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いつも不人気の僕の職員室通信にしてはめずらしく好評だった。 それに意を強くし、続編も書いた。 ただ、書いたあと、「寄り添い方」が図式的すぎる、あるいは、よそ行きの「寄り添い方」になっている……と少し気になった。 僕は「寄り添う」を、粗くいえば、【A】一体となる 【B】味方になる 【C】教える……のうち、【A】と【B】の人間関係(教師と生徒)を厚くする……という意味で使った。 大筋はこれでいい。 しかし、「寄り添う」僕のイメージがまったく書き込めていない。 これでは伝わらないなぁ~。 ★以前、この「寄り添う」をテーマに、豊かで不思議なイメージに接したことがある。 かすかな記憶を頼りに、無料クラウドストレージサービスに放りこんだ僕の過去記群に検索をかけた。 すると、次の記事がひっかかった。 ▼寄り添う、と言っても、①その人の横に腰を下ろし、「君の気持ちは分かるよ。いい子だね」と優しく励ましてくれるようなものではないはずだ。そういうことはフィクションじゃなく、別のもの(人)の役割のような気がする。 ②実用的なノウハウやうんちくに満ちているものでもないだろう。 ③人が死ぬと悲しいですよ、と当然のことを教えてくれるものでもなければ、④現代の問題を鋭くえぐるものでもなく、⑤もちろん「意匠に凝った知的なもの」では決してない。(①②③④⑤の番号付加=小高) ▼等身大の話かな、と読み進めていたら、いつの間にか、現実が溶けた妙な場所に到着していて、これは等身大どころか見たことのない場所だぞ、とにやにやしてしまうようなものが寄り添ってくれる小説ではないかな、と僕は思う。 そして読んだ人が、本を閉じた後、「あんな景色を見てきたんだから、大丈夫」と根拠のない自信をお腹に抱えて「とりあえず、やりますか」と、気が進まない学校に向かったり、放り投げたい仕事に取り掛かる。 そういう力のある小説が読みたくて、だから、自分も書ければいいな、と思う。(クラウドから引っかかってきた記事、以上)。 読み進めていたら「現実が溶けた」「見たことのない」「妙な場所に」到着。 「本を閉じた」ら「根拠のない自信」が湧き「とりあえず、やってみよう」と一歩、踏み出す。 ①でも②でも③でも④でも⑤でもなく、相手に「寄り添」って、こんなふうにプッシュする小説が書きたいと筆者はいっている。 これにまちがいない。 これを読んだとき、船板一枚下を見せられたときのようにドキンとしたことを覚えている。 僕が書き込みたかった、教育の「寄り添う」イメージだ。 今後、ジャンジャン書くつもりの、いい授業のイメージだ。 いい体育祭も同じ。 いい文化祭も同じ。 ★この部分だけを保存したので、引用先も書き手もわからない。 ネット検索をかけまくり、読売新聞 2006/9/24 本よみうり堂 HONライン倶楽部 伊坂幸太郎の巻に、一部、同じ記述があるのを発見。 サムライ中はずっと頑迷に(*^_^*)「産経」と「読売」を購読している。 その「読売」で僕がこれを読んだ可能性はじゅうぶんにある。 伊坂幸太郎? wikipediaによると、千葉県松戸市出身の小説家、代表作『重力ピエロ』(2003年)、『ゴールデンスランバー』(2007年)。 僕は自身で気づかないうちに、伊坂光太郎氏が否定する、①や②や③や④や⑤に近づこうと、あくせくしていたのかもしれない。 猛省! やるなぁ! 伊坂幸太郎! ありがとう! 伊坂幸太郎! ![]()
★中途半端だが、1000字を超えたので、これで終わるm(_ _)m。 10月の「職員室通信」は、あえてこういう「中途半端」でやってみようと思っている。 画像=サムライ中のカリン。 サムライ中の校樹は決まっていない。 木の数だと、カリンとヤマボウシが圧倒的に多い。 高さだとケヤキがいちばん高い。 ヤマボウシはまだ若い木だが、もっと育つと校樹の有力な候補だ。 ケヤキももっと高くなれば候補になる。 でも、今は断然、カリンだ。 収穫の時期が近づいている。 ★読んでいただき、感謝します。ついでといってはなんですが、下のバナーのクリック、ガンガン、よろしく頼みます☆(●≧з≦●)。 ![]() にほんブログ村 ![]() にほんブログ村 ★さらにリアルな情報は小高進の公式ホームページへ★ ★小高進のWEB無人駅線ページへ |