完全無欠の「初老男」日記

ついに「完全な初老男」に昇格、引き続きよろしくお願いします。

リベンジしました!    ~辻井×三浦ディオ:リサイタル~

2018年07月21日 | 音楽


私は初老男である。





驚いたのは・・・・。





三浦文彰の持っている「ストラディバリウス」の響きがあまりに素晴らしいこと!





ほとんどのバイオリン・ソリストは、ストラディバリウスを弾いているので私もそれなりに聴いてきたつもりだが。






これほど素晴らしい響きを聴いたことがなかった。












出だしで躓いた。






演奏のことではない。







6:30開場。





7:00開演の予定だったのだが・・・・。





リニューアルしたばかりの会場の「電気系トラブル」で、会場の照明が落ちてしまい入場できない。





結局30分近く開場。開演が遅れた。







微妙に演奏にも影響があったのではないかなぁ・・・。








タイトルに「リベンジ」と文字を入れたのには理由がある。







3年ほど前だろうか。。。。








辻井伸行のピアノリサイタルを、日付を間違えて見逃したのである。







安くはないチケット代がパーになった。






チケットを手配してもらった家人にも、白い目で見られるわ、馬鹿にされるわで散々であった。








チケット代も白い目も大したショックではないけれど「その時の辻井の演奏を聴けなかった」ショックは大きかった。








だから「リベンジ」と称したが、単純に今回聴けたから「復讐」できたわけではないのだ。







しかし、とにかく「辻井」を聴けた。







プログラムは「月光」ベートーベン。








彼はたしか20代後半。







順調に芸術家としての精進を重ねているのが見て取れる。







様々なエピソードで語られている彼だが、私が彼を評価するのは・・・。






彼の感性・演奏が私のイメージに「非常に近い」からだ。






彼の世に出たヴァン・クライバーンコンテストの時の「カンパネラ」の演奏が、今まで聴いた誰の演奏より私のイメージ通りだったのだ。







クラシック音楽の聴き方にも様々あるが、私の聴き方はこれである。







自分のイメージに一番近い演奏をするアーチストを探す。







ゆえに、演奏される曲目は最低何度か聴いて「基本」を作っておく。






それを基準として、当日の演奏者がどういう解釈をするかを聴き比べるのだ。







辻井は、これからまだまだ成熟し変わっていくだろう。






10年といわず20年経ったときの彼のベートーベンを聴きたいものだ。







対して三浦文彰。






まさに「若さ爆発」である。






「フレッシュさ」というモノも、当然その時にしか味わえないものである。






完全に今どきのイケメンアーティストである。





風貌といい、物腰・立ち振る舞いすべてに非の打ちどころがない。





ただ、それがこれからのアーティストとしての経歴を邪魔せねば良いが・・・。





初老男の余計なお世話、老婆心でなく老爺心である。






アンコールでの「愛のあいさつ」は、そのストラディバリウスの響きで恍惚となる。






2度目のアンコールは曲名は分からなかったが、いかにもといった感じのガーシュイン。ジャズっぽさが若い二人で息ピッタリ。







3度目のアンコールは・・・・。






やっぱり、出ました「真田丸のテーマ」やはり、オリジナルはいいですなぁ。







久しぶりに完全に満足したリサイタルだった。






今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんもリベンジしますように。(って何に?)






          May





ただ、残念だったのは・・・・。会場のキャパが大きすぎたなぁ。2000人近いキャパではバイオリンとピアノだけのリサイタルには大きすぎる。席が後すぎたから尚の事ちょっと響きが弱かった・・・・。







コメント

念願のイベント      ~ラフォルジュルネ新潟に行った~

2017年05月05日 | 音楽


私は初老男である。







ずっと行きたいと思っていたイベントがあった。






       「ラフォルジュルネ新潟」




                       だ。





東京で行われる「ラフォルジュ東京」も、このGW中である。







東京でのそれに比べれば、ずいぶん小規模なのだろうけれど。








田舎に住む初老クラシックファンにとっては、新潟であってもとても貴重なイベントなんである。








一昨年まで田植えの準備に追われ、イベントなどにはほとんどいけなかった。










余裕のできた昨年は・・・・。










チケット入手を忘れて4月の初めになって手を尽くしてみたが遅かった。










満を持しての今回も・・・・。









アクセスしたときは「目当ての公演」はすでに売り切れ。











仕方なく2つほど選んでチケットを購入。









初めてというのはこうしたものだ。









喜び勇んでいってみると・・・・。













知っているはずの会場の距離感が分からない。


















4~5か所の会場は、それほど離れているわけではないのだが、下手をするとスマホを使わないとたどり着けない。













人間というものは、そうした不安があると








                「心ここにあらず」










                            になってしまう。






そうした中で、最初の初期のベートーベンのピアノソナタは「眠気」との闘い(12:30~)








演奏は良かったのに・・・・。









次の公演は無料のリコーダーアンサンブル。








慌てて会場に向かうと、入り口付近でトークショーをやっている。







それがまた「お気に入りの毒舌女性パーソナリティ」がMCで、そちらが気になって仕方がない。









ただ、最後の公演が以前に見たことのある女性チェンバロ&バロックハープ奏者の西山まりえ。









音楽家の成長というか、変遷というものはなかなか実感できるものでは無い。









彼女を見たのは4年ほど前なのだが、本当に音楽家として深みを増してきていることが分かる。








これは、そうしたことを「感じ取ろうとする意識」からしか認識できない。







バロックハープという非常に珍しい楽器には、とても心地よさを感じている。








コリーナ・マルティというスイス人アーティストも「クラヴィシンバルム」という珍しい楽器を演奏する。









最古の鍵盤楽器というその楽器の音色は、とても神秘的だった。











このラフォルジュルネ新潟では、一番高いチケット代(2500円)なのだが、この演奏を聴けたのなら決して高くはないと思う。








燕喜館(えんきかん)なる古びた日本家屋での演奏で、おまけに風の強いことで有名な新潟市。







ざわざわと木々の揺れる音や、窓の揺れる音がなって音楽を演奏するにはよくない状況ではあった。







が、流れる音楽にまさに「中世ヨーロッパ」の息吹を感じたのだ。










「素晴らしい物」を感じる感性は、同じ人間が作ったものであることを思えばあって当然なのだ。










今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、念願のイベントに行けますように。







                   May







・・・・しかし、実はほとんどの公演に「当日券」があったのだ。仕方ない。これも経験。来年は一つくらいチケット取って朝から行こう。




























コメント

私よりも若かったんだ・・・・。      ~ジョージ・マイケルが逝った~

2016年12月27日 | 音楽


私は初老男である。
 





すでに年末である。




今年ももう四日しかないじゃないか・・・。







年々、1年が早くなる。





初老ともなれば尚の事・・・・。







訃報が届いた。






ジョージ・マイケルが心不全で亡くなったとの報道。





Wham!は80年代のUKが生んだ最大のアイドルだった。





初老男が20代ド真ん中。






アメリカではマイケル・ジャクソンが「スリラー」を製作。





「King of Pop」への道を歩き始めた頃だ。





やはり、ジョージ・マイケルといえば「Careless Whisper」がとても印象に残っている。









この曲でジョージはアイドルからアーティストになったと私は思うのだ。







日本でも郷ひろみと西城秀樹がカバーしている。(これってスゴクないかぇ)









今の時期に流れる曲「Do They Know It's Christmas?」でも、彼が印象的な歌声を聞かせてくれる。






「BAND AID」の中のアーティストたちは、キラキラと輝いてみえる。






U2のボノ、スティング、サイモン・ルボン、ボーイ・ジョージ、ニール・ヤング、バナナ・ラマ、フィル・コリンズ、ブームタンラッツのボブ・ゲルドフそして、ジョージ・マイケル






こんなセリフは、とても書きたくないが・・・・。








あの頃が




              「私の青春」



                         
                            そのものだった。






亡くなってから、彼が私よりも2歳若いことを知らされた。







ありがとう。ジョージ。安らかに。






今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、青春の輝きを忘れませんように。





              May






Do They Know It's Christmas?のレコードにはデビット・ボウイを声だけで出演している。・・・・そうか、彼も亡くなっていたっけ。
















コメント

親子という「しがらみ」     ~反田恭平と武満真樹~

2016年10月03日 | 音楽


私は初老男である。




日曜日は「題名のない音楽会」と「クラシック音楽館」の、二つのクラシック音楽番組がある。



そして、今日は「情熱大陸」で若手ピアニスト「反田恭平」が取り上げられていた。




いまその「情熱大陸」が終わったところである。




武満徹も、反田恭平も、私はよく知らない。




もちろん、クラシックファンというレベルでの武満の知識は持っている。




ただ、反田は知らなかった。





私が喰いついたのは、反田の父親が未だに反田がピアニストになることを




             「許していない」



                         ということ。



2012年に第81回日本音楽コンクール第1位を獲得している息子にである。




「なんでこんな奴が一位なんだと思ってる」とのたまった。





武満真樹は洋画字幕の翻訳家であるという。




クラシック音楽館の中で、指揮者のパーヴォ・ヤルヴィとの対談で、父徹が子供の頃「あなたは私の『所有物』ではない」と言われ悲しくなったと語っていた。



武満徹は、まるで会社員のように仕事をしたという。



芸術家には、時間の感覚を忘れて「真夜中から朝方」に製作する人物も少なくないだろう。



そうした中で「あの武満」が、そうした製作方法を取っていることは意外であった。



「題名の名音楽会」の最後に武満の作曲した「死んだ男の残したものは」(谷川俊太郎作詞)が歌われていた。



この歌は、私の遠い記憶の中にあった。




歌ったのは、高石ともや。



その記憶の中では、まさか「武満作曲・谷川作詞」とは思っていなかった。



久しぶりに聞いたこの曲に「脳天をブン殴られたような衝撃」を受けた。




しかも、私が聞いた高石の歌は「最後の4小節」が歌われていなかったことも知った。




そうした武満は、5歳の娘を「人としての人格」を認めていた。





反田の父親は「音楽でロシア留学をして、すでにCDデビューしている22歳の息子」の生き方を認めていない。




「つぶしがきかない」「勉強が嫌でピアノに逃げている」と言って。








・・・・・人間って「面白い」と思う。





今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも「人間の意識」のむずかしさを認識しますように。




              May




「辻井伸行というピアニスト」と、全く逆のタイプのピアニスト。それが「反田恭平」ですな。この二人が次々に現れることに、日本のクラシック音楽界の「強靭さ」を感じる。
















コメント

「のだめ」と「辻井」   ~クラシック音楽は今・・・~

2009年12月19日 | 音楽
私は中年である。

「忙しい」などと言っては、本当に忙しい人に申し訳ないのだが、年末も手伝ってなんとなく気ぜわしい。

しかし、やることが無いわけではない。今やっと年賀状を書き終えた。(遅い!)

家中の掃除もほとんど終わっていない。

まあ、片付いていようがいまいが「新年」はやってくる。

心静かに新年を迎えたいなぁ・・・。


ということで「クラシック音楽」のこと。

「のだめカンタービレ」が放送されたのは昨年?一昨年?いつだったろう。

どちらにしても、このマンガとドラマがクラシック音楽を広めるきっかけになったことは間違いない。

私はこの「のだめ」が気になってはいた。

「のだめ」ってなんのこと?って思ってた。まさか「野田 恵」をそう略すとは思わなかった。

ドラマは上野樹里のハマッた演技で「クラシック音楽」がかなり身近になった。

オープニングに使われたベートーベンの第7番は、かなり有名になっただろう。
(どこかで示したが、この曲の聞き所は実は第2楽章「葬送行進曲」なんだけどね)

このドラマでブラームスの第1番を知った人も多いと思う。

当たり前のことだけれど、クラシック音楽を作ってきたヨーロッパの文化は日本とそれとは明らかに違う。

しかし、その素晴らしさは私達日本人の心にも充分伝わってくる。

きっかけは何でも良いのである。

事実私もクラシックを聞き始めたのは松本零士のマンガだった。(それでベートーベンの7番を知ったのだ)


そして「辻井」の話。

日本人は自国のアーティストを、過小評価しる傾向がある。

しかし、クラシックを聞けば聞くほど決して日本人とクラシック音楽の相性は悪くない。

本当のことを言えば辻井のピアノもそれほどではないだろうと、タカをくくって他のだが、彼の弾くある曲を聴いて鳥肌が立った。

それは
         「ラ・カンパネルラ」(リスト)

                           である。

あまりクラシックに興味の無い人でも一度くらいは聞いたことがあると思う。

私のクラシックの聞き方は、その曲に抱いている自分のイメージに一番近い演奏をするのは誰か、を探すというやり方だ。

だから、有名どころにこだわらず自分の感性を頼りにCDを探す。

うまい具合にリサイクルショップで演奏者が変わる「ラ・カンパネルラ」ばかりのCDを見つけて、辻井のそれと比べてみたが、辻井の方が数段良い。

繰り返すがつまりは彼の弾く「ラ・カンパネルラ」が一番私のイメージしていた演奏に近いのだ。

技術的にはかなり荒っぽいところも多々あるが、それ以上にこちらに訴えかけてくる何かがある。

これからの彼から目が離せないのである。

「のだめカンタービレ」と「辻井伸行」

この二つは、日本におけるクラシック音楽のターニングポイントになるだろう。

今回も最後までお付き合いいただきありがとう。昨年末(09’)は何とか「第九」を4~5回聞けた。


                                may
コメント

最近、聞いてるCD   ~流行に全く興味なし~

2007年12月11日 | 音楽
私は中年である。

しかし、むずかしいというか、面倒くさいというか、そんな世の中だ。

中年になれば、分かりきってはいるのだが、世の中には「裏と表」があり、
いかに精神的崇高なことを主張しても、本人の意思とは別に「裏」の部分が
すべての流れを変えてしまうことが往々にしてある。

一つは「薬害肝炎問題」。

もう一つは「沖縄集団自決問題」。

ことの本質はどちらも、個々の判断における部分に既存する。

「どこに線をひくか?」の問題だから、最終判断をする人間の感覚の問題に
なってしまうのだ。

どちらの問題にも、政府のお金(つまり我々の税金)が絡んでいるので、最終判断を
する人間はいつまでも「ぐずぐず」せざるを得ない。


なんていっていたら、舛添・町村・福田の3人組がやってくれました。

そろいもそろって、うすらっトボケて年金のことについて「そんなことは言って
いない」だとか「そういう意気込みを評価して欲しい」とかバカにするのも
いいかげんにしろ!と言いたい。

様々な食品に関する「偽装」問題でも、まがりなりにも責任者たちが、ちゃんと
「謝罪」をして頭を下げている。(そんなことで許せるべきことでもないのだが・・・)

「公約違反」と言うのは、この「偽装」に匹敵する「裏切り行為」である。

それにもかかわらず、今の日本の政治の中枢にある政治家たちが、責任を認めない
どころか「謝罪」さえしない。

いつも言うことだが、こういう輩を懲らしめるには、自分の「足元」が「危う」ことを
思い知らせるしかないのだ。

自民党を支持している、そこの人!アンタだよ、アンタ!ああいう奴らは一度痛い目に
あわせないとつけ上がるぞ!

一度「政権」から叩き落すべきじゃ!


さて、少々興奮してしまったが本題に入ろう。

最近、私が聞いているCDであるが、一番頻繁に聞いているのは「音楽」ではない。


      「ON THE WAY COMEDY MICHIKUSA」

という「ラジオドラマ」のCDである。

FM東京系のラジオ局でPM5:30から西村雅彦をメインにしたショートドラマが
放送されている。

もう6周年を迎えるのだが、ラジオ番組の中ではまだ「長寿」とまではいかないが、
笑いあり、涙あり、感動ありの私好みの番組だ。

その番組が「5周年記念」で発売したのがこのCDだ。(違ったかしら?)

1週間のうち月~木曜日までの4日間で1テーマのドラマをゲストを迎えてドラマ仕立てに
している。

CDになったのは「芋煮会」「大芋煮会」「花見会」の3本。

しかし、出演者はほぼ同じ。西村雅彦・宮崎吐夢・モロ師岡の3人。
「芋煮会」「大芋煮会」は西村・宮崎の二人だけだ。

とにかく、この話は買ってから100回近く聞いたが、本当に何度聞いても笑える!

西村演じる架空の国「ガビンダ」出身の「ママデゥー・ガギャンバ」と
宮崎扮するアメリカ人「ジョージ・ラッシュ」の日本に柔道留学している二人の
やり取りは抱腹絶倒である。

ガビンダ人のママデゥーは英語を話せないので、二人の外国人がなれない日本語で
会話を重ねる・・・。しかも、ママデゥーは「アメリカ」自体を知らないと言う。
それを聞いたジョージは・・・。

一般のCDショップには売っていないが、アマゾン等で手に入る。

値段の格安1600円だ。

とにかく、宮崎吐夢の「アメリカ人っぽさ」は「すばらしい!」の一言だ。

ぜひ、一聴をおすすめする。

今回も最後までお付き合いいただきありがとう。
これを読んだみんなが、ラジオドラマの面白さに気がつきますように。

                                 may

実は、他にもちゃんと音楽のCDを聞いているのだが字数が多くなったので
回を改めてUpします。

コメント

シモーネ・ペドローネ「ゴルード・ベルク変奏曲」を聴きました。Up ~鳥肌立った!~

2007年10月14日 | 音楽
私は中年である。

・・・亀田関係の話は、やめようと思っていながらついついもう一言。

みんな同じように考えているのだと思うのだが「興行・ビジネス」としての
ボクシングは客を呼んでナンボである。

しかし、そこに「虚構」であろうと「ロマン」や「サクセスストーリー」「夢」を
見たいと思ってお客は入るのだ。

選手に感情移入し、疑似体験としての格闘を楽しむ。

だからこそ、そうした中に「わざとらしくないアウトサイダー」は必要なのだ。

「非日常」という名の「日常」を楽しむために。

戦った相手に敬意を示せない、示すことを教えられない親・コーチ・ジム会長
放送局は、非難されて当然なのだ。

相撲界でも同じことが起きている。すべては「日常」と言う「常識」の中で
処理されるべきことが、逆に自分達の「身勝手な意識の中」で行われた時、
非日常的な「事件」が起こる・・・。

どの世界も、閉鎖された意識の中では限界があるのだ。


さて、人には一つ二つ「こだわっている音楽」があると思う。

このブログでは、意識したわけではないのだがほとんど「クラシック音楽」に
ついてUpしてこなかった。

20代の半ば頃から廉価版のレコードから始まって、最近までに集めたCDは
700枚を越えた。

そうした中でこだわった曲が幾つかある。

「ボレロ」(ラヴェル)「ピアノ協奏曲第一番」(チャイコフスキー)
「交響曲第3番・第7番・第9番(合唱)」(ベートーベン)
「交響曲第40・41番(ジュピター)」(モーツァルト)

等々が代表的なそれである。

そして、今回

     「ゴールドベルク変奏曲」

を生演奏で聞くことが出来た。

私はこの曲のCDを12枚持っている。もちろん、全部演奏者が違う。

バッハと言う作曲家は厳格なキリスト教徒であり、その作品には宗教的な意味を
持たせたものがほとんどである。

この曲はそうした中では珍しくあまりそうした意味を持たせていない。

ある人物の「不眠症」を癒すために作られた曲と言う。

一つの主題を元に30曲の「変奏曲」を次々に演奏していくので、交響曲や
ソナタなどの形式に慣れた人には違和感がある。

この曲の名演奏として名高いのが「グレン・グールド」であろう。

このCDは、バッハ好きな人なら必ず持っているはずだ。持っていて絶対に損はない。

彼はこの曲を2度録音しているのだが、どちらも音楽界に衝撃を与えた演奏だ。

今回のコンサートは「シモーネ・ペドローネ」イタリア人である。

普通は70分以上休憩なしで演奏される演目であまり演奏会の題目にのぼり
にくい。

ピアニストにとってもかなりきついプログラムといえる。しかし、今回は彼自身が
「休憩なし」を強く希望したという。

その演奏は最初に話したのとは逆に1曲1曲に宗教的意味を反映させていた。
(バックの壁にその主題を文字で提示していた。これも珍しい構成だ。)

クラシック音楽になんの興味も沸かない人は多いと思うけれど、何百年も前の
異国の人が作った音楽が、今だ伝えられこの日本で聞けることの「重み」を
大きく感じることが出来る。

3000円で6枚組とか10枚組のクラシックCD。100均のクラシックCD
などで入門しても良いけれど、本当のよさを感じるにはある程度の出費を覚悟
しなけれぼならない。

もし少しでも興味があるなら、やみくもにCDショップに行くより入門書の本を
幾つか立ち読みで良いからしてみた方が良い。


コンサートで序曲と言うべき「アリア」が、流れた時。わたしは全身に鳥肌が立った。

思わず涙腺が緩んでしまった。クラシック音楽には、それだけの力が間違いなくある。

今回も最後までお付き合いいただきありがとう。
これを読んだみんながスローライフとしての音楽がいかに人生を豊かにするか
感じ取れますように。
                             may

・・・と、凄く感動しながらも「ゴールドベルク」の本来の目的「不眠症の慰め」の
効力か、途中で何度か船を漕ぎそうになった。




コメント

「やりたいこと」と「やれること」の違い   ~夏川りみにおける独立問題~

2007年02月15日 | 音楽
私は中年である。

さて、ブログをはじめてそろそろ1年になる。しかし、私の場合Upしたいことが
後から後から湧き出てきて収まりがつかない状況だ。

本当のところ「時事ネタ」なんかは一々取り上げたいことだらけなのだが、
余人が感じていることと変わりの無いことをUpしても仕方が無いので、
極力自分の意識と世間一般の意見が「大きく喰い違う」時くらいしか
Upしない。

モーツァルトのように頭の中で「完璧」に出来上がって、後は入力するだけ。
なんていう風ならいいのだが、最低4~5回は校正しないと仕上がらない中では、
Upしたい内容が溜まるばかりの今日この頃の「中年」である。


さて、「夏川りみ」という歌手の独立が問題になっている。

私は彼女のファンである。

私はその時々の女性ボーカリストのお気に入りを持っているのだが、現在は
この「夏川りみ」と「木村カエラ」の二人だ。

まったく違った「感性」を持つ二人だが、私の中でこの二人を聞くことは
少しも「矛盾」しない。「良いものは良い」のである。

夏川りみといえば世間的には「涙そうそう」だろう。

しかし、私は人より気が早すぎるのか、世間にこの歌が流行りだす前に
飽きるほど聞いていて、人気が出た頃はもう聴くことがなかった。
(同じようなことが「新垣 勉」にもいえる)

しかし、彼女の声の魅力に参ってしまって発売されたCDはほぼ
総て持っている。

コンサートにも行ってその圧倒的な歌唱力と沖縄人らしいパワーを
堪能してきた。

彼女は、声を「楽器」のように使う歌手である。

彼女は演歌歌手として一度デビューしていて「夏川りみ」は再デビューの
ための芸名だ。(ちなみに最初の芸名は「星美里」である)

父親が彼女を懸命に歌手デビューさせるためにがんばったらしい。
(ゴルフの横峰の話に似てるね、沖縄だしさ)

彼女自身も歌手にはなりたかったのであろう。そして、実際歌手になれた。
しかし、7年かかってもヒット曲に恵まれなかった。

演歌歌手を目指した人にありがちな話であり、そこから逆に「夏川りみ」が
生まれたことのほうが「奇跡的」な話である。

そして、そんな奇跡的な彼女にさらに「偶然的」な「奇跡」が重なる。
「涙そうそう」の作曲をした、ビギンのメンバーが夏川の姉と同級生だった
という奇跡が・・・。

人間「やりたいこと」が「自分に向いていること」とイコールではない。
また「好きなこと」が「できること」とイコールでない。


昔の4コママンガでおもしろい物があった。カッコ内はナレーションだ。

①八百屋の店先で、おばちゃんが客寄せをしている。
「安いよ、安いよ!奥さんおまけしとくよ!」(このおばさんは・・・・・)

②「ニンジン安いよ~!」(ノーベル賞を受賞できるくらいの・・・・・)

③「じゃがいもも安いよ~!!」(数学の素質がある・・・・・・)

④「えーい、もってけドロボー!!!」(しかし、それに気づくことは・・・一生ない)

世の中はこうしたものではないだろうか。
中には本当に自分の素質に目覚め、その道を歩ける人もいる。
それはこの上もない幸福なことだ。

彼女は「その道」を歩けた幸福な人だろう。

夏川りみは3ヶ月ほど休養した後「JPop歌手」転向するという。

彼女の声は「張りのある透明感」が特徴的だ。しかし、それは今のJPop
シーンではクセがなすぎるのではないだろうか。

彼女のが中森明菜の「十戒」を歌ったのを聞いたことがあるが、きれいな
透き通る声とともに、なんと印象の薄いことか・・・。

歌ったそばから「溶けてゆく」ようたっだ。
そう、記憶の隅にも残らない。

おそらく彼女の歌うJPopが流行ることは無いだろう。

人間やりたい時にやりたいことをやることでしか納得はしないものだ。

願わくば、夏川りみが今歌っているような「国民歌」が自分に一番あっている
ことに気づいて、早く戻ってきてくれることを願う私である。

今回も最後までお付き合いいただきありがとう。
これを読んだみんなが本当に自分の素質に目覚め「その道」を歩けますように。

不思議だねぇ。「涙そうそう」はビギンや森山良子が歌うより、やっぱり
夏川りみが歌わないとしっくりこないなぁ・・・。                                             may





コメント

燃える嬬恋ライブ  ~間に合わなかったフォークブーム~

2006年11月25日 | 音楽
私は中年である。
若いときには、全くなかった「頭痛」を最近感じるようになった。
私のつれあいは良く頭痛を訴えるので頭も揉んでやることがある。

すると頭皮が良く頭蓋骨から浮き上がっているような感じがある。
私はいくら頭が痛くても直接皮膚が頭蓋骨に張り付いている感じだ。

なにか脳外科的に問題があるのかなぁ・・・。「中年」である。


さて、見なければならないビデオがたくさん溜まっている。
今日は土曜日で冬支度もほぼ終わったのでそれらをゆっくり見ることにした。

NHKBSで今月放送された「嬬恋コンサート」の総集編である。
コンサート自体は「よしだたくろうとかぐや姫」の二組を中心に8時間に
及んだという。それを半分の4時間に編集してある。
総集編は2部構成で4時間。それでも気合を入れないと見れない時間だ。

そこには、60歳になり肺がんを克服した「よしだたくろう」が圧倒的な
パワーで迫ってきた。
それに比べると、このときのために再結成された「かぐや姫」には、
たくろうより元気な活動を続けてきた「みなみこうせつ」を中心と
している割には「衰え」が目立った。

実は「中年」を自認する私は、よしだたくろうという人のブームに微妙に、
乗り遅れた歳なのだ。

このコンサートに参加した人たちの平均年齢が48~9歳だという。
つまり、よしだ氏が活躍したとき高校生くらいの時の人々だ。

私はその人たちより、3~4歳下。つまり、当時中学1~2年生だった。
それをたいした違いがないように思うかもしれないが、一番大事な彼の
「核心」をつかみ損ねた年頃なのだ。

今回このビデオを見て「よしだたくろう」がいかに「偉大」であったか
良く分かる。

私の記憶にあるよしだたくろうは「結婚しようよ」や「旅の宿」が
テレビのベストヒット番組に入っているのに、かたくなに出演拒否を
している彼である。

もちろんそれらの曲によって彼がより多くの人に支持されたのは確かだし
その有名曲等で彼の核心の部分が揺らぐことはないだろう。
しかし、わたしは大衆受けした彼の一面だけを見て評価してしまっていた。

今回のステージを見ていると、現体験としての彼の「凄味」を理解
しなかった事への口惜しさがこみ上げてくる。

私の夢中になったのは「かぐや姫」のほうである。実際、歳から言っても
たくろうの60歳にたいして3歳下のこうせつが歌ったのは、とても
その時代の身近にある男と女の歌だった。

「社会」に対しての意識をそれほど強くもてなかった中学生の
男にとっては「かぐや姫」の身近な女性に対する「恋」の歌のほうが
興味をくすぐられたのだ。

この総集編の前に放送されたコンサートに対する「ドキュメント番組」では
「たくろうとかぐや姫」の2組が出演していたにしては、8:2位の割合で
たくろうに重点が置かれていた。全編を見てみると残念ながらそのことが
正解であることにうなづかざるを得ない。

かぐや姫の歌はほとんど全曲、昔のレコードのほうが出来が良い。
しかし、たくろうの歌は昔のレコードよりこのステージのほうが断然、
迫力がある。

彼らの歌は集まった3万5千人の中高年の人たちと、それをこうした
ビデオなどで見たすべての人たちの「人生」に直接的に大きな影響を
与え続けている。
そのことに「音楽のもっている底力」を今更ながら感じている「中年」なのだ。

今回も最後までお付き合いいただきありがとう。
これを読んだみんなに幸福が訪れますように。

たくろうの「中島みゆき」とのコラボレーションでの
「永遠の嘘をついてくれ」は、正に「圧巻」一見をお奨めする。
                            may







コメント (2)

私の注目ドラマ    ~のだめカンタービレはおもしろい~

2006年11月05日 | 音楽
私は中年である。
11月7日は「立冬」である。初めて冬の気配が現われてくる日。
なのだそうだ。

現実だいたいこの頃、山に初雪が来る。
天気予報では、その予報どおりに寒くなるという。
あ~あ、ヤダヤダ・・・。「中年」である。

さて、私はテレビの世界で言う「1クール」(一年を3ヶ月で区切り
それをシリーズの単位とすること・・・だと思う)のなかで
ちゃんと見るドラマは、まあ1本あればよい方で、いつもはほとんど見ない。

そして、この10月から年末にかけての秋クールでのそのドラマは、
1本あった。

      「のだめカンタービレ」
                      である。

原作は同名のマンガで、私は読んだことがない。しかし、ドラマになる前から
クラシック音楽をテーマとして、かなりの好評を博していることは、
知っている。


なんにせよ、その題名は謎だった。「カンタービレ」は知っている。
「のだめ」とは何ぞや?

それが知りたくて、このドラマを見始めたといっても良い。

いざ、ドラマを見始めると「のだめ」とは「野田恵」(のだめぐみ)の
省略系のあだ名だということがわかった。(固有名詞なら分からんわな)

実際、上野樹里の演じる「のだめ」はマンガっぽいがとても魅力的だ。
この子は、たしか映画「スイングガール」の主人公だったような?

この「のだめ」は若い女優がやるには(若くない女優じゃ無理があるが)
かなりむずかしい役だ。彼女はとても良くやっていると思う。

さて、11月6日の放送でベートーベンの「交響曲第7番」が
演奏されていた。

私の今回のブログで一番言いたいことは、この「第7番」は、
是非全曲を聴いて欲しい。ということだ。

クラシックに興味のない人も多いと思うが、是非とお奨めしたい。
ドラマの中で演奏されていたのは、1楽章の途中と最終4楽章の最後だけだ。

じつはこの7番の一番の聴きどころは「第2楽章」なのだ。
ベートーベン自身は、たしかにこの曲に「運命」や「英雄」などの
名前をつけなかった。

しかし、シューマンはこの主題を基に変奏曲を遺しているし、ワーグナーは
この楽章をさして「不滅のアレグレット」と呼んでいる。

「葬送行進曲」としての重みは、同じベートーベンの第3番「英雄」の
第2楽章、マーラーの第5番の第1楽章に勝るとも劣らない。

クラシックはどうも・・・。って人も多いと思うけど、人生において
聞いておいたほうがいい曲って、ジャンルじゃないから。

ちなみに、この楽章を「のだめ」の千秋はどう表現したろう?

今回も最後までお付き合いいただきありがとう。
これを読んだみんながベートーベン「第7番」を聴いて
幸福になれますように。

初心・初級者には、カラヤン指揮(ベルリン・フィル)・ワルター指揮
(コロンビア・フィル)の物を。
中上級者には、朝比奈隆指揮(大阪フィル)ないしはフルトベングラーの
ベルリン帝国放送局のテープ録音版をお奨めします。



コメント