秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

小説  斜陽 16  SA-NE著

2018年01月08日 | Weblog


大歩危駅で、美香さんと待ち合わせた。
改札口を出るとすぐに、美香さんの軽のワイン色の車が見えた。

「お帰り~」と言われて、ちょっと照れ臭かった。お土産のチョコレートを渡したら
「若いのに、気が利くわね~ありがとう」と誉められた。

「ちょっと待ってね、美味しいコーヒーを買ってくるわ」
と言って、『国見山の湧水コーヒー』と幟の掛かった小さなスーパーに入って行った。

「飲んでみて!絶対に美味しいからねっ」
と言われて、絶対と言う言葉に少し抵抗したかったけれど
今まで一度も飲んだ事のない、深くて滑らかな味がした。

「美味しいです」と答えると、
「だから、絶対って言ったじゃないっ」と得意満面な顔で車のスタートキーを押した。
アスファルトの路面は乾いていて、道路の両端には濁った色の雪が少し残っていた。

渓谷から沿うように連なる山々には、薄い剥がれかけた緑色と茶褐色のスプレーを吹き付けられたみたいな寒々とした
油絵の様な木々の風景が広がっていた。

「あのね、あれから電話で宮さんと話していたんだけど、宮さんから聞いたよ、森田くんが祖谷に来た本当の目的っ」
美香さんがチラッと僕を見た。美香さんの目元は二重で眼光が鋭くて、直視されたらちょっと怖くなる。

僕は少し、動揺した。
美香さんには父親探しの事は話してなかったし、僕の歳もごまかしていた。
「なんか、映画の主人公みたいな話よね~生死さえ判らない父親を探すなんてね~」
美香さんの言葉で、僕の不安は更に煽られた。

「無茶でしょうか?」と言いながら、無意識に膝を擦っていた。
「森田くんがお蕎麦さんに宮さんと来た時に、店の中に村の人達いたでしょ」
「宮さんの知り合いの人達ですか?」

「そうよ、あの後宮さんの知り合いから聞いたんだけど、みんな暇だからね、昔のことで話が盛り上がったんだって
そう言えば帰らなくなった人がいたなとか、一年に一度に夫婦で亡くなったとか、今さら話しても何にもならない噂話で
暫く盛り上がったんだって、終いにはその年の村長選で落選した人の話題とかまで膨らんだそうよ、だからねっ!」

だからねと言って僕をまたチラッと見た。
「だから、絶対に森田くんは本当の年齢を話したらダメなんだよっ、
お母さんが東京に出て40才で産んだことにしないと、余計な詮索されて、お母さんの名誉を傷つけてしまうんだよっ」

僕はやっぱり単純だと思った。あの時にしげ爺さんに歳を聞かれた時に
宮さんが機転を効かせてくれなかったら、僕は普通に有りのままを話していたと思った。

「森田くんにしたら、人情に溢れた村人に見えるかも知れないけど、他人は毒も持っているからね
無責任な噂話に傷ついて、病んだ人や故郷を去った人もいるんだから、油断大敵だよっ」

僕は曖昧な笑顔をつくって、少し頷いた。余り聞きたくない話だったけど
美香さんの淡々とした口調は、どこか母に似ていた。
「なんて言いながら、私もそのヤヤコシイ世間の一人なんだけどねっ」
と笑った。

高い山の頂きは雪に覆われている。道沿いにお墓が点々と佇む。紅白の垂れ幕のような小さな橋を通り
一車線になった山道を、緩やかに車は走って行く。
自然林の木立が点々と暫く続き、薄暗い幕の様な高い杉の木々が左手に続く。
そして次の瞬間、異空間にタイムスリップしたみたいな感覚に僕は包まれた。
対岸には急斜面一面に貼り付けられた様な民家が、存在感を消した様に、すっぽりと浮かんでいるみたいだった。

「あれが落合住伝建よ
ここは中上集落。ハート村伝説の入り口」
車のドアを開けながら、美香さんは、小さなくしゃみをした。











コメント
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