完全無欠な「もうすぐ前期高齢男」日記

「もうすぐ前期高齢男」に進級「老いの自覚」を中心にUpしていきます。

ことしの収穫おわりました。   ~稲作農家の悲哀~

2012年09月19日 | 農業
私は初老男である。

最近少々Upの間が空いた。(っていつものことだといわれそうだが)

一つの理由が「稲刈り」に時間を取られていたからだ。


稲作農家にとって一年の総決算事業である。


私が稲作農業を主体となってやり始めて10余年。

今年はその10数年の中でも「非常にむずかしい」年だった。


猛暑日が延々と続きほとんど雨らしい雨が降らない夏。

そう、おととしがこんな感じだった。


稲作は、というより農業のすべては、ほとんど「天気まかせ」の商売だから宮沢賢治の「雨ニモマケズ」のように、ヒドリノトキハナミダヲナガシ  サムサノナツハオロオロアルキなのである。

まあ、賢治の時とは違ってナミダヲナガシただけで終わらせはしないが。

とにかく、例年と違う稲作のつらさが身に染みた年だった。

毎年毎年出来上がった「ブランド米」には、自信たっぷりとはいかないが、それでも今の自分にできる精一杯の精魂は込めたつもりだ。

皆さんの口に入った時に「感動させるだけの力」はあると信じている。


最後に宮沢賢治の最高傑作の全文を記しておく。心に染み入る私の理想の百姓の姿だ。


 「雨ニモマケズ」

雨ニモマケズ

風ニモマケズ

雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ

丈夫ナカラダヲモチ

慾ハナク

決シテ瞋ラズ

イツモシヅカニワラッテヰル

一日ニ玄米四合ト

味噌ト少シノ野菜ヲタベ

アラユルコトヲ

ジブンヲカンジョウニ入レズニ

ヨクミキキシワカリ

ソシテワスレズ

野原ノ松ノ林ノノ

小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ

東ニ病気ノコドモアレバ

行ッテ看病シテヤリ

西ニツカレタ母アレバ

行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ

南ニ死ニサウナ人アレバ

行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ

北ニケンクヮヤソショウガアレバ

ツマラナイカラヤメロトイヒ

ヒドリノトキハナミダヲナガシ

サムサノナツハオロオロアルキ

ミンナニデクノボートヨバレ

ホメラレモセズ

クニモサレズ

サウイフモノニ

ワタシハナリタイ


今回も最後までお付きあいいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、デクノボーと呼ばれますように。

          May


サウユウモノニ ワタシハナリタイ

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どこまでも、どこまでも。     ~初老男の憂鬱~

2012年06月22日 | 農業
私は初老男である。

悪い病気が出た。

「性病」とかのことでは無い。

それよりもたちの悪い初老男がかかる例の奴だ。

「無気力病」



奇特なこのブログの読者の諸兄はご存知かと思うが、Upしようと思った記事を2回落としてしまった。

まあ、自分のブログだから、遅いの早いの言う必要はないのだが・・・・・。

それはずいぶん前にUpした「LOH症候群」の再発なのかもしれない。

ちょうど、対策としていた漢方薬が切れてしまったし・・・。


しらじらしいかもしれないが、Upしたいことは湧き出てくるのだ。

しかし、それを時期を逃さずUpする「気力」がない。

しばしば間が空いてしまうことが多くなることをまず読者諸君にお詫びしたい。


初老男があわててみても仕方がない。

自分なりのペースで進めていこうと思う。


私の家業は「農業」である。もちろん、兼業であってほかに主たる仕事を持っている。

これが初老になった男にとって憂鬱の種である。

普通の勤め人の人は、金曜日の夜から月曜日の朝までの時間は基本的に、仕事以外のことに分類されるだろう。

しかし、兼業農家の勤め人にとっては、現実この「仕事以外の時間」は「無い」のである。

コメ作りというのは・・・というより、生き物(植物をふくむ)を育成にしている仕事は、ある意味すべてにおいて「待ったなし」で、頭の中からその育成についてのことが離れることはない。

しかも、それ自体が「主」ではないことが、気持ちを憂鬱にさせる。

出来た農作物も、様々な規制がかけられていて政府やJAが次々に書類やらなんやらの提出などを求めてくる。

さりとて、この農業を「主」な仕事にするには膨大な量の土地が必要で初老男がそれに取り組むにはリスクが多き過ぎる。

ならば農業を辞めてしまえばよいとおもうかもしれないが、その田自体の税金と土地改良賦課金(説明がむずかしい。とにかく田圃を売り払わない限り徴収されるお金)を、主たる仕事の収入から払わねばならない。

田圃を売ってしまえばよい。と思うかもしれないが、今現在田圃を買ってくれる人はほぼ0に等しい。

住宅地として売るには、行政における「農業委員会」の了承がいるし。(これが本当に大変なんだ)


         「進むに進めず、引くに引けない」


現在の日本において「耕作放棄地」が増えているというが、当然のことなのだ。

仕事に行く前に、田の状況を見て、帰りに同じく田を見に行く。

休みの日には、本業を休まないように農作業を進めなければならない。

結局、しっかり休めない。頭からは「田」のことが離れない。

体は休めても、農業のことは強迫観念として頭から離れないのだ。


こんなことが、ブログを更新できない理由だ。ってそんなわけないか!


今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、いろいろ苦悩があるのでしょうね。・・・がんばりましょう。


                   May


日本の農業が衰退するのは、仕方がないだろうね。若者に稲作をがんばれって言えないもの。


















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バター品不足は、日本農業崩壊の第一歩    ~農業従事者として~

2008年06月09日 | 農業
私は中年である。

この頃、書きたい内容が頭をよぎっていくが何しろ書き込んでいる時間が無い。

しばらくはこんなことが続くと思うが、少ないこのブログの読者の皆さんには
申し訳ない。

まあ、ぼちぼち行きます。


さて、バターがスゴイ品不足になっている。

数ある乳製品のなかでなぜ「バター」なのか、私には良く分からない。

しかし、このバター品不足はこれから先の日本の食糧事情を暗示しているように
思えてならない。

みんなが分かるバター不足の原因は、この際割愛するがそれとそっくりの状況が
日本の食糧事情を取り巻くそこここの生産現場に起きている。


結局、最後は「原油高」ということで終わりになるのだが、その途中の「理由」が
私に暗示を感じさせる。

酪農家は近年「激減」しているという。

我々消費者には、具体的にどれくらい酪農家が減ったかなどは、よほどその気で調べないと、
分かるものではないし、もし分かったからと言って何も変りはしない。

こうしたことは、不足状態になってはじめて実は「大変なことだった」ことに気がつかされる。


農業というものは、なぜその仕事をしているのか?という「モチベーション」を持ちにくい。

日本の稲作農家は基本的に「家業」としての農家がほとんどであろうから、小さい時から「いつのまにか」農業を手伝わせれている。という状況がほとんどだろう。

そして日本の稲作農家のほとんどは「兼業」であり、その稲作だけで生計を立てていない。
というより、生計を立てるだけの収入が農業だけでは入ってこないのだ。

当然、違う「本業」を持ちながらの農業になる。

そして、日本の政治は「農業(食料事情)」を、ほとんど真剣に考えてこなかった。
日本政治の得意技「先送り」によって、とりあえず農家に補助金をバラ撒き「可も
なく不可もない」状況を続けてきた。しかし、事態はジリジリと悪い方向に進んでいく。

そして、古米・古古米を生み出しながら「生産調整」という苦肉の策をずっと進めてきた。

現在の生産調整の割合は25%を越える。つまり、4年間すべての稲作を作付けると
次の一年は「作付けできない」ことになる。

作付面積が少ない農家がほとんどの日本において、徐々に「なぜ稲作をやっているのか」と
いう疑問がわいてくるのは当然だろう。

そして、作付面積が少ない故において「離農」するのも、それほど大変な決断では無い。

酪農は、稲作と違いもっともっと複雑で大変な作業だ。稲作以上にいろんな投資も必要
だろうし、経営理念・経営方針もしっかり持たねばならない。

そういう人たちは「兼業」の稲作農家より、もっともっとむずかしい選択の中で「廃業」
していくのだろう。

生産規模が違うから、酪農と稲作農家を単純には比べられないが、どちらも簡単に生産者が
増えることはありえない。

「米離れ」が小麦の値上がりで一時的にストップするかも知れないが、何か特別なことが
起きない限り稲作農家の離農も進むばかりなのだ。

そして、あるとき「飢饉」がきてバターの品不足以上の「米不足」の時が来る可能性は
決して少なく無いのだ。


原油という根本のものがフラついて、日本は工業・商業はもちろん農業も間違いなく破綻する。

それは「今日」からかも知れない。

今回も最後までお付き合いいただきありがとう。
これを読んだみんなが、今の日本がいかに「脆弱か」ということ認識しますように。
                          
                               may

将来に希望の無い「農業」という職業は、続けていくにはあまりに辛い仕事だ。




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田植えが始まった  ~今どきの百姓~

2007年05月13日 | 農業
私は中年である。

中国の「ディズニーもどき」遊園地の話が、いよいよ国際問題になりそうだ。

東アジアのことに興味を持つ者として少々コメントしたい。

「著作権」というものは今や「世界基準」となっているが、基本的にアジアに
その意識は存在していなかった。

日本においてこの意識は、明治時代以前ははっきりしていなかったと想像する。
やはり、この権利の根本は「西洋文化」のなかで育ったであろうことが見て取れる。

「知的財産」と「国威」いうものがどう評価されるか?これによって「国際社会」
でのその国の位置が確認されているといえるだろう。

美術・音楽・学説・思想などの創始者に対する経済的評価を、どの程度に扱うか
が、文化的国家の物差しになっているのだ。

前にもどこかで書いたが「中国」という名前は「我こそは世界の中心なり」と
言う意味だ。

そうした中で、これだけの状況になってもあの国はその意識から抜け出せずに
「著作権」なる意識を持てないでいる。

まあ、ああした意識の国はただ「人海戦術」でしか話をすすめられないだろうなぁ。

ちょっと手ひどい目にあったほうが中国のためにもいいと思う「中年」である。


さて、田植えが「終わった」のである。

今回のタイトルが「田植えが始まった」なのだが、それを進めているうちに
ブログで追う方が間に合わなかった。

もっとも、田植えに要した期日は「2日間」でしかない。

我が家は6条植えの田植え機なので、だいたい三反分(30m×100m)の
田んぼが約1時間半で植え終わる。

我が家は三反分田7枚と半端な田んぼが2枚。

その中で植えられる田んぼは6枚とちょっと。(なぜ、全部植えられないのかは
違う機会に説明します)

そうすると6時間あれば4枚植えられることになるので、2日間で終わるのは
当たり前である。

田植えというのは、稲作生産農家にとってはまさに「始まりの日」である。
それを前に「土作り」は丹念にせねばならないが・・・。

これが終わるとずっと気の抜けない作業がしばらくは続くのだ。

しかし、とにかく「ホッ」とするのも事実。

日本一のブランド米「コシヒカリ」は、実は大変むずかしい米だ。
稲丈は長く腰が弱い。害虫などにも強い米ではない。

しかもブランドとしての我が地域は、高地にある上に豪雪地帯、
そのため米の粒が小さく収穫が上がりにくい。

中年の男が40年来やってきて思うのは「なんでこんなことをやっているのだろう」
ということ。

生まれた家が「農家」だったということで、その家業を継がなければならない理由。
それは我々中年の人間は、すべからくこれを探していただろう。

日本全国が「中流意識」であった頃はこのことを、はっきりさせる必要が無かった。

「どうせどんな仕事をやっても、大して変わりが無い」という意識が
                            あったから・・・。

このことが「現在の百姓」のベースになっている。これから先もこれをベースに
話を進めることにします。

今回も最後までお付き合いいただきありがとう。
これを読んだみんなが、今の日本の農業があやういことに気が付きますように。

これから毎日「水見」です。(毎朝晩田んぼの水の量を管理する。朝5時・夕方
6~7時頃ウロウロするのです)
                                                                    may


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今どきの「お百姓さん」  ~満を持してUpします~

2007年05月03日 | 農業
私は中年である。

・・・ひどいゴールデンウィークの始まり方だ。

金曜日の夜に、ふとしたことから自分の顔をじっくりと鏡で見ることになった。
それも顎の辺りをアップで見るような方向から・・・。

年度末をすぎ歓送迎会などがあると普段は撮らない「写真」を撮ることが
多くなる。
そして貰った写真に写っている自分の「たるみ」具合に愕然とした・・・。

なによりも「あごから下」の肉がたるんで二~四重顎に見える・・・。
「本気のホンキ」で「締めねば!」・・・。

その夜酒の肴にビーフジャーキーを噛んでいたら前歯に挟まったので楊枝を使った。
すると「ポロリ」と何かが落ちた。

虫歯を治療した詰め物が抜けてしまったのだ。

・・・いろんなことでドタキャンもあったり、気持ちが理由も無く落ち込んだり。

何とかGWの中ごろには「明るく」ならないかなぁ・・・。


さて、私がブログを始めて1年余り。ほとんど「農業」のことについては
Upしなかった。

それは、そのことについて「冷静」に語る自信が無かったからである。

中年になった今でも、自分がそれをやっている理由に納得できずにいる。
それは情けないことなのかもしれない。それによって、これを読んでいる
人たちに「誤解」を与える可能性がかなり「大きい」と思える。

では、誤解されない自信ができたのかといわれれば、今もってその自信は無い。

それでも、やはり「日本一の米どころ」といわれる地域の農業が、いかに
進んでいるかを記す必要があるのではないだろうか、と考えたのだ。

そうした意味では、話は長くなることが必至である。

まあ、面白くない内容になるかもしれないがお付き合い願いたい。


現在の状況からお伝えしよう。

GWに入った今頃が「我が地域(日本一のコシヒカリ産地)」にとって、
「米作り」の始まりである。

雪深い地域であるからこそ「うまい米」ができるというのは、それなりの意味が
あるらしい。(雪解け水が関係しているらしいが、詳しくは知らない~いっと)

これから「ああ、百姓が始まるんだ~~」という「期待」とも「ゲンナリ」とも
感じる時である。


前段でもUpしたように、冷静にいけそうに無いがまず自分のやっている
農業の量を記しておくべきだろう。

   自作田21ha・全田「コシヒカリ」作付け・小作1.6ha
       (三反分田{30m×100m}7枚+α)

これがどれ位の「農家」かは、徐々に説明して行こうと思う。

「農業」のことをUpするについては「前提」となることがある。

それは、わたしが「中年」だということだ。(わかっとるワ!とツッコミが
入りそうだ)

そして、中年であるわたしは「近代農業」の過程をほとんど見てきたことに
大きな意味がある。

だからこそこのカテゴリーでUpする気にもなったのである。

このままだと「ダラダラ」と長くなるので、今回はこれくらいにしておきましょう。
すぐにまたUpするからね。

今回も最後までお付き合いいただきありがとう。
これを読んだみんなが日本の農業がいかに「危うい」かを考えてくれますように。

今日は「憲法記念日」日本の現体制が決まった日。現在の農業体制の危うさも
60年前の今日決まったのかも知れない・・・。
                                                                    may

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