秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

小説   斜陽 9  SA-NE著

2017年12月24日 | Weblog


「三社そば」と書かれた少し色褪せた暖簾をくぐると、2つのテーブル席と
奥の座敷の部屋に10人程のお客さんが、座っていた。

おじさんは、長靴の雪を振り払いに、思い出した様にすぐに外に出た。
僕も一緒に出て、おじさんの真似をして、長靴の底にくっ付いた雪の固まりを
軒下の少しだけコンクリートの見える場所で、振り落とした。

おじさんはやっぱり、上機嫌で店の中に戻っていった。
蕎麦屋の厨房に向かって
「かけそば2つ!」
と声をかけながら、厨房の人に軽く右手を挙げて、挨拶していた。

厨房の奥には、湯気が立ち上がっていた。
僕達は店の奥の座敷に座った。
おじさんは、「おでん取ってくるわなっ」と言いながら、店の入り口に向かった。
僕は店の壁に張られている、風景写真や、新聞の切り抜きや、ポスターを眺めていた。

東京の下町の蕎麦屋さんと余り変わらない店の雰囲気。唯ひとつ違うことは、この場所が日本三大秘境だと言うこと。
おじさんはおでんをお皿に取りながら、知り合いなのか、テーブルのお客さんと話していた。
話の端々の内容で僕のことを聞かれているんだと、すぐに判った。

「あー、あのお客さんはな、東京の人でな、ご先祖さんの家を訪ねておい出てな~」
「どうりで、あか抜けた人と思うたわ、で、どこにいっきょんな?どこの集落な?」
作業着を着た、高齢の男性が蕎麦を食べる手を止めて、顔を少し高揚させて、聞いていた。

厨房の中からの視線とお客さんの視線が、僕に一気に注がれて、少し恥ずかしくなり
僕は地元新聞を読む振りをしながら、俯いていた。

程なく、かけそばは運ばれてきた。民宿のおじさんは「西の宮さん」と言うニックネームで呼ばれていた。
西祖谷の宮さんを、略して呼ばれていることや、店の中のお客さんは全員知り合いだと
おじさんは蕎麦を食べながら、話してくれた。

テーブル席に座っていた一人の女性が、湯のみを持ち座敷に上がって来た。
「さっきから盗み聞きしてたんだけど、わたしそう言う話、大好きなのよ~何でも聞いてよ、元は地元ですから!」
上下白のジャージを着た女性がそう言いながら、僕達の座卓に並んで座ってきた。

「美香ちゃん、背中しか見えんかったけん、誰か思たわ、帰っとったんじゃなあ」
おじさんは、彼女を見ながら、きょとんとして、すぐに真顔になって座り直して話しだした。

「山野の親父さん、亡くなったんじゃなあ、急だったなあ、びっくりしたわ」
「ありがとうございます。急だったからね、死んだ本人が一番びっくりしていると思うわ。昨日が父さんの辰巳だったのよ」
彼女は僕よりずっと年上に見えた。

目をキョロキョロさせて話しながら、指先で座卓の上を小さく叩いている仕草は
何か滑稽で初対面とは思えない不思議な感じがした。
「久保山って言ってたよね、名字はどこ!?ご先祖様の名字っ」

彼女は僕を真っ直ぐに見る。
「森田です」
僕は膝に当てた両手を擦りながら、答えた。
「久保山の森田さんかぁ、多分、あそこだと思うよ…屋号は古寺、もう随分昔から、空き家だよ…」

店の外には スローテンポのチャイムみたいな、不思議な鐘の音が響いていた。
テレビから、正午のニュースが流れていた。
















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