秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

小説   斜陽 10  SA-NE著

2017年12月27日 | Weblog


美香さんの四駆に乗り込んで、雪に覆われた道を僕達は目的の場所を目指した。
除雪していなければ、道路と原っぱの境さえ分からない様な雪道を
彼女はハンドルを左右に小刻みに切りながら、進んで行く。

「自然災害さえなければ、ここは別天地なんだけどね~」
笑いながら運転する彼女の後ろで、母の故郷の雪の中にいる僕は
昨日から夢の続きを見ているみたいな、不思議な感覚がした。

一軒の民家の庭先で、彼女は車は止めた。
「集落の生き字引みたいなおじいさんがいるのよ、ちょっと寄っていこう」
少し開いた古い雨戸を少し浮かせる様に手で持ち上げながら
彼女は慣れた様子で、中に入って行った。

「しげじいちゃん、おいでますか~美香ですが~」
暗い部屋の中から、ひょろ長い背格好の老人が、杖をついて出てきた。
「こんな大雪の日に、山野の娘さんが、何ごとぞ?」
老人は寝巻きの上から綿入れを着て、タオルを首に巻いていた。

「ちょっと、教えてもらいたい事があるの、いいかなあ?」
「寒いのに、戸口で立つな、風邪ひくぞ。外のお人もはよう中に入れ」
僕達は薄暗い居間に、通された。電球は点いているんだけど
窓らしきものが無くて、太陽光が届いていない。

老人の部屋は、線香と焦げ付いた何かの臭いがして、僕は咄嗟に息を止めた。
老人は炬燵の上に瓶に入った清涼飲料水を3本置いてくれた。
壁には大きな白い紙が貼ってあって、病院、社協、息子、娘、区長さんの電話番号が
黒いマジックで、大きく書かれていた。

出してくれた白い座布団は、薄くて冷たくて、幾つも付いた汚れが消えないシミになって
白い座布団はシミで完成された、別の柄模様にも見えた。

「しげじいちゃん、この若者ね、東京から来たの、森田のご先祖様の家とお墓を探しに来たの」
僕は正座をして、「よろしくお願いします」
と深くお辞儀をした。

老人はパックの焼酎を取り出して、湯飲みに入れポットのお湯で割りながら、割りばしで混ぜていた。
「ぬくもるぞ、一杯いくか」
と僕達に勧めてくれたが、笑ってお断りをした。

僕は昨日から、こちらの方言に悪戦苦闘していた。
美香さんの言葉はすぐに判るけど、西の宮さんや、老人の方言は、すぐに理解出来なくて
その度に僕は返答に詰まってしまう。

「森田の志代さんの、息子さんか…なんぼになる?」
「何歳になるのって聞いてるよ」
美香さんが、すかさずフォローしてくれた。

僕達のやりとりを黙って聞いていた、宮さんが僕に目で合図をして、しげ老人に答えた。
「30才に見えんでしょ、童顔のまま、歳とりよるみたいですわ」

しげ老人は、そうかそうかと笑いながら、2杯目の焼酎を作っていた。
「30なら、志代さんが、東京で結婚して、授かったのがあんたか、志代さんは元気にしよるか?

親父は何の仕事しょった?」
僕は膝に乗せた両手を擦りながら、応えた。
「母は今年、亡くなりました。父は数年前、事故で亡くなりました」

しげ老人は、湯飲みの焼酎を置いて、鼻水を垂らしながら、泣きだした。
首に巻いたタオルを右手にもちかえて、鼻水を拭いて目頭を押さえていた。
「難儀ばっかりしたんか、志代さん、難儀ばっかりしたんか…」

美香さんは、三社そばで買っていた、持ち帰りのおでんを2パック、こたつの上に置き
付けて貰っていた割り箸を、得意そうに頭に掲げた。

「とりあえず、食べてからにしよう」
美香さんの明るい声が、薄暗い部屋に響いた。、

トタン屋根から溶けかけた雪が滑り落ち、ドスンと大きな音がした。
何かの鳥が、雪を跳ねながら枝から一斉に翔んだ。

「3時の二番茶じゃのう」しげ老人は、目を細目ながら、3杯目の焼酎を作り始めていた。












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