秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

雨上がりの山里に春の草花が躍動して爽やかだ

2018年02月26日 | Weblog



雨上がりのしっとりとしたきょうは、ほんとに春らしくなって
快晴に日差しも暑く感じて、風が身体を吹き抜けてゆく爽やかさを覚える

草花の芽吹きも初々しく爽やか、すべての風景が新鮮に目に飛び込んでくる
ああ~、すばらしい自然の躍動が始まりかけているというのに

痛む足を引きずり引きずり歩く姿が異彩を放っているが、ウグイスの鳴き声を耳にしながらの
歩き、には身体は崩れかけでも、脳とこころが生き返るような感覚に酔いしれることが出来た


























































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里山を歩き山頂の眺望にこころが震撼とするとき

2018年02月22日 | Weblog



山から山、里から里、へと渡り歩いて山の風景を好ましく思っているぼくにとって、
山頂から予期しない思わぬ風景に出くわすと、自然と風景にこころが震撼としてしまう、

樹間から眺望するのは何時もの山々ではなく、小島を配した海原に、え、ここからと驚愕して、
戸惑うことすらある、間をおいて、ゆすらゆすらと波打つように、こころが揺さぶられて
なんとも云い難い新たな境地へと誘ってくれる

それは、闇のなかを潜り抜けて、トンネルを出たときのようなまばゆい新鮮さである
まさしくこのような風景に魅せられることこそ、「魂の救急箱」、のようなものだ



























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山里に春を告げる快晴に陽射しは温もりて

2018年02月20日 | Weblog


快晴の空が続き陽射しはこの上ない暖かさにきょうは向かいの皿ガ嶺連峰もくっきりと浮かび上がり
眺望のたのしさを味わいうれしくなった

たしかに、春の息吹だ、日当たりのよい瀬戸風峠道に、春の匂いを存分に楽しみ
空は真っ青、深呼吸して春を吸い込む、ありがたいことだ、穏やかな日差し、柔らかい風が身体を吹き抜けてゆく






















































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山里に早春の息吹を感じて歩けば

2018年02月17日 | Weblog


朝晩の厳しい冷え込み、雪の舞い降りる日、冷たい雨の日、それぞれの
気候が変わりすぎて、何時の間にか春の訪れを告げる風景となってきた

空の色も、雲の流れも、風の匂いも、小川のささやきも、小鳥の囀りも
時間の流れに逆らうことなく従順に変化を受け入れてゆく自然の営み

道すがらのひとに同じ道を、よう、飽きずに歩かれますなあ、と云われた、
どうも、他の方はそう思うのだな、といまさらながら、気づいた、

自分はそう、思ったことは無い、昨日の風景、昨日の自分、は過去のもので
消えて無くなっている、いまこの風景、いまの自分に新鮮なものを感じている

コロコロと絶え間なく、時間に従って新鮮に剥がれてゆく自分のココロに
流転のよろこびに、かなしみに、せつなさに、人生は転がって果ててゆくもの










































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小説  斜陽 最終章(後編) SA-NE著

2018年02月12日 | Weblog




僕と美香さんは、
数人の年配の人達と一緒に、松結わえと、しのべ竹の燃える高い炎をじっと見ていた。
近付いたら、服に火の粉が降ってくる。少し後退りした。

前にいた人の携帯電話が、鳴った。
「お~、今は火とぼしに来とんじゃわ、また後でかけ直すわ~」と甲高い声で話していた。
隣にいた男の人が、笑いながら話し出した。

「今は便利な世の中になったけど、昔は家の固定電話か、手紙でしか用事を伝えることが出来んかったよなあ」
「電報もあった!」
「電報は、かなり昔だろう、お前、歳がバレルぞ~」回りの人達が、一斉に笑っていた。

炎の回りは日常の何気ない会話で溢れていた。厳粛な面持ちの人はいなくて、みんな朗らかな様子だった。
僕は黙って、オレンジ色に似た炎を見ていた。
この炎が送り火なら、今僕は母の故郷の山で母の魂を再び、見送っているのだ。
夕べ、宮さんが話した事を思い出していた。

祖谷山の話をする時の宮さんの顔は、えびす顔になる。
「旅行中に、まるで迷い込んだみたいに祖谷山と出逢って、この山や里道を歩いて過ごせた歳月を、祖谷山の神様に感謝しているよ。
歳を重ねていると、晨星落落の儚さと対峙しなければならないけど、それはこの世に生まれた者の宿命で、仕方のないことだからなあ…。
森田くん、若い時に生命を磨きなさいよ。若い時に磨いておけば、重ねて行く歳も又、愉快に思えるからな」

漠然としていると、足元で大きな音がして、火の粉が方々に散った。
「気をつけて、竹が弾くよっ」
美香さんが、僕の腕を引っ張った。
松結わえと共に焚かれた竹の節が、パンッパンッと高く鳴り響きながら、裂けていく。

「しのべ竹は、必ず端に節を残して切っているのよ。数年前まで、私知らなかったの」美香さんが、後退りしながら、言った。
炎は、少しずつ小さくなっていく。
やがて、灰に代わろうとしながら、一瞬の時間を刻む様に、小さな音を発している。

母の荼毘の後の、残骸の音と同じ音が灰の奥から、聞こえた。カチッカチッと、囁くような抜け殻の鳴く音。抜け殻の匂い。
母の魂が再び、泣いている。

「美香さん、戒名って何ですか…この世が終わって、あの世でも名前があるなんて、不思議な気がします。
ずっと、考えてました。戒名のあの世の名前は、どんな時に必要なんですか…」僕は美香さんを見た。
美香さんは、小さな声で呟いた。

「今度あの世に行った時に、主人に聞いてみるわ」そう言うと、
美香さんは、炎の残像を追いかけるみたいに、じっと灰を見つめていた。
さっきの老人が、煙草を噎せる様に吸い、呟いた。

「今年の火とぼしは、竹がようけ鳴ったのぉ、あんがに高い音は今まで聞いたことない
竹の鳴る音は仏さんが地の底でヨロコブ声じゃ」
老人の手から息子さんが、煙草を取った。木漏れ日の中で、捨てられた煙草の煙が揺れていた。

気がつくと、いつの間にか、集落の人達はいなくなっていた。
新仏さんの身内の人達だけが残り、お堂の雨戸を閉めたり、火とぼしの後の火の始末をしていた。
竹の棚も知らない内に燃やされていた。存在しない物なんて、この世には無い様に思った。
存在するからこそ、存在しないと言う言葉が在るのではないか…僕の頭をそんな下手くそな哲学が不意に過った。

一時間余りの間に、送り火の弔いは終わり、何の痕跡を遺すことなく、境内は元の異空間の静寂に包まれていた。
美香さんと、車を停めた場所に戻った。

晴天の空に浮かんだ雲に、小さな雲が重なっては離れ、二度と同じ形にならないそれらは、まるで人の人生みたいに思えた。
赤レンガ色の小さなトンボが、畑を上を低く飛んでいた。

「夏が…終わったね」
美香さんは、そう言うと思い切り背伸びして、車に乗り込んだ。
「今日はお客さんのお接待があるから、終わるのは4時過ぎだからね。
気を遣わなくていいから、適当に私の家で働いたらいいわよ」
美香さんは、笑いながら車のスタートキーを押した。急峻な山々に囲まれた九鬼山は、久保山に似ていた。
美香さんの家は、茅葺き屋根をトタンで修復した、大きな家だった。
庭先からきれいに掃除されていて、開け放した戸から風が吹き抜けて、天然の冷蔵庫の中に座っているみたいだった。

僕は、お皿を洗ったり、ビールを出したり、結構忙しかった。知らない人達から
「東京の人って、カッコいいなあ!」と言われた。その度に、笑って愛想をした。

夕方の4時過ぎには、お客さん達も帰り、部屋の中は無音の静けさに戻った。
美香さんは全部の部屋の戸を丁寧に閉めて、確認していた。

「空き家の維持は色々と大変よ、少しでも隙間を作ると、ネズミちゃんが悦ぶからね~
維持は大変だけど、この家に帰ると、身体も心も一番落ち着くからね、
自分の生家の存在って、ココロに保険を掛けているみたいなものね」と笑っていた。

九鬼山を下って、中上集落を過ぎ、対岸の落合集落を見て 国道に降りた。
美香さんは、いつもより多い対向車に、ブツブツ言いながら後退していた。
道幅が広くなった京上を過ぎて、民俗資料館前を過ぎた。

僕は思わず、声に出して言った。
「美香さんっ、本。前に話していた本を、取りに寄らないんですか!」
美香さんは、「忘れるとこだったわ~5時前に寄るからって約束してたのに~」と慌てて
資料館に引き返した。

資料館の前に車を停めて、僕達は中に入った。
閉館中から気になっていた場所だったから、入館出来て少し嬉しかった。
美香さんは、係りの女性と知り合いみたいで、
「ゴメンね~閉館ギリギリになったわね」
と言いながら、笑っていた。

愛想の良い女性が、「まだ時間があるから、ゆっくり展示物見て下さいね」と言いながら、美香さんと何かの談笑をしていた。
「入館料払ったんだから、ゆっくり見なさいよっ」と美香さんに言われて、僕は展示品を一人で一つ一つ、観賞していた。
暫くすると、係りの女性が思い出した様に美香さんに言った。
「忘れるとこだったわ、ダメね、肝心なことを忘れるのよね~倉庫に預かっていた本を返すのよね」
美香さんも、「私もそれを忘れるとこだったわ」
と二人で大笑いしていた。

資料館の奥に、大きな扉があった。
係りの女性が、鍵を差し込んで扉を開けた。
狭い空間に、高い棚が設置されていて、高い場所に開閉式の窓が取り付けてあった。
古い紙の臭いが漂っていた。紙の臭いなのか、黴の臭いなのか、区別がつかなかった。
棚には隙間なく、書物が平積みで並べられていて、床には数個の段ボールがそのままで置かれていた。

「山野様寄贈」と書かれた紙が張られた段ボールを一つ、パイプ椅子に乗って女性が棚から降ろしてくれた。
「この箱が美香さんに返すものよ、確認してね」
そう言うと、資料館にお客さんが来たみたいで、女性は慌てて直ぐに倉庫から出て言った。

美香さんが、
「こんなに沢山の祖谷の資料が、埋もれているのね…父は古書には触らせても、くれなかったわ」
「この一箱、全部頂いていいんですか?」
と僕が高揚して聞くと、美香さんはサラリと「どうぞ、どうぞ」と笑った。
資料館の方で、係りの女性が美香さんを呼んでいた。

「お客さんが、ハート村の伝説を詳しく教えてって、ちょっと美香さん、お願いします~」
美香さんは、はしゃぎながら、倉庫から出て行った。隔絶された空間で
僕は一人になった。外を走る車の音が、籠ったみたいに届いてくる。

段ボールの箱を、そっと開けた。
焼け跡から見つけた位に、酷く乾いて褐色になった古書が、一番上にあった。
僕の探していた、古書だった。

僕は、パイプ椅子に座り、その本を手に取った。
破れない様に、ドキドキしながら丁寧に捲っていった。
ページをめくる手がふと止まった。
一行書きの白い便箋が一枚、二つに折られて、挟んであった。
数台の車の遠ざかる音。
遠くに聞こえる、美香さん達の笑い声。

僕は、挟んでいた紙をゆっくりと広げた。
見覚えのある文字に、膝から力が抜けるみたいに、身体が震えた。


智之様
頂いていた書物をお返し致します。
この本は、貴方が持たれていた方が、相応しいと思います。
これからの人生を、私は一人で歩いて行きます。
どうぞお身体を、大切にされてご家族の方々を お守り下さい。

志代

涙がポタリと、僕の掌に落ちた。
涙はやがて嗚咽にかわり、僕は肩を震わせて泣いていた。
「母さん…母さん…
母さんは、ずっとここに隠れていたんだね
やっと見つけたよ…ゴメンよ…母さん」


美香さん達の足音が近くに聞こえてきた。
僕は本の中に すぐに手紙を仕舞った。
僕の顔は涙で、ぐしゃぐしゃになっていた。

「泣くほど、欲しい本だったの~全く本当に泣き上戸だよね。
しっかりしなさいよっ森田智志っ」

開閉式の窓から、山々の稜線を茜色で縁取る様に燃えながら耀く夕日が射し込んで、
スローモーションで僕の白いTシャツを染めていった。



翌日。
新大阪の駅の改札で、裕基と待ち合わせた。
裕基の体に隠れるようにして、小さな手が見えた。
僕は、しゃがんで女の子を見た。
女の子のポシェットが、揺れた。ポシェットと一緒に、何かが光って揺れた。
見覚えのある、四つ葉のクローバーのキーリング。
あの日、有里にプレゼントしたキーリングだった。
「智志、俺の娘だよ、はじめましてだよな~」

美香さんと同じ瞳をした女の子が、僕を見て恥ずかしそうに、にっこりと笑った。














あとがき

初めて書いた小説、天女花から十年余りでしょうか。私も確実に、年齢を重ねました。
祖谷を美しく描写したいと常に焦りにも似た衝動に駆られておりましたが、語彙に乏しい私には
叶えられない行為であることを、実感致しました。

小説上に登場致します、祖谷の様々な風習は、各集落によって相違し、今では営むことも困難な集落もありますことを、御了承下さい。
私の心に棲む、囲炉裏ばたの爺やんは、幼少期に聞いたお念仏と共に、私自身を形成した始まりでありました。
そして祖谷は、美しい言葉で無理に表現しなくても、存在だけで美しくと言うことを、実感致しました。
それはきっと、読者の皆様方の心の故郷、「父ちゃん、母ちゃん」ではないでしょうか。

皆様の愛する方々が、譬えこの世界から消えてしまっても、風が永遠で在るように、愛する想いは永遠であると信じております。
今回もご迷惑を御掛け致しました、ブログの主様に、感謝申し上げます。ありがとうございました。

                                           SAーNE
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小説  斜陽 最終章(前編)  SA-NE著

2018年02月11日 | Weblog


昨夜降った雨で、祖谷川は水嵩を増していた。
彼方の山々を包む空が、淡く燃え立つ様な、オレンジ色の朝焼けに耀いている。

朝の5時半に僕達は、久保山の麓に建つ、お堂に着いた。
お堂は成長した杉の大木と竹林に囲まれ、夕刻の様な静寂に佇んでいた。
何処かで蜩が鳴いていた

地面に生えた夏草は、所々きれいに抜き取ってあり、柔らかい土が、剥き出しになっていた。
芝生みたいな低い雑草が、剥げかけの薄緑の絨毯みたいに、お堂の庭一面に広がっていた。

苔蒸した古い石垣の隙間には、雑草が垂れぎみに遠慮がちに伸び
昨夜の雨の雫が、葉先にしがみついていた。

一枚一枚の葉先から、異なる幾つもの匂いが放たれて
呼吸するそれらは自然界の造りだす虚空の結界みたいに思えた。

美香さんは、車に積んだ荷物を出して、ゆっくりと準備を初めていた。
境内の隅には、竹を組んで作った棚が、置いてあった。
紐の代わりに藁を使い、まるで竹の工芸品を見ているみたいだった。

「その棚は、ヒダナって言ってね、タツミの時にも同じ物を作るのよ」
美香さんが、こちらをチラッと見て教えてくれた。

僕が昨日渡していた、母の戒名を、美香さんは白い短冊に写していた。
その短冊を「お位牌のダミーだから」と言いながら、竹で組み立てた、棚の上に乗せた。
もう一つの棚に、美香さんのお父さんのお位牌が置かれた。

その前に仏様の小さなお膳が置かれていた。母の四十九日に見た物と同じだった。
僕の母のヒダナにも、同じ物が紙のお皿に容れて、盛られていた。短冊のお位牌に、紙のお皿の仏飯器。
高尚な住職が見たら、悲鳴を上げて叱るのだろうなと、想像したら可笑しくなった。

6時前から、集落の人達は何処からともなく、集まってきた。
対岸の山に霧が生まれては、消えて行く。
あの鐘の音が、流れてきた。太陽の光が、杉の木立から零れてくる。

美香さんの隣で、集落の一人一人に僕はひたすら頭を下げて、挨拶をした。
シゲ爺さんの息子さん夫婦や、あの時居た集落の人達が集まっていた。
一度会っただけなのに、昔からの知りあいみたいな、不思議な居心地だった。

僕が殴りかけたあの男性は、別人みたいに大人しそうな佇まいで、銀杏の木の根元に立っていた。
美香さんは、日本酒を詰め合わせた箱の上に、のし紙に森田と書いた物を準備してくれていた。

「集落への礼儀だからね、立て替えだよっ、お金は立て替えだよ」と二回も囁いた。
「気を遣わしてすまんな、ありがとう」と集落の人がお礼を言った意味が、後から判った。

礼儀を欠く事が、一番嫌われる事だと、美香さんの持論みたいだった。
集落の今年の新仏様は、3人なのか、3つの棚が置かれていた。
一列に並んで端から順番に手を合わせていく。

棚の上には、何も置いてない里芋の葉と、生の米粒が一握り乗せてある里芋の葉。
薄紫のハギの花の先端とハギの花の茎で作った短い箸が添えられていた。
その横に湯飲みに入れた水と鈴が置かれていた。

シゲ爺さんのお通夜の時の作法に似ていた。僕は美香さんの隣で、必死でやり方を見ていた。
里芋の葉の上に箸で生の米粒を挟んで置いて、その上からハギの花の先に湯飲みの水を三回、少しだけ付ける。

そしてリンを鳴らして、合掌。これが一連の作法だ。
鈴を鳴らす回数は、統一されていないのか、みんな違っていた。
見渡せば、三十人程が、お堂に集まっていた。

数人に抱えられるみたいにして、お堂の縁側に凭れていた、高齢の老人がいた。
シゲ爺さんの面影があって、美香さんに聞いたら、シゲ爺さんの弟で
普段は地元の施設に入所していて、お正月とお盆だけ、家族が自宅に連れて帰っているとのことだった。

その老人の傍に、シゲ爺さんの息子さんが、僕を連れて行った。
森田のシヨちゃんの息子さんだよと、僕を紹介してくれた。

僕は照れながら、頭を下げた。シゲ爺さんと同じ目元をしていて
シゲ爺さんが少し若返って現れた幽霊みたいで、妙な感覚がした。

「そうか…シヨちゃんは、元気にしよるか」
斑な無精髭を伸ばした老人が、柔和な表情で僕を見て、顔を綻ばせて悦んでいた。

「そうか…シヨちゃんは、元気にしよるか…良かった、良かった」と頷いた。
「親父よ、何回も言わすなよ、森田のシヨさんは、去年亡くなったって、さっきから言いよるだろっ!」
息子さんが、老人の耳元で声を張り上げていた。

僕は老人の耳元で、声を張り上げた。
「はいっ、母は元気に暮らしてますっ!」
老人は うん、うんと二回頷いて、僕の頭を撫でた。
美香さんが、チラッと僕を見て、微笑っていた。

お堂の畳の間では、集落の人達が、お経を唱え始めた。
電柱に止まった痩せたカラスが、二回鳴いた。
棚の傍に祀られていた松結わえと、一メートル位の長さに切ったしのべ竹を、
数人の人達が境内の隅に一箇所に集めていた。

送り火の儀式、火とぼしの供養が始まろうとしていた。
蝉の声が、木々を伝いながら響いている。
一陣の風が渡り、落葉樹の葉擦れの音がした。
























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小説  斜陽 40  SA-NE著

2018年02月09日 | Weblog




「話した事なかったけど、私の父はこの久保山の出身なの…」
「え…?宮さんから聞きましたが、美香さんは九鬼山の集落ですよね。
中上の集落の上ですよね…」

「そう、あのハート村伝説の上よ。私の父は婿養子だったの。
父は村役場に勤めていてね、村長さんに母を勧められて、そのまま婿養子に入ったの」
一瞬、裕基の顔が過った。

「でね、父は私の前では、一度も愚痴や弱音を吐いたことがなかったけど
父が仲良くしていた従兄弟が亡くなった通夜の席で、飲みすぎて他の従兄弟に愚痴ったんですって」
「愚痴った…?」

「そう、わしは自分の名字を捨てて女房の籍に入った。わしの生きたそれまでの25年が
全部仮の人生だったみたいで、男として辛かった。惨めだったって」

「名字が変わるだけなのに…惨めって…なんでお父さんは断らなかったんですか?」
「時代背景だったのね。昔の村長さんは、絶対権力を持っていて、村で一番崇拝されていたからね」
「なんか、気の毒な話しですね」
そう言いながら、有里の顔が一瞬過った。

「昔はそんな話は、沢山あったみたいよ。父は私に厳しかったけど、愛情を持って育ててくれたわ。
親戚の人に言わせたら、美香の顔が親父似だったから、よけいに可愛かったんだろうって。
私ね、ずっと考えていたの。せめて父のお盆の火とぼしは父の生まれた集落で営んであげようって。
九鬼山の人達に相談したら、美香さんの親なんだから、思う通りに遣りなさいって言って貰えたの。
だから、明日は久保山のお堂で、営むのよ。
親戚の人達も久保山の人達も全部顔見知りだから、火とぼしの場所が変わるだけなのよ」

「じゃあ、僕は美香さんと一緒に明日、居られるんですねっ」
僕は嬉しくなって、思わず両手を高く上に挙げた。
「森田くんって、賢いけど本当に幼稚よね」
美香さんは、僕を見て失笑した。

「それで、今回はいつまでいられるの?」
「明日の夕方までです。明日中に大阪まで帰って、予約しているホテルに泊まって
あくる日友達とユニバーサルに付き合わされるんです」

「大阪か~フリーターなのに忙しいね~どうせ断れなかったんでしょう」
「あ…はい…」

「お墓、どうするの?お母さんの…」
「出来れば、祖谷のご先祖様の隣に、建ててあげたいです」

「それが一番だと、私も思うよ。故郷の匂いに抱かれて眠ることが、何よりもの供養だと思うよ。
あの世のことは私は逝ってないから判らないけど、生きてる側の都合を、押し付けるなんて
そんなの仏様への慈悲じゃないと思うよ。

尊く弔うことで、充分だと私は思うわ。ゼロは永遠にゼロなのに
そのゼロに人間と言う生き物は、あれこれと理屈みたいな装飾を施すのよ。その装飾は自己満足以外の何物でもなくてね。
私って、何訳の判らないことを、話しているのかしら?お盆だから、誰かが憑依したのかしら」
美香さんは、自分の頭を手で軽く叩いて、朗笑した。

「僕、また帰ってきてもいいですか…」
「帰ってこないと、お墓完成しないわよ…今後の事はお墓を完成させてから、森田くんが決めることね。
一人で決められないまま、ヨボヨボのお爺さんになってしまうかもね」美香さんは、くすっと微笑った。

「美香さんも、美香さんも…お婆さ…ん…に」
言い返そうと思った途端に、不意に涙が出てきて、美香さんの顔が涙で見えなくなった。

二人で作った、松結わえ108束を久保山のお堂の縁側に置いた。
柔らかな風が渡った。縁側に置いた、松結わえに杉の木立の隙間から
包み込む様に西日の影が、揺れていた。










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小説  斜陽 39  SA-NE著

2018年02月08日 | Weblog


「昔、親子で参加するキャンプのイベントがあって、ロープとか紐の結び方を
習った時の感覚を思い出したんです。
この結び方は多分、記憶は曖昧ですが、もやい結びに似てますよ…」
「やっぱり、賢い人は記憶力が違うわね~」
美香さんは、僕を覗きこんで笑った。

「これと同じものを、108組作るのよ、二年分ならその倍ね。
一年でも二年でも、今はその家が自由に決めているみたいよ」
「美香さんのお父さんも、初盆ですよね。これを作らなくていいんですか?」

「8月の1日に親戚の人が数人集まって、二年分作ってくれたの。私もその時に教えてもらって
松結わえ初デビューしたんだけど、森田くんみたいに、上手に結べなかったわ」
美香さんは藁の固さに悪戦苦闘していた。

「僕は上手に結べても、小さいのが二本とかの、物の加減がさっぱり判りません。
適当と言う言葉が一番苦手で、定規を充てて印を付けて、このラインを超えたらアウトとか
明確にして貰わないと、決められません。昔、母から帰りが遅くなるから、お茶を沸かしておいてと頼まれて
やかんにお茶の葉を半分位容れて、叱られた時がありました。あれ以来母はお茶パックを切らしたことがありません」

美香さんは、何か不思議な物を観察するみたいに、僕を見て、暫くして納得したみたいに微笑っていた。
宮さんの奥さんの手作りのお弁当を二人で食べた。

祖谷のジャガイモと豆腐のミニ田楽
朝の採れたて卵の卵焼き
こんにゃくの煮物

自家製沢庵
美味しくて、味を噛みしめながら食べていた。
綺麗で優しくて料理が上手で、口に出しては言えないけれど
宮さんが幸せそうに笑えるのは、奥さんの内助の功あってのことだと僕は思う。

美香さんに教えて貰いたい事は一杯あったけど、向かい側の景色を眺めながら
黙々と食べている美香さんに話しかけたら、また眉間に皺を寄せられたら恐いから、黙っていた。
水彩画みたいな真っ青な空が広がり、太陽は燦々と真上に上がって
照りつける陽射しは暑くて、じっとしていても、汗が出てきた。
でも、不快な暑さではなかった。

36年間。東京しか知らなかった僕。夏は酷暑でアスファルトの照り返しに、舞い上がる排気ガス。
街全体が巨大な壊れた空気清浄機の中で、回転しているみたいに感じていた僕だったけど
身体は適応出来ていた筈だった。でも、ここに来た時に感じた、細胞が洗われていく感覚。
土が全てを吸収して、浄化されていく感覚。この場所は、子供の頃裏山で造った、秘密の隠れ家みたいに思えた。
大勢に見付かって、押し寄せられたら、聖地で無くなってしまう。

ペットボトルのお茶を開けて、美香さんが話し始めた。
「今日と明日が新仏様のお盆の供養でね、今作っているのが、松結わえ、松結わいとも言われてね
明日の早朝にこの松結わえを、しのべ竹と一緒に燃やすのよ。
場所はお墓の前だったり、その人の住んでいた集落のお堂。それが盆の火とぼしの行事」
美香さんは、話しながら、また松と殻を結び始めた。

「僕はこれを、どうしたらいいんですか…?宮さんの家に持ち帰るんですか…?」
「ダメだよ~そんな事をしたら、宮さんのご先祖様が一列に並んで化けてでるよ~」
そう言われて、ゾクッとした。言わなければ良かったと後悔した。

「久保山の集落のお堂に置かせて貰う様に、頼んで置いたからね。
シゲ爺さんの望みだったからって、みんな快く承諾してくれたわよ」
美香さんは、ご満悦に頷いた。

「明日、集落の知らないお堂に行って、知らない人と何かをするなんて絶対に無理です」
僕は思わず、声を張り上げた。
美香さんは又、吹き出して笑った。

「この前にシゲ爺ちゃんのお通夜で会った人達が、集落の人達だよ。それとお盆で帰省した人達も加わるけどね。
森田くん話してたじゃない。プロレスごっこもしていたし、ちゃんと挨拶していたわよっ」
美香さんは、僕の顔を見ないで、淡々と松結わえを作っていた。

「美香さんっ、絶対に無理です、僕には絶対の絶対に無理ですっ!」
と普段嫌っていた、絶対と言う言葉を連呼している自分が、悔しかった。
「絶対と言う言葉は、遣うなよ。美香、覚えて置きなさい。
絶対と言う言葉は、この世には存在しないんだって、父に一度だけ言われた事があったわ」
美香さんは、そう言うと、松結わえの手を留めて、やっぱり真顔で話し始めた。

「大丈夫だよ。私も明日、一緒に久保山のお堂に行くから…」
木々の中のどこかで、蝉が鳴いている。
向かい側の畑から、集め焼きの煙がまっすぐに、高く上がっている。
お盆の集め焼きの煙は 空に住む魂への、シグナルみたいに思えた。












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小説  斜陽 38  SA-NE著

2018年02月07日 | Weblog


僕達は再び、久保山の昨日の場所に居た。
美香さんは、車のトランクからブルーシートを持ち出して
庭先の欅の木陰に広げた。

空気はひんやりしていて、肌寒くて、腕を何度も掌で擦っていると
美香さんが車に積んであった薄手のジャケットを貸してくれた。

「シゲ爺ちゃんの息子さんが準備してくれていたよ、スゴいよ~これ見てっ!」と歓声を挙げながら
美香さんが2つの麻の袋からそれぞれに何かを取り出し、ブルーシートの真ん中に広げた。
「松の木とカジガラっ!見てっ見てっ!」

見ると、直径が二センチ角の十センチ位に切り揃えた木と白い枝みたいな物だった。
白い枝はシゲ爺さんが、あの日に庭先に広げていた物と同じだった。

「松の木は判りますが、この白い枝は何ですか?」
と聞きながら、十センチ位に切った軽い枝を触った。
ツルツルしていて、枝と言うより、乾燥した穴の無いヘチマの加工品に似ていた。

「紙の原料でね、みつまたって言って、昔はどの農家も栽培してたけど、杉とか桧の植林が盛んになってからは
見かけなくなったからね、今では殆ど手に入らないわよ」

「この枝が紙になるんですか?」
と不思議そうに眺めていたら、美香さんが僕を見て、吹き出して笑った。
「枝じゃなくて、皮よ、皮が紙の原料で、白い部分は皮を取って残った殻の部分を、乾燥した物よ」

「なんで、そんなゴミみたいな殻を仏様のお盆に使うんですか?」
「燃えやすいからでしょう。昔の人は自然にある物を最大限に利用して、無駄なく利用してきたもの。
全部最終的には腐って土に還るものばかり…」

「この殻と松の木をどうするんですか?」
僕が聞くのと同時に、美香さんは開けたままのトランクから、新聞紙で巻いた、何かを取り出した。

「この藁で結んでいくの」そう言いながら、シートに藁を並べた。
「ワラ」は、お米を採った時に出来る茎を乾燥した物だと言う、ある程度の知識はあったけれど、
実際に目にしたのは初めてで、紙の原料の殻を見たのも初めてで、ちょっと恥ずかしくなった。

「ちょっと恥ずかしくなりました」
と僕が言うと、美香さんは松と殻と藁を並べて、

「街で生活していたら、こんな知識は何の役にも立たないわよ。
必要ないもの。市内に住んでいても、全く必要ないわよ。村の風習だからね。
村に住んで風習を受け継ぎたい人が、誰か知っていたら、それでいいと思うよ。
これだけ人口が減っていたら、風習だって、祭事だって一人で三役遣らないといけないから
継承していく事事態が、無理になってるもの」
美香さんはそう話しながら、小さなゴミを集めるみたいに、指先でシートの上の何かを払っていた。

「これをどうやって、結んでいくんですか?」
と聞くと、美香さんは、松の木を一本と殻を二本左手に握り、藁を一本巻き付けて、
左手の親指で藁の芯を押さえながら、藁の先端を長めに残すように、上に引き上げてクイッと結んだ。
結んだ藁の先端は、真っ直ぐに上に向いていた。

余りの手早さに、僕は呆気にとられていると、美香さんはまた、松の木を一本と殻を一本、左手に握った。
「美香さんっ、殻の数が間違ってますよ、殻は二本じゃないですか?」
と僕が言うと、

「どうでもいいことを、指摘するわよね、殻は細かったら二本、松も細かったら二本、
どちらも太かったら一本、そこは適当でいいのよ」
美香さんは、ちょっとイラッとしたみたいだった。

眉間に皺を寄せるから、美香さんの感情の変化は判りやすい。
僕は美香さんの隣で美香さんの手元をじっと観察しながら、僕の左手に松と殻を乗せて、
芯を親指で押さえ、藁の先端を長く残す様に右手で結ぶ。
「なんで~なんで私より上手に、森田君が直ぐに出来るの~!」

美香さんが唖然とした顔で僕を見た。
一陣の風が、庭を渡った。
欅の病葉が、ブルーシートの上に数枚 微かな音をたてながら舞い落ちた。












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小説  斜陽 37  SA-NE著

2018年02月06日 | Weblog


久保山に着いた。
舗装の途切れた場所に、車を止めて、美香さんは、やっぱり一度大きく深呼吸して
車のトランクから、折り畳み式のアルミ製のクマデを取り出した。

「森田くんは、このクマデで、落ちている杉の枝を集めてね。私は大きな枝を拾うから」
そう言うと、いきなり虫除けスプレーを僕の身体に豪快に吹き付けた。
スプレーを吸い込んだ僕は数回、噎せて咳をした。

「ゴメン、ゴメン~でも、ヤブカがいるから、これは絶対に必要なのよ」
美香さんは笑いながら、自分の身体にも吹き付けていた。
「あっ、それと蜂もいるから、気をつけてね。蜂の巣を見つけたら
その回りに近付いたら危険よ、それとマムシが…」

「マムシ?」
「これ以上言ってたら、多分森田くん、帰りたいって言い出すから、やめとくわ~」
美香さんは、あっけらかんとした顔で、笑っていた。

一昨年のお盆に、亮也のお祖母さんのお墓参りに付き合わされたけど
葉っぱ一枚も落ちてない、砂利の敷き詰められた綺麗な霊園だった。

沈みかけた太陽と向かい合う様に、一列に同じ形のお墓が並んでいた。
あの世の高級マンションみたいで、振り返って眺めた時を思い出した。

車の中で美香さんから話には聞いていたけど、杉の枯れた枝が、舗装のない農道の上を埋め尽くしていた。
以前に見た枝と同じだった。
杉の木から落ちた枯れた枝を美香さんは、スギシバと言っていた。

1時間余り、農道のスギシバと格闘した。途中で腰が痛くなって、何回も腰を反らした。
農道の両脇に大きな杉林が立ち並び、太陽の日差しは届かなくて、涼しい位だった。
森林一面に下草が、生えていた。その辺りから、時々、虫が飛んできて

その度に虫を避けながら作業を中断していたら、美香さんに
「こら~森田っ!」
と怒鳴られた。
農道の枝を取り払い、ようやく庭まで車で降りることが出来た。
お墓の回りの茂った雑草は、腰の辺りまで伸びていた。

美香さんは、鎌を取り出して、軍手を僕に渡した。
雑草の根元の部分から、手際良く雑草を刈り取っていく。
僕はお墓の回りの小さな雑草を、手で抜き取っていた。

お墓の回りは、欅の木と桜の木があるだけで、太陽の日差しを直接浴びて、暑くて五分もすれば、汗が流れ落ちた。
「この桜は垂れ桜。あれは牡丹桜。お母さん桜が好きだったのね」

「はい…アパートの裏山に桜が数本あって、満開の時期はよく見に行ってました」
「お母さんは近くに裏山のあるアパートを探して、そこに住んだんだね。
お母さんにとって裏山は、東京で唯一、故郷を感じられる場所だったのよ、きっと…」
美香さんは、話しながら、早いピッチで、作業を進めて行った。

そして、草刈りが済むと、車のトランクに積んであった、ペットボトルの空容器と、お線香とお米を取り出した。
「庭の隅っこに湧水がでてるから、この容器に入れて来てね。
石垣から落ちない様に気をつけてね」美香さんは、何かを頼む時は、とても優しい顔になる。

僕は湧水の場所を見つけて、ペットボトルに入れた。
何気なく庭の隅っこから下を見たら、石垣の上に僕は立っていた。

視界には、重なる山々があって、広がる田畑の間を掃いた様に続く一本の小道。
僕は愕然となって、その場に立ち尽くした。
夢に出てきた、光景だった。
僕は科学で証明出来ないことは、いつも否定してきた。
でも、この世には説明のつかない不思議な出来事があるのだと実感した。

母はこの景色を夢で僕に伝えてきた。
後ろに立っていた、ご先祖様も、確かにあの写真の二人だった。
鳥肌がたって、美香さんのいる場所まで、必死で駆けた。

美香さんに、「顔色悪いわよ~幽霊にでも会った?」と普通に言われた。
僕達はお墓参りを済ませ、美香さんの持参した、パンを食べた。
「今日はこれで作業終わるね。明日は、宮さんのとこに9時に迎えに行くね」
「お願いします。待ってます」

また、あの鐘の音が流れてきた。
お盆の空から舞い降りる鐘の音は、山里の無数の魂に注がれるレクイエムみたいで、僕は空を仰いだ。





















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小説  斜陽 36  SA-NE著

2018年02月05日 | Weblog


改札口を出ると、
客待ちをしている、タクシーの運転手さんと、一瞬目が合った。
僕を見て、ニッコリと笑いながら、軽くお辞儀をした。

乗客かと、期待を持たせたら悪いので、直ぐに視線を外して美香さんの車を目指し、小走りで駆けた。
美香さんは、僕に気付いていなかった。

おまけに車をロックし、エンジンをかけたままで車に搭載されたテレビを見ながら、何かを食べていた。
僕は指で助手席の窓を軽く叩いた。

美香さんが僕に気付いて、ロックを解除して、開口一番に言った。
「暑いから、早く乗ってよ~」
僕は慌てて、助手席に乗って、ボストンバックとお土産を膝の上に乗せて、座った。

「荷物、後ろに乗せていいわよ」
と言われ、右腕を思い切り真上に伸ばして、後部座席の上にボストンバックを乗せた。

「ちょっと待っててね、早く食べないと溶けるから」
美香さんが必死で食べていたのは、チョコアイスバーだった。

「アイスクリームのチョコですか?」
と聞くと、
「そう、そこの自動販売機見てたら急に食べたくなったから、買って食べてたの
あっそれ、もしかして高級なお土産?」

「あ…はい…美香さんと宮さんのです」
「悪いわね~何か気を遣わせて、ゴメンね」

美香さんは、言葉と裏腹にちっとも悪びれた様子も無くて
ティッシュで口元を拭いて、スタートキーを押して走り出した。

「今年は暑いよね~東京なんて灼熱地獄でしょう!」
「あ…はい…外は暑いです美香さん、髪染めたんですか?」美香さんの髪の色が淡いブラウンに変わっていた。

「そうなの、ちょっと垢抜けて女子力を高めて、運気を向上させるの~」
「がんばって下さい」
と僕が言うと、

「頑張るのは森田くんだよっ、今日は日没までやることがイッパイだよっ!」
と言いながら、エアコンの設定温度を18度にした。かずら橋を過ぎて、道幅が少し狭くなった。

2月に見た寒々とした落葉樹の木々は、すっかりと姿を変えていた。幹から広がった枝は隙間なく幾つもの青葉を形成し
渓谷から吹き戻す緩やかな風が、それぞれの葉先の隙間を撫でるように渡っていた。
透明な飛沫を岩肌に散りばめながら、ビー玉を溶かした様な耀く川が下流へと流れている。空は夏空。

「自然が駆けてますねっ!」
助手席から身を乗り出すようにして僕がはしゃぐと

「優秀な人は表現力が違うわね~なんてたって、お父様が校長先生だものね~」と、ニンマリと笑われた。
「冬に祖谷を訪ねた時は、寒くてどんよりしてて、なんか村全体が墓地みたいな感じがして、正直気持ち悪かったです。
同じ場所なのに、季節が変われば、こんなに違うんですね」
僕がそう言うと、美香さんはまた、ハンドルの上に両手の甲を乗せて、何かを必死で取り出していた。

「何ですか…それ?」
と聞くと、
「干し梅っ!クエン酸がなければ、夏は乗りきれないからねっ」
と言いながら、小袋から摘まみ出していた。

「今日は、久保山に行って先ずはご先祖様のお墓の掃除、掃除と言っても
草刈りから始めないとね、お墓に行くまでの草刈り」
「え…?あの道は土砂崩れしてましたよね」

「森田くんは運が良かったわね~あの土砂崩れの下に集落の防火水槽があってね
あれから直ぐに突貫工事されて、歩かないでお墓に行けるわよ~」
「あ、あの、ホースの道を滑らなくていいんですか!」

「滑らなくていいけど、杉の枝が落ちているから、お墓に行くまでの道を掃除するのが、滑るより大変よ」
「わかりました…がんばります」
「冬は雪が降るから、みんな帰省を嫌うけど、お盆は殆どの人が帰省するの、もしかして…
森田くんに似た人が帰省しているかもよ…?」

僕は一瞬、ドキリとした。
父親探しは諦めていたから、探してた落とし物を数ヶ月して届けられたみたいな、複雑な気持ちだった。

「お昼ご飯、食べて行きましょう」
美香さんと僕は、三社そばに寄って、ザル蕎麦定食を食べた。

美香さんが、独り言を言っていた。
「水よね~食の原点は絶対にお水よ~」
テレビからは、炎天下の渋谷の交差点を映しながら、2時のニュースが流れていた。




























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小説  斜陽 35  SA-NE著

2018年02月03日 | Weblog


お盆の帰省客で、高松駅の構内は人で溢れていた。
うどん県と書かれたポスターの全面を飾るぶっかけうどんの写真や
徳島阿波おどりの踊り子の精悍なポスター、秘境に誘うと書かれた

かずら橋の写真が、構内の壁を彩っている。
一番厄介だったのは、美香さんへのお土産探しだった。

真夏のチョコレートは、どんなに保冷剤を詰めても
原型をキープする自信がなかったから、メールで伝えた。

「美香さん、夏のチョコレートは無理です。ごめんなさい。普通の洋菓子にします」
美香さんから遅れて返信があった。

「許してあげます。但し高級な洋菓子にして下さい。安い品物は私の口には合いません。
12日のお昼に大歩危駅で合流しましょう」
美香さんのリクエストに応える為に、昨日3時間を費やした。

僕に一人で何かを選択させるなんて、何かの罰ゲームみたいに思えた。
3時間かけて選んだ洋菓子を二箱持ち、3日分の着替えが入ったボストンバックを持ち
在来線の乗り場に向かいながら、故郷に向かう帰省客の一人になったみたいで、ちょっと嬉しかった。

適度な冷房が効いた指定席に座り、車窓に広がる景色を見ながら
8ヶ月前に初めて祖谷を訪ねた、大雪の日を思い出していた。
一年も経っていないのに、随分遠い日の出来事みたいな気がした。

後ろの席では、通路を挟んで、家族連れが座っていた。
中学年位の女の子が、隣の母親に話しかけている、つっけんどんな声が座席の隙間から聞こえた。

「ママっ、去年も最後って言ったよね。おじいちゃんに会えるのは、今年が最後よって!
その前にも同じことを言ったよね。毎年ディズニーランドに行きたいのに、なんで毎年おじいちゃん家なの?」
「ちょっと…静かにしなさい…」

「ねえ、ねえ、パパとママが話していた、おじいちゃんの遺産って何!?」
「黙って…もう、あなたはどうして、何でもすぐに口に出してしまうの…」
「ママに似たから~ってパパが前に言ってたよ、おまえはママとそっくりだって!」
そう言うと、お菓子の袋を裂くように開ける音がした。

周りの数人が、失笑していた。僕も思わず可笑しくなって、窓際のカーテンを半分だけ閉めた。
僕は手帳を取り出した。祖谷の事を走り書きにした、僕だけの祖谷史みたいなものだ。

祖谷の人口のピークは昭和32年。9000人近くが、あの小さな村に存在していたんだ。
どんなに賑やかな暮らしだったのかと、想像してみても全くピンとこなかった。
ネットでも、手に入らない祖谷の古書を探していた。

昭和31年に初版発行されたままの
「阿波の平家部落史」
と言う本だ。

もし、美香さんのお父さんが所有している古書の中にこの本があれば、
僕は今年中で一生の運を使いきるだろうって位、欲しい古書だった。
5月に美香さんに、
「お父さんの本を着払いで送って欲しいのですが」
と送信したら、

「代品の無い、貴重な物は絶対に郵送しません。古書は父の宝物でしたから」
と返信がすぐに届いた。
僕は祖谷の初盆の風習にも興味があったけど、正直、目的は古書を持ち帰りたかった。

後ろの席の家族連れは、琴平駅で降りた。
僕の足元まで散らばっていたお菓子の欠片を、スニーカーの先で座席の下に蹴った。
僕は手帳に書いた、母の戒名を見ていた。

2月に美香さんと別れる時に、
「お盆に帰る時は、お母さんのお位牌の戒名を書いておいてね」
って妙なことを、言われた。逆らうと恐いから、言われた通りに手帳にメモした。
阿波池田で乗り換えて、大歩危を目指す。
汽車のデッキに凭れて、規則的な横揺れを愉しんでいた。

空は夏空。ざわめく様な異なる緑色の木々に抱かれながら、
白い岩肌が続き、エメラルドグリーンの水面が、乱反射しながら輝いて蛇行していた。

汽車はゆっくりと、ブレーキをかけながら、ホームに着いた。
レールの軋む音は、僕を母の故郷へと誘う音だ。
美香さんの車の赤色が、真上に上がった太陽に照らされて、爛々と輝いていた。










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小説  斜陽 34  SA-NE著

2018年02月02日 | Weblog

「遅いよっ、智志っ」
髪を短くした、祐基が座っていた。柑橘系の匂いがした。
「あれ…髪…切ったの?」

祐基の髪型を見て一瞬ポカンとした僕に、祐基が髪を触って少し照れながら応えた。
「二人目が産まれるからね、ちょっとイメチェンしたんだよ」
「え…二人目…」

僕は、祐基から一瞬、目を逸らした。
動揺をごまかす為に、テーブルに置かれたメニューを見た。
伸一が、ビールを飲む手を止めて、

「祐基の年賀状に書いてたの、もしかして?見てなかったとか?」
含み笑いで僕の顔を覗き込んだ。
僕は咄嗟に言い訳が、口にでた。

「あ~そうだった。会社の先輩の3人目と勘違いしてたよ。
祐基は、二人目だよなっ正解、正解っ!」

祐基は、しっかりしろよと、笑っていたけど、僕は正直、気が動転して
テーブルの下に隠れた膝の上で、両手を握りしめていた。
祐基から毎年届く写真入りの年賀状は、見ないままで捨てていた。

結婚して初めて届いた年賀状は、有里と祐基が海岸の日の出をバックに並んで立っていた写真だった。
二年目の年賀状は、長女が3ヶ月になりましたと印刷された、3人の家族写真だった。

僕は胸が張り裂ける位苦しくなって、切なくて、やりきれなくて
嫉妬なんて言う簡単な感情でも無くて、
祐基からの年賀状を捨てることで、一番見たくない現実から目を反らしていた。

何を話したのかも、覚えていなかった。唯、有里が祐基と幸せでいるんだと、今更ながらに気付かされた。
有里と別れて8年。心のどこかで、有里の気持ちが僕に向けられたままであって欲しいと
自分勝手に自惚れながら、永遠を信じていた自分がこの瞬間、世界で一番の滑稽な道化師に思えた。

僕はトイレに向かった。
すぐに亮也も付いてきた。

二人で並んで用を足し、洗面所で手を洗いながら、亮也が言った。
「良家の婿養子で、エリートで順風満帆、絵に書いた様なシアワセだよな~
俺には一生、廻ってこないわっ」
僕は亮也に適当な相槌を打ちながら、鏡を見た。

ボサボサ頭の、僕の顔が映っていた。その眼は、海岸の防波堤の隙間に打ち上げられ
存在を抹消されたまま、乾いて死んでいた魚の目に似ていた。
帰り際に、祐基が陽気な声で言った。

「8月に産まれるんだよっ長男っ!8月はちょっと休んで、嫁孝行しないとなっ
!娘がさ、ユニバーサルに行きたいって言うんだよっ智志は付き合ってくれるよなっ」
僕は 精一杯の笑顔を作った。

「大阪は、ちょっとキツいなあ…また、連絡してよ」了解っ!了解っ!
と祐基は片手を振りながら、帰って行った。

3人と別れて、駅に向かいながら、どこをどう歩いたのか、覚えていなかった。
飲めない日本酒を無理して飲んだせいなのか、歩けば歩く程、激しい酔いが回ってきた。

コンビニに駆け込んで、便座に顔を埋める様にして数回吐いた。
記憶は曖昧だったけど、帰巣本能は残っていたみたいだった。
部屋に置き忘れた携帯が、暗闇の中で、点滅していた。

「8月12日、祖谷に帰省しましょう。詳しい日程は後日連絡しまーす」
美香さんからのメールが、届いていた。

僕はカレンダーに、印を付けようと、覚束無い足で立ち上がりながら、カレンダーの端を掴んだ。
押しピンが弾けて畳の上に落ちた。

四つん這いになって、押しピンを拾いながら、不意に訳の判らない涙が、ポタポタと畳に落ちた。
「母さん…」と声に出したら、また涙が落ちた。

父親探しの僕の旅が、終わりに向かっていたことを
その時まだ僕は、知らないでいた。









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小説  斜陽 33  SA-NE著

2018年02月01日 | Weblog

「いつもの店でいつもの時間に集合よろしく」
祐基からのメールが届いたのは、気象庁が梅雨明けを発表した日の午後だった。

母がいつも、四季の移り変わりを敏感に感じとっていた事を、不意に思い出した。
「梅雨に入ったわよ」
「梅雨が明けたわよ」
「もうすぐ、桜が咲くわ」

母が口にしてから、必ずその数日後に気象庁が発表していたから
確実に的中する母の予想を僕は毎年不思議に思っていた。
宮さんから、祖谷蕎麦の話を聞いた時も
あの時の母の言葉の意味が、後になって理解できた。

あれは母の病室を訪ねた、去年の7月頃だった。
パイプ椅子に座って母のベッドの布団に凭れていた僕に、母が虚ろな目で呟いた。
消えそうな位小さな声だった。
「そば…」

僕は母の顔の近くに寄って、
「そばにいるよ、傍にいるからね!母さん」
と声を掛けた。母は寂しそうな顔をして、じっと僕を見た。

「祖谷ソバの種を蒔くのは、ジャガイモを収穫した後の畑でな
土を掘って柔らかくなった畑にソバの種を蒔いて
昔の人は一時も畑を休まさないで、活用してきたから、偉いよなあ~」
と宮さんが、教えてくれた。

母はソバの種を蒔く時期を、季節の無い病室の壁の中に居ても、判っていたんだ。
あの時、ソバ…と言いかけたのを、僕は傍と思い込んで、母の言葉を途中で遮ってしまった。
母はきっとあの場所に、いつの日にか僕を連れて帰りたかったんだ。

母の人生の全てを賭けて、生まれてきた僕は、誰一人守れる男でもなく
自分の胃袋を満たす為だけに生きている
裏山に棲む小動物にも劣る、本能の欠片も無い生き物に思えた。

こんな風に過ぎた時間の後悔ばかりを繰り返し、呵責の年輪を刻んでいくのだと
不甲斐ない自分自身が、情けなかった。
母が元気だった頃は、そんなセンチメンタルな事は、考えたことも無かった。

この世界のどこを血眼になって探しても、母は絶対に存在しない。
僕は僕以外の何者でも無い、悪戯な神様に天涯孤独の刻印を、頭上から捺されてしまった。

職場とアパートの往復と、時々居酒屋に出向いて行く。
この時間の積み重ねを人生と呼ぶのなら、僕はなんて薄っぺらな時間に
翻弄されているんだろうか。

夕刻の駅前通りを、人ごみの中をすり抜けながら、早足で歩いた。
いつもの居酒屋に向かえば、僕を待っている祐基達がいる。
それだけで、救われる様に思えた。

暖簾の無い店の中に入ると、壁側のテーブルに祐基達が座っていた。
祐基が、僕をみつけて片手を高くあげて、合図をした。













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