私は中年である。
「無差別殺人」が横行している。
・・・「誰でも良いから殺そうと思った」・・・・。
私は調理人である。
調理人は日々食材の「命」を奪いながら、食べる人の「命」を育んでいる。
そうした毎日の仕事の中で、そうした「命」に関して慄くことが度々あるのだ。
自分の意識や存在。そうしたものの重みが「自分」にとって重いのは当たり前だが、
それと同じくらいに「他人の意識や存在」が重いことに気が付かないのだろうか?
逆に私は臆病だから自分ではないからこそ、より重く感じてしまう。
これからは、そうした狂人から自分や家族を守る方法を本気で考えなければならない
時代になってしまうのではないだろうか・・・。
さて、最近特にこのブログのタイトルである「中年」を意識するようになってきた。
まず40代後半になって「容姿」の変化が著しい。
私は10代の頃から白髪があったが、いまや黒い髪の毛を捜すほうがはるかにむずかしい。
そして、ダイエット成功の反動と言うべきだろう、顔と言わず全身に皺が出てきている。
やっぱりと言うか、当然その容姿を自分自身が一番よく分かるわけで、それがさらに
「自分が歳をとった」という意識を加速させる。
・・・そう考え出すと、他の行動もどんどん「中年化」してきている気がする。
会議とかちょっとした会話でも「吸収力」が薄れてきて、自分の感性が硬直化してきて
いる。
どこまでが「自信」であり、どこからが「過信」なのか?
歳をとればとるほど自身の自信に自信を持ちすぎて過信になっているのに気づかない。
(自信・自身・地震・ジシ~ン・・・・悪酔いしました)
この自信の裏づけが崩れるときが突然やってくるのだろうと思う。
その時、素直に間違いを認めることができれば「頑固」なんていわれないんだろうな。
それも、人によりけり。若いときから意味の無いツッパリをして我を通そうとする
奴もいれば、老人と呼ばれるようになっても自分の無い人もいる。
人間と言うのは本当に「面白い」し「面倒くさい」
今回も最後までお付き合いいただきありがとう。
これを読んだみんなが「自信」と「過信」を間違えませんように。
may
最近、キレが悪くて申し訳ない。次回からはもっと気合入れます。
「無差別殺人」が横行している。
・・・「誰でも良いから殺そうと思った」・・・・。
私は調理人である。
調理人は日々食材の「命」を奪いながら、食べる人の「命」を育んでいる。
そうした毎日の仕事の中で、そうした「命」に関して慄くことが度々あるのだ。
自分の意識や存在。そうしたものの重みが「自分」にとって重いのは当たり前だが、
それと同じくらいに「他人の意識や存在」が重いことに気が付かないのだろうか?
逆に私は臆病だから自分ではないからこそ、より重く感じてしまう。
これからは、そうした狂人から自分や家族を守る方法を本気で考えなければならない
時代になってしまうのではないだろうか・・・。
さて、最近特にこのブログのタイトルである「中年」を意識するようになってきた。
まず40代後半になって「容姿」の変化が著しい。
私は10代の頃から白髪があったが、いまや黒い髪の毛を捜すほうがはるかにむずかしい。
そして、ダイエット成功の反動と言うべきだろう、顔と言わず全身に皺が出てきている。
やっぱりと言うか、当然その容姿を自分自身が一番よく分かるわけで、それがさらに
「自分が歳をとった」という意識を加速させる。
・・・そう考え出すと、他の行動もどんどん「中年化」してきている気がする。
会議とかちょっとした会話でも「吸収力」が薄れてきて、自分の感性が硬直化してきて
いる。
どこまでが「自信」であり、どこからが「過信」なのか?
歳をとればとるほど自身の自信に自信を持ちすぎて過信になっているのに気づかない。
(自信・自身・地震・ジシ~ン・・・・悪酔いしました)
この自信の裏づけが崩れるときが突然やってくるのだろうと思う。
その時、素直に間違いを認めることができれば「頑固」なんていわれないんだろうな。
それも、人によりけり。若いときから意味の無いツッパリをして我を通そうとする
奴もいれば、老人と呼ばれるようになっても自分の無い人もいる。
人間と言うのは本当に「面白い」し「面倒くさい」
今回も最後までお付き合いいただきありがとう。
これを読んだみんなが「自信」と「過信」を間違えませんように。
may
最近、キレが悪くて申し訳ない。次回からはもっと気合入れます。