今日は、この街にいます。

昨日の街は、懐かしい記憶になった。そして・・

751 ウィーン③【オーストリア】

2017-01-17 13:04:25 | 海外
音楽の都・ウィーンには、当然、街の中心に国立歌劇場(オペラ座)がある。そしてその周辺の歩道や地下道には、たくさんの星型のプレートが埋め込まれている。それぞれに音楽家の名前とサイン、生没年地が刻まれていて、まるで墓碑銘のようだ。地下鉄の連絡通路には「Bedrich Smetana」の隣りに「Béla Bartók」とある。ハンガリーのピアニストだ。「音楽に生涯を捧げた者の魂は、この地にあり」ということだろうか。



幼いころの我が家には、様々な楽器やレコードがあって、音楽が身近だった。幼い私はその難行を逃れたけれど、兄はバイオリンの厳しいレッスンを受けさせられた。そのせいだろうか、兄は音楽を生涯の趣味にしているのに、私はどうも音楽というものが分からない。美しい旋律を聴けば美しいと思うし感動もする。しかし陶酔するとまではいかないのだ。だからコンサート会場に出かけ、じっくり鑑賞するという経験は数えるほどしかない。



ウィーンへは音楽を楽しみにやって来る観光客が多いのだろう、繁華街やクリスマスマーケットではチケット売りがたくさんいて、その夜のコンサートの席を売っている。私たちも楽都を味わおうと、モーツアルトとヨハン・シュトラウスのKONZERTに出かけた。プログラムの日本語解説によると「ウィーンで最も美しいバロック宮殿でレジデンツ・オーケストラが演奏、著名歌手とバレーアンサンブルが観客を魅了します」とある。



ポピュラーな名曲をプロたちが手際よく演奏して、2時間余を楽しませてくれる。妻はリーダーのバイオリニストの響きを「いい音色ね」と評価したけれど、全体にどの程度の水準の演奏家たちなのか、私にはわからない。ただ何度か登場したバレリーノの、連続ジャンプの高さには驚嘆させられた。簡便な楽都体験というこうしたコンサートが、ウィーンでは毎夜のように開催されているのだろう。関係者にとっては大事な収入源のはずだ。



ただ小耳に挟んだチケット売りの男たちの会話によると、入場料の30%は税金に吸い上げられているらしい。私の聞き取りが正しいとすれば、ウィーン特別市は音楽家を酷使していると言いたくなるほどの高率だ。そうした財源で、この街は音楽の都としての高等教育を充実させ、今も世界中の才能を集めているのだろう。コンサートを終え、まだ方向のつかめない街を地下鉄でホテルに戻る。雪は凍り、巨大なオペラ座が踞っている。



それにしても音楽とは、不思議な芸術だ。音の組み合わせで大宇宙を彷彿とさせ、人間の感情を揺さぶる。つまり作曲家は作家と同類なのだろう。言葉を紡いで森羅万象を表現する文学と、作曲家は音で同じことをする。ただ「音」は、その場で空気を震わせ、消える。音楽は舞台芸術同様、「その場限り」の創造行為なのだ。そのことが、造形など他の芸術とは決定的に異なる。この特性こそが、私を音楽から遠ざけているような気がする。



音楽と造形の双方を楽しむ才に恵まれた人は羨ましいけれど、私は「眼」と「手」の人間なのだろう。見て触って、ようやくその芸術に近づいた気になる私が、もはや「耳」に傾くことはないだろう。単純な遺伝ではないにしても、兄と私が「耳」と「眼」に分かれたように、私の息子も長男が「耳」、次男が「眼」と分かれたようだ。こんなことを考えていたら、場所柄か、無性にスメタナの「モルダウ」が聴きたくなった。(2016.12.21-25)











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