完全無欠な「もうすぐ前期高齢男」日記

「もうすぐ前期高齢男」に進級「老いの自覚」を中心にUpしていきます。

歯科治療が終わった。Up   ~8ヶ月かかって~

2008年01月28日 | Weblog
私は中年である。

先週半ばの話である。

「あ、来た・・・。」と感じたのだ。

鼻が詰まりだして、ボーっとしてきた。(今年は早いなぁ・・・)とゲンナリする。

勘のいい人は気がついただろう。

 そう       「花粉症」が始まったのだ。


世間が「花粉症」などと騒ぎ出す前から、その症状に悩まされている筋金入りの
私であるが、なんとそのことで一度も医者にかかったことが無い。

なんだかんだ言って、特効薬の無い病気である。あれこれ言っても4月半ば頃には
嘘のように症状が消えてしまうのだ。

「時間が解決してくれる」と思っていたからだ。

しかし、今年は人事異動で通勤に35分かかる勤務地になって、帰りに寄れるクリニックが
見つかった。

結構アレルギー関係に評判の良い医院なので寄ることにした。

そして、行ってみると慣れているのか症状を少し聞き取っただけで薬を処方してくれた。


いざ薬を2回飲んでから、ふと思いついた。

「あれ・・・。そういえば眼が痒くないな・・・。」

って、これ花粉症じゃなくて「ただの風邪」じゃないのか???

ここ数年、風邪を引いたことが無いわけではないが、こうした「軽い風邪」をひいた
記憶が無い。

たいていは熱が出て、ぐったりして寝込んでしまう。そして、その後にのどや鼻に来る。

しかし、今回はその鼻づまりだけで終わった感じである。

まあ、花粉症の「予行演習」(っていまはそんな風に言わないか)をしたってことで、納得するか・・・。


ということで、昨年の6月頃から歯科治療に通っていたのだが8ヶ月かかってついに
終わったのだ。

思えば差し歯にして8万円・・・。その他の治療費の総額は10万円に近くなったのではないだろうか。

しかし、これだけホンキで歯を完全に治したのも中年の47歳になるまで無かった。

思えば、母親は私の「歯」のことなど、ほとんど気に強いなかったのではないだろうか?

少なくとも歯磨きを習慣づけさせようとしてくれたことも無かったし、よほど悪く
なら無い限り、歯に限らず医者に連れて行ってはくれなかった。

まあ、うちのおふくろは昭和一桁だからねぇ・・・。


治療の最後に歯の磨き残しを検査して、これを「プラークスコア」という数字で
表すのだが前回の数字が「31%」だった。

これが10%台になれば「普通人レベル」では「磨き残し無し」といわれるらしい。

そうするために「歯間ブラシ」の使用を勧められた。

これがやってみると本当に体の「未知の世界」の踏み入れた感じだったのだ。


奥歯の方はなかなか入らなくて歯茎を傷つけたんじゃないかって思ったけど、すこし
ずつ繰り返していると前からも後ろからも貫通するようになる。

一度やってみてほしい。びっくりするような「モノ」が挟まっていたりするから!

そうして意気揚々と一ヵ月後の今日、同じように検査してもらった。

プラークスコアは・・・22%!

(どんなもんじゃ!)と、思っていたらこう言われた。

      「奥歯の裏に磨き残しがありますね。」

たしかに、歯ブラシを余程その気になって当てない限り、奥歯の裏(上下左右共に)には
届かない。

私のブラッシング中は本を片手に、タイマーを「5分」にセットしてやるのだが、
ついつい本の方に気がいって、奥歯の裏にまで意識がいかなかった。

悔しいので、奥歯専用の歯ブラシを買った。

「電動歯ブラシ」である。

それの先が丸になっていて回転するタイプを買って、普通に磨いた後、集中的に
当てることにした。

さすがに、これには奥歯の歯茎が驚いた。まだまだ痛みを感じるのだが、歯茎が
刺激になれていなかった証拠だ。

これによって一回の歯磨きに10分以上かかってしまうが、口の中が本当に「きれいになった」
って感じがする。

また一ヵ月後に歯の検査に来いといわれている。

これでしっかり磨いて、歯医者を驚かせるのがたのしみだ。

今回も最後までお付き合いいただきありがとう。
これを読んだみんなが、毎日の歯磨きをしっかりやって「虫歯」なんかになりませんますように。

                         may

しかし、歯ブラシの「形状」を変えただけでも、歯磨き粉の効き目がまったくちがうのね。
アセス(歯磨き粉の固有名詞)を使ってるけど、歯ブラシ変えたら「ジーン」と歯茎に
沁みるもの。



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吉川英治著「宮本武蔵」(全6巻)読み終わりました。Up ~なるほど・・・~

2008年01月25日 | 
私は中年である。

さて、1月も下旬。昨日から本格的な雪が降ってきた。

雪に「本格的」とそうでないのがあるのか?と聞かれそうだが、これは間違いなくあるのだ。

思えば昔に比べて、ずいぶん「本格的」な雪が降らなくなった。

今の雪の降り方は、昨日から今日のように「爆弾低気圧」のような台風並みの低気圧が
発達して通り過ぎることで起きる大雪だ。

しかし、昔は周期的な低気圧と高気圧の入れ替わりで俗にいう「冬型」のなった。

そのため、低気圧が長く日本海側に居座って雪を降らせていた。

一昨年の大雪がこのパターンだ。こうしたパターンは本当に細かい乾いた雪が降り続く。


しかし、最近は爆弾低気圧系の雪のパターンが多いので、雪が来る前に逆に暖かい南風が、
吹いて雨が降るパターンが多い。

暖かい雨の後、急に冷え込んだ雪という変なパターンだ。やっぱり、地球の温暖化が
こんな変なパターンを引き起こしているんだろうか?

とにかく、早く冬が終わってほしい「中年」である。


さて、実は昨年末に読み終わっていたのだが、

      吉川英治著「宮本武蔵」(全6巻)

 のことをUpしようと思う。

時代小説を読むことを楽しみとしている中年でありながら、この古典的名作を
この歳になるまで読まずにいたことには理由がある。

それは・・・

  単純に最初の1巻の「出だしが今まで面白く感じれなかった」からだ。

ではなぜ今回読む気になったかというと、ラーメン屋に一人で入ったときに
劇画「バガボンド」を読んだからなのだ。

「バガボンド」の話を先にしよう。私はこれを「バカボンド」だと思っていた。

しかし「バガボンド」が正しい。これは英語で・・・って自分で調べてみてほしい。

劇画「バガボンド」は、こうして原作を読んでみると非常に劇画にして成功している。

何度かこの話はしているが、劇画は原作を「劇画にしかできない表現」にしなければ
劇画にする意味がない。

実写でないものはすべてそうである。

「劇画」の部分を「アニメ」に変えてもまったく同じことが言える。

もしかすると「バガボンド」の表現が正しいかを確認するために原作を読んだと
言っても過言ではないかもしれない。


前置きが長くなったが「宮本武蔵」がどうであったか?

確かに古典的名作であるが「やっぱり古臭い」というのが本音である。

話を途中で「それから3年が過ぎた」とか「その間はあ~でこ~で」という展開を
つかう。それも頻繁に。

それから、殺陣の部分に容赦がない。本当に人間がバッサリと切られるシーンの描写
などは非常に生々しい。

そして、一番違和感があったのは「女性の意識」である。
まあ、現代社会においてもそれが一番変わったという証明なのだろうけれど・・・。


時代小説は「不偏的」な部分を多く持っている。

しかし、当然ながらその小説が「書かれた時代」の価値観が反映され著者の解釈に
よって様々な変化を見せる。

それこそが「小説」としての面白さになる。

これからも、吉川英治の名前と「宮本武蔵」という本は残っていくだろう。

しかし、森鴎外の「舞姫」と同じようにある種「古典」としての文学と割り切って
読む必要が出てくるだろう。

・・・少々批判的な文章になってしまったが、そうこういいながらも私に途中で
諦めさせずに全6巻を読ませてしまうストーリー作りのうまさは「古典」として
生き残っていく価値が大きいと認識せざるを得ない。


新聞小説として連載されたこの小説を、毎日楽しみにしていたファンも多かったのだ
ろうなぁ・・・。

今回も最後までお付き合いいただきありがとう。
これを読んだみんなが、不偏なる時代小説の真髄に触れますように。

                         may

でも、やっぱり小説ってのは本当に読んでみないとわかんないね。
超有名な「小次郎!敗れたり!」って科白は、すくなくとも「宮本武蔵」には
出てこないのね。






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軽すぎる!Up     ~今年の大河ドラマ~

2008年01月23日 | テレビ
私は中年である。

さて、おとといは私は「47歳」になった。

中年というには、もう高年に近い。

日曜の夕方5時から、FM東京系でラジオドラマが放送されているのをご存知だろうか?

日産「あ、安倍礼司」という番組だ。

36歳の冴えないサラリーマンの話で、コメディタッチでなかなかおもしろい。

・・・って、何を言いたいかというと、その中に安倍礼司の上司の部長に「大場
嘉門」という人物が登場する。(口癖が「安倍礼司!このオオバカモン」)

その大場部長が「47歳」だったような気が・・・。

そうか・・・。普通の会社では40代後半といえば部長になるわけか・・・。


まあ、自分の仕事は機構的にそうした部署が無いし、自分のその能力があるとも
思っていないが、俗に言う「出世争い」では私の歳ではそれぐらいの地位にいなければ
なら無いわけか・・・と自分の歳を再認識した今日この頃である。


さて、昨年は大河ドラマの「風林火山」が「よい出来だ」と、言い続けた一年であるが、
今年の大河ドラマ

            「篤姫」

                       はどうか?

・・・残念ながら、あまり良い出来とは思えない。

私が「幕末史・維新史」が好きなことは、ブログを読んでもらっている人には
分かっていてもらえていると思う。

今更ながらの幕末史を、極簡単に説明すると「徳川将軍家」を倒し「新しい政府」を
つくるために倒幕側として「薩摩・長州・土佐」が中心で働いたということだ。

中でも「薩摩藩」が(お家騒動を含めて)重要な役割を果たしている。

そうしたことは、良く知っているが「篤姫」なる人物が、どういう役割を担ったかを
実は私は良く知らない。

興味のあることに知らない人物が出てくればもっと真剣に見れそうなものだが、
何しろ大河ドラマの作り方が、一昨年以前の「軽さ」に戻った気がして仕方が無い。

「軽さ」の理由がキャスティングにあるのは「間違いない」が、結局主演の
「宮崎あおい」のキャスティングが一番問題だ。

NHKの連続テレビ小説の主役を務めて「お気に入り」なのは良く分かるが、あまりに
イメージが「軽すぎる」

誤解の無いように言っておくが、彼女が「軽い」といっているのではない。
某保険会社のイメージキャラクターでアヒルと一緒に出ているCMなどを見ていても
明るく好感のもてる女優である。

しかし、大河ドラマの主役をやるには、私から見るとどう見ても「軽すぎる」

昔の大河ドラマでは、ある歳を迎えると主役を「交代」させる手法がとられた。
当然違和感があり不評だったろう。

しかし、今回のような場合、21歳(違ったか?)の彼女が大奥の中心になって、
江戸城無欠開城の一端を担うにしては、いかにメイク・演技を変えたとしても
説得力に欠けるというものだろう。

あえて、エンジンがギアチェンジする如くに主役を替えていく方が自然ではないだ
ろうか。娘時代は宮崎で良いにしても・・・。

宮崎を主役にすえたことで、他の薩摩の重臣たちもどうしても「軽く」ならざるを得ない。

西郷隆盛の小澤征悦なんかも、NHKのお気に入りだから仕方が無いのだろうけれど、
笑わせてくれる。

このひともNHKのお気に入り(やっぱり連続テレビ小説出演)で、度々ドラマに
出てくるけど、私から見ると煮ても焼いても食えない。演技がどうというより、
存在感が薄すぎる。

西郷と全く逆だ。

彼は黙って座っているだけで、とてつもなく存在感のある人物だった。

大河ドラマには「幕末ものはウケない」というジンクスがあるが、作り方から言っても、
そうだろうと思う。中心になるべく主役が多すぎるのだ。

「功名が辻」の時もそう思ったのだが「主」たる物語における「従」の話・サイド
ストーリーというのは、結局「従」でしかないのだ。

緊張感を持って、今年の大河ドラマを見れる自信はないなぁ・・・。

今回も最後までお付き合いいただきありがとう。
これを読んだみんなが、一年を通して良いドラマを見れますように。

                         may

「幕末」は本当はスゴイおもしろいんですよ!




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混迷の08’政界Up  ~当たり前のことが・・・~

2008年01月12日 | 時事ネタ
私は中年である。

さて地球温暖化が叫ばれて久しいが、何事も「白」があれば「黒」がある。

最近のテレビで(テレビ見ないといっておきながら良く見てるなぁ)
温暖化の特集をやっていたが、結局、この温暖化は人間が引き起こしたものなのか?
という疑問が浮かぶ。

事実、それ以外の要因が大きいという説を唱える学者もいる。

結局、人間が存在しなかった「自然のままの地球」をいうものを夢想するのは意味が
無いし、その状況に戻すつもりなら「人類総虐殺」でもしない限り無理だろう。

また、人間の「エゴ」が存在する限り「エコ」は達成されない。

・・・TVを見ながらそんなことを考えた。


ということで、08’も10日を過ぎて、そんな短い間にも政界においても大きな
ことが起こった。


・・・こうした時事ネタというのは、早くUpしないと意味が無いんだけど、三連休も
挟まってついつい滞ってしまう。

まず、とにかく言っておきたいこと。

     「結局、参議院で野党、福田総理に『問責決議案』提出せず」

今の国会が「ねじれ現象」を起こしていることは、周知の通りだが、これは何を意味するかというと
結局、国会議員たちは「国民」なんかどうでもいいって思ってるってことだ。

国家議員たちを「真剣」は働かせるには「危機感」を持たせるしかない。

ずっと私が言い続けていることだ。

しかし、今回のこの件は民主党の「自己保身」からその危機を避けるためにやった行為に
見える。

たしかに「勝てる見込み」の何も無い状況で問責決議をやっても意味が無いだろう。

だが単独過半数を取ることが出来なければダメだ、ってことで見送ったらしい。
そんな時は金輪際やってこないのだ。

今の自民党でさえ公明党との連立を前提とした「与党」なのだ。

さらに小沢代表が、衆議院の「再議決」の席にいなかった問題も、心情的には私は
分からなくは無い。なんか茶番じみてるかなぁ。

しかし、どの組織もそうであるが上に行くほど「ばかばかしいこと」も儀式的にこなさねば
ならぬものだ。「ケジメ」って奴だ。(そうしないとチクチクと文句を言う奴が出てくる)

小沢氏しかいない!と思いつつも、これじゃあな・・って思う。

結局、散々問題視しておきながら、新法の内容に対する議論なんかほとんど無かったじゃん。


「薬害肝炎救済法」だって、こうした形に収まるしか無いって誰だって思ってたはずだ。

それを昨年末の町村官房長官の発言といい、福田総理の歯切れの悪さといい・・・。

官僚の抵抗は、どの省庁でもあるのだろうけれど「人道的」な部分はそんなバカタレ
共の損得やメンツで左右されてはいけないのだ。

小泉純一郎という人は、とんでもない人だったけれどこうしたふらつきはしなかったと思う。

・・・むずかしいねぇ。小泉みたいな思い込みの激しい独りよがりの変人総理も困るけど、
福田みたいなグズグズして、何がやりたいか分からない凡人総理にも腹が立つし。

「二流の国民は二流の政治家しか持てない」

自分を含め国民自身が襟を正し世の中のことを考えないと、決して政治家達の質は
上がらないゼ!

今回も最後までお付き合いいただきありがとう。
これを読んだみんなが、本気のホンキで政治を考えますように。

                         may

あんまり政治・行政が変わらないから嫌気がさすやなぁ・・・。










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年末年始テレビ事情Up  ~真剣で見たドラマ~

2008年01月08日 | テレビ
私は中年である。

年末年始は誰でも忙しい。

子どもの頃は、コタツで寝転がってテレビばかり見ていた。
雪国の子どもなんて、よほどのことが無い限り外で遊ぶことはなかった。

ビシャビシャに濡れたり、寒かったり、更に親たちはその子どもの衣類の
片付けが嫌なもんだから外に出させなかった。

中年の今は、ほとんどテレビを見ている暇が無い。

紅白歌合戦なんて何年見ていないだろう・・・。

そんな私がこの年末年始は「ドラマ」を中心に結構テレビを見ていた。


まず、

         「のだめカンタービレ」

年末に2日間かけて通常放送分を全部再放送していた。

このドラマでクラシック音楽のファンになった人が急増したという。
(実際には原作の漫画でファンになった人も多かった)

このドラマでベートーベンの交響曲7番とか、ラフマニノフのピアノ協奏曲とかを
知った人も多いだろう。

しかし、私の場合このドラマで紹介されている曲は、ほとんどお気に入りに入っている。

結構聞きなれた曲を、こうしたドラマで聴くとは思わなかった。しかし、なにより
曲を知っていても、その「裏話」までは知らないものが多かった。

ラフマニノフがピアノコンチェルトを書いたのが精神的な病気から立ち直ってからだとか、
ブラームスのシンフォニーが「ベートーベンの10番」と呼ばれているとか(ん、この
話は出てこなかったか?)

出演の俳優達も良い。特に「竹中直人」のフランツ・シュトレーゼマンがいい。
どう見ても、どう考えても「ドイツ人」ってのは無理があるのがばかばかしくて良い。

正月に放送された続編2編はまだ見ていない。あとでゆっくり見ることにしよう。

蛇足を一つ。

もしかしてベートーベンの7番を全曲聞いたことの無い人がいるかもしれないけれど、
あの曲の聴き所は「第2楽章 葬送行進曲」別名「不滅のアレグレット」だからね。
是非聴いてみて欲しい。


次のドラマは

          「SP」

これも、今までに放送された8回を2深夜かけての放送だった。

「岡田准一」という人は不思議な人だ。

今やかなりの「いい男」で通っているが、かなりの「チビ」である。

どんなドラマに出ても、いまや女優の方が大きい場合があってカメラアングルや
セッシュに苦労するという。(セッシュってなんだか知ってる?)

しかし、ここ一番の存在感は「若手」の域を脱しつつある。

過去の体験によって異常に「敵意・殺意・害意」に敏感になっている、という設定も
これから後半にかけてうまい伏線になっている。

それにからむ「堤真一」も良い。

この人は主役を張るタイプの役者でないが、こうした岡田准一のような役者と組み合わせると
とてもいい味を出す。

「昆布とかつおぶし」の昆布の方って感じだ。

これから後半4~5回だろうが、どうまとめていくか楽しみだ。

・・・え、もう終わったん?


最後は

       「天と地と」

正月スペシャルドラマだった。

昨年の大河ドラマ「風林火山」の裏ストーリーと思ってみれば、おもしろかったと
思う。

甲斐武田家に事情あれば、越後上杉にも事情があった。

現実に武田信玄も山本勘助も登場していた。

風林火山の中でガクトが演じた「長尾景虎」も、非常に私は良かったと思うが、
今回のTOKIOの松岡も、良い演技をしていた。

実際、海音寺潮五郎の原作は上・中・下巻に分かれる結構の長編だ。
(ちなみに風林火山の原作は、その1/4程度しか無い)

それを2時間半にまとめるには、少々無理があったと思う。

どこかの局で、せめて2時間ドラマ×3回位で作ってくれないかなぁ・・・。

両方のドラマで共通していたシーンが、やっぱり「川中島」

非常に解釈が難しいシーンで「天と地と」での、ラストシーンになるが、ちょっと
無理があるなぁ。エンドロールでのラストシーンもちょっと足りない感じ。


日頃、ほとんどドラマを見ない私としては結構ハマッた年末年始だった。

映画やドラマってのは、見た後に「金」じゃなくて「時間」を返せ!って言いたく
なることがある。

だから、様々な評判を聞いてからでないと見れないんだよね。

特にこの頃TV自体を見なくなってるからなぁ・・・。

今回も最後までお付き合いいただきありがとう。
これを読んだみんなが、おもしろいドラマをいっぱい見れますように。

                         may

「SP」は、まだ続いてるみたいですね。

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こいつは春から縁起がいい!  ~ネズミは干支の始まり~

2008年01月06日 | Weblog
私は中年である。

なんだかんだで、08’では、初めてのUpである。(実は違うけど)

昨年最後のUpも中途半端だったので、締まらない年だったのかもしれない・・・。
今年も初回をしっかりUpできないと中途半端になるかも・・・。

なんて考え出したら窮屈で何にもできないから、あんまり深く考えないことにする。

読む人もあんまりきっちり考えないでね。


ということで何の意味も無く年末年始に気になった3つのことをUpしようと思う。

「ねずみ」・・・生でネズミを見たことがあるだろうか・・・。

           
大晦日から元旦にかけて、我が豪雪地域は記録的な大雪だった。

50cm以上の積もり方だった。

当たり前の話だが、雪というのは「融ける量」より「積もる量」が多ければどんどんと
積もっていく。

これを「人為的に融かす」ことで、市民生活の不便さをカバーしている。

その「人為的に融かす」やり方が「水を流す」ことであったり「重機でのける」こと
だったり「電熱で融かす」ことだったりする。

しかし、最終的に「人力で融かす」ことは不可欠になる。

あたりまえだが、雪(氷)は大きいほど融けにくい。だから、なるべく小さい塊に
しないと同じ消えるにしても時間がかかる。そこで水のあるところに雪をどけて、
さらに細かくする。

・・・全然「ネズミ」の話が出てこないと思ってるでしょ。ここからですよ。

我が家は「落下式融雪」の屋根にしている。仰々しいが雪がある程度積もったら、
自分の重みで落ちるというだけの話だ。

この方式は、つまりかなりの量の雪が一気に落ちてきて積もるということなので、
家の周りは硬くて重い雪がいっぱいになる。

そこに水を流して消すのであるが、先の話のようにチョコチョコと処理してやら無いと
とても間に合わない。

元旦の午前中に家の裏で必死でその「雪片付け」をしていたときの話である。

私の視界の外れに、なにやら動いているものが見えた。

          「???」

しばらくじっと眼を凝らしていると「長い尻尾を持った茶色の毛に覆われた小動物」だと
分かった。

          「野ネズミじゃ!」

家の中のにいるネズミは、正に「ねずみ色」だし、二十日ネズミは「真っ白」だ。

そうした意味で「野ネズミ」は初めて見た。


一昨年の冬時期のブロクに「ネズミの大発生」の話をしたように思うが、今年は
そんな風は無い。

しかし、「ネズミ年」の元旦に「生きたネズミ」を見る。

これは縁起が良い!(・・・のかなぁ・・・)


十二支の始まりが「ねずみ」だという。

牛の背中に乗り、ゴールの寸前で飛び降りて1位になったというネズミ。

今の時代ではなんの違和感も無いのかもしれないが、十二支が決まった話を聞き
子供心に「コス~い」と思ったものだ。(なぜ猫がネズミを追いかけるようになったか
につながるこの話を、知らない人がいる?)

来年はその背中に乗られて気がつかなかった「丑年」。私の干支じゃないか。

困ったものだ。

今回も最後までお付き合いいただきありがとう。
これを読んだみんなが、輝かしい08’年を過ごせますように。

                         may

三題噺の残りの二つは、おいおいUpします。
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