秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

小説  斜陽 11   SA-NE著

2017年12月28日 | Weblog


暫く座っていると、部屋の異臭も暗さも気にならなくなった。
しげ爺さんの手の届く場所には、トイレットペーパーと孫の手とテレビのリモコンが置いてある。
こたつの上の雑巾だか布巾だか判らないもので、天板に溢れた焼酎の滴を拭いていた。

「あれはのう、昭和52年の師走だった。わしの初孫の産まれた年じゃけん、よう覚えとる
在所の忘年会の時に志代さんも公民館にテヤイに来とっての、終い際にわしらに言うたんじゃ
ちょっと留守にするけど、心配せんといてよって、そしたらそのまま、ずっと帰らんかった」
僕達はおでんを食べかけて、一旦箸を置いた。

しげ爺さんは、垂れてくる鼻水を、ちぎったトイレットペーパーで時々拭きながら、話を続けた。
「あんたのお母さんは、どこへも嫁がんと、ずっと親の面倒みながら、縫製工場へ仕事いきもって
朝も畑仕事手伝うて、在所の集まりごとにも、全部顔だして、そりゃあ若いのにちゃんとしとったぞ」
母の話なのだ。35年間息子の僕でさえ、何一つ聞いたことのない、母の生い立ちなのだ。

「志代さんの親は一年の間に、二人共死んでのう、あんたの祖父さん祖母さんじゃ
祖父さんは雇われた山仕事しよって、仲間しが切った木が跳ねて胸打って死んで
祖父さんの四十九日終わった晩に、祖母さんが患いよった心臓病でぽっくり逝って
あの時は在所の衆らは、志代さんの顔を気の毒で見れんかった…」
僕も西の宮さんも、黙って聞いていた。

美香さんが、ポツリと呟いた。
「お母さんには、気の毒だけど、御夫婦は幸せだったかもね」
美香さんは、おでんの豆腐を一口食べた。

しげ爺さんは、焼酎のパックが空になった事を確かめる様に湯飲みの上で振り
すぐに這うような格好で襖の戸を孫の手で開けて、新しい焼酎を、取り出していた。

「大昔の祖谷はのぉ、近親結婚言うて、親戚内で嫁さんもらわな、しもに住むしらとは、縁なかったんぞ
峠越えな、どこへも行けんかった、わしの親はいとこ同士で結婚して、夫婦とかそんがな綺麗な話じゃない
生きていかないかん、畑を潰したら生きていけん、荒神さん地神さん祀って、山の神さんに手合わせて
ひんがらひんじゅう、鍬打って、鎌振って、今の若いしらには、なんちゃあ解らんっ」

少し酔ったのか、しげ爺さんは饒舌になったが、どこか異国の言葉を聞いているみたいで、僕も宮さんもおでんを食べ始めた。
「後で通訳するわね」と、美香さんが、微笑った。

「森田の家には春になったら行けよ、冬はアブナイぞ、素人が知らん雪道あるいたら、まくれるぞ
悪いことは言わん、出直してこいっ、春のお彼岸時期にもんてきたらええ…」
宮さんも美香さんも、僕を見て、頷いた。

僕もはいっと返事をして、頷いた。僕は未々、目的を果たしていない。
しげ爺さんは、何かの拍子をとるみたいに、割り箸の先を湯飲みにコンコンと当てながら、静かに唄いだした。
無臭な風が、日めくりの暦をゆっくり撫でた。

何かの鳥が鳴いている。
過去と現在の時間の空間に魂の温度が存在するのなら、僕はなんて温かな静寂に包まれているんだろう。
「母さん」と呟きながら、ずっとしげ爺さんのしゃがれた声を聞いていた。

エイエ~ エイエ~~エエ~エイコノいかに
エイコノお庭に 榎をうえて
えの実なるかと ながめていたりゃ~
えの実ゃならずに 金がなる ショウガエ~
エイエ~ エイエ~エエ~エエ~













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小説   斜陽 10  SA-NE著

2017年12月27日 | Weblog


美香さんの四駆に乗り込んで、雪に覆われた道を僕達は目的の場所を目指した。
除雪していなければ、道路と原っぱの境さえ分からない様な雪道を
彼女はハンドルを左右に小刻みに切りながら、進んで行く。

「自然災害さえなければ、ここは別天地なんだけどね~」
笑いながら運転する彼女の後ろで、母の故郷の雪の中にいる僕は
昨日から夢の続きを見ているみたいな、不思議な感覚がした。

一軒の民家の庭先で、彼女は車は止めた。
「集落の生き字引みたいなおじいさんがいるのよ、ちょっと寄っていこう」
少し開いた古い雨戸を少し浮かせる様に手で持ち上げながら
彼女は慣れた様子で、中に入って行った。

「しげじいちゃん、おいでますか~美香ですが~」
暗い部屋の中から、ひょろ長い背格好の老人が、杖をついて出てきた。
「こんな大雪の日に、山野の娘さんが、何ごとぞ?」
老人は寝巻きの上から綿入れを着て、タオルを首に巻いていた。

「ちょっと、教えてもらいたい事があるの、いいかなあ?」
「寒いのに、戸口で立つな、風邪ひくぞ。外のお人もはよう中に入れ」
僕達は薄暗い居間に、通された。電球は点いているんだけど
窓らしきものが無くて、太陽光が届いていない。

老人の部屋は、線香と焦げ付いた何かの臭いがして、僕は咄嗟に息を止めた。
老人は炬燵の上に瓶に入った清涼飲料水を3本置いてくれた。
壁には大きな白い紙が貼ってあって、病院、社協、息子、娘、区長さんの電話番号が
黒いマジックで、大きく書かれていた。

出してくれた白い座布団は、薄くて冷たくて、幾つも付いた汚れが消えないシミになって
白い座布団はシミで完成された、別の柄模様にも見えた。

「しげじいちゃん、この若者ね、東京から来たの、森田のご先祖様の家とお墓を探しに来たの」
僕は正座をして、「よろしくお願いします」
と深くお辞儀をした。

老人はパックの焼酎を取り出して、湯飲みに入れポットのお湯で割りながら、割りばしで混ぜていた。
「ぬくもるぞ、一杯いくか」
と僕達に勧めてくれたが、笑ってお断りをした。

僕は昨日から、こちらの方言に悪戦苦闘していた。
美香さんの言葉はすぐに判るけど、西の宮さんや、老人の方言は、すぐに理解出来なくて
その度に僕は返答に詰まってしまう。

「森田の志代さんの、息子さんか…なんぼになる?」
「何歳になるのって聞いてるよ」
美香さんが、すかさずフォローしてくれた。

僕達のやりとりを黙って聞いていた、宮さんが僕に目で合図をして、しげ老人に答えた。
「30才に見えんでしょ、童顔のまま、歳とりよるみたいですわ」

しげ老人は、そうかそうかと笑いながら、2杯目の焼酎を作っていた。
「30なら、志代さんが、東京で結婚して、授かったのがあんたか、志代さんは元気にしよるか?

親父は何の仕事しょった?」
僕は膝に乗せた両手を擦りながら、応えた。
「母は今年、亡くなりました。父は数年前、事故で亡くなりました」

しげ老人は、湯飲みの焼酎を置いて、鼻水を垂らしながら、泣きだした。
首に巻いたタオルを右手にもちかえて、鼻水を拭いて目頭を押さえていた。
「難儀ばっかりしたんか、志代さん、難儀ばっかりしたんか…」

美香さんは、三社そばで買っていた、持ち帰りのおでんを2パック、こたつの上に置き
付けて貰っていた割り箸を、得意そうに頭に掲げた。

「とりあえず、食べてからにしよう」
美香さんの明るい声が、薄暗い部屋に響いた。、

トタン屋根から溶けかけた雪が滑り落ち、ドスンと大きな音がした。
何かの鳥が、雪を跳ねながら枝から一斉に翔んだ。

「3時の二番茶じゃのう」しげ老人は、目を細目ながら、3杯目の焼酎を作り始めていた。












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小説   斜陽 9  SA-NE著

2017年12月24日 | Weblog


「三社そば」と書かれた少し色褪せた暖簾をくぐると、2つのテーブル席と
奥の座敷の部屋に10人程のお客さんが、座っていた。

おじさんは、長靴の雪を振り払いに、思い出した様にすぐに外に出た。
僕も一緒に出て、おじさんの真似をして、長靴の底にくっ付いた雪の固まりを
軒下の少しだけコンクリートの見える場所で、振り落とした。

おじさんはやっぱり、上機嫌で店の中に戻っていった。
蕎麦屋の厨房に向かって
「かけそば2つ!」
と声をかけながら、厨房の人に軽く右手を挙げて、挨拶していた。

厨房の奥には、湯気が立ち上がっていた。
僕達は店の奥の座敷に座った。
おじさんは、「おでん取ってくるわなっ」と言いながら、店の入り口に向かった。
僕は店の壁に張られている、風景写真や、新聞の切り抜きや、ポスターを眺めていた。

東京の下町の蕎麦屋さんと余り変わらない店の雰囲気。唯ひとつ違うことは、この場所が日本三大秘境だと言うこと。
おじさんはおでんをお皿に取りながら、知り合いなのか、テーブルのお客さんと話していた。
話の端々の内容で僕のことを聞かれているんだと、すぐに判った。

「あー、あのお客さんはな、東京の人でな、ご先祖さんの家を訪ねておい出てな~」
「どうりで、あか抜けた人と思うたわ、で、どこにいっきょんな?どこの集落な?」
作業着を着た、高齢の男性が蕎麦を食べる手を止めて、顔を少し高揚させて、聞いていた。

厨房の中からの視線とお客さんの視線が、僕に一気に注がれて、少し恥ずかしくなり
僕は地元新聞を読む振りをしながら、俯いていた。

程なく、かけそばは運ばれてきた。民宿のおじさんは「西の宮さん」と言うニックネームで呼ばれていた。
西祖谷の宮さんを、略して呼ばれていることや、店の中のお客さんは全員知り合いだと
おじさんは蕎麦を食べながら、話してくれた。

テーブル席に座っていた一人の女性が、湯のみを持ち座敷に上がって来た。
「さっきから盗み聞きしてたんだけど、わたしそう言う話、大好きなのよ~何でも聞いてよ、元は地元ですから!」
上下白のジャージを着た女性がそう言いながら、僕達の座卓に並んで座ってきた。

「美香ちゃん、背中しか見えんかったけん、誰か思たわ、帰っとったんじゃなあ」
おじさんは、彼女を見ながら、きょとんとして、すぐに真顔になって座り直して話しだした。

「山野の親父さん、亡くなったんじゃなあ、急だったなあ、びっくりしたわ」
「ありがとうございます。急だったからね、死んだ本人が一番びっくりしていると思うわ。昨日が父さんの辰巳だったのよ」
彼女は僕よりずっと年上に見えた。

目をキョロキョロさせて話しながら、指先で座卓の上を小さく叩いている仕草は
何か滑稽で初対面とは思えない不思議な感じがした。
「久保山って言ってたよね、名字はどこ!?ご先祖様の名字っ」

彼女は僕を真っ直ぐに見る。
「森田です」
僕は膝に当てた両手を擦りながら、答えた。
「久保山の森田さんかぁ、多分、あそこだと思うよ…屋号は古寺、もう随分昔から、空き家だよ…」

店の外には スローテンポのチャイムみたいな、不思議な鐘の音が響いていた。
テレビから、正午のニュースが流れていた。
















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小説  斜陽 8   SA-NE著

2017年12月22日 | Weblog

真っ白な新雪に覆われた山の頂きに、白雲がひとつ、繋がる様にかかり、澄みきった蒼い空を背景にして、耀いていた。
おじさんから、長靴と分厚いジャケットを渡されて、ちょっとした山男気分になった。

おじさんは、軽トラックの荷台にスコップを積みながら、何かの鼻歌を口ずさんでいた。
小柄な体に上下ブルーのレインウェアを着たおじさんは、昨夜のちゃんちゃんこ姿とは、別人みたいに見えた。

「東祖谷にはなあ、ようけ知り合いがおるけん、任せてな、お母さんの知り合いは直ぐに見付かるからなっ」
おじさんは、お喋りみたいだ。
昔にタイムスリップした様な風景が、ずっと続いている。

県道は広くなったり、急に狭くなったり、除雪車の走った脇は、雪の固まりが敷き詰められていて
ガードレールの高さを超えていた。
あちらこちらに、不揃いな雪のブロックが転がっていた。

おじさんは、対向車に合う度に、短いクラクションを鳴らしては、片手を少しだけ上げる。
何の合図ですか?と聞くと、知り合い同士の日常の挨拶なんだと答えた。
東京の生活では考えられない、不思議な光景だった。

「森田くん、今朝家内が、ええ若いしって、誉めとったよ~」
「ええわかいしって?」
「好青年ってことよ、で、彼女は東京でお留守番かい?」
「彼女はいません」

本当はずっと好きな女性はいますが、僕は結婚は一生しません。
と続けたかったけど、気恥ずかしくなって、じっと前を見ていた。

「除雪が追い付かんみたいやなあ、暫く時間つぶしするか」
おじさんは、そう言いながら、一件の蕎麦屋に止まった。
この偶然が、僕を新たな運命へと導いていく。















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小説  斜陽 7  SA-NE著

2017年12月20日 | Weblog


「お客さん、失礼ですが、こんな雪の日に観光ですか」
温顔の初老のおじさんが、玄関先で迎えてくれた。

僕のスニーカーには重たい雪が貼り付いていて、彼は僕とスニーカーを交互に見て、一瞬ぽかんとしていた。
入ってすぐに囲炉裏の部屋がある。旅番組で見たことがある光景だ。

おじさんは、ストーブの前に新聞紙を重ねて敷いて、その上にスニーカーを置きながら、背中ごしに僕に呟くように話した。
「たつみ時化いうて、必ず雪が降る…」
「たつみしけ?って何ですか」

僕は囲炉裏の前に座りなおして、囲炉裏の赤々と燃える炭火で、手のひらを温めていた。
右奥の台所らしき場所から、上品な面持ちのおばさんが出てきた。

「いらっしゃいませ。こんな吹雪の日に大変だったでしょ。私達の夕飯の残り物で良かったら、食べて下さいよ」
僕の前には豆腐のお味噌汁と野菜の煮物と見たことのない漬物が、出てきた。
おじさんは、僕の前に座り炭を足しながら、目を細め食べなさいと促した

湯気のあがる味噌汁を一口飲んだら、自然と涙がでてきた。涙を人差し指で押さえて、ご飯を口に入れたら、又涙が溢れてきた。
おじさんとおばさんは、黙って僕を見ていた。

「たつみ時化と言うのは、祖谷地方の風習でなあ、12月の辰と巳にする、新仏さんの正月でな、なんでか必ず空が荒れる…時化る…」
2時間位、おじさんとずっと囲炉裏を囲んで、話し込んだ。僕の身の上話を、おじさんはやっぱり唯頷きながら、聞いてくれた。
囲炉裏の中の小枝が小さく響きながら燃え、壁の柱時計が、9回鳴った。

母を失ってから、日常の何気ない時間の隙間で、母が見え隠れする。こうして、誰かと話していたり
バスに揺られていた時間も、母と交わした言葉や、母の最期の時間が、パズルの欠片が舞い降りるみたいに、

僕の頭の中に降り注いでくる。その度に胸が苦しくなって、行き場のない悲壮感に苛まれる。
「明日は除雪車が出るから、東祖谷に私の車でお伴しましょう
これも何かのご縁でしょう、今日はゆっくり休んでください」

おじさんはそう言いながら、隣の自宅らしき場所に帰って行った。
僕は庭に出た。雪は止んでいる。

異空間の様な世界が視界に広がっている。
漆黒の闇は雪明かりで照らされ、対岸には薪の燃え残りの様な民家の灯りが、ぽつりぽつりと灯っていた。
無音の夜があることを、僕は生まれて初めて知った。










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小説   斜陽 6  SA-NE著

2017年12月17日 | Weblog


琴平駅を過ぎた辺りから、空の色は少しずつ変わって、厚いグレーの雲が広がっていた。
車窓から見える風景に、僕の住む町と少しだけ似ていた。
一瞬一瞬切る取る様に広がっていく、知らない誰かの時間。

踏み切りで停車させられた軽トラックのおじさんの大あくび、並走するダンプカーの運転手の横顔、
パチンコ店に今入って行った人、校舎の窓、校庭の子供達。線路の枕木の音をBGMにして
無声映画のスクリーンみたいに、映像が無言で瞬時に変わっていく、不思議な空間。

僕はこちら側で、僕は誰かのあちら側でもあり、その時間を一本にして繋がり、出逢う者達。一秒、二秒で変わる運命。
下手くそな哲学を、悶々と考えていると、窓の外は小高い山々に変わっていき、次は池田、阿波池田とアナウンスが流れてきた。

祖谷が近くなる。背中が少し震えて、膝がゾワッとして、ボストンバックを強く握りしめて
僕はデッキに向かった。デッキの窓に広がる見知らぬ町は、空から途切れ途切れに舞い降ちる雪の中にいた。

駅前のバスターミナルに向かうと、チケット売場のカウンター前に貼り紙が貼られていた。
『東祖谷積雪にて、運行未定』

僕は積雪の意味が解らなかった。雪はチラチラ舞い降りているのに、運行未定って何かの間違いみたいで、窓口で尋ねた。
「すみません、東祖谷に行きたいのですが?」
受付にいた中年の女性が、すぐに前に出てきた。

「貼り紙に書いてるように、東祖谷は今日は酷く降っとって、バスは西祖谷までしか入れません」
「西祖谷って、東祖谷とは別の場所なんですか?」
僕は思わず、口に出した。

女性はちょっと呆れた様な顔で僕を見て言った。
「西祖谷は、東祖谷の手前のかずら橋で有名な所です。西祖谷までなら、もうすぐバスが出ますよ」
強い口調に押されるみたいな流れで、乗車券を購入した。
東祖谷の旅館にキャンセルの電話をして、僕は西祖谷までのバスに乗った。

沈みかけた太陽は、厚い雲に阻まれて、わずかに顔を出していた。渓谷に沿う様にバスは、走って行く。
大歩危峡と言う名所の標識を過ぎた辺りから、雪の粒は飛沫の様な激しさに変わり、
曇りガラスの外は一気に銀世界に変わって行った。

偶然尋ねた一軒の民宿で、僕は仙人の様な民宿のおやじさんに出逢った。














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小説  斜陽 5   SA-NE著

2017年12月16日 | Weblog


「智志、あのね、急いだら駄目よ。急いでいたら、周りが見えなくなるのよ。
周りが見えなくなると、何も気付けないのよ」

中学生の頃に、母に連れられて出掛けた、森を散策ウォーキング大会で、ゆっくり歩くのが
面倒くさくなって走りだした僕に、母が言った言葉を、ふいに思い出した。

僕は四国に渡るルートの選択に迷っていた。
羽田から高松空港までは、1時間15分。
新幹線だと高松駅まで4時間30分。

子供の頃の遠足の前日みたいに、高揚してしまう。
どんな日程でも計画できる。フリーターの強みだ。
僕は新幹線と、在来線で阿波池田経由で、祖谷入りするルートに決めた。

僕の優柔不断は、今に始まったことではない。高校生の頃、初めて彼女が出来た。
彼女はクラスでも目立っていて、社交的で、人気者だった。
「サトシは、ちょっと優柔不断なんだけど、なんか守りたくなって、好きよ」
僕は普通に嬉しかった。

彼女は僕の優柔不断は見抜いていたが、僕が恋愛に於いて奥手であったことは、知らなかった。
そして、僕は時々自分でも説明の付かないような、行動をすることが多々あった。

彼女は、僕の母が仕事でいない留守を狙って、僕の家に遊びに来た。
僕達は雑誌を見たり、ゲームをやったりしながら、デートらしき時間を、楽しんだ。
「サトシ、あたし帰るわ」
彼女はそう言って、突然に立ち上がった。

僕もマンガを閉じて、立ち上がった。
彼女は、僕の顔を暫く憂い顔で見つめていた。
そして、突然僕にスルリと抱きついてきた。

僕はびっくりして、何をどうすれば良いのか、さっぱり分からなくなって
思わず彼女の両肩に僕の手を添えて、彼女の肩をポンポンと軽く叩いてあげた。

彼女は一瞬固まってから、すぐに僕から離れて後退りながら、そのままドアを開けて
真っ赤な顔で振り向いて僕に言った。

「サトシなんか、もう知らない!」
僕の恋はすぐに消滅した。

東京駅を発車した新幹線は、朝方の淡い冬の空色を背景にして、駆け抜けていった。
シートを少しだけ倒し、僕はしばらく浅い眠りに着いた。













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小説  斜陽 4   SA-NE著

2017年12月14日 | Weblog


「いつものメンバーでいつもの店で夜ごはんします」
ハートマーク付きのメールが、裕基から届いたのは、会社に提出していた退職願が受理された、明くる日だった。

了解と返信した。

12月の夜の街は、巨大な光の中で踊っているみたいに見えた。
知らない内に魔法にかかるみたいに、夜に紛れていく
淡々とひたすら急ぐ者や、一つの集団になって騒いでいる電波障害になったラジオみたいな若者の話し声や
愉しそうな家族連れで、溢れている。

僕達は、4人組になって、その人混みに同化するように、歩いていく。
繁華街から一つ、角を曲がると、いつもの居酒屋がある。
暖簾はない。暖簾の代わりに一枚の板が立て掛けられている。

仕事してます
と墨で書いた手書きの文字が、どこか面白くて僕達はこの店も料理も気にいっている。
裕基、伸一、亮也、そして僕。
大学時代からの仲間だ。
伸一と会うのは、母の葬儀以来だった。

僕達の座る場所は、四角い木のテーブルを囲んで、僕の隣に、裕基。伸一の隣に亮也と何故かいつも決まっている。
伸一が、何か憐れむ者を見る目で僕に話しかけた。

「少しは落ち着いたかい」亮也は、店の女の子をからかいながら、いつもの注文をしていた。
「うん…まあ…少し」
僕は膝に当てた両手を擦りながら、返事をした。

生ビールが4つ、すぐに運ばれてきた。
裕基が真面目な顔で挨拶を始めた。
「本日は森田智志君のお疲れ様会にお運び頂きまして、数少ない友人の一人として、感謝申し上げます。
ではとりあえず、乾杯っ!」

亮也は口を付けようとしたジョッキを、慌てて離して持ち直した。
僕は少し照れながら、軽くお辞儀をして、4人のジョッキを合わせた。
伸一は僕に痩せたなあ、ちゃんと食べてるの、仕事辞めてこれからどうやって生活するの みたいな事を延々と話しかけてきた。
裕基は取引先から電話がかかり、その度に外に出て行った。

店のカウンター脇のテレビからは、今年の重大ニュースの特番が流れていた。
指名手配犯、17年逃亡の果てに自ら自首。
僕の背中ごしに座っていた、中年の女性が夫らしき人に「17年よ~信じられないわよね~17年間も潜んでるなんて、考えられない~」
と声を少し荒らげながら、話していた。

僕は、ずっと母の事ばかり考えていた。
母の相続の手続きで、再び目にした戸籍謄本。母の書きかけの手紙を見つけた日から、僕は無性に誰かと繋がっていたくて
僕が僕である理由みたいなものを、見つけたくて、ずっとその地名ばかりが、頭から離れなかった。

僕は全てをリセットして、そこに唯、行きたかった。
徳島県三好市東祖谷久保山

「智志、ちゃんと連絡しろよ、電源切るなよっ!」
別れ際3人にそれぞれに肩を軽く叩かれて、ちょっと目尻が熱くなった。

あの時、
僕は母の故郷のことを
何一つ知らなかった。











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小説  斜陽 3   SA-NE著

2017年12月13日 | Weblog


裕基の帰った部屋には、まだ柑橘系の匂いが残っていた。
裕基が持参したお供え物のタルトは、生きている僕の胃袋を、一つ一つ満たしている。
写真の中の母は、温厚な顔をしている。とびきり美人ではないけれど、笑った時の二重の目元は、若い頃と変わらない。
僕の薄い唇の形は母とは違う。

「私生子」と言う言葉が、キズの付いたCDのメロディみたいに、何度も何度も頭の中でリプレイされている。
この世界で僕は一人きりになってしまった。
母が触れた物、母の痕跡の残る物、何でもいい。僕の空虚な隙間を繋げてくれるものなら、何でもいい。
こじんまりと片付けられている、母の部屋の押入れの中の物を、僕は丁寧に畳の上に広げていった。

真っ白な表紙のアルバムが、一冊。どれもみんな、僕の写真だった。
新生児、一歳、二歳、三歳誕生日ごとに必ず撮してくれている。
高校生になった辺りから、何故かスナップ写真に変わっていた。僕が恥ずかしいからと、逃げていたあの頃だ。

母はあの時、少しだけ悲しげな顔をした。
写真には一枚ずつ、淡いグリーン色のカードが貼り付けられていて、お決まりの右肩あがりの文字で、
(愛する智志○才おめでとう)
と書いてある。

アルバムを見ながら、また涙腺がキリッと痛くなって、涙が流れた。
母の若い頃の写真は、一枚も無いことに、初めて気が付いた。
僕が生まれた時からの写真しか、無い。
僕を生むまでの、母の35年間の痕跡を、母は何一つ遺していなかった。

不意にその箱は、押入れの一番奥から出てきた。
いかにも母らしかった。市販の箱ではない。素麺の入っていた高さ3センチ程の薄い木箱た。
その中には無地で透かし絵も、入っていない、母の便箋が入っていた。。

僕は便箋を一枚、何気なくめくった。落葉樹の落ちる様な音が、指先を滑る。
それは母の晩年の文字だ。文字が途切れながら、小さく震えていた。
不意に僕の手により、見つけてしまった、書きかけの母の手紙。その二行に胸が震えた。

前略
ご無沙汰しておりました。
さて、わたしはあれから

母さん、この続きは何を書きかけたの。
母さん、この手紙は、誰に宛てようとしたの。

近くの商店街のスピーカーから、クリスマスソングがノイズ混じりに流れていた。
やがて、僕は
その手紙の空白を辿る旅に出ることになる。













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小説  斜陽 2  SA-NE著

2017年12月10日 | Weblog


母が亡くなってから、不思議な夢を見るようになった。
四十九日を過ぎても、納骨出来ないことの暗澹とした思いが僕の中で燻っているせいなのか、兎に角不思議な夢。
視界の前には二つの重なる様な山があって、手前に田畑が一面に広がっている。

田畑の間に一本の小道が、刷毛で掃いたようになだらかに続いている。僕は手前側の小高い石垣の上に、立っている。
振り返ると、知らない小柄な老夫婦が昼間の幽霊みたいに立っていて、僕は背中がゾクッとして、慌てて逃げようとして
石垣から真っ逆さまに落ちる。

一瞬手をバタバタ広げると、僕の体は宙に浮いて、小道を眺めながら、空を飛んでいる。どこかで母の声がする。
「さとしっ!さとしっ!」
アパートのドアを鈍く叩く音で目が醒めた。

「智志っ、いるのか?」
ドアの前には、佐藤裕基がスーツ姿で青竹みたいに立っていた。
大学時代からの友人で、彼に感化されるみたいに、同じシステムエンジニアの仕事に就いた。
裕基は長身でまさに、眉目秀麗とは彼の為にある言葉なんだと、僕は思っていた。裕基は裕福な家庭で、育った。

僕とは対照的な境遇だ。でも、何故か僕達は気があった。
価値観も人生観も一致していた。
僕が私生子だって話も、裕基にだけは、打ち明けていた。
でも、一つだけ打ち明けてない事実がある。

もう過去の話だけど、打ち明けてしまえば、僕達の友人関係は永遠に断ち切られてしまう。
「智志、携帯の電源切ったままだろう?みんな心配してたんだぞっ」
台所が玄関みたいな部屋に入りながら、裕基が靴を揃えて脱ぐ。

裕基のいつもの柑橘系の柔軟剤の香りが、部屋に立ち込める。僕はバサバサの髪を手で軽く直す。
裕基は、台所の隣の母の部屋に真っ直ぐに入っていくと、仏壇の前に正座をした。

「智志、納骨どうすんの。菩提寺とかないの?」
「今は、何も考えたくないんだよ」
僕はドリップコーヒーをたてながら、裕基の横顔を見ていた。

裕基は悲壮感漂う僕の顔を見て、確かめる様に、一本の線香に火を点けた。
そして、手を合わせ、独り言の様に母の小さな遺影に話しかけている。

「おばちゃん、貴方のご子息様のさとしくんは、35歳にもなって、毎日毎日、泣いて暮らしております。
化けてでてやって、一喝して下さい。このままでは、ダメ男になってしまいます」
手を合わせながら、裕基は自分の言葉に苦笑していた。
台所の隅の洗面所の曇った小さな鏡の中に、中肉中背童顔のボサボサ髪の僕が、じっと此方を見ていた。














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小説 「斜陽 」     SAーNE 著

2017年12月09日 | Weblog

まるで空気さえ、存在しない様な乾いた部屋で、僕は畳の上で大の字に寝ころび、天井を見ていた。
「私が死んだら、献体してよ、お葬式代が要らないからね。骨は適当に海に撒いてね」
母が時々真顔で口にしていたけれど、叶えてはあげられなかった。長い闘病の末に、
安息についた母の身体を他人の誰かに晒されることが、耐えられなかった。
母は骨に変わった。

壁掛けのカレンダーは、9月のまま。13日の日付に黒のボールペンで○を入れて、その下に入院と書いてある。母の右肩上がりの文字だ。
ここ数日間の記憶が、曖昧だ。どこか上の空だ。
極度の疲労感と妙な違和感に苛まれながら、漠然と時間に急き立てられていた。

「35にもなって、何やってるの!智志、しっかりなさい!」
っていつもの母なら叱るのだろうけど、
母は無機物な骨になった。

遺族の一人の息子役と言っても、僕には兄弟はいない。ずっと母と二人きりだった。
古びたアパートの母の部屋にあるのは、畳の部屋に不似合いな洋風のミニ仏壇に祖父母のお位牌。茶湯器に鈴。母の部屋はいつも
お線香の臭いが染み付いていて、子供の頃は僕は母の部屋には余り入らなかった。東京の郊外の裏山のある小さな町。
母は昼夜を問わず働いて、僕を育ててくれた。物心ついた時には、父親の存在はなかった。

小学校の同級生に、母子家庭の子がいたから、僕のお父さんも事故か何かでいないんだろうと、漠然と思っていた。
高校を卒業して就職したいと母に話したら、物凄い形相で叱られた。

「大学を卒業してから、働きなさいっ、学歴が一番なのよ」
母に一喝されたら、僕は手も足もでなかった。僕の中で母は絶対的権力を持ち、僕はひたすら猛勉強をして、
そこそこの大学を合格して、大手企業に就職をした。

僕が私生子だとわかったのは、高校生の時だった。修学旅行に必要なパスポートの申請手続きをした時だった。

パスポートの手続きを済ませてから、僕は数日間、母の顔を直視できなかった。
父親不明?
森田智志
根っこがないよ。

憶測ばかりが、後から後から沸いてきて、心が窮屈になって、ストレス性胃炎、それから数ヶ月不眠症になった。
そんな深刻な話を相談する相手もなくて、いつもなら母親に何でもさらけ出していたのに、あの時の最大の苦悩の原因は、母そのものだった。

「母さん、僕のお父さんは誰?」
「母さん、僕は望んで生まれたの?」
暗中模索の繰り返し、僕は何も聞けなかった。

母を尊敬していたから、無闇な言葉で母を傷つけたくなかった。
あの時の衝撃よりも、今の喪失感は深い。
カーテンの隙間からオレンジ色の西日が空から降り注ぐ一本の帯のように、母を包んだ真白な布を、染めていく。
「夕日の晴れ着だよ、母さん…古稀のお祝いみたいだね」
僕は泣いた。子供みたいにがむしゃらに、泣いた。















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索漠とした樹林に寂寥をこころに秘めて

2017年12月08日 | Weblog

美と神秘の豊潤な木立に分け入り自然が語りかける言葉を聴き
荒涼とした寂寥を索漠に楽しむことっていいじゃないかな

















































































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冬枯れの山里は雪降るまえに華やかに

2017年12月06日 | Weblog


じわじわと寒波が押し寄せて雪の季節がやってきたが、モノトーン一色の
味気なさはこれからの長い冬を耐えるには心地よいものではない

たまには、ぱっと華やかな気分になりたいものである、で、カメラの設定を
クリエイティブフィルターにして油絵風にアレンジしてたのしんだ

































































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雪降る前の山里は静まり返る廃家の風情

2017年12月04日 | Weblog

最終の民家にひとり寂しく暮らしていたじいさんも子供さんの処に行くと山を下りてから
祖谷に帰ったかどうかも判らない、いまはどうして居ることやら、風の便りも聞かない

他の数件の民家はず~と前から廃家であったことから、哀しい雰囲気は年を重ねて
孤独を耐えて崩れ去るのを数える風情は重厚である

佇んで眺めていると儚い世の移ろいに胸に込み上げる思いがしてくる







































































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里山は冬枯れのなか色彩も豊かに映えて

2017年12月01日 | Weblog

今の時期、里山歩きは冬枯れのなかに色彩が多数にあり、それを眺めながらの歩きは
たのしいものである、花の少ないなかで、茶の花の清楚な佇まいやホトケノザの
細やかな風情はこころを和ませてくれてうれしい

山頂が近くなるに従い、すばらしい展望を欲しいままにする心地よさは格別である
自然の、木々の、空の、雲の、空気の、匂いの、移ろいを肌に感じて、歩き、を
楽しめることのよろこびを、いま、ここに、生きて、味わえることはすばらしい







































































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