秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

小説  斜陽 21  SA-NE著

2018年01月15日 | Weblog


今さっきまで、温厚な表情で話していた人が、薄気味悪い卑しい一面をさらけ出したみたいで
一瞬僕は山下さんに嫌悪感を抱いた。
美香さんが顔色ひとつ変えないで、フォローしてくれた。

「山下さんっ、私とおんなじ事聞いてるよ~私も森田くんに同じ事を、聞いたんだ。
お母さん離婚したの?婿養子だったのって」
山下さんは一瞬、面食らった顔をして、美香さんを見た。

「あら、そう?わたしはシヨは結婚しなかったのかと思ったんよ」
美香さんは右手を自分の顔の前で小さく振り、違う違うと笑いながら、続けて応えた。

「森田くんのお父さんは、事故で亡くなってね、お母さんが財産を全部ご主人の身内に渡して
祖谷に帰りたいから、森田の姓に手続きしたんだって!」
僕はキョトンとして、滑るように話す、美香さんの作り話を聞いていた。

「まあ、お父さんが事故で…まあ、気の毒に…」
憐れな者を見るように、山下さんは僕を見た。

僕が黙っていると、美香さんから事前に聞いていた、執拗な質問が始まった。
矢継ぎ早に聞いてくる山下さんの口元を見ながら、この人が母の友人だったとは、到底思えなかった。
母は言葉ひとつを大切にしていたから、僕の前で母を語るこの人からは、不快感しか伝わってこなかった。

「シヨが出て行った話をハツ子から電話で聞いた時は、両親がいっぺんに亡くなって
シヨはノイローゼになって、蒸発したって噂が広まってなあ、あの時はびっくりしたんよ…」

「山下さん、そのハツ子は、認知症で同じ敷地の特養に入所してますよ~」
美香さんが、おどける様に話した。

「知っとるよ…職員さんに手をひいて貰って顔を見に行ったけど、ハツ子はわたしの顔を見ても
知らん顔してな、挨拶したら他人を見る顔で丁寧にお辞儀してな、辛うなって部屋に戻ったんよ。
また71なのに、あのハツ子があんなに定まらん変な病気になるとは、亡くなったお父さんも、難儀しただろう」

「父は弱音は吐かなかったからね、母が夜中に徘徊するようになってからは、睡眠不足になって、心臓病を発症してね
母を預けて一年後に朝布団の中で亡くなっていたからね。丁度私が帰省していたから、診療所の先生に連絡できて
警察とか鑑識とかのお世話にならなくて、父の尊厳は守れたから、良かったんだけどね」
美香さんはそう話すと、窓から見える遠くの山の稜線を無言で見つめていた。

「美香ちゃんの家に泊まりに行ったことあるんよ、わたしとシヨと。
シヨの両親が亡くなってから、ハツ子がシヨを元気にしてやろうって言うてな
わたしはわざわざ大阪から帰って落合の三社祭りにみんなで行って神輿見てな、その足でハツ子の家に泊まりに行ったんよ。
美香ちゃんは中学生で丁度寮から家に帰ってきとったわ」

「私が中学生って?なんかピンとこない話ね」
「あの美香ちゃんが大人になって、わたしもお婆さんに近づく筈じゃなあ…」
「山下さん、色々話をして貰ってありがとうございました。また、時々遊びに来ますね」
美香さんは、山下さんの肩をそっと撫でた。

「ありがとう」と微笑った顔は、最初に見た温厚な表情をしていた。
僕達は、山下さんの部屋を出た。階段から一階に降りながら、美香さんが言った。

「お母さんに似てるって言われて、良かったね。私もこの数ヶ月父に似てるって言われて、嬉しかった。
生きてる時はなんとも思わなかったのに、亡くなった途端にそのことが、親子の証明みたいで妙に嬉しくてね。
ちょっと母さんの安否確認して、すぐに戻るから下で待っててね」

僕は施設のエントランスに置かれたソファーに座って、独り黙想にふけっていた。
母を知る人に会い、少しずつ母の過去の時間を手探りしている実感は
やっぱり夢の続きを見ているみたいで、少し不安だった。
「智志っしっかりしなさいっ」

いつも、母の声が道標みたいに瞬間、瞬間で僕の背中を叩いてくれる。
暫く待っていると、美香さんが降りてきた。
僕達を見た職員さんが、面会簿に記帳して下さいと声を掛けてきた。
美香さんは「うっかりしていたわ、ごめんなさいね」と、笑っていた。
僕が記帳した後から、美香さんが記帳した。

美香さんが、ぽつりと言った。
「智志って書くんだ。私の携帯に森田さとしって登録してたわ~智志かぁ…
私の父の名前が智之だから、偶然にしては縁があるわね」
美香さんは、外に出て、独り言を言いながら両手を高く上げて、伸びをしていた。

「疲れた~ここに来ると疲労困憊になるわ~元気が吸い取られるわ~」
僕も両手を上げて、思い切り伸びをした。

「雪が無いから、明日久保山の家に行ってみよう。お墓も確か森田くんの家の側にあったと思うから。
お墓参りのお線香とかは、準備しておくからね」
美香さんは宮さんの民宿に、僕を送り届けてくれた。

「明日、迎えに来るからね~今夜は星空を満喫しなさいよ~絶対に絶対にキレイだからね~」
と言って、空になったチョコレートの箱を僕に渡した。

遠ざかる美香さんのワイン色の車は、僕を遠い過去に連れて行ってくれるタイムマシンに見えた。
太陽はすっかり沈み、白黒の世界がゆっくりと、冬の時間に溶け込んでいった。











コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする