秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

小説  斜陽 5   SA-NE著

2017年12月16日 | Weblog


「智志、あのね、急いだら駄目よ。急いでいたら、周りが見えなくなるのよ。
周りが見えなくなると、何も気付けないのよ」

中学生の頃に、母に連れられて出掛けた、森を散策ウォーキング大会で、ゆっくり歩くのが
面倒くさくなって走りだした僕に、母が言った言葉を、ふいに思い出した。

僕は四国に渡るルートの選択に迷っていた。
羽田から高松空港までは、1時間15分。
新幹線だと高松駅まで4時間30分。

子供の頃の遠足の前日みたいに、高揚してしまう。
どんな日程でも計画できる。フリーターの強みだ。
僕は新幹線と、在来線で阿波池田経由で、祖谷入りするルートに決めた。

僕の優柔不断は、今に始まったことではない。高校生の頃、初めて彼女が出来た。
彼女はクラスでも目立っていて、社交的で、人気者だった。
「サトシは、ちょっと優柔不断なんだけど、なんか守りたくなって、好きよ」
僕は普通に嬉しかった。

彼女は僕の優柔不断は見抜いていたが、僕が恋愛に於いて奥手であったことは、知らなかった。
そして、僕は時々自分でも説明の付かないような、行動をすることが多々あった。

彼女は、僕の母が仕事でいない留守を狙って、僕の家に遊びに来た。
僕達は雑誌を見たり、ゲームをやったりしながら、デートらしき時間を、楽しんだ。
「サトシ、あたし帰るわ」
彼女はそう言って、突然に立ち上がった。

僕もマンガを閉じて、立ち上がった。
彼女は、僕の顔を暫く憂い顔で見つめていた。
そして、突然僕にスルリと抱きついてきた。

僕はびっくりして、何をどうすれば良いのか、さっぱり分からなくなって
思わず彼女の両肩に僕の手を添えて、彼女の肩をポンポンと軽く叩いてあげた。

彼女は一瞬固まってから、すぐに僕から離れて後退りながら、そのままドアを開けて
真っ赤な顔で振り向いて僕に言った。

「サトシなんか、もう知らない!」
僕の恋はすぐに消滅した。

東京駅を発車した新幹線は、朝方の淡い冬の空色を背景にして、駆け抜けていった。
シートを少しだけ倒し、僕はしばらく浅い眠りに着いた。













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