませんように。








          May








ドラマの中で「斉彬とお由羅」だけが、薩摩弁になっていない理由を知っていますか?その答えを知っている人はかなりの幕末通ですな。






答えは次回のこのドラマのことを取り上げたUpの時に。






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引っかかるべきではないんだろうけど・・・。      ~タレント張本氏の思考回路~

2017年06月04日 | テレビ




私は初老男である。









毎週日曜日には、なんとは無しに「サンデーモーニング」という番組を見ている。












なんとなく、私と感覚が合うというべきなのだろう。













某局のように政権チョウーチン報道するばかりでもなく、他の某局のように妄想的左翼的放送もしていないように思える。











まあ、それだけ「どっちつかず」の感があるけれど。


















その中でスポーツコーナーの看板コメンテーターが













                 「張本勲氏」








  
                                  である。













この番組を長く見ている人は覚えているだろう。










このコーナーは元々故大沢啓二氏(元プロ野球選手で日本ハム監督などを歴任・いつも和服姿でこのコーナーに登場してたっけ)と彼が長く勤めていたのだが、大沢氏が亡くなってからは「助っ人」と呼ばれる各界の評論家などが週替わりでペアを組んでいる。
















この人はすでに「芸人化」しているような気がしている。

















もちろん「思ってもいない」ことは言っていないのだろう。














しかし「炎上すること」(ウケること)をある程度狙っている気がする。
















こうした見方をするのは「偏見だ」と言われるなら仕方がないのであるが・・・・。














彼が在日二世であることにより、今よりもずいぶん苦労もしただろうということも想像に難くない。














だが、ACLトーナメント「浦和vs済州」の乱闘事件についてのコメントは、いただけないですな。













「グッと我慢する、その我慢が日本の若者には足りない」らしき発言も、私からすれば・・・・。














                「どの口が言うか・・・」









                            である。








現役時代の彼は、あの清原も真っ青の強面で柄が悪く喧嘩っ早かった。(覚えている人は少ないだろうね)













酷く誇張した話をするが、中国や韓国が尖閣諸島や竹島問題で挑発されても手を出さない理由は「先に手を出した方が負け」であるからだ。

















政治的外交問題とサッカーの小競り合いを同列に見てはいけないだろうが、では逆に相手の済州の選手というより韓国という国の選手が、過去に起こした挑発行為は日本のそれより圧倒的に多いはずだ。














こうなってしまうと「ああ、やっぱりね」という気になってしまう。














繰り返すが、それが彼の「芸の内」とみるならば、私もバックリとハマってしまっている。












それこそが彼の「思う壺」か?















今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、あざとい芸に騙されませんように。












            May










・・・・そろそろこの人の替わるコメンテーターにしてほしいなぁ。って司会の関口宏って人もスポーツに疎いからなぁ。
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「ちょっとしたこと」で、確認するんだよね。     ~「二人桃太郎」にみる初老男~

2017年02月04日 | テレビ



私は初老男である。



私も56歳になった。



初老男を名乗るのも・・・・。



もしかしたらあと何年もない。





高齢者というのもおこがましいので。




「中老男」くらいに名乗ることになるか・・・・。





昨日のワイドショーを見ていたら、中村勘九郎の3歳と5歳の息子が「二人桃太郎」で舞台デビューをしたという。





変に記憶力のある初老男は、ふと思い出した。






「この記事を見たことがある」





デジャヴでは無い。







そうである。







私の記憶にあった「二人桃太郎」は、二代目勘太郎(父親である勘九郎)と初代長三郎(弟七之助
がデビューした時の記事だ。





何年前になるのだろう。





故勘三郎が、不安そうに舞台上で二人を見ていた映像が印象的だったが・・・・。






そっくりの顔と表情で勘九郎が映っていた。







歌舞伎という芸能にあって脈々と続く「血筋の重さ」におののきを憶える。






こうしたことに、初老になったことを「しみじみ」と感じるのである。






今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、初老男の悲哀をわかっていただきますように。







                 May






記憶にある「二人桃太郎」のドキュメント番組で、出演準備をしていた勘三郎が楽屋の後ろでふざけていた幼い勘太郎(勘九郎)を、物も言わずに「平手打ち」したのが忘れらない。

そのあと、泣きながらも勘太郎がちゃんと手をついて「お先に失礼します。」とあいさつし、勘三郎が「はい、お疲れ様」と答えていたのも。







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こういうの好きです。(後)     ~映画「獄門島」とドラマ「獄門島」を見比べる~

2016年11月23日 | テレビ




私は初老男である。





今日は急に寒くなった。





いよいよ平地でも「雪」になるらしい。






まあ、驚くほどのことではないのだけれど・・・・・。






ということで






           「獄門島」BSドラマ





                         の話である。






タイトル通り、映画「獄門島」との比較のUpであるので、最初に(前)を読んでいただきたい。









まず、なぜ今「横溝正史」なのか?







思えば「横溝正史」という作家は不思議な存在だ。








もともと私の生まれた60年代には、松本清張を中心とする社会派ミステリーに押され、彼の作品の人気は凋落していったと聞く。





たしかに、私の記憶にも「横溝」の名前より「松本」の名前と作品の方が先に来ている。






ただ松本を代表とする作品は、当時の私が読むには「むずかし」すぎた。







曰く「点と線」「砂の器」「霧の旗」等々。






・・・・・なんたって小~中学生ですから・・・・。(当時は、分かったようなことを言っていたけどね)







そうした中で、角川戦略でセンセーションな映画攻勢が始まり、横溝作品を読み・見ることになる。






ただ、先のUpの末文に書いたように「微妙な違和感」を持っていたことも否めない。






圧倒的な角川攻勢に、こうした「違和感」を唱えることはその当時できなかった。









そして、このドラマである。







長谷川博已を金田一耕助に据えてのこのドラマは、今まで何度か作られてきたドラマと「決定的」に違う部分が見えた。







それは「金田一耕助自身の存在感」であろう。





(前)でも書いたが、横溝物はそのストーリー(謎解き)を追うことを中心にするために、登場人物の人となりを描くことが浅くなってしまう。






私は特に過去に映画化・ドラマ化された数々の作品において、金田一耕助自身の人となりがほとんど描かれていないことに違和感をかんじていた。





その中で狂言回しである金田一耕助は、その人物像を描く必要がないし、描く時間もないってのが本音だったろうけれど





それが、今回のドラマでは「解消」されていたのである。






しかも長谷川博已をキャスティングすることで、特に金田一の心の動きみたいなものをうまく描いている。





テレビドラマということで、スケールをコンパクトにまとめたことが「良い方向」に向いた秀作になっている。






奥田英二・仲里依紗の二人の存在感がとても良い。






最後に船上で金田一に電報が届き、次回作(悪魔が来たりて笛を吹く)への伏線になっているのもいいですな。








長い長い時間をかけてストーリーに「不自然でない自然性」を加えられた。






つい、次回作を期待しまうなぁ。







今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、出来の良いドラマに巡り会えますように。







            May







「『キチガイ』じゃが仕方がない・・・・・。」横溝物の真髄がこのセリフにありますなぁ。
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こういうの好きです。(前)     ~映画「獄門島」とドラマ「獄門島」を見比べる~

2016年11月23日 | テレビ



私は初老男である。





なぜかある一定の周期で、横溝正史の映画がBSを中心に放送されている気がする。





以前は「リアルタイム」で見たので、大して見る気はなかった。






しかし、ここ数年妙にこのシリーズが面白く思えてきた。






やはり一番メジャーなのは「犬神家の一族」である。







次が「悪魔の手毬唄」







そして、つい先日は「八つ墓村」







この「八つ墓村」については、別のUpしたい気がする。










で、先週末に某国営放送が、長谷川博己主演のドラマで放送され、次の日に映画の獄門島が放送された。







こういうの・・・・。






私好きです。








様々なことに対して「比較」をするのは、私の大好きな行為である。









映画「獄門島」は、77年8月公開で角川戦略の代表作の一つであった。






なつかしいねぇ。






石坂浩二も若かった。





大原麗子の綺麗なこと。





大地喜和子の色っぽいこと。





佐分利信の貫禄のあること。





坂口良子の可愛いこと。






やはり、角川映画の「王道」を行っている。






なんといっても、この映画の凄いところは昭和40年以前に生まれた人間には、ソコハカとない「なつかしさ」を感じさせるところだろう。






地方の豪邸の描写が、田舎を持っている人には何とも言えない郷愁を感じさせる。






しかも、この映画のころは「現存」してたから、まさに「本物」なのである。





その当時の私は中学生であったが、その歳でさえ「なつかしい」と感じた。






映画自体は、今見ても「良い出来」である。








すでに2本の横溝物を撮ってその様式を確立している市川崑は、原作に無い内容を加えて重厚感を増している。







こうした作品はどうしてもストーリー重視になり「謎解き」にばかり注目される。






そうした中で3作目にして市川監督が見せた「意地」が、原作に無い人物の挿入であったのだろう。







ということで、ドラマ「獄門島」であるが・・・・。





文字数が多くなりすぎた。





後編に続くことにします。









今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、自分の心の奥にあるものを忘れませんように。





             May




石坂浩二の金田一耕助は、実はいまだにイメージと違うんだよなぁ・・・。





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ちょっと気になる。      ~タモリと加山雄三~

2016年11月17日 | テレビ



私は初老男である。




誰かが言っていた。





「運」が下がり始めると・・・・。





底を打つまで、最低でもその状況が3ヵ月は続くと。






色川武大だったろうか?いや、阿佐田哲也の方か・・・。(ちなみに同一人物です)






自分の運が下がっていることを自覚できない人はいまい。





私の運が上がってくるのは何時だろう・・・・。







相変わらずの「テレビウォッチャー」である。








ちょっと気になった。







「タモリ倶楽部」はテレビ朝日では金曜深夜の放送らしいが、我が地域では月曜深夜である。









そして、ヘタをすると「週遅れ」である。









今回は「My電柱」であった。







内容はいつもの通りの「ユルサ」であり、真剣に見るようなものでは無いって怒られるか。








逆に言えば、タモリ自身が「真剣」に見て欲しいと思っていないような気がする。










その中で・・・・。








タモリの声がホンの少しだけ「くぐもって」聞こえたのだ。






風邪でもひいていただけなら良いが、のどの病気であったりするのではないかと心配である。








故人であるが、城達也という名ナレーターは晩年ハッキリと声の質が変わって心配していたら。






案の定、食道癌であった。






彼の声の「ジェットストリーム」をもう一度聞きたいと、この頃よく思う。








タモリの声に、そんな違和感を感じた。











そして、今しがた加山雄三の音楽番組を見ていた。






ゲストは稲垣潤一。







番組自体はいかにもBSの深夜前って感じだったのだが、ホストの加山雄三氏。







酩酊していたのではないかと疑いたくなった。








呂律が回っていない・・・・とまでは言わないが、明らかに「老人性」が増している。








彼については、少々おかしな「噂」も聞いている。







そのことと、その「老化」とは関係ないかもしれないが・・・・・。








これもタモリの時と同様に、何か他に病気を持っているのではないかと心配になる。









タモリは71歳。







加山雄三は79歳。








すでに二人とも「生ける伝説」になりつつある。







まだまだ、元気に活躍してほしいと思う。






今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、ホンの少しの違和感を見逃しませんように。







                 May







本当の「若大将」だった加山雄三を知っているのは、私ら世代までだろうなぁ。タモリのユルクなる前のいかがわしさを知っているのもね。



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昭和は遠くなりにケリ・・・・されど、美女は永遠に。   ~「鬼龍院花子の生涯」みました~

2016年11月08日 | テレビ



私は初老男である。



いよいよ明日の午後には「湿雪」が降るという。



まあ、11月の初旬を過ぎればいつ来てもおかしくないんだけね・・・。





いま「鬼龍院花子の生涯」を見ている。




これだけ有名になった映画だが、全編をしっかり見たのは初めてだった。




1982年作品。





主演の夏目雅子は、この3年後に夭逝することになる。





私には




        「流行っている物に興味を持たない」



                           という悪い癖がある。





そのためこの時の夏目雅子に、ほんの少しだが「老」を感じていた。





例の




         「なめたらいかんぜよ!」





のセリフも、そんなに感じるものはなかった。







しかし、今この映画を見てみての最大の魅力はなんであるかが分かった。






それは・・・・・。







出演者のほとんどすべてが「旬」なのである。






50代もなかばを迎えると、そうした「役者の旬」がよくわかるようになる。






★★★★★★★★★★★ちょっとブレイクします。★★★★★★★★★★★



                        
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