秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

小説  斜陽 4   SA-NE著

2017年12月14日 | Weblog


「いつものメンバーでいつもの店で夜ごはんします」
ハートマーク付きのメールが、裕基から届いたのは、会社に提出していた退職願が受理された、明くる日だった。

了解と返信した。

12月の夜の街は、巨大な光の中で踊っているみたいに見えた。
知らない内に魔法にかかるみたいに、夜に紛れていく
淡々とひたすら急ぐ者や、一つの集団になって騒いでいる電波障害になったラジオみたいな若者の話し声や
愉しそうな家族連れで、溢れている。

僕達は、4人組になって、その人混みに同化するように、歩いていく。
繁華街から一つ、角を曲がると、いつもの居酒屋がある。
暖簾はない。暖簾の代わりに一枚の板が立て掛けられている。

仕事してます
と墨で書いた手書きの文字が、どこか面白くて僕達はこの店も料理も気にいっている。
裕基、伸一、亮也、そして僕。
大学時代からの仲間だ。
伸一と会うのは、母の葬儀以来だった。

僕達の座る場所は、四角い木のテーブルを囲んで、僕の隣に、裕基。伸一の隣に亮也と何故かいつも決まっている。
伸一が、何か憐れむ者を見る目で僕に話しかけた。

「少しは落ち着いたかい」亮也は、店の女の子をからかいながら、いつもの注文をしていた。
「うん…まあ…少し」
僕は膝に当てた両手を擦りながら、返事をした。

生ビールが4つ、すぐに運ばれてきた。
裕基が真面目な顔で挨拶を始めた。
「本日は森田智志君のお疲れ様会にお運び頂きまして、数少ない友人の一人として、感謝申し上げます。
ではとりあえず、乾杯っ!」

亮也は口を付けようとしたジョッキを、慌てて離して持ち直した。
僕は少し照れながら、軽くお辞儀をして、4人のジョッキを合わせた。
伸一は僕に痩せたなあ、ちゃんと食べてるの、仕事辞めてこれからどうやって生活するの みたいな事を延々と話しかけてきた。
裕基は取引先から電話がかかり、その度に外に出て行った。

店のカウンター脇のテレビからは、今年の重大ニュースの特番が流れていた。
指名手配犯、17年逃亡の果てに自ら自首。
僕の背中ごしに座っていた、中年の女性が夫らしき人に「17年よ~信じられないわよね~17年間も潜んでるなんて、考えられない~」
と声を少し荒らげながら、話していた。

僕は、ずっと母の事ばかり考えていた。
母の相続の手続きで、再び目にした戸籍謄本。母の書きかけの手紙を見つけた日から、僕は無性に誰かと繋がっていたくて
僕が僕である理由みたいなものを、見つけたくて、ずっとその地名ばかりが、頭から離れなかった。

僕は全てをリセットして、そこに唯、行きたかった。
徳島県三好市東祖谷久保山

「智志、ちゃんと連絡しろよ、電源切るなよっ!」
別れ際3人にそれぞれに肩を軽く叩かれて、ちょっと目尻が熱くなった。

あの時、
僕は母の故郷のことを
何一つ知らなかった。











コメント
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