秘境という名の山村から&道後湯の町暮らし

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)の山村暮らし&湯の町暮らし

しずかに去り行くすべてのものを慈しみて

2019年01月12日 | Weblog


雪山のしずかなひとり歩きはときとして、すべてのものを愛おしく思いやさしくなるもの
そんなひとつに枯れた草花の枯れた実にも、枯れた葉ひとつにも、感慨深く眺めてしまう

すべてのものたちが、ひとつの生命を終えようとしている様こそうつくしいものはない
そこには、しずかに、横たわって次の瞬間の時を待つ喜びさえ感じられそうである



























































コメント

雪山にパウダースノーの感触をたのしみて

2019年01月04日 | Weblog


快晴だが、厳しい冷え込みに鼻水タラタラ、悴む手を摩りながら雪の登山道を登るも
パウダースノーでサラサラに積雪はアイゼンを付けなくても滑ることはなく、快調に、気持ちも良く登る、

途中より山頂への直登コースを登るが山頂まで誰にも会わないしずかにパウダースノーの感触を楽しみ、
ただ、そうは云っても、直登コースは急登が多くあり、さすがに、登山靴の先を雪に蹴りこむのはかなり疲れる、


快晴のためか、期待した霧氷は申し訳程度の薄っすらとした霧氷であったが、青空をバックにすればやはり美しいものだった
野生動物の痕跡ともいうべき足跡は、たぬき、うさぎ、鹿、イタチらしき、痕跡を目撃はうれしかった














































































野生動物の痕跡  たぬき













うさぎ

















イタチ?、




コメント

菜菜子の気ままにエッセイ( もんてきたかえ~2019♪)

2018年12月31日 | Weblog


平成最後の大晦日。
祖谷山には、昨日の朝降った雪が僅かに残っておりました。

昼頃から雲の隙間から少しずつお日様が見え隠れ、軒下の氷柱が溶けだし
置き忘れた黒い長靴の先に落ちておりました。
老犬ゴンタは、相変わらず庭先の隅でお昼寝をしておりました。

「ジイサンよ~、こんがなくに長靴おいとったら、水浸しになるぞよ!」
お婆さんは庭先で門松の竹を切っていた、お爺さんの背中に向けて声を振り絞り叫んでおりました。
が、耳の遠くなったお爺さんには、聞こえていません。

お婆さんはお爺さんの前に立ち、もう一度同じ事を言いました。
お爺さんはナタを腰に戻して、お婆さんに言いました

「どしたっちゃあ!?たまにくち聞いたら、どうでもええ話をすなよ!長靴やこし濡れたってこたあないわの、それより子供らは、もんてくるんこ!?」
「ジイサンにヨンベからいよろうがえ、まっこと耳聞こえんようになったの、済んだもんじゃの!こいさにはもんてくるって言よったわの」
「そんがなことは、オラは聞いてないぞっ今初めて言よんだろがっ」

「ジイサンよ、たいがいにいい勝ちすなろよ」
お婆さんは 軒下の長靴を家の中に容れながら、大きな溜め息をつきました。
「今年は孫は戻るんこ!?」

お爺さんは家の中に入りながら、お婆さんに聞きました。
「戻らんって言いよったわ。電話繋がらんきん、山には戻らんのじゃと」
「どしたばちに、そんがなごじゃを言うんなら、わんくの電話はめげてないぞ!繋がるぞっ、孫に言うてやれ」

「言うもいわんも、もう朝からジョウジもヒデオも出とるわの!」
「嫁さんは戻らんのこ?」

「犬飼いはじめたきん、戻らんのじゃと、犬風邪ひかすきん、山には連れてこんのじゃと!」
「犬が祖谷にもんて風邪ひくんなら、祖谷の犬、みな風邪ひくわのうや~しものしは、ごじゃ言うのうや~」
「犬もええ身分になったろのうろ、ジイサンは低い声で喋ったら聞こえるんじゃの」
「おらは、耳は遠いことはないぞ、バアサンがイガリ過ぎるんじゃわ」

お爺さんは、囲炉裏に薪を少しずつ容れながら、お餅を焼いておりました。
お餅は網の上で、ゆっくりと膨らんでおりました。

「バアサンよ、今年もバアサンの作ってくれた餅を食べて、歳を越せると言うのは、有難いことじゃの…
オラは今年はお迎えくるって毎年思いよるけど、バアサンの作ってくれた餅食うて、しもの病院へ行かんと
一年でも余分に祖谷でおりたいと、思うわ…有難い…有難い…」

お爺さんは、首に巻いた手拭いで、目頭を押さえ、旨い旨いと言いながら、お餅を食べておりました。
氷柱はすっかりと溶け、少しの静寂が二人を包みました。
お婆さんが、ポツリとお爺さんに言いました。

「今年の餅は、孫がネットっていうやつで、買うて送ってくれたんじゃわ、便利な世の中になったのうろ」
読者の皆さま
良いお年をお迎え下さい。
あるようで無いのがこの世
無いようで在るように思うこの世
この愛しい時間を
静かに 感謝してみる

草 々


























コメント (2)

時間に押し流されてあるとき生まれて、生き終えて、死んでゆく

2018年12月30日 | Weblog


時間というものに(1秒、1分、1時間、1年、10年、、、、)押し流されて
生きている動植物たちのひとつであるぼくは、植物たち、とりわけ木々、草花の刻々と

変わり果てて行くなかで、ぼくも刻々と変わり果てて終わりに近づいていく
この世のある時点で生を受けて細々と生き、やがて生を終わらせて死んでいく

後には延々と続く無があるのみ、やがてすべては忘れ去られて生きた跡形も無くなってしまう、
時間の経過を振り返って、いつも、このような感慨に打ちのめされて過ぎ行く時間を
見送ることが、あと、幾年続くのであろうか



















































コメント

里山に個性豊かな生命を生きる木々たちのかがやき

2018年12月27日 | Weblog


青空がきれいな朝は温かくて歩いていると薄っすら汗が滲む感じだ
周囲の小高い山や雑木林の木々の葉っぱの茶色、黄色、など色とりどりの風景が

陽射しに照らされて眩いばかりに輝いている、冬枯れの木々でさえひとつとして同じ形状のものはない
それぞれ個性豊かな生命を生きているのだろうと歩くたびに質感を感じてうれしくなる
同じ道を歩いても、歩いても新しい風景を見つける自然の奥深さに飽きることないのだと思う























































コメント

冬空の下武家屋敷の葺き替えに職人技を魅せられて

2018年12月21日 | Weblog

東祖谷大枝の武家屋敷の葺き替えが本格化し始めた、雪が降らない、積もらない日に職人さんが仕事をしている
写真を撮らせて貰ったが、足場に上がることは遠慮したので、手元の職人技を見ることは出来なかった

真剣勝負の職人さんの邪魔はしたくなかった、黙々として仕事をこなしている姿は感動した
四隅の茅の暑さ、反り具合などを入念に何回もやり直しながら進めていた、

一方では茅を縫う仕事で、表の人、裏の人、が声を掛け合い、表の人が槍に縄を掛けて裏に突っ込み
裏の人がそれを受け垂木に引っ掛け表の人が引っこ抜いて縛るのだが呼吸が合って気持ちよく
仕事が捗っていたのにさすがだななと思ったものである
















































































コメント

真白き高嶺の山々に囲まれて山里は大凧制作

2018年12月17日 | Weblog


暖かな日でした、祖谷の道路や林道、集落には雪の欠片も無くて走りやすく、快適でした、近くの低い山も雪は無かったですが
高い山々はさすがに真っ白に雪を被ってすばらしい風景を眺望することが出来てうれしかった

年末の恒例の干支の絵を描いて国道に飾る大凧つくりを拝見してきました
テントシートの幅5メートル、高さ7メートルの猪の絵はさすがに迫力ありますね

京上の民族資料館の前の崖に貼り付けられると思います、正月に帰郷される人たちを迎えることでしょうね
なにかほんわかして可愛らしい感じです、山頂からの初日の出の暖かい渦のなかから浮き出てきた猪の愛らしい絵です





























































コメント

里山の木々に生の結実を眺めて想うこと

2018年12月14日 | Weblog


晴れ間から冬の太陽の弱い日差しが射したり、どんよりとした冬雲に覆われたりして
里山を歩くときょうは妙に木々や草花の実が気になったのであるが

いろいろな変わった実を眺めていて、なにか、生命の結実、終わりの生き様と
ぼくの人生の歩みとを重ねて想いに耽った

宇宙の歴史のあるときにぼくの生が生まれて楽しさ、苦しみ、喜びや悲しみ、ペンチメント(後悔)などを
バランス良く積み重ねて人生の終わりに近づいている

画家が絵を絵書きながら、ふと思っていた作品とは違うな、と気づき、塗り直すように
人生もこんな筈ではなかったと後悔しながら、塗り直し、塗り直して行くようなものであろうか

時間の経過とともに絵画の絵の具が劣化して、下の絵が所々に見え隠れするのだが
恰も、それは人生の遠い過去が、ふと、蘇って懐かしさと後悔の念を抱くようなもの

その時間の連続が延々と続いて気がつけば終末に近づいていたと思っても
二度と生きられず、死と一緒にすべてが消え去ってしまうことになる

生まれると同時に時の流れに意識が流れて、死とともに意識が断たれる一度だけの人生
二度と繰り返されない人生の切なさを植物の変化に感じ考えるひとときであった



























































コメント

里山歩きは色彩豊かに入り乱れて冬枯れに

2018年12月11日 | Weblog


寒い冬枯れの風景に葉っぱを散らした木々たちはしずかに春を待つのであろう、
山里の小さな集落のひとも家のなかで暖を取っているのだろうか、

風景が寂しく寒風に晒されている、からからと、落ち葉が突風に吹かれて何処にに消えていった、
殺風景な冬枯れに寒さが身体を包みこんだ


寒さが増すにつれて、里山の木々が一瞬の輝きを放つ風景は色さまざま、眺めていても、
その力強さに感動してしまうが、やがては散り行くのであろう

























































コメント

冬枯れの風景のなか廃家に埋もれて

2018年12月01日 | Weblog


冬枯れの風景が進むにつれて、そこはかとなく、廃家にさびしさと寂寥感は増すばかり
集落のあちこちではお年寄りの寂しげな風情にこころ痛みて、あのひとも亡くなり
このひとも黄泉に、との会話に寂しくもあり、切なさもあり

やがては、廃家となりしか、とこころの空白に言の葉もなし、厳しい冬の雪に埋もれて
冬をやり過ごす集落の少ないひとびと、に言葉少なく、春を迎えよう、









































































タカネハンショウズルのそう果
コメント

菜菜子の気ままにエッセイ( おばちゃんと・時々ワタシと・終活と)

2018年11月19日 | Weblog


隣のおばちゃんが、引っ越し先の隣町から空き家になった自宅の片付けに時々来ている。
家の中を空っぽにして、地主さんに返さなければ、空き家に無駄な年貢賃だけが掛かるからだ。

60年近く暮らしていた家の中は、古い家財道具で溢れていて
おばちゃんが捨てられなかった五人家族の歴史の品々で埋め尽くされている。
子供達の教科書や、古着。亡くなったご主人の衣類に愛用品の数々。
大量の調理道具に大量の漬物の瓶。

おばちゃんが家を出てから、そのままになっていた生活道具は、埃と黴の棲み家になっていた。
風の通らなくなった家は、瞬く間に傷んでいく。床はボコボコに波打っていた。

おばちゃんが時々片付けに帰っているのは判っていたけれど、最初の仕分けは
一人でやるのが気が楽だと思い、気を遣って声を掛けなかった。
仕分けられた教科書や、雑誌の山を外からチラッと見た時、私の中の神様の声がした。
『あなたの出番ですっ!!』

声と同時に身体が動き始め、最近の休日はおばちゃんと一緒に数時間を過ごしている。
おばちゃんは、最近までお仕事をしていた。
八十才を過ぎているとは思えない位、動きは機敏だ。
が、少し脚を悪くしたのか、最近動きがぎこちない。

おばちゃんが小さくなった気がした。人間の身体は歳を重ねながら、少しずつ乾燥していくのだろうか?
ヴヴヴ星人(私の叔母さん)が小さくなっていった様に、隣のおばちゃんの肩も小さくなっている。
他人の家に土足で入り込む無礼なことをしている私。おばちゃんも土足だ。
今日は台所の片付けを後半に一気に済ませる!
私の神様の計画だった。

暖かな日中の日差しに、作業も粛々と捗っていく。
「コンガにイソゲエナもん見られて、まっこと気の毒なけんど、すまんの、助かるわ~!」
壁に打たれた錆びた五寸釘に、中身の入ったままのレジ袋が飾りみたいに幾つも引っかけられている。
破れた襖の穴を隠すみたいに、捲られていないままのカレンダーがぶら下がっている。

おばちゃんが一つのレジ袋を見つけて引っ張りだしながら、小さく歓声を上げた。
「まあー、これ母ちゃんの病院から持って帰ったままにしとった、母ちゃんの大事にしとったバックじゃわ~」
それは20年位前に亡くなったおばちゃんのお母さんの大事にしていた、黒の褪せた薄い小さなバックだった。

「母ちゃん、何大事にしとったんだろう」
そう言いながら、おばちゃんはバックの中身を床に広げた。
それは殆どが、恩給の通知書だったり、役所からの空の封筒だったりした。
私も一緒に、封筒の中身を確かめながら、床に広げていた。
カーテンの外された部屋の窓ガラス越しに西日が僅かに射し込んでいく。カラスの声とヤマガラの鳴き声。

「ここはお国の何百里
離れて遠き満州の
赤い夕日に照らされて
友は野末の石の下~

思えば遠き昨日まで
真っ先かけて突進し~」

おばちゃんが、突然大きな声を張り上げて 歌いだした。
びっくりして おばちゃんを見ると、しわしわに折られた紙を見ながら 歌っていた。

「見てみ、これ、母ちゃん書いたんじゃの、母ちゃんの字じゃわ~こんがな歌、書いて歌いよったんだろか~」
『おばちゃん、軍歌の戦友じゃな、その歌…私、三番位まで歌えるよ』

そう言いながら、私は中身を確かめていた。
おばちゃんは、歌を続けていた。
おばちゃんの歌声を、聞きながら、ふと私の目頭が熱くなった。

瞬きの狭間に乾いてしまう頼りない時間みたいで、肩をすり抜けていく切ない感傷に、軽く頬を打たれた気がした。
ちょっと泣きそうになった。
『この字はなんて書いとん、知らんわ、よう読まんわ~』おばちゃんの歌が止まる。
二人で顔を合わせて、笑った。
家には空気の神様が住んでいて、

家が空っぽになって、気が通らなくなって、神様も居なくなる。
空き家とは、全ての気配が消えた時が、その家の終焉なのだと、そんな気がした。
終活をしている私の家。

処分して、捨てる捨てるをひたすら頑張っている私。
「菜~子ちゃん、これ塵取り使うか、まだ新しいぞ!」
『ありがとー、使う使う!!』
「菜~子ちゃん、この皿かわっとろ、昔買うたんじゃわ~使うか~」
『使う!!使う!!このお皿アンティークになるっ!ありがとー』
「菜~子ちゃん、物干しも使うか~」
『使う!!使う!!ありがとう!』

……私の終活は、まだまだ終わりそうにない。

草 々






























コメント

晩秋の山里に朝日を浴びて浮かび上がる風景に魅せられて

2018年11月16日 | Weblog

祖谷の山里、大枝の朝は日の出ごろから、わとうち庵を出て武家屋敷までをよく散歩するのだが
しずかな晩秋の朝日に浮かび上がる土佐矢筈山の巨大な山容を眺望して京柱峠からの登山道を

天空の遠望を楽しみながら山行したことを懐かしくもうれしい思い出である

山里の民家の早朝はまだ、しずかな雰囲気ながら、畑で焚き火をしている娘さんに出会うことがあり
ちょっとした会話を楽しむこともある

武家屋敷の茅葺の葺き替えは始まっていたが、まだ全容はシートに覆われてわからない

自然の移り変わりは時間に急かされて否応なく、押し流され過去へと消えて跡形も無くなってゆく
わが人生もペンチメント(後悔)を繰り返して右往左往しながら、流されて何処かへ消えてゆく

流された過去の残像が微かに浮かび上がり、懐かしく思いながらも、すでに質感は失われて
まぼろしのわずかな残像に縋るしかなく、切なさに寂しくなる




























土佐矢筈山




























































コメント

晩秋のしずかなぶな林に別れを告げて

2018年11月07日 | Weblog


そこはかとない晩秋のぶな林は何時になく寂しげに佇んで、しずかな冬枯れへと移り変わりゆく
その風情は人生の黄昏期を過ぎ行くわが身に似てなにをかいわんや




















































































コメント

晩秋という時間のはかなさ

2018年11月02日 | Weblog


晩秋と云う時間が刻々と過ぎて自然の風景も、動植物のいのちも、わが人生も
なんとなく儚く感じるときの、あの切なさ、時間に抗うことなく、だからこそ
すべてが愛おしく思うのだろうか













































































コメント

ぶな林の黄葉に魅せられて

2018年10月28日 | Weblog


ぶな林の黄葉三昧、
天気よさそうだし、陽射しもあり、ぶな林が黄金色にかがやくことだろう、と

期待して近郊の山に出向いたが、何時の間にか、雲が多くなり、思ったほど陽射しに恵まれず
それほどでもないぶなの黄葉で、山頂は風強くて寒かった
































































コメント