私は前期高齢者寸前男である。
静かな正月である・・・・なんてとても言えない。
「大地震」のあとは「航空事故」である。
事故の詳細を読めば読むほど理解できない。
こうした時は自分の中で整理ができないうちは触れないこととしている。
そうした中でこんな内容でブログをUpしてよいのかとも思うのだが・・・。
自分の中の精神的集中力を通常に近づけるためにも進めていきたいと思う。
「大河ドラマ」というものも、近年その放送意義が変わりつつあるように高齢者寸前男は感じている。
昨年の「どうする家康」などはまさにその転換点ともいえる作品だったのだろう。
この歳になると大河ドラマもそれなりに観ている。
ただ、最初から最後まで「欠かさず観た」という作品はほとんどない。
「どうする家康」などもちゃんと見たのは10話程度ではないだろうか?
昨年末に総集編が4時間に渡って放送されたが、今回の感想はプラスそれによるものと言える。
そのことでご批判なされる貴兄もいらっしゃるとも思うが・・・・お許しいただきたい。
このことは何度か記しているのだが。
ドラマや映画の出演者おいては・・・「その俳優がそこにいる俳優」と「その役がそこにいる俳優」の二通りがいる。
前者の代表的な存在が「木村拓哉」「田村正和」「石田純一」であろう。
後者の代表は「菅田将暉」「真田広之」あたりだろうか。(憑依系ってやつね)
先に言っておくがどちらのタイプの俳優も、存在自体に優劣があると言っているのではない。
際立った数名を挙げただけで、その中間的な俳優もたくさんいる。
そんな様々な俳優たちがいることでドラマや映画が面白くなっている。
さて、そうした中で「松本潤」という人をどう評価するか?
この人もほぼ前者で彼自身がドラマの中にいる感が強い。
ジャニーズ出身。
しかも、この人の場合「例の騒ぎ(一連のジャニーズ騒動)」の前に、このドラマを撮影していたはずだ。
運が悪いというべきか・・・。
最後の5~6話はリアルタイムで、総集編は一気に観て思う。
ストーリー的には以前の大河よりずいぶんソフトになり、さらに松本潤を使うことで大河嫌いの人にも観やすいものになっている。
しかもVRの技術によってスケールがとてつもなく大きくなった。
映画に近い壮大感が出ることで、戦場や景色がリアルである。
ストーリー的にも、特に前半部分(瀬名・信康の粛清まで)は現代風で松本潤の演技とともに新しい大河を感じさせた。
ただ・・・。私のような歴史好き・大河好きにとってみると「ソフトすぎる」のである。
瀬名こと築山殿は定説では「年上の悪女」であり、その粛清は家康物語の中の前半の山場である。
ちょっと拍子抜けというか、大アマっていうか・・・。
その後の家康の生き方を観ると、松本潤ではイメージがズレすぎていて彼が演じきれない感じだった。
60を過ぎた頃からはメイクや他の若手俳優との対比によって、何とかそれらしくなってはいたが。。。
全編を通してワキの俳優たちのクセが強すぎて、松潤が負けちゃった感もあるし。
信長(岡田准一)秀吉(ムロツヨシ)光秀(酒向芳)お市・淀殿(北川景子)あたりが・・・・。
強烈過ぎたよね~~~~。(北川景子はお市と淀殿を上手に演じ分けてた!淀殿の方がちょっとか「イキッてる」っていうかね)
しかもこの歳になると前々回の「麒麟がくる」の記憶が鮮明である。
エピソード的に重なる部分が多々あった。
それをどう解釈するかで「大河ドラマ」にかなりの影響を与えていることが見て取れる。
どうやら視聴率がかなり良くなかったらしいが、今の「視聴率」は人気や作品の評価にほとんど意味をなさない。
最後に「これを言ったらおしまい」って話なんであるが・・・。
「松本潤が主演でなければ」かなり違ったものになっていだろう。
もちろん、それは単純に「良かったはず」とも「良くなかったはず」とも言えないのだが。
「たられば」って終わり方は一番よくないか。
今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも歴史や大河ドラマを楽しみますように。
May
2年連続で大河に出演する俳優は、ほぼいないはずなんですけど「佐藤浩市」「小栗旬」とかが出てましたね。まあ、チョイ役だったですもんね。