完全無欠な「もうすぐ前期高齢男」日記

「もうすぐ前期高齢男」に進級「老いの自覚」を中心にUpしていきます。

これも一つの「Level・Up」なのでしょう。     ~コレクションの意味(ウィスキー編)~

2024年07月15日 | いま興味のあること

 

 

 

私は前期高齢者寸前男である。

 

 

 

人間というのは、ある時突然「Level・Up」することがある。

 

 

 

というか・・・。

 

 

 

意識も技術もだいたい「ある日突然」階段を上がるようにUpするものなのだ。

 

 

 

 

人間だれしも「コレクション」する癖を持っているもので。

 

 

 

そのものに対する欲求の度合いによって「規模」が違っては来るが。

 

 

 

そして、そのコレクションをいかに扱うかが問題だ。

 

 

 

私は若い時に興味本位でウィスキーを中心とした酒を集めていた。

 

 

 

まさにコレクションであり、ずいぶん場所を取ってしまっていた。

 

 

 

タチの悪いことに「味が知りたい」という感覚が強いので封を切って、ちょっとだけ飲んだ瓶が並んでいるという状態だった。

 

 

 

後年「ハイボール」という飲み物を知ってから、ほとんど全部飲んだけど。(言っておくけど今のブームが来る前ね)

 

 

 

いまや作者である古谷三敏が亡くなってしまったが「レモンハート」という酒漫画がアンチョコとなってずいぶん集めた。

 

 

 

 

しばらく納まっていた虫が騒ぎ出したのは、それこそ角ハイボールが流行りだしてからだ。

 

 

 

 

そして、コレクションは何のためにあるか?と考え始めた。

 

 

 

「酒」は飲むためにある!

 

 

 

当たり前なのだが、コレクション自体にハマってしまうと飲めなくなってしまう。

 

 

 

特に「ワイン」なんかそうね。

 

 

 

 

幸か不幸か私は「ワイン」には興味がない。

 

 

 

ここ数年で集めたウィスキーは、たまる一方だったが・・・。

 

 

 

多分、もう飲みはじまないと「死ぬまでに飲みきれない」と思い始めた。

 

 

 

いつも飲んでいるウィスキーは「角」であったり「ホワイトホース」「デュワーズ」「ジムビーム」なんかなのだが。

 

 

 

 

この三連休を境に、コレクションを飲み始めることにした。

 

 

 

最初に開けたコレクションは・・・

 

 

 

             「宮城峡」(ニッカ)シングルモルト

 

 

            

                                      である。

 

 

 

偉そうに言った割に「大したことない」って思う貴兄もいるかもしれないが・・・。

 

 

 

 

結構今は手に入りにくいと聞いている。

 

 

 

だいたい、数年前まで完全な「バーボン党」を自認していたのだが・・・。

 

 

 

やはり「スコッチ」を飲み始めると奥が深い。

 

 

 

 

宮城峡はあくまでスムーズで荒っぽさがない。

 

 

 

ハイボールにするにはもったいない感じ?

 

 

 

ジャパニーズウィスキーは、今や世界のトレンドだもんね。

 

 

 

コレクションはざっと20本以上ある。

 

 

 

これを飲むときにはここにUpするようにします。

 

 

 

今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、コレクションの整理を考えますように。

 

 

 

 

              May

 

 

 

 

一番古いコレクションは新婚旅行のハワイで買った「ロイヤルサルート」と「ブッカーズ」。

 

 

両方30年以上前だけど・・・。売っちゃった方がいいかなぁ?

 

 

 

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人の世の無常を感じた。     ~映画「フェラーリ」観てきました~

2024年07月14日 | いま興味のあること

 

 

 

私は前期高齢者寸前男である。

 

 

 

映画を観るのも日常的になってきた。

 

 

 

料金もシニア料金になったしね。

 

 

 

 

映画「フェラーリ」である。

 

 

 

 

私のような前期高齢者寸前男世代は「F1ブーム」を体現した世代だ。

 

 

 

ホンダがF1にエンジン供給を始めた80年代初頭の話。

 

 

 

アイルトン・セナである。

 

 

アラン・プロストである。

 

 

ナイジェル・マンセルである。

 

 

中島悟である。

 

 

ジャン・アレジである。

 

 

アレキサンドロ・ナニーニである。

 

 

ティエリー・ブーツェンである。

 

 

ゲルハルト・ベルガーである。

 

 

リカルト・パトレーゼである。

 

 

ネルソン・ピケである。

 

 

結構出てくるなぁ。

 

 

 

やめよう・・・。キリがない。

 

 

 

そうしたブームを体験した者にとって「フェラーリ」という言葉の響きは胸に刻まれているはずだ。

 

 

 

当時もシャーシ(車体)とPU(パワーユニット・つまりエンジン)両方を1社でレースに参加していたのは、多分「フェラーリ」だけだった。

 

 

 

真っ赤なボディーに跳ね馬のエンブレム。

 

 

 

レースの結果に狂気するティフォシ達。

 

 

 

エンツォ・フェラーリといえば、そうした熱狂の頂点に立つ人物であり、若い私にとっては「生ける神話」的存在だった。

 

 

 

 

★★★★★★ここからは「ネタバレ」があります。鑑賞予定の方は注意してね!★★★★★★

 

 

 

 

映画はエンツォの精神的な苦境を「これでもか、これでもか」という感じで描き続ける。

 

 

 

その苦境は結局は男として生まれた者にとっての「業」のようなものであり国や時代を超えた共通なものだ。

 

 

 

イタリアという国の男は、こんなことで悩んだりしないと思っていた。(偏見でした?)

 

 

 

「不倫とその子供の認知」「家族関係(嫁・母・息子しかも死亡)」「仕事のトラブル(人間関係・技術的アクシデント等々)」

 

 

 

それらも結局は「本人のパッション(熱情)と強い意志」でしか解決できないのだ。

 

 

 

私らが知っているF1マシンからは想像できない位のクラシックカーでのレース。

 

 

 

終盤での「事故シーン」はかなり衝撃的だ。

 

 

 

それさえも日本では考えられないくらい「レースというモノが文化」として定着している。

 

 

 

最後に会計を握っている妻とのやり取りは「見せ場」である。

 

 

 

「条件ではなく、強い要望」としてのよその女に産ませた子供の認知のことを話す妻。

 

 

 

この時のエンツォはほぼ今の私と同じ年齢。

 

 

 

身につまされる部分が多い。

 

 

 

もちろん、私には彼のような途轍もないプレッシャーなどは無いけれどね。

 

 

 

伝記的映画はどうしてもこうした「カタルシスがないもの」になってしまうのだろうけれど・・・。

 

 

 

ラストシーン後に「その後どうなったか?」がアナウンスされる。

 

 

 

厚みのある胸にガツンと来る映画だった。

 

 

 

今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、重みのある映画を楽しみますように。

 

 

 

          May

 

 

 

「マセラティは車を売るためにレースをしているが・・・。俺はレースをするために車を売ってる」(エンツォ・フェラーリ)

 

 

グッとくるセリフじゃないか!

 

 

 

 

 

 

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また「悪い虫」が騒ぎ出した・・・。     ~隔週刊「ルパン三世」発売される~

2024年03月24日 | いま興味のあること

 

 

 

 

私は前期高齢者寸前男である。

 

 

 

今は販売されているんだろうか?

 

 

 

「百科事典」というものが・・・。

 

 

 

ア行~ワ行までのキーワードで百科のことを豪華な装丁の本にしているアレである。

 

 

 

 

50冊とは言わなくても20冊くらいでワンセット。

 

 

 

多分全部読む人はほとんどいないだろう。

 

 

 

ただ本棚にその百科事典が並んでいることは「ステータス」に近かった。

 

 

 

私はそれにあこがれていた。

 

 

 

いまやスマホ1台あれば事足りることは言うまでもない。

 

 

 

しかし、私のような世代は「眼に見えないもの」をどうしても「全幅の信頼できない」ところがある。

 

 

 

だからCDを1000枚以上も買ってしまう。

 

 

 

だがCDなどというものも結局「場所をとるだけ」でさらに結局は「劣化する」ものだ。

 

 

 

 

しかも聞きたいときにいちいち「探さなくては」ならない。(不思議なくらい聞きたい曲が見つからないんだよね~~~)

 

 

 

どう考えてもスマホから探し出して再生する方が合理的で「場所」も取らないし「探す手間」もない。

 

 

 

 

でも・・・・。

 

 

 

 

ダメなんだよね~~~。

 

 

 

 

 

以前にも「太平洋戦争」関連のDVDセット・「必殺シリーズ」・「刑事コロンボ」・「古畑任三郎」などを購入してしまった。

 

 

 

 

古畑シリーズはまだ半分も鑑賞していない・・・。

 

 

 

 

そう思いながら、またついつい手を出し始めてしまった。

 

 

 

 

           「ルパン三世」シリーズ発売

 

 

 

                            である。

 

 

 

 

前期高齢者寸前男は、困ったことにこの「ルパン三世」(ファーストシーズン)を「原体験」している。

 

 

 

 

こうしたものを購入するのは、原体験したことのある人間でしかわからない「郷愁」というか「感覚」が働いているからだ。

 

 

 

 

 

恐ろしいことにそのルパン三世のストーリーをほんの少しの断片的だが覚えていたりする。

 

 

 

 

例えば「ヒゲぼうぼうのルパンが、自分の人差し指の爪でそれを剃っているところ」なんてシーンが記憶にあるのだ。(これは確かにありました3号で鑑賞済み)

 

 

 

発売されて現在まで5号。

 

 

 

購入してしまった・・・。

 

 

 

さらに高齢者寸前男の困ったとことに「ネットで注文するのが嫌い」なのだ。

 

 

 

すべて書店で購入。

 

 

 

実は「4号」を買い忘れていた。(「燃えよ斬鉄剣」五右衛門活躍のテレビシリーズだ)

 

 

 

 

しかし、こうした隔週販売本はたいてい売れ残りありすぐに買えるだろうとたかをくくっていた。

 

 

 

 

だが、好評なのか「売っていない」のだ。

 

 

 

ここで手に入らなければ・・・・。

 

 

 

普通の人はネットで注文するのだろう。

 

 

 

 

だが、前期高齢者寸前男はそれができない。

 

 

 

 

近所の書店3件目でやっと見つけて購入したが。

 

 

 

これが見つからなかったら・・・・。

 

 

 

 

多分もうこれから先の号を購入しなかっただろう。

 

 

 

どうやら「全80巻」発売されるらしい。

 

 

 

1冊1500円で、全巻揃えると12万円。

 

 

 

これが12万円即金では・・・出せない。

 

 

 

だが2週間1辺1500円なら・・・・。買っちゃうんだろうなぁ。

 

 

 

 

まあ、今回のような「買い忘れ」で挫折するかもしれないけど。

 

 

 

 

今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、意識下に引っかかる部分を持ち続けますように。

 

 

 

 

                   May

 

 

 

 

エンディングテーマ。

 

 

 

画面にバイクに乗っているアニメの下部にエンドロールが流れていく。

 

 

 

さっき見直すまで、その原体験の時からバイクに乗っているのは「ルパン」だとばかり思っていたけど・・・。

 

 

 

あれは「峰不二子」なんだね!?(違う?胸のふくらみがある気がするんだけど?)

 

 

 

 

 

 

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「パーソナルボーダー」のむずかしさ2(その1)    ~どこまで理解しているの?~

2022年10月23日 | いま興味のあること

 

 

 

私は中老男である。

 

 

 

前回の「パーソナルボーダー」の話の時には「不倫とは?」と問うた。

 

 

 

しかし、ある意味「不倫の定義」の判断は簡単である。

 

 

 

なぜなら、そのことの判断にあまり「背景の材料」がないからだ。

 

 

 

個別に考えるとなれば、また別であろうけれど・・・。

 

 

 

大抵の人は、自分の意識において「これはダメ」ってラインがほぼ決まっているであろう。

 

 

 

 

今私が興味をもっているは。

 

 

 

昨日の日本シリーズでの「日本シリーズ1回オスナの判定をめぐってのファール」である。

 

 

 

実はLIVEで見ていない。

 

 

 

ちょこちょことテレビのチャンネルを変えている中で「スロー映像」を見ただけだ。

 

 

 

それを受けてのネットでの反応が面白かったのだ。

 

 

 

「非常に微妙」としか、私には言いようがない。

 

 

 

様々な映像を観て「あきらかにファール」と書き込む人。逆に「フェアです」という人。

 

 

 

ルール上は「フェア地内にワンバウンドしたボールが塁上をホンの少しでも横切ればフェア」ということらしい。(すいません、詳しくないのでこの程度に理解してます)

 

 

 

私にはオスナの打球がフェア地内にワンバウンドして「3塁ベース上に落ちて角度が変わった」ように見えた。

 

 

 

塁審もいったん「ファールのジェスチャー」をした後「フェアのコール」をしているし・・・。

 

 

 

それをふまえると・・・。

 

 

 

「一番近いところで見ていたプロの審判員のジャッジ」に重きがあるのだと思うのだが。

 

 

 

もちろん、ミスジャッチの可能性もある。だが、あの「一瞬」であれば「明らかなミス」とはいえないのではないだろうか。

 

 

 

言ってはいけないんだろうけれど・・・もっとひどい「ミスジャッチ」も結構あるし。

 

 

 

どなたかが言ったらしい。

 

 

 

         「それ(ジャッジ)も含めて『野球』です」

 

 

 

 

もう一つ気になることがあるのだが、長くなったので(その2)に続きます。

 

 

 

 

今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、スポーツのジャッジに一喜一憂しますように。

 

 

 

            May

 

 

 

変なタイトルになってしまってすいません。

 

 

でも、なんですね。こうしたことは「事実」より「観ていた人がどちらと思っているか」の方が世論を作っていくんですよね~~~。

 

 

 

 

 

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「テレビっ子」ならぬ「テレビ中老」ですかね・・・?       ~増えたBS無料放送~

2022年10月22日 | いま興味のあること

 

 

私は中老男である。

 

 

私はもともと「テレビっ子」であった。

 

 

いまは「テレビ中老」になっている。

 

 

そうした者にとって「BS無料放送」が増えることはとてもありがたいことだ。

 

 

数か月前から「BSよしもと」「BSJapanext」「BS東急」の3局が放送されるようになった。

 

 

 

さまざま個性的な番組が多いのだが、BSよしもとでは「漫才ブーム時代」の番組、BS東急では「時代劇や映画」などの番組を見る。

 

 

 

 

先ほど見たのがBSよしもとの「花王名人劇場」のアーカイブ。

 

 

 

チャンネルを変える途中でいきなり「桂枝雀」のよっぱらい姿が映った。

 

 

 

酔っぱらった男が七味を山ほど振ったうどんを喰う描写。

 

 

 

「スビバセンネェ~~~」

 

 

 

懐かしい。本当になつかしい。

 

 

 

今テレビで枝雀の姿を見ることはほぼ不可能だろう。

 

 

 

この放送を観た覚えがある。

 

 

 

山ほど七味を振ったうどんを一口だけ喰った男が千鳥足で家に帰るが・・・自分の家が分からない。

 

 

 

やっとたどり着き家に上がろうとするが、蹴躓いて倒れてしまう。

 

 

 

「誰や、こんなところで寝てんのは!・・・。あ、親父やな~。また酒飲んでるな~~。毎晩毎晩酒ばっかり飲んで!若い者は仕方ないとして・・・。」

 

 

 

「親子酒」である。

 

 

 

文章にしてしまうと、枝雀の面白さがほとんど伝わらないだろうけれど・・・。

 

 

彼以前の落語家ヵらは、眉を顰められそうなオーバーアクションで邪道ともいわれそうな芸ではある。

 

 

しかし・・・。これが本当に「笑える」のである。

 

 

親父「酒毒が回って、顔が3つも4つもあるぞ~~~。そんなバケモンみたいな息子にこの家はやれんぞ~~~」

 

 

息子「いらんわ~い!こんなグルグル回るような家は~~~」

 

 

大爆笑でサゲる。

 

 

後年精神を病んで自ら命を絶ってしまう彼の「全盛期の芸」だ。

 

 

 

そして、そのあとに出てきたのが「五代目三遊亭円楽」

 

 

 

先日弟子の六代目円楽(楽太郎)が亡くなったばかりだが・・・。

 

 

 

やはり円楽といえば五代目であろう。

 

 

 

それも一番アブラの乗り切った頃の「悋気の火の玉」である。

 

 

 

枝雀を観た後では、おとなしく見えるが「少々やりすぎ」感もある。

 

 

 

定席を持たなかった「圓生一門」の噺家は、こうしたテレビ出演ではかなり「力が入った高座」だったようだ。

 

 

 

「私の火じゃタバコがおいしくないでしょ。フン!」

 

 

 

師匠の圓生を聞いて落語ファンになった私としては、少々「バタ臭く」はあるが・・・いい出来ではある。

 

 

 

たぶん1980~84年くらい映像だろう。

 

 

 

私は20代前半。

 

 

 

夢もチボーもたくさんあった頃だった。

 

 

 

今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも若いときのテレビ番組に郷愁を抱きますように。

 

 

 

           May

 

 

 

このまま「テレビ老人」になるだろうな~~~。

 

 

 

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第二歩を踏みだした?     ~クロマチックハーモニカの再開~

2021年05月04日 | いま興味のあること







私は中老男である。








GWも後半である。









結局、大した遊びらしい遊びに行けない。








こうなると通常の休日と変わらないなぁ。










そうした中ちょっと遠くに買い物に行った。









大型書店の駐車場でヒドイ雷雨にあって、なかなか店に入れない。











そうした時。












取り出したものがある。














久々に「クロマチックハーモニカ」を持ち出していた。











車の中で外は雷雨。










ここは一丁!と吹き始めた。










実は人前で吹けるのは「2曲」しかない。(最後まで「吹ける」ってレベルのことです)









あるラジオ番組のエンディングテーマと「花は咲く」の2曲だけである。










人間の「音感」という物は、自分の感覚しか分からないから他人のそれを理解できない。










たぶんであるが。










私はそれなりの音感があるらしい。











ちゃんとした楽譜を読むことなどできようもないので、当然「耳コピー」。













そして、ハーモニカで吹くわけで一番簡単な「C」調で音程を合わせる。












エンディングテーマの方はうまいことに「C」でなく「C#」だったので、クロマチックハーモニカのレバーを押しっぱなしで吹けた。











そして「花が咲く」は・・・・。










楽譜を見るとすご~~~くむずかしい。(っていうか、この曲ふつうにむずかしい)










だから、吹きやすいように音程をずらして吹く。










趣味でやるには、これくらいでちょうどいい。












その2曲で息を整えると。











新曲に挑戦した。










っていうほどのモノではない。











書店に並んでいる単行本程度の曲集をペラペラめくって。









「C」調の曲だけを拾って手帳に控えておいた。










当然メロディーラインを知っている昔のフォークソングである。










ちょっとエラソウであるが、人前で吹けるレベルではないけれど拾っておいた20曲ほどの中で半分はメロディーを追える。












後は吹き込んで上がっていても間違えないくらいに練習するだけだ。












頭の中を空っぽにして。











・・・・だが問題なのは、この「頭の中を空っぽにしての練習」なのである。












大抵雑念が出てきて「時間がもったいない!なにか他にやることがあるんじゃ・・・」とか思っちゃうんですよね。











そうした意味で。










逆に言えば、それこそが「手に入れた余裕」なのに、最近気がついた。










そして、私はそれを定年になったことで手に入れかけている。










今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも本当の意味での「余裕」を手に入れますように。











                 May







何度か書いてますけど。楽器を上達する秘訣はひとつしかありません。




            「人前で演奏すること」



                           これだけです。





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こういうのを「沼にハマった」っていうの?      ~コーヒーミルを購入~

2021年03月14日 | いま興味のあること






私は中老男である。









なかなか暖かくならない。







雪国の春は遠い。







ずっとUpしようと思っていたのだが、そのままになっていた。








いま、コーヒーに凝っている。








中老男にとってコーヒーという物は、自分の成長と共に日本における「成長の象徴」とも言える代物だ。









今はどうだが分からないが、インスタントコーヒーの購入量は日本が世界一だったことがある。










まあ、文化的に「日本茶」というモノが飲料の中心だった国であるから、本当のコーヒーという物に対する意識が違うのは仕方がない。











だいたいインスタントコーヒーが「おいしい」と思ったことが私はない。









抹茶ではない、フリーズドライで粉にした日本茶にお湯を注いで「日本茶はおいしい」と言って飲んでいる外国人に違和感を覚えない日本人はいないだろう。









文化的にインスタントコーヒーがそれと同じ感覚で世界的にとらえられているのではないかと思う。










故に「本物」が飲みたくなった。










中学生になったころからペーパーフィルターでコーヒーを淹れるようになった。








大人になった気がした。(苦笑)








それから、諸々あるのだが・・・・・。








まあ、長くなるので。









友達が次々と結婚し一人遊びをするようになったのが20代後半。









3~4年は、喫茶店に入り浸っていた。









そこでコーヒーの味を覚え、時分でもさまざま試すようになる。









しかし「本当のこと」が分かるようになったのは数年前だ。











ペーパーフィルターでコーヒーを淹れる時、なかなか「膨らまない」のはなぜか?









メリタとカリタのコーヒードリッパーの違いはどこか?










コーヒー豆の焙煎の差はどこか?










まあ、すべては「どのレベルまで行くか」ってことなので、気にしない人なら「何やってるの?」て話。










だからこそ「沼」なんだけどね。











今は「豆の挽き方」が一番の懸案。











最初はおもちゃの様なコーヒーミル。2杯分くらいしか挽けない代物。








数か月使ったら・・・。壊れた。








その次は電動のブレードタイプ。これだと、余程うまくやらないと挽き加減が一定にならない。(時間はかからないけど)










そして、やっぱり手動のコーヒーミル。(4000円ほどした)











そして、以前Upした500円の手動ミル。












そして、ついに。










電動コーヒーミルに。










と言っても7000円ほどのブレードではないタイプ。











時間がかからないし、力もいらない。挽き加減も一定になる。










しかし、なんとなく味気ない。










そして、微粉が多いのが気になる。












コレクター意識と同じで「沼にハマる」というのは。












               「終わりがない」










                       ということ。










だからこそおもしろいんだけどね。








今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも「沼にハマる」面白さを手に入れますように。








                 May







次はやっぱり「手動式ミル」に興味が行くなぁ。たしか20000円位だったような。。。。。






ここまで書いていてナンであるが・・・・。



美味しいコーヒーを淹れるコツは一つしかない。


            「良いコーヒー豆」


                     を手に入れること。
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また「沼」にハマりはじめた?      ~スピーカーセレクターを作った(1)~

2020年08月30日 | いま興味のあること


私は初老男である。




この頃つくづく思う。





私の興味の対象がもう少し絞り込まれていれば・・・・。






それなりにモノになった事柄もあったかもしれない。







初老となって、先が見えてきた中ではなおのこと。









ということで、今回の「キッカケ」はある音楽番組でコブクロが言っていたセリフである。







「自分らの音楽を聴いてもらうには、最低『ウッドコーンスピーカー』を使ってもらいたい」






細かいところは違うかもしれないが、大意はそういう発言だった。







実は私はCDを600枚以上持っている。







それらを聴くのはほとんど安物のCDプレーヤーにアクティブスピーカーをつないで聴いていた。








それも数台をつないで。






それらはプロのミュージシャンからすると不足らしい。








まあ、その数台においても、かなりの個体差があることは分かっていた。








どうしても、基準としての音を確認せねばなるまいと思い立つのは人情。








満を持してウッドコーンスピーカー搭載CDプレーヤーを購入。







すると・・・さすがに「良い音」がする!






音の一つ一つが「おそろか」になっていない。






感動した!






だが・・・・。







一番大きなアクティブスピーカーに比べると「迫力」が足りないような気が・・・・。







しかし、困ったことにアクティブスピーカーとパッシブスピーカーは同時には鳴らせない。






(実は鳴らせるのかもしれないけど、やり方を知らない)









そして、ついつい誘惑に負けて・・・・・低音重視のパッシブスピーカーを買ってしまった。






それをつなげると・・・・。







「ああ、なるほど。。。。。。こういうことか。。。。」







クラシックを中心に聴いている私にとっては、この差は大きく感じた。








決して「音が悪い」というのではない。








コンセプトが違っている。ということだろう。まあ、価格も違うのであるが。








こうなると、いちいちスピーカーをつなぎ直すのはとてもやってらない。






両方を一度に鳴らしても観たいし。







ということでスピーカーセレクターを「自分で作る」ことにした。









調べてみると・・・・。大した値段ではないが、それくらいは作れるだろう。






一応自分工業高校卒だし。








・・・・・こうして「沼」にハマっていく。





今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、気になり始めるってことが「沼」への入り口だって分かりますように。








            May





この話はもう少し続きます。







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心に穴の開いたような・・・。     ~地方都市のラジオ局の閉局~

2020年07月08日 | いま興味のあること


私は初老男である。





20年という歳月の間自分の身近にあるものが、突然無くなるというショックをあなたは味わったことがあるだろうか?







そろそろ「初老」から「中老」になろうかという歳になって、こうした目に合うとは思ってもみなかった・・・。








毎日一度は聞くラジオ局が無くなってしまったのだ!







正確には「突然」でなく数か月前に予告されてはいたのだが、ほとんど意味的には変わらない。







「ラジオ」というモノは不思議なもので「聴く人」と「聴かない人」がハッキリわかれる気がする。








聴く人はかなりヘビーローテーションだろうけど、聴かない人は「全く聴かない」感じ?









還暦を目前に控えた私の歳頃は、少年時代にこの「ラジオ」の洗礼を受けた世代だ。









私は「オールナイトニッポン派」で、鶴光・タモリ・ビートたけし・中島みゆきなどを中高校生時代に熱中していた。









だから、ごく自然にこの歳になるまでラジオを聴いている。







寝る時にはラジオを聴きながらでないと寝付けない。








パソコンでメールが使えるようになってからは、番組にもちょくちょく投稿するようになった。







そこから、一気にさらにラジオが身近になった。







私の聴いていたラジオ局は「FM PORT」






バックにメイン放送局を持たない完全独立局。番組も完全オリジナルであった。








多分、コミュニティラジオを除けば、そうしたラジオ局は日本に他に無かったはずだ。








2000年私が40歳の時に開局。








周りにほとんどその存在を知っている人が居なかった。









本当に個性的なパーソナリティーがいて、スポンサーに対する忖度みたいなものが当然すくない。








地域密着は当然だけれど、東京からの独自番組もあり、cuteの矢島舞美・ブレイク前の青山テルマの番組なんかもあったのだ。










近年はradikoに対応して、エリアフリーになり日本中から番組にコメントが寄せられるようになり、個性的なパーソナリティーに人気が高まっていた。









繰り返すが、そうした日常となったモノが20年続いている物が、突然無くなってしまうとはふつう思わない。









ゆえに無くなった今のショック「ラジオロス」は今までに経験したことのないものだった。









今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、失くしたモノの大きさに押しつぶされませんように。







            May






あまり意味がないのだろうけれど・・・・。最後の2日間の放送のほとんど全部録音しておいた。それを聴くことで少しは癒されるだろうか。



と言いながら閉局したのを知っていながらいまだにチャンネルをPORTに合わせてしまうのだ・・・。










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今年最初の映画鑑賞1     ~スターウォーズ「スカイウォーカーの夜明け」~

2020年01月04日 | いま興味のあること




私は初老男である。






今年はできるだけブログUpをしていこうと思っている。






で、昨年末テレビでスターウォーズ「エピソード7・8」が続けて放送されたのを続けて観た。








そうなると、観ないわけにはいくまい。








正月の3日。








やはりこうした時は映画館は混んでるねぇ。








田舎で映画を観ようと思うと「大変」なのです。








映画館に行くまでに「1時間以上」かかってしまう。








まあ、今の日本において「田舎に住む」ということは、すべてにおいて「不自由」を受け入れることであり、しかし・・・。





           「それが故に『楽しい』」






と思えなければ・・・やってらんねいや!









すいません。少々酩酊気味です。









さて、この映画の感想をUpするにおいては「スターウォーズ」のエピソード4~6を公開当時に「観ている」のと「観ていない」のでは全く違うということを先に記しておく。










イイとか、ワルイとか言っているのではない。










エピソード4が最初に発表されたのは1977年5月。








日本の公開は、それからさらに1年後の1978年の7月だ。







私は1977年のラジオ番組で初めて知った。







時に高校1年生だった。







完全なる中老男になりつつある私にとっての「スターウォーズ」は「キラキラとしたあこがれ」と共にあった。(forceと共にあらんことを)







「スマホ」はおろか「パソコン」もない時代である。








この映画に触れることの意味を、私が触れた時と同じ16歳の人に伝えるのは・・・。










まず「不可能」であろう。










感想その1








やはり、こうしたエンターテイメントは「ハリウッド」には敵わないってこと。







特に映画館で「大画面」と「大音響」を駆使した中での体感は、それを知り尽くしているハリウッドでしか具現化できなかったと思う。








しかも、前作までの1~8作を「成功」させて来たのだから。








その2







圧倒的な「迫力」と「リアリティ」を持っていながら、なぜか「嘘臭く」なってしまうことへの不思議さ。








SF映画というのは結局、このこととの闘いである気がする。






「猿の惑星」という映画は、最初に作られた作品の特殊撮影技術は、本当に「チャチ」なものだった。







だが、そこから伝わってくるソコハカとないリアリティは「衝撃的」で忘れられない。





その後、続編が作られる度にSFXの技術は高まっていくのに、逆に「リアリティ」は薄れていった。





「猿の惑星・Planet Of The Apes」などは、本当にSFXは見事だったけれど・・・。






内容が知れてしまった中で見た私にとっては「嘘臭さ」だけが際立ってしまっていた。






文字数が多くなりすぎた。





「その2」にcontinuityします。





今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、SF映画におけるリアリティの意味を理解しますように。






           May






33年をかけて完結する映画の力強さには、大きな可能性を感じるよね。






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