今日は、この街にいます。

昨日の街は、懐かしい記憶になった。そして・・

625 二戸(岩手県)雪原で地球の磁場を考える

2015-03-14 13:18:45 | 岩手・宮城
「ここからご覧ください」と書かれた足のマークに立って窓外を眺めると、等間隔に並んでいるだけだった白い柱列がぴたりと繋がり、穏やかな老人の顔が浮かび上がった。ここは岩手県北部の二戸市。春の雪が残る広場で微笑む老人は明治の物理学者・田中館愛橘博士だ。そしてこの騙し絵的像の作者は、数々のデザインで知られる福田繁雄氏。いずれもこの北辺の街に生まれ、世界で活躍した方だ。私はその記念館を独り占めしている。



東北新幹線がまだ盛岡までしか延びていなかったころ、さらに北へ列車を乗り継ぐと、八戸の平野部が広がるまで凡庸な山並みが続いた。そんな風景のなかに、いささかまとまった家並みが右手の山中へと延びて行く街があることを憶えているのは、それほど車窓に退屈したからであろう。新幹線が八戸まで延伸し、途中のその街にも駅ができたけれど、私が乗る新幹線はいつもそこをあっという間に通過した。その街が二戸というのだった。



街に福田繁雄デザイン館ができたと聞き、あの山の端に踞っている家並みを思い出した。地図を調べると隣接して一戸町と九戸村があり、北は青森県になって三、五、六、七、八戸という地名が点在する。この「戸=へ」は、古代の行政区画の制の名残りとも、牧場の番号だともいわれる。西日本には平戸や唐戸など「戸=と」の地名があるが、こちらは外界への出入り口=湊だろう。何はともあれ南部藩領の「戸」は合理的だがややこしい。



デザイン館はシビックセンターに併設されている。屋根にカタツムリやカブトムシが張り付いているからすぐにわかるが、左右を国と県の合同庁舎に挟まれているだけにひときわ目立つ。どこの街でも合同庁舎ほどつまらない建物はない。役所は無味乾燥なほどいい、というのがお役人の矜持なのだろうか。福田さんはそれと正反対に、デザインの力で世界をワクワクさせた。そのデザイン館と合同庁舎を隣接させるとは、秀逸の発想である。



世界で高い評価を得たポスターや、目眩し的な立体作品など、展示スペースは限られているものの福田ワールドは堪能できた。その上階が田中館愛橘記念科学館になっている。名を聞いたことがあるといった朧げな知識しか持ち合わせていなかったので、地磁気や地震、航空機の研究、ローマ字普及といった幅広い業績を、丹念に読んだ。日本物理学の父、と呼ぶべき存在なのではないか。小さな街が偉大な頭脳と個性を生んだわけである。



科学館の体験工房を覗き込んでいると、白衣を着た理科の先生のような館員が現れて「オーロラを観ませんか? 3分で結構ですから」とまくしたてる。圧倒されていると照明を消し、暗幕を閉じる。突然、目の前のガラス管にガス爆発のような変化が起き、光が揺らめいた。オーロラのミニチュアといえなくもない。先生は地球儀を手に、極地の地場がこの現象を生むのです、などと説明してくれるが、真っ暗だから地球儀も何も見えない。



この時の入館者は私一人だったが、街の子供たちはよくやって来るという。小さいけれどデザイン館と科学館を有する街二戸。何とも恵まれた子供たちではないか。福田氏の母校・県立福岡高校には氏がデザインした門が建ち、今年の卒業式も後輩がそこを潜って巣立って行ったという。馬淵川のほとりを駅まで歩く。この川は街を北上して県境を越え、八戸で太平洋に注ぐ。古代・糠部郡の、エミシと大和の抗争を知っている。(2015.3.4)

















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