私は初老男である。
数日前に「タンポポ」が、BSで放送された。
そう、伊丹十三監督である。
放送の中で、この映画は「喜劇」の分類にされていたが「?」である。
私はこの映画が大好きで、以前は一年に一度は見返したものだ。
公開当時の1985年は、私は24歳。
調理の仕事を初めて5年目。
この映画を見て、自分の仕事の奥の深さに改めて気づかされた。
伊丹十三監督の2作目の作品で彼の作品はこれ以降、具体的な内容の物が増えていく。、
初作品の「お葬式」そしてこの「タンポポ」までは多分に「よくわからない」描写が盛り込まれている。
わたしが、ちょっとした「変わり者」であることは、ブログの読者諸氏はすでにお分かり頂いていると思うが、特にこの「よくわからない」ところに魅力を感じるのだ。
具体的な部分ではない部分。「よくわからないもの」を理解しようとすること。自分自身の解釈によって見方を変えることができること。これが私の好奇心を煽るのだ。
うがった見方はわたしの得意のところだが、本当のところ彼はラーメンのことなど興味がなかったのではないかと思う。
たしか、生前の伊丹監督が言っていた「ラーメン」が面白いのではない。「ラーメンを面白がっている人」が面白いと思っていると。
当然と言えば当然なのだ。映画監督が興味があるのは「オモシロい人間」だけだろう。
そうは言っても食べ物に対しては、この当時では革新的な内容がふんだんに盛り込まれている。
しっかりした記憶でなくて申し訳ないが「タイユバン」とか「コルトン・シャルルマーニュ」のことを、聞いただけで分かった人は当時そうはいなかったと思う。
山崎努と宮本信子の焼肉を食べるシーンでも「骨付きカルビを、はさみで切ってサンチュに巻いて食べる」と言うやり方は、韓国風な正当な食べ方とは認識されていなかったよう気なきがするしね。
その場に日本酒がおいてるあたりがやっぱりその当時らしい。今なら「韓国焼酎」か「マッコリ」がおいてあるだろう。
それから、やはり伊丹監督といえば「エロチックな表現」だろう。
この人のこの感性は、本当にこの当時「群を抜いて」いた。
ゴローがケンカでノサれてしまった翌朝、ゴローを抱き起すタンポポがゴローの顔に胸を押し当てるシーンには「そんなことをする意味があるのか?」と思いながらも、若い私はドキドキしたものだ。
牡蠣を取る少女(洞口依子)もとても良い。海から上がってきた彼女の体にまとわりつく海女着によって幼い胸元が張り付いてはっきり見える。
それだけもずいぶんエロチックだが、その少女が白服の男(役所広司)の唇の血を舌で舐めとるシーンには、若い私は(しつこい?)ドッキリした。
歯痛の男(藤田敏八)が、歯科治療を終わった後で異常に「体をくねらす」歯科助手(南麻衣子・この人私と同じ歳なのね・・・!)とかね。
白服の男(役所公司)とその愛人(黒田福美)の「絡み」の数々などは、直接的なSEXシーンよりも「数段エロチック」だ。
「乳首に塩とレモンを振って味わう」「柔らかそうな女性の腹部にボールを伏せ、生きたエビを入れて紹興酒を入れじっくりと『酔っ払い海老』を作る」「横を向いた女性の唇と舌を通った蜜が男の口に流れ落ちる」
どれもこれも、若いときは(しつこいって!)ドキドキしたものだ。今見ても、いや、逆に今見るとさらに「いやらしい」・・・いや、失言でした。とても「エロチック」だ。
とどめは「卵の黄身の口移し」だろう。・・・これは凄い!
生卵をより分け黄身だけにして、口にする男。割れないように慎重に女の口に・・・。何度か「行き来した黄身」を最後は女が潰して口から溢れさせる。恍惚の表情で・・・。
この演出だけで、未来永劫この映画は記憶されてよいと思う。・・・力が入りすぎてますか?
私が、この「エロチック」にこだわるのは、そうした演出ができると他の演出にも必ず良い影響を与えるからだ。
だから、歯痛の男の治療のシーンの「男の足に力が入って重なる」演出とか、雨に濡れてびしょ濡れになったゴローが脱いだブリーフを取ろうとするタンポポの「逡巡する手」とか、そのあとの来々軒の二階の明かりが消えるとことか・・・(その後のゴローとタンポポはどうなった・・・?)とか・・・。
私には、とにかくそうした感性がそれ以前にあった映画と「まったく違って」見えた。
大袈裟に言えば、私にとってこの映画は「日本映画のターニングポイント」になった気がするのだ。
今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んで切る皆さんも自分にとっての「ターニングポイント」が、どこであったかを忘れませんように。
May
これだけ何度も見た映画なのに、最初の映画館でポテトチップを食べている男と一緒にいるのが「松本明子」であることに、今回の放送で初めて気が付いた。
数日前に「タンポポ」が、BSで放送された。
そう、伊丹十三監督である。
放送の中で、この映画は「喜劇」の分類にされていたが「?」である。
私はこの映画が大好きで、以前は一年に一度は見返したものだ。
公開当時の1985年は、私は24歳。
調理の仕事を初めて5年目。
この映画を見て、自分の仕事の奥の深さに改めて気づかされた。
伊丹十三監督の2作目の作品で彼の作品はこれ以降、具体的な内容の物が増えていく。、
初作品の「お葬式」そしてこの「タンポポ」までは多分に「よくわからない」描写が盛り込まれている。
わたしが、ちょっとした「変わり者」であることは、ブログの読者諸氏はすでにお分かり頂いていると思うが、特にこの「よくわからない」ところに魅力を感じるのだ。
具体的な部分ではない部分。「よくわからないもの」を理解しようとすること。自分自身の解釈によって見方を変えることができること。これが私の好奇心を煽るのだ。
うがった見方はわたしの得意のところだが、本当のところ彼はラーメンのことなど興味がなかったのではないかと思う。
たしか、生前の伊丹監督が言っていた「ラーメン」が面白いのではない。「ラーメンを面白がっている人」が面白いと思っていると。
当然と言えば当然なのだ。映画監督が興味があるのは「オモシロい人間」だけだろう。
そうは言っても食べ物に対しては、この当時では革新的な内容がふんだんに盛り込まれている。
しっかりした記憶でなくて申し訳ないが「タイユバン」とか「コルトン・シャルルマーニュ」のことを、聞いただけで分かった人は当時そうはいなかったと思う。
山崎努と宮本信子の焼肉を食べるシーンでも「骨付きカルビを、はさみで切ってサンチュに巻いて食べる」と言うやり方は、韓国風な正当な食べ方とは認識されていなかったよう気なきがするしね。
その場に日本酒がおいてるあたりがやっぱりその当時らしい。今なら「韓国焼酎」か「マッコリ」がおいてあるだろう。
それから、やはり伊丹監督といえば「エロチックな表現」だろう。
この人のこの感性は、本当にこの当時「群を抜いて」いた。
ゴローがケンカでノサれてしまった翌朝、ゴローを抱き起すタンポポがゴローの顔に胸を押し当てるシーンには「そんなことをする意味があるのか?」と思いながらも、若い私はドキドキしたものだ。
牡蠣を取る少女(洞口依子)もとても良い。海から上がってきた彼女の体にまとわりつく海女着によって幼い胸元が張り付いてはっきり見える。
それだけもずいぶんエロチックだが、その少女が白服の男(役所広司)の唇の血を舌で舐めとるシーンには、若い私は(しつこい?)ドッキリした。
歯痛の男(藤田敏八)が、歯科治療を終わった後で異常に「体をくねらす」歯科助手(南麻衣子・この人私と同じ歳なのね・・・!)とかね。
白服の男(役所公司)とその愛人(黒田福美)の「絡み」の数々などは、直接的なSEXシーンよりも「数段エロチック」だ。
「乳首に塩とレモンを振って味わう」「柔らかそうな女性の腹部にボールを伏せ、生きたエビを入れて紹興酒を入れじっくりと『酔っ払い海老』を作る」「横を向いた女性の唇と舌を通った蜜が男の口に流れ落ちる」
どれもこれも、若いときは(しつこいって!)ドキドキしたものだ。今見ても、いや、逆に今見るとさらに「いやらしい」・・・いや、失言でした。とても「エロチック」だ。
とどめは「卵の黄身の口移し」だろう。・・・これは凄い!
生卵をより分け黄身だけにして、口にする男。割れないように慎重に女の口に・・・。何度か「行き来した黄身」を最後は女が潰して口から溢れさせる。恍惚の表情で・・・。
この演出だけで、未来永劫この映画は記憶されてよいと思う。・・・力が入りすぎてますか?
私が、この「エロチック」にこだわるのは、そうした演出ができると他の演出にも必ず良い影響を与えるからだ。
だから、歯痛の男の治療のシーンの「男の足に力が入って重なる」演出とか、雨に濡れてびしょ濡れになったゴローが脱いだブリーフを取ろうとするタンポポの「逡巡する手」とか、そのあとの来々軒の二階の明かりが消えるとことか・・・(その後のゴローとタンポポはどうなった・・・?)とか・・・。
私には、とにかくそうした感性がそれ以前にあった映画と「まったく違って」見えた。
大袈裟に言えば、私にとってこの映画は「日本映画のターニングポイント」になった気がするのだ。
今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んで切る皆さんも自分にとっての「ターニングポイント」が、どこであったかを忘れませんように。
May
これだけ何度も見た映画なのに、最初の映画館でポテトチップを食べている男と一緒にいるのが「松本明子」であることに、今回の放送で初めて気が付いた。
ここ数年日本酒が好きになり、近所にユニークな酒屋はないか調べていたら、実家の近くにあり、そこで“澤屋まつもと”というお酒を知り、この酒蔵の専務が横浜でおでん屋をやっていると聞きました。
氏の名前は松本庄平。タンポポの桜金造が演じるショーヘイその人。スッポンのシーンは氏が捌いているそうです。伊丹監督は氏の料理が気に入り、この映画を作ったと言っても過言ではないそう…。パリで初めてラーメンの屋台を引いたとか、松下幸之助に末期に食べたいのは氏のスッポンと言わしめたとか伝説はつきないそうです。その後、初めてタンポポを見ましたが、映画とはこんなにも豊かなものだったのだと思わせてくれました(CGとストーリーを追うだけの映画は…)。
そして先日、やっとそのおでん屋に行く事ができ…。最近、魯山人関連の本を多く読んでいるのですが、お店の壁には南大路魯海人とありました(笑)。魯山人も庄平氏も伊丹氏も京都人ですね。出てくる料理は、色々な方が書いてあるので省きますがとてもユニークでした。おでん懐石¥2000のコースを頼みましたがお腹一杯で、タンポポラーメンが食べれなかったのが、心残りでした。
タンポポがお好きで行ったことないようでしたら、是非行ってみてください。長文失礼しました。
「タンポポ」の中にも、そんな伏線(由来)がいっぱいなのですね。
spacenomadさんも、よくそれをお調べになっていますね。
凄いです!
とにかく残念なのは、伊丹氏がまだまだ作れるはずだった映画の数々が、幻になってしまったことですねぇ。
どうにも、彼以降に「絶対見たい」と言う映画監督がいなくなった気がしてなりません・・・。
偶然ですが、昨日BSで“タンポポ”やってました。また、見てしまいました。面白かったです。
絶対見たいという監督がいないというお話に激しく賛同します。“タンポポ”が国内での興行が良くなかったので、伊丹監督は完全なエンターテイメントな方向に舵を切ったのではと、どこかで読みました。そういう意味で言われるように転換期だったのですね。
とにかく、現代人は時間がありませんね。便利さを追求し、時間はあるはずなのに…。ちょっとでもじっくり一つのシーンを見せると、やれテンポが悪いと言われる始末…。ですから闇雲にストーリーだけ追っかけてればいいんです。子供の頃からテレビやネットに囲まれていい映画なんて作れるはずがないんですから。想像力は益々貧しくなるだけです。
私は、伊丹監督絶賛の“バリーリンドン”でも見ます。今見ても圧倒的です。
桃を押して汁を出す婆さん、最後に若い母親が授乳だから
あれはセックスして妊娠したって意味かと思うんだが…。